第72話 酒場
時刻は昼になっていた。まさか、ヤメクを連れまわすわけにもいかないので宿屋に置いてきていた。酒場の前にルカは、立っている。ドアを開けて、中へと入る。さすがに昼間だからか、人の姿はあまりない。
木造のテーブルに寝息を立てている人や、ちびちびと酒を飲んでいる人がちらほらと散見される程度だ。
カウンターの奥では赤いジャケットにちょび髭をはやした男がコップを拭いていた。情報を聞くとすれば、あの男か。そう辺りをつけたルカはカウンターに座った。注文を聞こうとする男の言葉を遮って、ルカは言った。
「教えてほしいことがあるんだけど」
「困るよ、お客さん。ここはそういう場所じゃ――」
他の客には見えないように、ルカは魔核を一個置いた。男はそれをさっと手に取って、自らのポケットに入れる。やはり、何か知っているか。そう思ったからこそ、ルカも試しに魔核を置いてみたのだが、どうやら自分の勘は当たったらしい。
「何を聞きたい」
「この街でうまい話はない? 例えば、大金を稼げるとか」
「あー、それならあれだ。多分、幸福願望団のことかな」
その名称を聞いて、思わずルカはずっこけそうになった。なんだそれは。いかにもあからさますぎやしないだろうか。もっと、ましな名前があっただろうと名称を付けた人間に文句の一つでも言いたくなりそうだ。続けて、というようにルカは男に話を促す。
「あれは、いつ頃だったかな。割と最近出てきた連中でね、一目でわかるよ、人の目をかたどったへんてこな鉢巻を巻いてるから」
それを聞いて、ルカははっとする。トムソンを介抱したとき、じっとトムソンを見ている男がいた。あの男もそのような鉢巻をしていなかっただろうか。
「あいつらの主張は、何か困りごとはありませんか? わたしたちについてきてくれればあなたの願いを叶えるとともに、幸福を与えます、とかすごく胡散臭いことを言うんだよ。普通の奴はまずついていかない。でも、たまに馬鹿か、ほいほいついていく奴がいるんだよねー、見え透いたエサにさ」
「どんな人が、だまされてるかわかる?」
「そりゃあ、貧乏人さ、家のない奴ら。あんたも見てるだろ、街のあちこちに汚ねえ格好した奴らをさ。あいつらは臭いし、汚いし、少ない金で長く店にいやがるしでろくでもねえ連中さ。俺としてはあいつらの数が少なくなるっていう点では、幸福願望団の連中を支持するね」
「幸福願望団の根城がどこにあるかは?」
「ここから北東に向かった先にあるよ。すぐにわかる、奴らの象徴か知らないが人の目をかたどったでかい像が建物の上にあるからな」
「わかった。じゃあ、もう一つだけ聞いてもいい? サガトのハンター協会がどこにあるかは知ってる?」
ハンター協会とは、ハンターに仕事を斡旋する場所である。主に凶獣の被害に困った人が退治してほしいと依頼をしたり、危険な凶獣には賞金を懸けたり、ハンターの階級の査定を行ったりしている。
なので、ハンター協会はハンターにとってなくてはならない存在であり、街には必ず一か所はある。
「ハンター協会はここから南西だな。その辺はあんたの方が俺より詳しいだろう? ハンターさん?」
にやり、と男は口をゆがめてルカの胸にあるペンダントを見た。
ここで得られる情報はこれぐらいだろうか。そう判断した、ルカは席を立ち酒場を出ていこうとしたところで、男に声をかけられた。
「待ちな。あんた、もしかして幸福願望団のねぐらに向かうつもりだな」
男の問いに、ルカは答えない。
「やめておけ、あいつらは得体が知れなくて街の奴らも関わりたがらねえんだ。あんたも腕に覚えはあるんだろうが、余計なことに首を突っ込まないほうが身のためだぜ」
「忠告、どうも。でも、用があるからそういうわけにもいかないの」
ルカの答えを聞いて、男は肩をすくめた。
そのまま、彼女は酒場を出る。
たとえ、危険だとしても退くわけにはいかない。ヤメクとの約束があるのだ。
お父さんを連れてくる、という約束が。
♢
幸福願望団の建物のある一室には、数人の男女がいた。全員が額に人の目をかたどった鉢巻を巻いている。椅子に座っているものや、机にそのまま座っているものもいる。全員が嬉しそうに口元をにやつかせて、紙幣をうちわにして振っている。
そんな雰囲気の中、一番奥に座っている男だけは無表情であった。細い目をしたその男は、蛇のような無機質な目をしている。
「あー、マジで楽な仕事だよな。人を集めるだけで、こんなに金が手に入るんだからよお」
「本当よねー、こんなに儲かるなんて世の中ちょろいよねー」
あはは、とそこにいる男女が笑う。その和やかな雰囲気に水を差すように、細目の男が言った。
「あちらさんはいつ、材料を運べと言ってる」
空気を切り裂くような声に、その場の雰囲気が一気にぴりつく。
「はい、今日の夜に迎えをよこすそうです。いつも通りに、例の場所に集めておけと」
「わかった」
細目の男がそう返事をしたときであった。
突如、ドアが乱暴に開かれた。
ドアの前に立っているのは、見知らぬ女が一人だ。いきなりの珍客に、そこにいた男女たちは唖然としていた。細目の男だけが、細い目をさらに細めて言い放つ。
「誰だ、あんた?」
「通りすがりのハンターです」
場に似つかわしくないはしゃいだ声で、ルカが言った。




