第68話 喪失
ウェスタのブレスの余波にルカは、体を吹っ飛ばされた。砂地に二転、三転と宙を舞い、ようやく止まった。うつ伏せのまま、顔を上げてルカは愕然とした。
レクスの姿はどこにもなかった。
もしかしたら、生きているのではないかという希望すら抱けない。あれを受けて生きている人間など存在しないだろう。ゆっくりと、ウェスタが放ったブレスの先を見る。それを見て、ルカは息を呑んだ。
地形が変わっていた。
コナリ砂丘から遠くにある山の一部が消し飛んでいた。山の半分が欠けて、部分的に赤く染まっていた。
それは、まさに災害であった。人知が及ぶ力を逸脱している。唖然としていたが、ルカは気づいた。周囲を覆っていた炎の檻が、消えていた。
ウェスタは仁王立ちをしている。その姿からは何を考えているのか、全くうかがえない。やがて、ウェスタはルカに向けて背を向けた。まるで、もう用は済んだとても言いたげに。
自分の存在は認知すらされていない。おそらくこの砂丘の砂粒ひとつとルカはウェスタから見れば変わらないのだろう。
立ち去っていくウェスタ。その背に向けて、ルカは拳銃を両手に構える。
そして、銃弾を放った。
命中する。ウェスタは振り向かない。ルカの攻撃はウェスタにとって歯牙にもかけられていないように思えた。
それでも、撃った。何度も何度も。それは、半ば八つ当たりでもあったのかもしれない。とにかく、相手に自分の受けた痛みを少しでも与えてやりたかった。感情の赴くままに、銃を撃ち続けて――ずきり、と頭が痛んだ。
たまらず、銃を落としてルカは額を押さえる。力の使い過ぎだった。銃弾を創りだせる能力を持つ、ルカではあるがそれは無限ではない。自分の中の力が枯渇しているのがわかった。
ウェスタの姿はもうどこにもなかった。いずこかへと姿を消してしまったようだ。
「……はは」
乾いた笑いを浮かべて、ルカはその場に仰向けに倒れた。自分の攻撃は虫さされ以下だったのだろう。自分の存在のちっぽけさを突きつけられたようで、途方に暮れるしかなかった。
きっと、レクスは死んだ。間違いなく。それが疑いようのない現実であった。
出会った時間はわずかのこと。それでも、ルカの胸の内は暗く沈んでいる。
「いい人、だったな……」
初対面の自分を家に招待してくれた。田舎育ちで好奇心が旺盛なところが、好ましく思えた。あんなふうに純粋に話をねだれたのは初めてのことで、ルカとしても不思議な気持ちで居心地がよく思えた。お人好しで動物と自然が好きな人。
一緒にいると気持ちが安らいだ。一緒に互いの会いたい人を探そう。そう、約束した。
ふと、ルカは自分がレクスに言ったことを思い出した。
わたしが君の夢の人探すの手伝ってあげる。
今となっては笑ってしまう。自分が一体、レクスに何ができたというのだろう。あのときの自分は、危ないことが起こったらレクスを守ってあげようという気持ちだった。だが、現実はこれだ。
「…………守られたのはわたしのほう」
無性に泣きたい気分だった。右腕で目を覆った。
レクスは自分が村から連れ出さなければ死ななかったのでは。時間はかかったとしても、村の人と和解はできたはずだ。イナク湿原でもそうだ。あの怪物にルカとレクスは敗走した。それが正しい選択だと思ったからだ。コナリ砂丘に向かえばサガトへはたどり着く。そう、思っていた。
こんなバカげた怪物がいるとは夢にも思っていなかった。
あのとき、こうしていれば。あのとき、こうしていたら。そんな思いにルカは囚われていた。それはもはや、考えても意味のないことだ。わかってはいても、そんな考えが浮かぶのを止められなかった。
どのぐらい時間が経過したのだろうか。ふと、ひんやりとした感覚を覚えた。腕をどけると、ルカの目に夜空が飛び込んできた。流星が夜空をかけている。どうやら、いつの間にか夜になっていたらしい。
しかし、ルカは動きたくなかった。このままここでこうして――ぐー、とお腹の音が鳴った。溜息を吐いて、ルカは上体を起こした。
「あんなことがあったのに、お腹はすくんだよね……」
途端に自分がとんでもなく薄情な奴に思えた。が、これが生きているということなのだろう。とても動く気分にはなれない。それでも、とルカは立ち上がった。
いつまでもここに寝ているわけにはいかない。
とぼとぼ、とルカは力のない足取りでサガトへ向かって歩き始めた。
正直、自分がどんな道をたどってきたのかまるで覚えていない。
ルカは目的地であるサガトへとたどり着いていた。時刻は夜であったが、はしゃぐ大人の声が聞こえてきた。建物は石造りで窓があるだけの、簡素な建物が多い。わめく大人がいる一方で街の片隅にはやせ細った生気のない目をした人たちが、ぼんやりとした視線で宙を見ている。
とりあえず、食事をとろう。
そう、決めてルカが街中で飲食店を物色していると、一人の老人が道端で倒れているのを発見した。老人は赤ら顔で、何やら意味不明なことをぶつぶつとつぶやいている。目は明らかにすわっている。まごうことなき、酔っぱらいである。
歩いている人は全員がまるで老人の姿など目に入っていないかのようだ。ここらではおそらく珍しい光景ではないのだろう。
ルカもそれに倣って、スルーしようとして――一人の男が目に入った。その男の目はやけにぎらついているように見えた。おまけに、人の目をかたどった妙な鉢巻を巻いている。いかにも怪しい風体だ。
老人から物品でも盗もうとでもしているのだろうか。
いったん、そう考えるとルカは立ち止まってしまった。ルカと老人は無関係。ここで立ち去って、老人がどんな目にあおうがかまわないはずだ。
でも、なぜだかそれをしたくない自分がいた。面倒ごとは避けるべき。それが賢い選択のはずだ。
「大丈夫、おじいさん?」
気づけば、ルカは老人の肩を支えていた。ルカがそうしたことで、男は人にまぎれてどこかへ立ち去っていく。どうやら、本当にこの老人に用があったらしい。
以前のルカならば、とらなかった選択だ。
レクスの影響、なのかもしれない。きっと、レクスなら見過ごさなかっただろうから。老人に肩を貸しながら、飲食店を探すルカ。すると、急にかっと老人が目を見開いた。
「よかった、目覚めた? 家の場所教えてくれたら、このまま送るけど……」
ルカの言葉は途中で途切れた。何やら、老人がわなわなと震えている。明らかに様子がおかしい。
「どうしたの、おじいさん?」
心配そうに老人の顔をのぞき込むルカ。老人は体はわずかではあるが痙攣している。これは尋常ではない。今すぐにでも病院に連れて行かなければ――そう思った時であった。老人が口を勢いよく開けた。口の前にはルカの顔がある。
ん? 口を開けた? これって……。
猛烈に嫌な予感がした。ルカの本能が警鐘を鳴らしている。
「ちょ、ちょっと待って、おじいさん。とりあえず、あそこで」
どばああああああああ。
老人の口から吐しゃ物がぶちまけられた。ルカの顔に。老人が口にしていたであろう、消化されきっていない肉やら米やら野菜やらがルカの顔を経由して、地面に落ちていく。酸っぱい匂いが鼻につく。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
サガトの夜空に、ルカの悲鳴が木霊した。




