第56話 崩壊
村に大量の人間が来ていた。その足音で、レクスは覚醒した。ルカの名を呼ぼうとしたが、すでに起きていたようだ。その目は異様に鋭い。
窓の外を見て、レクスは目を見開いた。村の入り口には十を超える人間がいた。全員が青い神官服を身にまとっている。その姿を見て、レクスの頭がうずいた。
あれは、夢で自分に銃を向けていた人たちだ。
「面倒なことになったね。ゲオタヤのメサイア教団だ」
ゲオタヤ。この世界で最も強い力を持つ国で、メサイア教団とよばれる教団兵たちが世界中に存在しているという。知識では知っていたが、見るのは初めてだった。
「レクス、外に出るよ。嫌な感じがする」
ルカの言葉にうなずき、レクスは急いで家の外へと飛び出た。すでに騒ぎを聞きつけたタパパ村の村民全員が外に出ている。
「なんの御用ですかな?」
「そうだぜ、教団様が何しに来たんだよ! こんな朝からよお」
村長とウキが先頭にいる教団兵へ話しかける。教団兵の男は無言であった。
そして、片腕を上げた。すると、その瞬間――銃声がなった。
村長とウキが、倒れた。額に穴が開いている。その穴から血が漏れ出ていた。
ぽかん、としていた。何が起こったのか理解できなかった。それぐらい、目の前の光景は現実離れしていた。それは、他の村人も同様で。誰一人、起こった出来事を認識できたなかった。あるいは――認識することを無意識に拒んでいたのかもしれない。
「お前ら、アラメ様の命令だ、皆殺し――いや」
リーダーの教団兵が村の若い女を見て、舌をなめる。
「お楽しみはとっておこう。それ以外は殺せ! 火をつけて燃やし尽くせ!」
教団兵たちが村の家に火をつけた。あっという間に燃え広がっていく。燃えていく。レクスの育った村が。思い出が。教団兵は、これだけのことをしておきながら笑っていた。その顔は全員が弱者を嬲るという嗜虐性に満ちている。
タパパ村は炎に包まれ、村には火の粉が舞っている。
信じられない光景、だった。こんなことが現実だなんて思いたくなかった。
レクスが立ちすくんでいると、
「レクス!」
ルカの叫びで我に返った。目の前には武器を持った教団兵が今まさに、レクスに斬りかかろうとしていた。大剣を抜き、レクスは剣を斜め上に斬り上げた。教団兵が持っていた剣がどこかへ飛んでいく。その隙を見逃さない。レクスは近づいて、大剣を振り下ろそうとして。
「お母さん……」
教団兵のつぶやきが聞こえて、レクスは剣を止めた。殺す? 人を、俺が?
できない。人を殺すなんて、俺には。そう、レクスが躊躇したときであった。
村人の悲鳴が聞こえてきた。教団兵はあちこちで、村人を追いかけまわしている。ある教団兵は若い女の服を切り刻んでいた。
許されるのか、こんなことが。
許していいのか、この行いを。
彼らはいずれオガとユダも殺す。それを見過ごすというのか。レクスは大剣を固く固く握りしめた。そして、大剣を目の前の教団兵に突き立てた。絶叫をあげて、血を上げる教団兵。その表情は断末魔の苦しみにゆがんでいた。
ずきり、とレクスの心が悲鳴を上げた。体全体が震える。汗が体から噴き出す。すさまじい嫌悪感に、レクスの目に涙がうっすらと滲む。
折れそうになる心をレクスは奮い立たせる。この時だけは、心を殺す。村のみんなを守るために。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
レクスは目についた教団兵へと斬りかかる。無我夢中で斬り捨てる。ぴしり、と心がきしむ音が聞こえた気がするが、すべて無視した。どのぐらい斬ったのだろうか。レクスの前に残っている教団兵はリーダーだけになっていた。
リーダー教団兵は、愕然としている。
「な、なんだ、これは。俺はこんなに強いなんて聞いてないぞ。誰か、誰か残っていないのか」
リーダー教団兵が裏声で叫ぶ。が、返事をする者はいない。
「残念。残ったのはあなただけみたいだよ」
ルカがくるくると二挺の拳銃を指で回している。
「お、おのれ……」
リーダー教団兵は、いきなり真横へ飛ぶ。そして、村人を羽交い絞めにしてその首に銃をつきつけた。その村人はクメであった。クメは怯えた表情をしており、目には涙がにじんでいた。
「お前ら、その場で自害しろ!」
リーダー教団兵の言葉に、ルカは肩をすくめた。
「あなたねえ、これだけやらかしておいてそれはないんじゃない? 情けなくならないの」
「黙れえ! 言うことを聞かなければ、本当に殺すぞ!」
銃をぐりぐりと額に押し付けられて、クメが怯えた声を上げる。
「ルカ、やめてくれ」
レクスに言われて、ルカは息を吐く。そして、レクスの目を見る。それは一瞬のことで、
「君ねえ、うるさい」
吐き捨てるように言ったルカは肩をすくめて――ばん、とルカがレクスの心臓を撃った。撃たれたレクスはその衝撃で、吹き飛んだ。それを見て、クメが悲鳴を上げ、リーダー教団兵があんぐりしている。
「わたしは指図されるのが嫌いなの。あー、すっきりした」
「お、お前、仲間、じゃないのか?」
「ぜんぜーん。ただ、一日泊めてもらっただけ。それよりさ、教団兵さん相談があるんだけど、いい?」
予想外の事態にリーダー教団兵は、狼狽した声を上げた。目の前の女が何を考えているかわからず、恐怖を感じる。それを悟られぬように平静を装った。
「なんだ?」
「わたしをメサイア教団に入れてほしいの。前々から入りたいと思ってたんだよね」
その言葉を聞いて、リーダー教団兵は目を丸くする。
「本気で言っているのか?」
相手の意図がまるで分らずに、探る様に言った。
「もちろん。そのために、レクスを撃ったでしょ? 仲間になる証明ってことで」
「それは、そうだが……」
「じゃあ、あなたたちのボスのところへ連れて行って」
その提案にリーダー教団兵はむっとする。
「なぜ、俺がお前の言うことを聞かなければならん。こいつの存在を忘れていないか?」
クメの顔をリーダー教団兵が乱暴にわしづかみにする。
「殺せば?」
冷たい声で、ルカが言い放つ。
これにはリーダー教団兵も狼狽した。
「この村の人ってわたしには関係ない人たちだからね。何人死のうが気にならないの。だから、好きにしていいよ。それで、さっきの話だけど場所はどこ? わたしって短気だからさ、あんまり焦らすとあなたも殺して自分で探すことになるけど」
正気か、この女。いや、しかし、とリーダー教団兵は思う。今まさにこいつは仲間を撃ち殺したのだ。何のためらいもなく。それならば、人質を全く意に介さずに自分を撃ち殺すということは十分に考えられるのではないか。
死の恐怖に支配された、リーダー教団兵は言うことを聞くことにした。もとより、こんな辺境の村で死ぬことなぞ望んでいない。
「わ、わかった。我々の研究所はペタ山、中腹にある」
「ペタ山? あそこは廃墟しかないはずだよ」
「地下があるのだ。巧妙にカムフラージュしているがな」
「へー、そうなんだ。じゃあ、あんたのボスの名前は?」
「アラメ様だ」
「アラメ、ね。うん、これぐらいでいいかな」
納得したように頷くルカを見て、教団兵が首をかしげる。
「なんの話だ?」
「なんの話も何も……レクス、もういいよ」
その言葉を聞いて、リーダー教団兵はきょとんとした。そして、背後に気配を感じて振り返る。そこには大剣を振り上げる死んだはずの男がいた。
「なっ、貴様」
その先の言葉が紡がれることはなかった。レクスはリーダー教団兵の頭を大剣で斬り飛ばした。首が宙を舞い、ぼとり、と地面に落ちた。
ふう、とレクスは呼吸をして手を広げる。震える手を無理やり握りこむ。自分の動揺を押し殺すように。
「演技、うまいねレクス」
「ばれるかと思って、どきどきしてたよ。銃弾の威力、変えられるんだね」
「弾丸に込める力の入れ具合でね。でも、とっさによくわたしの考えてることがわかったね」
「人の考えてることがなんとなくわかるときがあるから。それに」
「それに?」
「俺はルカのこと信じてたから」
まっすぐな眼差しでルカを見るレクス。それを見て、ルカはふっ、と笑う。
「うれしいことを言ってくれるじゃない」
レクスの背中をルカが叩く。カラッとした笑い声を上げるルカ。正直、少し加減をしてほしかった。背中がびりびりしている。手でさすっていると、ふと、視線を感じた。顔を上げると、そこにはクメがいた。
クメがつかつかとレクスに向かって歩いてきて。
そして、ぱあん、とレクスの頬を思い切り叩いた。




