第71話 対価
部屋に入ったルカは椅子に女子を座らせた。女子はなんだか落ち着かない様子で、部屋を見渡している。おそらく宿屋に泊まるのが初めてなのだろう。ルカはベッドに腰を下ろして、女子の話を聞くことにする。
「名前を教えてもらえるかな?」
「えっと、ヤメク、です」
「ヤメクちゃんね。わたしは――」
「ルカ、さんだよね? 下で言ってたから……」
そう、とルカは苦笑する。あれで名前を覚えられるのもルカとしてはなんだか複雑な胸中である。
「それで、ヤメクちゃんはあんなところで何をしてたのかな? お父さんて言ってたよね」
「……はい」
ヤメクは手を何度も組みなおして視線をあっちへいったりこっちへいったりと、彷徨わせている。いざ話をするとなると、緊張するのだろう。ルカは話を急かさずに、ヤメクが話始めるのを根気強く待った。やがて、決心がついたのかヤメクが顔を上げた。
「……お父さんは日雇いの仕事をしてて、その、あまり、要領はよくないのだと、思います。よくわから、ない、けど……。でも、わたし、は、その生活でも、よかったんで、す。お母さん、病気で、死んで、二人きり。お父さんいれば、それでも、さびしくはなかった、んです。でも……」
たどたどしく話していたヤメクであったが、そこで言葉を切った。その目にはうっすらと涙がにじんでいる。ふたたび話始めるまで、ルカは口を挟まない。涙をぬぐってヤメクは、言った。
「二日前、です。お父さん、喜んでいました。わたしが聞く、と、大金が、手に入る、って言ってました。それで、その、お父さん、帰ってこなくて……」
「いつまでに帰ってくるとか、言ってなかった?」
「すぐに戻るとは言ってたんです、けど、全然帰ってこなくて……。二日もいないなんて初めてのことで、わたし、どうしたらいいか全然わからなくて……」
「つまり、お父さんを探してほしい、もしくは、連れて帰ってきてほしい。という理解でいいのかな?」
こくこくこく、とヤメクは何度も深くうなずく。ヤメクの顔は言いたいことを理解してもらえたという喜びがあった。そのヤメクの前にルカは右手を差し出した。ルカの行動の意味が分からずに、不思議そうに首をかしげるヤメク。そんなヤメクにルカは言い放つ。
「対価は?」
「タイ、カ……?」
「そう」
にっこりと笑顔を浮かべて、ルカは言葉を続ける。
「人にものを頼むなら、何かを支払わないといけない。当たり前のことだよ? ヤメクちゃんは何もしないのに、自分の願いを叶えてもらいたいの? それじゃ、誰も動かないよ。げんに誰もヤメクちゃんのことは相手にしなかったでしょう?」
「なんでっ!!」
がたん、とイスが倒れた。ヤメクは顔をくしゃくしゃにゆがめて、ルカを見た。そして、感情をぶちまけるようにして吠えた。
「どうしてっ!! そんな、ひどい、こと、を言うんですかっ!! あなた、たちは帰る家、あって、おいしいもの食べられ、てる!! ルカ、さんも、こんなにいい部屋、に泊まってる! わたし、何一つ、持ってない、です。それ、なら、わたしの願いぐらい、聞いてもらって、もいいじゃない、ですかあ……!」
最後の方は涙声で、かすれていた。ヤメクは涙を流して、肩を震わせている。
「気の毒だとは思うけど、同情じゃ人は動かないよ。対価が払えないなら、わたしは何もできない。他の人を当たった方がいいかもね」
ぐすぐす、と涙を流しながらヤメクは言葉を絞り出すように言った。
「対価って何を、払えばいいん、ですか? お金、ですか?」
「うーん、わたしはお金にはあんまり興味ないかなー。わたしが満足できるものを用意してよ。それなら、手を打つよ」
「ルカさんの、満足する、もの? わからな、いです……」
「それはわたしの気分で決まるからそんなに深く考えなくていいよ。ただ、それを用意できなかったときは、覚悟してもらおうかな」
ルカはヤメクを見て、口を邪悪にゆがめた。それを見て、びくっ、とヤメクは身を震わせる。
「か、覚悟って、なにを……」
「それはもうヤメクちゃんが死ぬほど嫌なことだよ。もう嫌で嫌で仕方なくて、頼まなきゃよかった、って後悔するぐらいのことをする」
すごみのある顔を浮かべたルカを見て、ヤメクはすっかりと意気消沈してしまった。まるで生まれたての小鹿のように足を震わせる。
「い、嫌、です……!」
「それが無理なら、もうお父さんのことは諦めるしかないね」
「嫌、です!」
ヤメクは額に両手をあてて、うずくまる。そのヤメクに、ルカは声をかけた。
「ヤメクちゃんは、お父さんのこと好き?」
突然何を言うのだろう、という顔をヤメクはしたが、それに深くうなずく。
「ヤメクちゃんは今、わたしに何をされるか怖がってるよね? でも、お父さんには会いたい。欲しいものを手に入れるには何かを犠牲にしないといけない。今のヤメクちゃんは怖いという気持ちを乗り越える。それが対価になるんだと思うよ。どうする? お父さんに会うために、犠牲を払う? それとも、何もしないでお父さんを諦める?」
ヤメクはルカの目を真剣に見ていた。ゆっくりとルカの言葉を吟味するようにして、やがて、顔を上げた。
「……お父さんと、会いたい、です!」
「怖い目にあうとしても?」
「それでも、わたし、は、お父さんに会いたい、です。お願い、です。お父さんを、探して、くだ、さい」
深々と頭を下げるヤメクにルカは言った。
「ヤメクちゃんの覚悟はわかった。じゃ、わたしはヤメクちゃんのお父さんを連れてくるよ。責任をもって」
「あり、がとう、ございます!」
ここにきて何度目かの涙を流すヤメク。
それを見て、ルカは約束した以上は絶対にヤメクの父親を見つけなければ、と思った。




