第54話 遭遇
「本当なんだって!」
タパパ村の入り口で、ウキが前のめりになり興奮して喋っている。それをクメは呆れたように息を吐き、レクスは苦笑している。
「なんで、そんな嘘をつくかねえ。わたしゃ、恥ずかしいよ」
「これは本当に嘘じゃねえんだ。見たんだよ、凶獣を」
ウキが言うには、昨日カルハ山に果実をとりにいったときのこと。山頂で休憩をしようとしたときに、妙な息遣いが聞こえた。見てみれば、何やら茂みが揺れている。気になり、近づいてみるとそれは赤い目をした凶獣だとウキは言うのだ。カルハ山は滅多に凶獣が現れない山だ。ゆえにみな安心していける場所である。
これがただの凶獣であれば、レクスも信じたろう。だが。
「俺は人型の凶獣なんて見たことないけどな」
「俺は見たんだよ!」
「あんたの見間違いでしょ。レクスとあんたなら、わたしはレクスを信じるよ」
二人に言われて、ウキは肩を落とした。明らかに意気消沈している。見ていると、気の毒になってきた。レクスは考えるように顎に手を当てて、言った。
「わかった。そこまで言うなら俺が見てくるよ」
「マジで! やった、さすがレクスだ。俺はあれが気になってよお、このままじゃあ、一生カルハ山に登れねえって、落ち込んでたとこよ」
ウキがレクスの両手を握って、ぶんぶん振り回す。
「いいの、レクス? あんた、これから狩りだろ?」
「ちょっと、見に行くだけだよ。大した労力じゃない。それに、もし仮にその話が本当なら村のみんなが危ないからね。俺が退治しなきゃ」
「レクス、みんなが危ないっていうけどさ、あんたも危ないんだよ。自覚ある?」
「別に俺は――」
言葉を紡ごうとするレクスの口をクメが押さえた。
「村のみんなのために頑張るのはいいけど、あたしはあんたが心配なんだよ。あんたも村の一員だってこと肝に銘じて」
クメの目は真剣だった。本気でレクスの身を案じている。それがわかってレクスはなんだかうれしい気持ちになった。
「ありがとう、気をつけるよ」
「俺もレクスを心配してるぜ!」
「あんたは黙れ」
クメがウキの頭にげんこつを見舞う。ウキは苦痛に悶えて、レクスはその様子を見て笑う。
支度をしてレクスはカルハ山へと向かった。
カルハ山の頂上まで登ったが、道中に凶獣に出くわすことはなかった。平和なものだ。やはり、ウキの勘違いではないかと思うが、確か凶獣を見たのは山頂だと言っていたか。ならば、この辺りを入念に探索した方がいいだろう。
ワッケルの木々がある中へ入り、レクスは耳を澄ます。すると、なんだか音が聞けてきた。この音はなんだろうか。
まるで、何かが肉を食べているかのような。
ごくり、と唾をのんで音のする方へと近づく。レクスの前にはワッケルの木があった。この木の辺りから、音は聞こえてきている。ゆっくりと木の端から見て、レクスは息を呑んだ。
それは緑と紫の入り混じったような皮膚の色をしていた。明らかに人間ではない。が、あれは凶獣なのか。凶獣は何かを一心不乱にしている。レクスからは凶獣の後姿しか見えない。
もっと近づくしかない。
レクスは木陰から出て、そろりと近づく。恐怖よりも、好奇心が勝った。
一体、何をしているのだろう。
近づき、レクスは見た。凶獣に食われる、人の顔を。その食べられている人の目とレクスの目が合って。
「う」
たまらず、レクスは声を上げた。その声で、凶獣はこちらに振り返った。
二本足で立つそれは、確かに人の姿に酷似している。が、赤く光る目にまるで腐り落ちているかのような皮膚。人とは別種の存在だ。
凶獣はレクスを獲物と認識したのか、こちらに迫ってきた。その動きは思ったよりも機敏だ。凶獣が片腕を振り上げる。レクスはそのタイミングで前進し、凶獣に体当たりする。態勢を崩した凶獣にレクスは剣を抜き放ち、振り下ろす。
レクスの剣が凶獣の左肩から腰にかけて、切り裂く。緑色の血をあげて、凶獣は声にならぬ声を上げ、倒れた。終わったか、と思い――レクスは目を見張った。
剣で斬ったはずの傷に白い泡が出来ていた。見れば、傷がだんだん塞がっていく。
不気味に思ったレクスは、凶獣の頭を剣で突き刺す。びくん、とひときわ大きくはねた凶獣は、それきり動かなくなった。傷口が修復する気配は、ない。
今度こそ、終わったようだ。
「なんだ、こいつは」
レクスが今まで出会った凶獣とは違う。傷が再生する凶獣など会ったこともない。それに、この凶獣はどことなく人に似ている気がする。正体不明の凶獣のことを考えていると。
がさり、と茂みが揺れる音。
人型の凶獣が飛び出してきた。
しまった。もう一体いたのか。
レクスは完全に油断していた。今から剣で反撃しようにも間に合わない。一瞬、レクスは迷い――決断した。あれを使うことに。
襲い来る凶獣の前に、レクスは右手をかざす。その右手から淡い光が発せられて、凶獣はその動きを止めた。まるで時間が静止したかのように動かない凶獣。レクスは剣を真上から振り下ろそうとした直前。
いきなり、凶獣が燃え上がった。
突然のことにレクスは目を丸くする。自分はなにもしていない。なのに、どうして。凶獣は倒れ、ぶすぶすと煙を上げている。動く気配はない。どうやら絶命したようだ。まるで狐につままれたような気分で、凶獣を見ていると茂みの奥から声が聞こえてきた。
「危なかったんじゃない」
姿を現したのは一人の少女であった。歳はレクスと同じだろうか。その手には銃を持っている。凶獣がいるというのに、表情に変化がない。明らかに慣れた所作を感じる。おそらく、凶獣が燃え上がったのはこの少女の仕業だろう。
「君は?」
「わたしはルカ」
ルカは黒焦げになった凶獣を観察している。
「見たことないタイプ……やっぱり、この辺に研究所があるんだ」
納得したように頷き、ルカはレクスに向き直る。
「君、ここら辺は危ないよ。命が惜しいならもう近づかないことだね」
「それは君……ルカにも言えるんじゃないの?」
「わたし? わたしは平気だよ、何せこれがあるからね」
ふふん、と笑いルカは銃を見せびらかすように掲げる。
普通の銃では凶獣を傷つけることはできないはずだ。だが、さっきの凶獣は体を燃やしていた。つまり、この子も同じなのか。自分と。
「じゃあね。もう会うこともないだろうけど」
ルカが踵を返そうとした時であった。
ぐー、とお腹の鳴る音がした。それはそれは盛大な音であった。途端にルカがバツの悪そうな顔を浮かべた。
「えっと、その、お腹……すいてるの?」
ルカの気まずい顔を見て恐る恐るレクスは言った。すると、ルカはゆっくりと頷く。気のせいか、頬に朱がさしている。
「家は?」
「旅してるから、ここで野宿」
「ワッケルは食べなかったんだ」
「いろいろしてたら、食べるの忘れてた」
「俺の家に泊まる?」
レクスは自然にそう口に出していた。こんなところで野宿は気の毒だと思った。それに妙な凶獣もいる。ここよりはタパパ村に泊まった方がいいと考えたのだ。
そんなことを言われると思っていなかったのかルカは目を丸くした。やがて、からかうような笑みを浮かべ、
「親切の見返りにわたしの体を求めるんだ?」
そのルカの言葉に、レクスは眉をひそめて首をかしげる。
「体? 何のことかわからないけど、別に見返りなんて求めてないよ」
それを見たルカは目をぱちくりと瞬かせ、しばしの逡巡の間、何かに納得したように頷く。
「冗談が通じないとは……。田舎の純粋少年だね。ごめん、下品なことを言って」
「さっきから何の話」
「ううん、ただの独り言だよ。じゃあ、喜んで厚意に甘えさせてもらおうかな」
「あ、ちょっと待って」
話がまとまりかけたところで、レクスが声を上げた。
「凶獣に襲われた人の死体、弔ってあげたい。手伝ってくれないかな」
そう声をかけたレクスにルカは感心したような目を向けた。
「優しいんだね。凶獣に襲われて死んだ人の死体なんてごろごろしてるのに」
「俺は初めて見るんだ。この人がどんな人かは知らないけど、きっとこのまま放っておかれるのは嫌だと思うから」
レクスとルカは墓を作って、手を合わせた。そして、二人はタパパ村へと向かった。




