第64話 逃走
レクスとルカは湿原を駆け抜けていた。背後からは木の切断される音が聞こえた。キュクロスがレクスとルカを追ってきていた。巨大斧を振り回しているにもかかわらず、その速度はかなりのものだ。レクスはちらり、と背後を見やる。
あの凶獣はどこまで追いかけてくるつもりなのだろうか。もし、向こうがずっとこちらを追いかけてくるつもりならば、どこかで足止めをしなければ。しかし、どうやって。
こちらの攻撃は通じない。そんな相手にどうやって足止めをすればいいのだろう。レクスが考えていると、そんなレクスの悩みを見透かしたようにルカが言った。
「わたしに考えがあるよ」
ルカの表情には自信がにじみ出ていた。レクスに考えが思い浮かばない以上、ルカにすがるしかない。任せる、という意味を込めてレクスはルカに頷いた。
レクスはルカの背中についていく。そのまま走り続けてやってきたのは、さきほどルカが地面を見ていた場所だ。先ほどと同じくルカはある部分を避けて、走っている。レクスもそれに倣う。
ほどなくしてキュクロスがその区域へとやってきた。それを確認してから、ルカはくるりと方向を変えてキュクロスの方を向く。
そして、銃を放つ。一発、二発、三発――目にもとまらぬスピードで引き金を引き続けるルカ。が、肝心の銃弾は一発もキュクロスには当たっていない。
なぜなら、ルカはあさっての方向を撃っていたからだ。
地面をうがつルカの銃撃を見て、レクスは目を丸くする。
「ルカ、どこ狙ってるの? 当てないと意味がないよ」
「ふふ、まあ見てなさいって」
不敵に笑うルカとは対象的にレクスははらはらしていた。キュクロスは確実にレクスたちとの距離を縮めていた。ここまで距離をつめられると、もはや逃走するのも厳しくなってくる。
どうする? このままルカの手を引っ張ってでも逃げるか?
逡巡して、レクスは逃げるのをやめた。ルカのことを信じることに決めた。
やがて、キュクロスとレクスたちとの距離が数メートルほどになり、ルカはキュクロスの足元に銃弾を放った。それは命中する否や、氷へと変化しキュクロスの足が氷漬けになる。
こんなこともできるのか、とレクスは舌を巻いたが――すぐに、氷の砕ける音が聞こえた。
やはり、足止めにすらならない。キュクロスの圧力がレクスたちに迫ってくる。
「ルカ、もうそろそろ逃げないと……」
「そろそろかな」
ルカがそういったときであった。
突如、キュクロスの足元から青い色をした巨大な蛇と魚を合わせたような生物が飛び出してきた。咆哮をあげて、そいつはキュクロスの足元に噛みつき地面の下へと引っ張っていく。
レクスが唖然としていると、
「捕獲型の凶獣、ジザベリク。あいつは地中に住む凶獣で地上を出歩くことができない。だから、罠をはって範囲に入った生物を捕食する性質を持ってる」
そのルカの説明を聞いてレクスは納得する。だからなのか。ここの周辺をルカが警戒していたのは。
「でも、よくわかったね」
「ほら、ここ見て。全然土の高さが違うでしょ。ついでに言うと周囲の土とも色がわずかに違う」
どれどれ、とレクスはじっと土を見るが全然わからない。が、ルカにはきっとこの些細な変化がわかるのだろう。すごいな、とレクスは感嘆する。
ふと、地中に落ちたキュクロスがどうなったかが気になり穴をのぞき込んでみる。深さは十メートル以上はあるだろうか。地中下では紫色の池がこぽこぽと泡立てて、その周囲には小さい蛇の形をした凶獣がキュクロスにたくさん張り付いている。
ジザベリクはキュクロスに襲い掛かり、それを巨大斧でキュクロスが応戦していた。
「ジザベリクがやられると思うけど、時間稼ぎにはなるはず。これだけの深さもあるしね。今のうちに逃げるよ」
その言葉にうなずき、ルカとレクスは湿原の入り口へと向かった。
♢
「ちょう、楽しぃぃぃぃ! レッツエキサイティング、ひゃっほい!!」
ゲオタヤ研究所の所長室で、アラメは椅子を使って踏み台昇降を繰り返していた。その顔は実に楽し気で、まるで少年のようであった。
「失礼します」
カプルがいつものように所長室へと入ってくる。何やら奇怪な行動をとっているが、いつものことだと流す。
「イエーイ、カプル、グッモーニン! 報告プリーズ」
「はい、イナク湿原に向かわせたキュクロスですが、ハンターどもに逃げられたようです」
「ホワッツ? なぜなに、デスサイズ」
「キュクロスに取り付けた装置を確認してみたところ、どうやら捕獲型の凶獣に捕まったようですね。あの辺は、あれがよくいますから。どうされますか?」
「レッツエンジョイホーリーエクスプロージョンイグニションサタデージェイソンアビスガイアエグゼクズキューゾンベルセルクホワイトブラックサンダーホワイト」
「……つまり、キュクロスの材料が足りてないために、いったん戻す必要があると言いたいのですね。確かに、これ以上深追いさせるのは危険ですね」
キュクロスは非常に不安定な凶獣だ。通常、研究所で実験した凶獣は教団兵に危害を加えないのだが、奴は見境なく襲ってくる。しかも、教団兵を優先してだ。それがなぜか原因は今もって不明。おまけに、定期的に人間を与えないと体が腐り落ちてしまう。放置すれば、おそらく死ぬだろう。
厄介なことに、奴はかなりの大食いで一度にたくさんの食料を必要とする。おかげで、材料の供給が不足しがちだ。
カプルとしては別に死なせてもいいと考えているのだが、あれはラティア様が送ってきた凶獣。ぞんざいな扱いをすれば、ここの研究所の人間が消されかねない。だからこそ、慎重な扱いが求められていた。
「では、キュクロスはこの研究所に戻します。しかし、アラメ様。よく奴らがイナク湿原に現れるとわかりましたね。コナリ砂丘に行く可能性もあったのに」
「オール、俺の勘、ヒウイゴー、最高、至高、俺最高」
「わかりました。では、手筈通りに行動いたします」
所長室を出て、カプルは息を吐く。
「わたしは、だんだんアラメ様の話す言葉がわかってきている気がする……」
それはカプルとしては非常に微妙な気持ちであった。




