第48話 計算
崖下をラティアはのぞき込んでいた。川が流れているが、それは遥か下にある。並みの子供なら死んでいるだろうが、レクスならば生きているかもしれない。可能性としては五分五分といったところか。
「……ちっ。遊びすぎましたね」
「どうされますか?」
部下に聞かれて、ラティアは考える。ここで探索をするとなると、かなりの時間がとられるだろう。
「放っておきましょう」
「よろしいのですか? ケゾール様にレクスを探せと頼まれていたのでは?」
「知りませんよ。わたしはやることはやりました。帰りますよ」
踵を返すラティアであったが、脳裏に最後のレオナの表情がよぎった。あの女は笑っていた。それが腑に落ちない。ぎり、とラティアは爪を噛む。
「気に入りませんね」
吐き捨てるように言って、ラティアはその場を立ち去った。
白を基調とした広大な空間。動物を模した美しい芸術品が置いてあり、動物の口からは水が噴き出していた。部屋の中央にはまるで滝のように流れる水場があり、水は透き通るようであった。周囲は透明な強化物質で出来ており、外には雲が見えた。
メサイア教団本部、天空神殿にエクノスはいた。本来は教団の幹部クラスでも滅多に入れない場所だ。そこに、なぜかエクノスは呼び出された。思い当たるとすれば禁止区の件だが、もしや、自分の行いが発覚したのだろうか。そう考えて、エクノスは肝が冷えていた。
神殿の階段上部に女の姿があった。すらりとした体型に神官服をまとい、その胸元は空いており谷間をのぞかせていた。その姿を一目見た瞬間、エクノスは膝まづいた。その女の放つ威圧感の前に、本能的にとってしまった行動だ。
「お前がエクノスか? 会うのは初めてだな。わたしは副六星長カリーヌだ」
エクノスは目を細めた。六星と会うのは初めてのことだった。しかも、副六星長というと実質的に教団のナンバー2だ。本来であれば会うことはない人間だ。
「なぜ、わたしをここへ?」
「そうかしこまるな。もっと楽にしていいぞ。お前を呼んだ理由だが、どうしても呼んでほしいという奴がいてな。どうやら、本人が来たようだ」
背後から足音が聞こえてきた。振り返り、エクノスは目を見開いた。
なぜ、彼女がここに。
「やっほー、久しぶり。イケメンのおにーさん」
無邪気に少女は笑った。エクノスは表情を出さぬよう、平静を装った。その様子を見て、カリーヌは目を丸くする。
「なんだ、お前たちは知り合いなのか?」
「いいえ、全然。ねー、おにーさん?」
ポーカーフェイスを崩さずに、エクノスは無反応を貫いた。
「まあいい。わたしが用があるのはお前なのだからな、ラティア」
カリーヌの言葉を聞いて、エクノスは思わず表情を崩しかけた。
彼女が、ラティア? こんな子供が?
若い男ではなかったのか。いや、それがデマだとすれば。エクノスが禁止区で出会ったの少女はルミナ、といったか。ラティアとルミナ。同一の人物だとすれば。では、ダスティンたちは。
ぎり、とエクノスは拳を握り締めた。
「さて、わたしがお前を呼んだのは禁止第五区のことで聞きたいことがあったからだ。あの区域で大量の人が死んだ。突如、街中に凶獣が現れたという話だ。お前はレクスの捜索をケゾールに頼まれていたそうだな。この件で、知っていることはあるか?」
「なーにも、ありません」
あっけらかんとして、ラティアは言った。
「禁止区の塵が大量に死んだ? かわいそーう、ただでさえ短い命なのに。ひどいことしますねー、ダグドは」
「お前はこの件には無関係だと、そう言うのか?」
「はい。ダグドに凶獣の実験がしたいって言われて、わたしはそのデータを渡しただけです。なので、関係ないんですよねー。この件にわたしは。おまけに、レクスも逃がしちゃったんですよね? 本人も行方不明。困ったもんですね」
あはは、と笑うラティアをエクノスは見た。明らかな嘘だった。あの惨劇を引き起こしたのはラティアで間違いない。ダグドはそんなことをする人間ではない。それはわかっているのだが。
「エクノス、何か言いたげだな。もし、意見があるのなら聞かせてもらえないか? 委縮する必要はない。わたしは公平な意見を聞きたい」
カリーヌに話を促されるエクノス。自分が禁止区で体験したいことを話したい、と思う。が、本来自分は禁止区にいなかったはずの人間だ。まさか、ダスティンの逃亡を助けるために行ったと告げるわけにもいかない。
そこで、エクノスははっとした。
まさか、ラティアが自分を呼んだ理由は。自分を観察するためか?
わたしが悩むのを見て、ラティアは喜んでいるのではないか。
エクノスは、ラティアを見た。ラティアはこちらを見て、涼しげに笑っている。それを見て、自分の疑惑は確信へと変わった。
しかし、それがわかったところで自分に何ができるのだろう。おそらく、ラティアはすでに証拠を隠滅している。自分がラティアを禁止区で見たと言えば、自分は捕まる。それでラティアも捕まればいいが、そうはならないだろう。
六星であるラティアとただの幹部候補である自分。誰が自分の言葉を信じるというのか。
「――何も知りません」
エクノスはそう、答えた。そう答えるしか、なかった。
「そうか。では、この件はこれで終わりだ。ただ、この凶獣の件で住民はひどく不安定になり、自殺をするものが出ている。この問題をどうするかだが」
「それ、わたしに任せてください。かわいそうな人たちを導くのは六星の務めであるわたしの役目ですから」
「お前が、か?」
じっ、とカリーヌはラティアを疑わしげな眼で見ている。やがて、背後を振り向き、言った。
「どうする、ギアノン?」
階段の奥、カーテンで仕切られた奥。そこに六星長ギアノンが座っている。その姿は副六星長であるカリーヌしかしらない。
「好きにしたらいい」
男か、女かわからない機械的な声だった。年齢も分からない。おそらく何かで加工した声なのだろう。
「だそうだ」
「わーい、ありがとうございます。では、禁止第五区の人たちはこのラティアが責任をもって面倒を見ますね。ゲオタヤのために」
それで、話は終わりだった。カリーヌとラティアは姿を消し、エクノスは天空神殿の入口にいた。その十メートルはある大きな扉を見て、エクノスは思う。
今の自分では何もできない。ただ無力感に苛まることしかできない。それが嫌ならば、力を手に入れるしかないだろう。
「目指すしかないようだな、上を」
ダスティンとレオナの誓いに報いるためにも。
エクノスは固く誓った。




