第63話 戦い
キュクロスの巨大斧をレクスはすんでのところでよけた。空を切った巨大斧は地面へと突き刺さる。地をうがち、土とツタの根が宙を舞った。大地には大きな亀裂が出来ていた。
すさまじい力だ。身体を強化していようとも、攻撃を食らえば一撃で死に至るだろう。
「こんな凶獣、見たことない」
ルカは目を細めて、緊張の混じった声で言った。
「やっぱり、研究所の?」
「間違いなくそうでしょうね。どうする、レクス? かなりやばそうな相手だけど」
レクスは考える。普通に考えれば逃げたほうがいいだろう。街は近い。目的地へたどり着くことだけを考えれば、そうした方がいい。だが、とレクスの頭に死んだハンターたちのことが思い浮かぶ。
レクスは大剣をキュクロスに構えた。
「こいつの狙いは多分、俺たちだ。街へ逃げたら街の人たちを巻き込んじゃう。だから、ここでこいつはしとめる」
その答えを聞いたルカは肩をすくめて、息を吐いた。
「そう言うと思った」
「ルカは逃げても」
「冗談。相棒がやるっていうなら、わたしもやるよ」
ルカは銃を構える。自分の考えに賛同してくれたことに感謝しつつ、レクスはキュクロスの動きをうかがう。
キュクロスはゆらり、とまるで幽鬼のような動きで巨大斧を構え、振る。真横に一閃。空気の鳴る音がレクスの耳に届いた。空を切った巨大斧をキュクロスは真上に上げて、レクスの頭に振り下ろそうとしている。そのタイミングでレクスは一気に距離をつめた。攻撃のスピード、重さは、脅威だがその分次の攻撃にうつるラグがある。
レクスは大剣をキュクロスの胴体に打ちつけた。がきん、という金属のぶつかる音がする。レクスの手がしびれる。ひび割れた鎧にもかかわらず、異常な固さだ。いったんレクスは距離を置くべく、背後に跳躍した瞬間――ルカの銃撃がキュクロスの鎧に命中する。が、鎧を砕くところまでいかない。
自分の攻撃では駄目だったが、ルカならいけると思っていた。しかし、今の攻撃を見る限りでは損傷を与えているようには見えない。どうやって、ダメージを与えればいいのだと考えていると、
「鎧が駄目なら!」
ルカは銃の狙いを定める。狙いはキュクロスが鎧に覆われていない皮膚の部分。見るからに弱そうな部位ではあるが、キュクロスは巨大斧をぶんぶん、振り回している。動いているキュクロスに当てられるのか、とレクスが疑問を抱くが――そんなレクスの考えを撃ち抜くように、ルカは銃を撃った。銃弾はキュクロスの左胸付近の鎧に覆われていない部分に届いた。緑色の血が噴き出し、キュクロスが咆哮を上げている。
「すごい! よく当てられたね!」
「銃を命中させるのには自信があるのよ」
感心するレクスにルカが無表情で答えた。だが、これでわかった。あの鎧の覆われていない部分であれば、攻撃は通る。勝機が見えてきたところで――キュクロスが自らの体液と血液の混じったものをこちらに腕を振って飛ばしてきた。かわすと、その体液が付着した植物が枯れて、そこから煙が噴き出した。思わず鼻を押さえたくなるようなすさまじい悪臭だ。
キュクロスは巨大斧を両手で持ち、それをめちゃくちゃに振り回す。両手になったことで今までよりもさらに破壊力が増した上に、攻撃速度も上がっている。おかげで、近づくことができない。攻めあぐねているレクスの援護をするかのように、ルカの銃撃がいくつも放たれる。全ての銃弾が必中。キュクロスの皮膚から緑色の血が噴き出して、鎧の色が緑に変わっていく。
しかし、さきほどと違いキュクロスは咆哮することもなく一心不乱に巨大斧を横に縦にと振り回している。はたから見ればその姿は怒りに我を忘れているかのように見えた。ルカにばかり頼ってはいられない、となんとかレクスは巨大斧の猛攻と吹き出る体液。これを姿勢を低くしてかわし――大剣を振り上げる。キュクロスの肩口からこれまでとは比較にならないほどの血液が噴出した。レクスもこれは手ごたえがあった、と感じた。
すると、キュクロスはこれまでの激しい攻撃が嘘かのようにその動きを止めた。
体力が切れたのだろうか。そう判断したレクスが、大剣をキュクロスの皮膚部分に突き立てようとして――突如、キュクロスが巨大斧を地面に突き刺した。その瞬間であった。まるでキュクロスを守るかのように青くて丸い物体が体を覆った。
「ルカ、これ、何してるかわかる?」
「全然」
キュクロスの方からは攻撃をしてくる気配がまるでない。ずっと巨大斧を地面に突き刺したまま微動だにしない。
「このままってわけにもいかないし、攻撃してみるね」
ルカが銃を放つ。弾丸が青い物体にぶつかった瞬間、炎が上がった。ルカが炎の弾丸を放ったらしい。が、それはキュクロス本体に届くことはなく青い物体が燃えるばかりだ。
「障壁のようなものかな? 攻撃を続けたら破れるかも」
その言葉にレクスは頷き、キュクロスに向かって全身全霊の大剣を真上から振り下ろす。大剣が障壁に触れた瞬間、奇妙な感覚にレクスは襲われた。柔らかかったのだ。手には何の感触もない。なんだか、衝撃を吸収されているかのようだ。そして、キュクロスの目が赤く光った。
やばい。
レクスの本能が警鐘を鳴らしていた。とてつもなくまずい予感がした。慌てて身をふせて、叫ぶ。
「ルカ、伏せて!」
「――え?」
呆けた顔をしていたルカだったが、レクスの声に尋常ではない雰囲気を感じ取ったのかすぐに伏せた。その直後であった。
キュクロスは巨大斧を真横に大きく振り払った。同時にレクスの背後にあった木々が何十本も両断される。レクスの髪の先が、風圧を感じ取っていた。その攻撃の余波で、レクスが吹き飛ぶ。
地面に背中を打ち付けて、受け身をとる。無残な姿となった木を見てレクスはごくり、と息を呑んだ。反応がわずかにでも遅ければ、自分もこの木と同じ運命をたどっていただろう。
「レクス、あれ!」
ルカが叫ぶ。レクスが視線をやれば、キュクロスは乱暴な足取りでハンターの死体へと近づき、その死体を持ち上げて口へ持っていきかみ砕く。肉をえぐり骨を砕き、肉と骨を咀嚼する音が聞こえてくる。胴体を割いて臓物を口に入れて、その血液をまるで水を飲むかのように口に入れている。すると、キュクロスの傷から煙が上がり、傷が塞がっていく。
死体をすべて食い終えたキュクロスはレクスを見た。その目は先ほどよりも光が濃くなっているように思えた。巨大斧を持ち上げて、キュクロスはレクスに迫る。そのスピードは先ほどよりも向上していた。レクスは距離をとるように跳躍するが、そんなことなどお構いなしといったようにキュクロスは巨大斧を振り回す。
「ね、ねえ、レクス、これ逃げたほうがいいと思う」
レクスはキュクロスを見る。死体を食べたからか、あるいはさっきの障壁を張ってからなのか。キュクロスの攻撃のスピードはもはや手が付けられないほどになっていた。
あれをやるしかない。
レクスはキュクロスに向かって歩み、右手をかざす。
「ぐう!」
その瞬間、これまで経験したことのない不快な感覚がレクスに流れ込んできた。まるで体中の血管に虫が這いずり回るような耐えがたい感覚。思わずレクスは右手を下げた。キュクロスの方は特に変わった様子もなく、巨大斧を上下左右、あちこちに振るっている。
打つ手なし、か。
このような危険な凶獣を野放しにしていくことはできない。が、レクスの気持ちとは裏腹にそれを叶えることができない。
なぜなら、レクスにはその力がないから。
ぎり、と歯噛みをしてレクスは決める。
「逃げよう、ルカ」
キュクロスから背を向けて、レクスとルカは逃げ出す。
自分に力があれば、こんなことにはならないのに。
自らの力のなさが、レクスは恨めしかった。




