第59話 今後の方針
カルハ山を下ったレクスとルカを待ち受けていたのは草原であった。風が吹いて、草が揺れる。それにつられたかのように、草むらから小動物が飛び出してきた。一匹の小動物がこちらに向かってくる。丸い目に小さい鼻、体は赤い体毛に覆われており、非常に愛くるしい姿をしている。名をモルスターといった。
草食の動物で人に害はない。
レクスがかがんでほほ笑むと、モルスターが寄ってきた。レクスの膝に頬を摺り寄せるので、頭をなでてやると、目をうっとりとして細める。あまりに気持ち良かったのか、モルスターはお腹を見せる。そのお腹をさすると、嬉しそうに声をあげた。
「へー、大したものね。わたしも撫でてみようかな」
ルカが手を伸ばそうとすると、ききっ、と鋭い鳴き声を発していずこかへと走り去ってしまう。その姿を見て呆然としていたルカであったが、逃げられたのが不服だったのかむすっとしている。
「ちぇー、レクスはいいのにわたしは駄目なんだ」
「モルスターは警戒心強いから、滅多になつかないよ」
「でも、レクスにはすごいなついてたように見えたよ」
「俺はなぜか動物には昔から好かれるみたいなんだ」
「ふーん、君は優しいものね。で、とりあえず今後のことなんだけどさ、どうする? わたしはゲオタヤの研究所に行くけど、君は?」
「俺はルカに付き合うよ。行くあてもないし」
「わたしは助かるけど、いいの? サガトの街に行くからそこで生活するって選択肢もあるんだよ。教団兵と関わるってことは、殺される可能性もある。それに……また人を殺すことになる。それでもついてくる?」
ルカに言われて、レクスは黙る。タパパ村が燃えて、教団兵が村長とウキを殺したことや、自分が教団兵を殺したことが頭によぎる。正直言えば、もう関わりたくない。あんな経験は二度とごめんだ。
でも、と思う。あの教団兵たちを放置すれば自分と同じ目にあう人が出るのではないか。それは嫌だった。
だから。
「いくよ、ルカと。多分、人を殺すのも殺されそうになることも慣れることはないだろうけど、それでもあんなことを平気でする連中を野放しにするわけにはいかないから」
「オッケー。これからよろしくね、相棒」
ルカが手を差し出す。レクスはそのルカの手を握った。すると、ルカは淡い微笑みを浮かべた。
「結束を固めたところで、なんだけどレクス。サガトの街へはここからどう行けばいいの?」
「知らない」
え? ルカの目が点になる。
「地元の人だから、ここら辺の地理に明るいんじゃないの?」
「ううん、俺、あの村以外の場所行ったことがないんだ」
その言葉を聞いて、ルカは額に手を当てた。それを見て、レクスも首をかしげる。
「ルカは旅してて、ここへ来たんだよね。だから、いろいろと知ってるんじゃないの?」
「あー、わたしはもう用が済んだらすぐにここら辺からは出ていくつもりだったからね。そんなに覚えてないんだよね」
沈黙が場を支配した。レクスとルカはたがいを見かわしあう。
出だしから最悪のスタートであった。
「と、とりあえず、歩きましょ! そしたら、何とかなる!」
気まずい沈黙を振り払うべく、ルカが勢いよく腕を上げた。レクスもそれに倣って手を上げる。
どちらがサガトの街なのか見当もつかず、二人は黙々と歩き始めた。どのぐらい歩いただろうか、一向に街にたどり着く気配はない。空を見上げると、日が沈み、夕焼けが見えた。
ごくり、とレクスは唾を呑み込み、額の汗をぬぐう。歩きっぱなしで、喉が渇いていた。そろそろ水分補給がしたいなどと考えていると、ルカが声を上げた。
「レクス、あれ見て」
ルカの指さす方向、そこには木造の屋台があった。屋台の奥には椅子があって、そこに五十代ぐらいであろうか、ひげを蓄えた男がなにやら気難し気な顔をして、紙を読んでいる。
「ラッキー。どうやら行商の人みたい。ちょうどよかった、情報と食べ物でも買っていきましょう」
ルカが目を輝かせて、屋台へと突撃していく。遅れまいとレクスもそれに倣った。
「すいませーん」
「はい! 何にいたし――」
威勢のいい声と笑顔を浮かべた行商であったが、レクスとルカを見た瞬間、その表情が曇った。
「ちっ。なんだよ、お前らが買えるものなんかねえぞ」
行商はしっしっ、と追い払うように手を振っている。その行商の態度を見て、ルカがにたり、と笑う。にまにまとしながら、
「あれー? いいのかな、そんな態度をとって?」
ルカは何かを握っている。行商がうろんな目でルカの手を見ている。ルカは手をひろげると、そこには黒い魔核が握られていた。レクスはその魔核を見て、驚く。レクスが今まで見た魔核よりも、それは黒く輝いており宝石のように見えた。
「なっ!? お客様、なんなりとわたくしにお申し付けください」
行商の態度は打って変わり、手をすってにこやかな笑みを浮かべて、ネコナデ声をあげている。
「じゃあ、これとこれちょうだい」
ルカは食料と飲料をとった。そして、それをレクスに渡す。購入した飲料を飲みながら、
「ここからサガトの街へ行くにはどっちに行けばいい?」
「サガトの街でしたら、ここから北へ向かうと分岐路があります。右に行けばイナク湿原、左に行けばコナリ砂丘へと出ます。どちらに向かっても、サガトへは着きますが、わたしは断然イナク湿原をおすすめしますね」
「それはどうして?」
「コナリ砂丘は出るのですよ、得体の知れない怪物が」
「怪物? それって凶獣じゃないの?」
「あるものは大きな目といったり、またあるものは牙を見たといったり、見る人によって姿が変わるとか。なので、あまりコナリ砂丘には近づかないほうがいいかと」
「ふうん、わかった。ありがとう」
話を終えたルカは屋台から離れて、レクスと一緒に行商に言われた通り北の方へと歩いていく。レクスは気になっていたことを、ルカに聞いた。
「さっきの人、なんで露骨に態度を変えたんだろう」
「んー、わたしたちが子供だから足元見られたんじゃない? このなりじゃ、お金もってなさそうだもんね」
「お金のあるなしで、あんなに豹変するものなの?」
「あの人も仕事だからね、いちいち金づるにならそうな人に愛想ふりまかないでしょ。魔核を見せたら、態度変わったのが面白かったね」
「そういえば、あの魔核って、俺が見てる魔核とは輝きが違うんだけど、本当に同じ魔核?」
「凶獣のランクによって魔核の純度が変わるんだよ。ランクの高い凶獣ほど純度が高くて、価値が高くなる。ここでレクスに質問。わたしがさっき売った魔核、一体いくらぐらいでしょうか?」
レクスは考える。自分が仕留めた凶獣の魔核をウキがヤサが換金しにいっていた。そのとき、ウキは凶獣の魔核一個で一万エルになると言っていたか。それを基準にするならば。
「十万エルぐらい?」
「ぶぶー。答えは百万エルでした」
「ひゃ、百っ!?」
絶句する、レクス。まさか想定の百倍とは予想もしていなかった。タパパ村では五万エルもあれば一か月生活できる。あの魔核一つで、一年以上は何もしなくても生活ができるということだ。
「Bランクだとそれぐらいが相場かな。ランク内でも純度に違いがあるから、高い奴だと五百万エル。わたしが仕留めた奴で一番高いのは三千万エルぐらいしたかな」
もはや金額が大きすぎて想像が追いつかない。途方もない金額だ。途端に目の前にいる少女が雲の上の存在に思えてきた。
「ハンターってすごいんだね」
「お金で判断すれば夢があるかもしれないね。でも、実際凶獣と戦うから命を落とす人多いよ。金に目がくらんで実力に見合わない凶獣と戦って死ぬ人もいる。人を狂わすという点で言えば、力とお金は似てるのかも」
「どうして、そんなに人はお金を欲しがるんだろう? 身の丈にあった生活をしていればそれだけで俺は幸せなのに……」
「人が生活していくにはお金が必要だからね。レクスが飲み食いするものもお金で手に入れてるでしょう? 時間という犠牲を払って、人はお金を得て、生活していく。人は何かを犠牲にしないと生きていけない。それが嫌だから、盗みをしたり、人を殺してまでお金を手に入れる人もいる。本末転倒だけどね、本当は人の生活を楽にするためにあるはずなのに」
そう言って、ルカはどこか憂いのある表情を浮かべた。レクスと違って、ルカはいろいろな世界を見て回っている。だから、レクスが知らないことも知っているのだろう。見たくないこともいっぱい見たに違いない。それは、レクスには想像するしかできないことなのだが。
「お金って、怖いな……」
「お金自体はいいものだよ。便利だしね。怖いのはお金よりも人の心かなって、わたしは思うよ。でも、レクスは心配しなくていいよ」
「どうして」
「君は優しいから。どうか、そのままでいてね」
ルカはどこか大人びた表情をレクスに向けた。その表情を見て、レクスの頭がわずかに傷んだ。同じ顔をする人を自分は見たことがある気がする。どこかで。
一体どこだったろうか。記憶の海に潜ろうとしたところで、それをルカの声が遮った。
「あっ、小屋がある。ここで休んでこーよ」
やった、とはしゃいでルカは小屋へ走っていった。




