第58話 吐露
タパパ村を出たレクスとルカは無言で山を下っていく。ルカとしてはとても気まずかった。何とか励まそうと思ってはいるのだが、あんな出来事があったばかりの人間にかける言葉などあるのだろうか。せめて、凶獣が出てくれば気がまぎれるのだが、こんな時に限って凶獣は姿を全く見せない。
「ルカ」
意外にもレクスの方から話しかけてきた。ルカがなに、と目線で続きを促すとレクスが話始めた。
「クメにいろいろ言われてたけど、あまり悪く思わないであげて。本当はとてもいい人なんだ。他の村人もそう。あんなことがあったから、誰かに当たらざるを得なかったんだと思うから、嫌いにならないでね」
その言葉を聞いて、ルカは目を丸くした。
「レクスって怒ってないんだ?」
「怒る? なんで?」
「村から追放されたようなものだからさ、怒ってもおかしくないかなって」
「俺はあの村で八年過ごしてたからね。いろいろ世話になってる。だから、心根が優しい人たちだって知ってるんだ。そんな人たちが、俺を責めた。それで心が楽になるんだったら、俺はいいと思う」
「わかった、それならレクスの言う通りにする。でもさ、それだとレクスが損じゃない?」
「俺は別に――」
突然、ルカがレクスの頬をひっぱった。
「なひふふ」
「あれだけのことがあって傷ついてないわけないよ。話してみてよ、ため込むといつか爆発するから。大丈夫、わたしはレクスを責めたりはしないよ」
にへら、と笑うルカ。じーっと、ルカはレクスを見ている。これは話をするまでずっと見ている気だろう。レクスは観念したように話をする。
「教団兵を斬ったとき、俺は怖かった。何とも言えない拒否感があって、自分でもわからない感情だった。あれだけのことをされているのに、命を奪うということに抵抗があったんだ。凶獣の命を奪うのも最初は嫌だったけど、あれはその比じゃない。それに、教団兵が言ったんだ。お母さん、て。俺はあの人の命を奪ったことで、その家族を傷つけてしまうんじゃないかって」
レクスは自らの手を見る。思い出しただけでも、手が震える。
「言いたいことはわかるよ、わたしも殺人は好きじゃないしできることならしたくないしね」
「ルカは人を殺したことが?」
「あるよ。同じハンターをね。メリトってさ、適応器を扱えるからその能力を試していくうちに、平気で人を殺す奴が出てくるんだよね。で、わたしも命を狙われて、返り討ちにした。強い力は人を狂わすからね」
そう言って、ルカはどこか遠い目をした。自分と同じ歳なのに、このときのルカはずいぶんと大人びて見えた。
「どう? レクスからしたらわたしは悪者?」
「そんなこと!」
「そういうことだよ。わたしも自分の行いを正当化したくはないけど、あのときの教団兵は無抵抗の力のない人たちを殺してた。あれはただの殺戮だよ。明らかに人の生命を軽視してた。命を奪おうとするものは、奪われても仕方がないと思う。状況にもよるけど」
ルカの言いたいことはわかる。わかるのだが、それでもこの胸の痛みは消えてはくれない。
「レクスが戦ったおかげで、たくさん村の人たちが助かったでしょう? 今はあんな状態だけど、落ち着いたら君のことも分かってくれると思うよ」
「うん、ありがとう。でも、メサイア教団の連中はみんなああなの? どうして、あんなひどいことを平気でできるんだろう」
「選民思想が強いからだと思う。あいつら、ゲオタヤ以外の人間を家畜とみなしてる節があるからね。あるいは精神をマヒさせる薬物でも使われてるか。どちらにせよ、ろくでもない国よね。秘密主義でどんな国かもわかりゃしない。まあ、だからこそ行ってみたい」
目を細めて、ルカが言った。ルカは何かゲオタヤに思うところがあるかもしれなかった。
「どう、少しは楽になった?」
ルカは、レクスに向けてウインクをする。その顔を見てレクスは頷く。
考えていたことを吐き出したからだろうか。さっきよりもささくれ立っていた心がずいぶんと落ち着いた気がする。
「だいぶ楽になったよ。ルカは心を癒す才能があるね」
レクスが冗談交じりに言うと、ルカはまんざらでもなさそうに笑った。
ふいに、レクスは空を見上げた。きれいな青空が広がっている。まるで心を吸い込みそうなほどきれいだった。あんな惨事が起こったというのに、景色は変わらない。
どうして、人は争うのだろう。
同じ姿かたち、言語を喋れるのに、殺しあったりするんだろうか。
ルカがメリトの中には人殺しを楽しむ奴がいると言った。村を襲った教団兵は平気で村人を殺していた。むしろ、楽しんでいる風すらあった。
もし、それが力があるのが原因だとするならば。
力などなければいいのに、と思う。そうしたら、もっとみんな仲良くなれるのではないか。レクスはそんなことを思った。
♢
研究所内にある所長室にて、アラメは回転いすを回しながらペンを揺らしていた。すると、ペンが曲がってみえる。すげー、などと騒いでいると、扉があいた。
「失礼します」
入ってきたのは、教団兵。いつもアラメに報告をしてくる兵士だ。
「そろそろ来る頃だと思ったぜ、セニョリータ。ところで、ユーの名前はなんだいキャッスル?」
「わたしはカプルです」
「オーケイ、マイブラザー、カプル。報告プリーズ」
「はい。タパパ村へと送った我が兵士たちですが、全滅しました」
「オー、マジでリアリーフェアリー?」
「こちらの想定よりも腕の立つ者たちだったようですね。どうされますか」
アラメは床を強く蹴って、回転椅子の回転スピードを上げる。回転を上げるにつれて、あー、などと発声している。それが二分ほど続いただろうか。突如、椅子の回転を止めた。
「名案を思いついたぜ、ボンバーアサシン」
「アラメ様、向きが違います」
カプルがアラメの椅子の向きをこちらに向けなおした。
「キュクロスを使っちゃうぜ、オーイエー」
「は?」
目を丸くするカプル。本気で言っているのだろうか。いや、アラメの態度はいつも本気に見えないのではあるが。
「それは冗談ではなく、本気で言ってますか?」
「俺はいつでも本気全力、プリティバースト。こっちの兵士より向こうが上。ならば、こっちの最大戦力をぶつけるエクスプロージョン」
「それは確かにそうですが……」
「心配、おっぱい、ナッシング。ラティア様からもらった制御リングであいつのメンタル安定万歳、大丈ブイ」
「わかりました、そのようにいたします」
「これであいつら一巻の終わり、最高、至高、自分最高」
カプルはアラメのいる所長室から出て、深々と息を吐いた。
「つかれるー」
言ってから、キュクロスがいる檻へと向かう。檻のある場所についたカプルは、キュクロスを見た。腕と足が頑丈な鎖でつながれている。特殊な金属で作った頑丈な鎖だが、飢餓状態になるといとも簡単に破壊し手が付けられない。檻の周辺には材料に入れた人間の臓物やら脳みそやら、眼球などの食い残しが散乱していた。
「いかに腕が立つとはいえ、こいつには歯が立つまいよ。敵ながら気の毒ではあるが食い殺されてもらおう」
檻にいるキュクロスが、人ならざる叫び声をあげた。




