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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第4話 交渉

 換気扇の回る音がしている。ネズミが地を這いまわっていた。つんとした臭気が漂っており、肌に温かい空気がまとわりついてくるようだ。人気がない、いかにも路地裏といった場所でレオナはある男と会っていた。

 

 男は帽子を目深にかぶっており、指には宝石のついた指輪をはめている。禁止区に住んでいる人間としては、ずいぶんと羽振りがいいようだ。

 

 レオナは男に紙幣を渡す。男は受け取ったそれを数えて、ふっ、と満足げにほほ笑んだ。


「どう、足りる?」


「ああ、十分だ。で、いつにする?」


「明日でもいけそう?」


「おいおい、それはずいぶんと急な話だな」

 

 男は大仰に両手を上げた。


「やっぱり、無理?」


「いーや、全然問題ない。しかし、急ぐじゃないか。なんか思うところでもあったか」


「……別に」


 ふいに浮かんだマリーの表情を打ち消すかのようにレオナは答えた。


「ふーん、まっ、別に俺としては問題ないけどよ。じゃあ、明日の夜に廃棄エリアに来てくれ。詳しい脱出ルートはそのときに教えるからよ」


 こくり、と頷く。

 

 男は禁止区の人間を一般区へと送ることを仕事としている。普段は禁止区内のごみ収集と廃棄を仕事としているが、そのときに廃棄口から一般区へとつながる通路を発見したらしい。以来、男は禁止区から出たい人間を対象に高額のお金を巻き上げているという。

 

 当然、教団はこのことを知らないので見つかればただでは済まないだろう。


 レオナがこのことを知ったのは知り合いの情報屋から教えてもらったからだ。禁止区から出たい気持ちがあるレオナとしては、この男と関わることを迷っていた。


 情報の真偽も分からないし、あまりにも危険だと思ったからだ。しかし、昨日のあれを見てしまうと一刻も早くここから出たいという気持ちが高まっていた。


「じゃあ、話は終わりだな。また明日ってことで」


 男が踵を返そうとしたときだ。


「待って」


 レオナはその背中に声をかけた。くるりと、振り返り男はなんだ、と視線で言葉を促す。


「あのさ、わたしの他にも二人誘っていいかな?」


「はっ?」

 

 男はぱちぱちと瞬きする。明らかに困惑しているようだ。


「友達がいてさ、その二人も一緒に連れていきたいんだよ。もちろん、追加料金を払うからさ」


 昨日、カレルとは喧嘩してしまったが、そんなことは関係ない。あの二人はこの禁止区内でできたかけがえのない友達だ。自分だけ禁止区を出ることには抵抗があった。それに、一般区で三人で過ごしてみたいという思いもある。


「――駄目だな」


 きっぱりと男は言った。


「一人逃がすだけでもばれる可能性あるのに、二人追加なんて正気の沙汰じゃねえ。俺はごめんだね」


「そこを何とかできない? お金だったら、もっと出せるから」


「お前、死にたいのか?」


 男のすごみのある視線を受けて、レオナは思わずびくり、と身を震わせた。


「禁止区から一般区に脱出するのは重罪だ。お前も禁止区に住んでるのならわかるだろ? それにお前らがくたばろうが知ったことじゃねーが、俺も危ないんだよ。却下だ。考える余地もない」


 にべもなくレオナの提案を突っぱねる男。しかし、レオナは諦められない。説得を続けようとして、口をつぐんだ。


 男の様子がおかしいからだ。なんだか顔がこわばっている。どうしたのだろう、そう思ったときだ。


 背後に気配を感じた。振り向くと。


 そこに教団兵が立っていた。


 危うく心臓が口から飛び出るかと思った。動揺を悟られてはならないと考え、レオナはとっさに愛想笑いを浮かべる。


 教団兵はレオナと男の姿をじっと何かを観察するように見ている。


 もしや、今の話を聞かれていたのだろうか。だとすれば、相当にまずい。レオナの額から一筋の汗が滴り落ちる。

 

 どうしよう。何か誤魔化したほうがいいだろうか。しかし、今から喋ると余計に怪しいと思われはしないか。頭の中で嘘の言葉と教団兵に連行される自分の姿がぐるぐると回っている。


 その時間が永遠に続くかと思われたときだ。


 教団兵が、動いた。ぎくり、とレオナは身をこわばらせた。やはり、話を聞かれていたのか。肝を冷やすが――教団兵は踵を返して立ち去って行った。


 教団兵の姿が見えなくなってからも、二人はしばらくその場でたたずんでいた。


 ようやく緊張が解けて、レオナは路地裏から顔を出す。そして、ぎょっとする。

 

 あちこちに教団兵の姿が見えたからだ。普段から教団兵は見回りをしているが、いつもより数が多い気がする。しかも、この路地裏は普段教団兵が近寄らない場所のはずだ。にもかかわらず、教団兵が多いということは――


「何か事件でも起こった?」


「ったく災難だったぜ」


 レオナと同じく平静を取り戻した男が悪態をついた。


「寿命が縮んだぜ、まったく。さっきの話だが、逃がすのはお前一人だ」


 男の声には有無を言わせない迫力があった。こうなってはレオナの言葉など聞く耳をもたないだろう。


「…………わかった」


 渋々といった様子でレオナは言葉を返した。そして、路地裏から立ち去っていく。その後ろ姿はどことなく力を失っているように見えた。


 立ち去るレオナの姿を見送り、男は考え込むように顎に手をあてる。どのぐらいそうしていただろうか。やがて、男は顔を上げ、


「そろそろ潮時かもしれねえな」


 ぽつり、とつぶやいた。男の声を聞くものは誰もいない。


 


 

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