第57話 旅立ち
熱くひりひりする頬をレクスは手で押さえる。クメの目つきは鋭く、レクスを睨んでいた。
「あんたの仕事は凶獣を狩ることでしょ? それなのに、これはどういうこと?」
クメが指さす先には、燃え盛る炎があった。村民の平和を、生活を、焼き尽くす赤い炎。その光景をまざまざと見せつけられて、レクスは何も言えない。
「凶獣は殺せるくせに、村は守れないわけ? レクスさ、あいつら殺すことためらってたよね、なんで? ひどい奴らじゃん、殺すべきだったでしょ? あんたがもっと早く行動してれば、被害は抑えられたかもしれないのに」
クメの言葉に同調する村人たちが集まってくる。みんながレクスを非難する目で見ていた。昨日まで仲良くしていた人たち。その人たちに向けられる視線がレクスの心をずたずたにしていく。
「ねえ、どうして? どうして、村を守ってくれなかったの? どうして、ウキを守ってくれなかったの?」
くしゃり、とクメが顔をゆがめた。その顔から涙があふれる。
レクスの脳裏にウキの顔が浮かぶ。
ウキはレクスが村にやってきたときに、最初に遊んでくれた奴だった。大人しく外に出たがらないレクスを、やたらと外に連れ出して遊んでくれた。ウキのおかげで、レクスはタパパ村になじめた。彼がいなければ、こんなに村の人たちと仲良くはなれなかったかもしれない。
そのウキが死んだ。
改めてその事実を、現実を突きつけられて、レクスの心に大きな空洞ができたようだ。心が、痛い。
「ごめん……」
レクスは謝罪の言葉を口にすることしかできなかった。それ以外に言えることなどあるのだろうか。現に村は崩壊してしまったのだ。
「出ていけ」
クメが呪いを込めるかのように、言った。その言葉に同調するかのように、村民の視線の圧力が増す。レクスが踵をかえそうとすると、ルカがその間に割って入った。
「みなさんのお気持ちはわかります。大変つらいということも。ですが、レクスは頑張ったんです。あの状況で、レクスに何ができたと思いますか? あまり、レクスを責めるのはやめてください」
ルカを見て、クメが恨みがましい目を向けた。
「あんたが来てから、あいつらが来た。あんたのせいなんじゃないの、よそ者が」
吐き捨てるように言って、クメはルカの顔をはたく。そして、胸倉をつかみ上げて言い放つ。
「二度とわたしにその顔を見せるな」
クメはルカを突き飛ばされる。突き飛ばされたルカは、クメに頭を下げた。
レクスは村人たちに背を向けた。もうこの村にいることはできない。クメの言う通り、連中は自分たちを狙ってきた可能性が高い。そうなれば、レクスとルカがこの村に残るのはかえって村人たちの危険を高めることになる。
もうここにはいられない。一生をここで過ごしてもいいと思えた場所。それをこんな形で出ることになろうとは夢にも思っていなかった。そんなことを考えていた刹那、ウキの死体が目に入った。
額に穴が空いたウキ。昨日まで話をしていた友人の変わり果てた姿。築いてきた関係は、一瞬で崩れ去った。目を見開いた表情で絶命したウキは、きっと自分が死んだことにすら気づいていないのかもしれない。
ぎゅ、と拳を固く握りしめる。もしかしたら、助けられたかもしれない。そんな考えが頭をよぎる。もう後悔しても遅い。死んだ命は二度と戻ってこないのだ。レクスは背中に憎悪に満ちた視線を感じた。この死を悼む行為すら、村民の神経を逆撫でする行為なのだろう。
目を固くつむり、レクスはウキに背を向けた。その刹那、ウキの笑顔が頭を掠めた。
このまま村を去るべきなのだろう。
村を出ようと決心を固めるレクスであったが、どうしても行かなければならないところがあった。
レクスは自宅へ向かう。住んでいた我が家。が、その姿は変わり果てていた。炎が家を破壊しつくさんと、燃え上がっていた。八年間、ずっと過ごしてきた家。それが今や見る影もない。
ただ唯一の救いがあるとすれば。
[[レクス!]]
オガとエダがレクスの姿を見て、立ち上がった。レクスも二人を抱きしめた。本当に良かった。心の底から、そう思う。だが、レクスは言わなければならない。
「じいちゃん、ばあちゃん、俺、この村を出ていくよ」
それを聞いて、オガとエダは目を見開いた。
「ここを襲ったやつら、俺を狙ってると思う。この村にいたら俺は迷惑だから」
「迷惑だなんて……」
エダの言葉に、レクスは首を振る。
「俺がいなければ、こんなことには――」
「レクス」
レクスの言葉をオガが遮る。
「他の村民は知らないが、少なくともわしらはお前のこと迷惑だなんてこれっぽちも思っとらん。第一、お前が来なければこの村は凶獣の被害で終わってたろうよ。わしらは家を失った。が、家はまた建てればいいだけだ。レクス、お前が生きていてくれるだけでわしらは嬉しい」
そう言って、オガはレクスの手をぎゅっと握る。
「この八年間、まるで自分に子供ができたみたいで本当にうれしかったよ。お前はできた子だから、大して苦労もなかった。本当は傍にいてほしいが、もう覚悟は決めてるんだろう?」
「うん」
「なら、行ってきなさい。そして、辛くなったらわしらを頼れ。いつでもわしらはお前のことを見守っているよ」
「……ばあちゃん、じいちゃん、今まで育ててくれてありがとう」
レクスはオガとエダに深々と頭を下げた。顔を上げると、オガとエダは包み込むような笑顔でレクスを見ていた。レクスは顔を背けた。泣いている姿を見られたくなかったからだ。
村の入り口へとレクスは歩いていく。そのあとにルカが続く。遠くなっていくレクスの姿を、オガとエダはいつまでも見ていた。




