第53話 カルハ山
タパパ村の近くにそびえるように存在する山――名をカルハ山という。この山には春には熟れた果実を実らすワッケルという木が大量に生えていた。そのために、タパパ村や山の下にあるヤサという町に住んでいる人々がこぞって、収穫の時期には実を取りに来る。
そのカルハ山の山頂に一人の少女が佇んでいる。肌の色は白く、端正な顔立ちをした少女だ。少女はワッケルの身などには目もくれずに、じっと山の向こうを見通すかのように目を細めている。
それがどれぐらい続いたろうか。やがて、少女は息を吐いた。
「情報通りなら、この辺にあるはずなんだけど。見当たらないものね。仕方ない、ここで野宿をしますか」
山頂にあったベンチで横になり、空を見上げる。雲一つない青空。日差しがまぶしく、思わず目を逸らした。手で日差しから目を守るように覆って、つぶやく。
「本当にあるのかな、ゲオタヤの研究所」
♢
「急げえええ!」
血相を変えて、教団兵が叫ぶ。その教団兵の周囲に、次々と教団兵が集まってくる。全員が武器を所持している。教団兵たちが並ぶ前方には、鉄製の壁。その前で、教団兵たちがごくり、と唾を呑み込んだ瞬間。
鉄製の扉が吹き飛んだ。
現れたのは全身をひび割れた鎧でまとうもの。大きさは二メートルほどだ。ぱっと見は人間に見えなくもないが、ひびわれた鎧の隙間からピンクと紫の混じった皮膚が、鼓動している。皮膚からは体液が漏れて、それが床に落ちると煙が上がった。手には身の丈ほどもある巨大な斧を持っている。
体液の悪臭はひどく、思わず顔をしかめてしまうほどだ。教団兵たちは怯えていたが、それを振り払うかのように、
「かかれえええええええ!」
先頭にいた教団兵が叫び、それにつられて全員が斧を持つ異形の怪物へと立ち向かっていく。怪物は斧を振り上げて、真横に振るった。ぶん、と空気の鳴る音とともに教団兵たちが持っていた武器がへし折れ、体が真っ二つになっていく。
真っ二つになった教団兵を見て、怪物は赤く濁った眼を見開き吠えた。持っていた斧を放り出して、ちぎれた教団兵の胴体を両手でつかむ。そして、鎧に覆われた顔の下から口を開く。人よりやや鋭い歯からは唾液が漏れている。怪物は教団兵の頭にかぶりついた。
その教団兵は生きたまま怪物に食われるという地獄を味わうこととなった。怪物は夢中で教団兵を捕食している。
ゆえに気づかない。背後から迫る教団兵に。
教団兵の手には人の頭を覆うほどのリングを持っていた。恐る恐る近づき、教団兵は怪物に近づいてそれをはめた。その瞬間、怪物は動きを止めた。生き残った教団兵たちは、状況を見守る。やがて、怪物が動かないとわかってようやく息を吐いとき。
扉が開く音がした。現れたのは白衣を着た髪を茶髪に染めた男。口には何かをかんでいるのか、くちゃくちゃと音をさせている。
「アラメ様。言われた通りにいたしましたが」
「ういっす」
アラメは片手をあげて、怪物に近づく。攻撃をしてくる気配はない。
「ラティア様が送ってきた制御リング、効果バッチシじゃん。やばやばっしょ」
食物をくちゃくちゃさせながら、アラメは満足したように言った。教団兵の死体が転がっている状況は目に入っているはずだが、アラメは顔色一つ変えない。
「この凶獣キュクレスだっけ? ラティア様がここに送ってきたはいいけども、大食いすぎるよねー、こいつ。おかげで、材料調達が大変大変。ラティア様もさー、もっとしつけとけって話よ。そう思わね?」
「アラメ様。六星であるラティア様へその発言はいかがなものかと思いますが」
教団兵がそう言った瞬間、アラメは白衣から銃を取り出して教団兵の額にこすりつけた。
「この銃、強化弾丸使ってるんだよねー。適応器で強化してても、お前殺せるけど、ここで死んどく? いっちゃう?」
「……わたしは、何も聞きませんでした」
「オーケイ、オーケイ。物わかりのいい部下、最高、至高、俺最高」
アラメが機嫌よく笑い、教団兵は苦笑を浮かべた。すると、一人の教団兵がアラメに敬礼をした。
「アラメ様、大変申し上げにくいことがあるのですが……」
「俺、仏、最高、至高の存在、ベイベ。申してみろ、ヒウイゴー」
「はい、その、凶獣の何匹かが研究所から脱走してしまったようです。いかがされますか」
「オーケイ、なるほどなるほど。放置でいいんじゃね?」
「よろしいのですか? ここの研究所の存在がばれると、いろいろと面倒なことになりそうですが……」
「ぜーんぜん、オーケイ。この辺にここをどうにかしようとできる奴なんて存在しないっしょ。問題ナッシング。で、どこへエスケープしちゃったわけ?」
「カルハ山の方です」
「ああ、あそこね。まっ、ゴミが何人か消えるけどいいっしょ。それに、材料を食う奴が減れば、その分をキュクレスに回せるし」
けらけら、とアラメは笑った。




