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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第47話 辿り着いた答え

 レオナはラティアの言葉を聞いて、ぽかん、としていた。が、口をゆがめる。


「あんたの言葉なんて信じられると思ってるわけ?」


「わたしは嘘は申しませんよ」


「今まで裏切ってたくせに?」


「信用されてませんねー」


 ラティアは肩を落として首を振る。そして、レオナたちに背を向けて教団兵に命令する。


「もし、彼女がレクスを引き渡した場合、その身柄の安全はあなたたちの命をもって保障しなさい。以後、わたしの命令は無視しても構いません。この言葉は、わたしが教主ギアノンに誓って言います」


 それを聞いた教団兵たちは敬礼をした。


「ゲオタヤにおいて六星長ギアノンは絶対の存在。彼らはその命令に逆らえません。そのギアノンの名を出しました。彼らにとっては、あなたを守ることが最上位の命令となります。わたしよりも、です。どうです、信じていただけませんか?」


 ラティアの目は真剣だ。これまでのあざけるような色は見られない。


「保障するだけは物足りませんかね。では、一生暮らしていけるだけの大金もあげましょう。イケメンのおにーさんもいっぱいつけますよ、レオナさん。さっき言っていた生活が実現しちゃいますねー」


 ルミナの声で、ラティアが無邪気に言った。


「普通の人間は寿命は八十歳ほど。三十歳だと半分にも満たないですね。レオナさんぐらいの年ですと、普通は友達との語らい、恋愛、遊戯に興じるのではないでしょうか。死ぬということはこれからの未来がなくなるということ。でも、ここでレクスを渡してくれれば、あなたは自由の身ですよ。欲しくないですか自由が。教団に怯えることなく、好きに生きられる生活が。楽しいこともしたいこともいっぱいできますよ」


 夢をかたる童女のように、手を組んできらきらとした瞳を見せるラティア。その話にレオナの心は動く。


 本当だろうか。少なくともラティアは嘘を言っているようには感じられない。


 一生暮らしていけるだけの大金と聞いて、レオナはごくり、と唾を飲み込んだ。そもそも、自分が禁止区を出ようと決めたのは自由に暮らしたいからだ。


 ゴバニーが流行していて、長く生きられなくて、生活も苦しくて。ずっと禁止区を出たいと願っていた。それが叶う。ここで死ぬと思っていたのに、思わぬところからチャンスが降ってきた。


「消費される命に価値があるんですかね?」


 ラティアの言葉がレオナの心に刺さった。


 消費される命――機械で四肢を引き裂かれる光景が浮かんだ。じきに自分もああなるのだ。


 嫌だ、と強く思った。


 懸命に生きた結末があれだなんて、絶対に嫌だ。


 もういいのではないか。そう囁く声がした。


 精一杯自分は頑張った。中央広場では凶獣を倒した。ポポリンを探した。そのポポリンは死んでいた。収穫場でゴバニーは嘘だと知った。自分がどうなるかを知った。避難経路でカレルを失った。そして、おそらくダスティンもメルカ森林で命を落とした。これだけの不幸に見舞われた。


 それなら、と思う。これからの人生は楽をしていいんじゃないだろうか。もう、一生分の不幸を味わった気がする。だから、それを帳消しにするほどの幸福を手に入れてもいいんじゃないか。きっと、そのお金があればレオナが体験したこともない経験が得られるはずだ。楽しい未来が待ってる。

 

 だって、わたしはまだ十七歳だ。禁止区外での同世代の子がどんな生活をしているかは知らないが、きっと幸せな生活を送っているはずだ。


 それを夢見る権利すら、自分にはないのだろうか。いや、あるはずだ。


 自分が求めてやまないものが、もうすぐ手に入る。


 レオナは、レクスを見た。その瞬間、心がきゅっと悲鳴を上げた。


 どうして、この選択なのだろう。あまりにも理不尽ではないか。


 酒場で会った時から、不思議な子だとは思っていた。レクスを引き取ってからは、レオナは前に進めた気がする。レクスがいつも歩くきっかけをくれた。


 だから、レオナはここまでやってこれた。


 そのレクスを引き渡さなければならない。嫌だ、と思う。が、それをしなければ自分は殺されてしまう。


 そうだ、迷うほどのことじゃない。お金と自由が手に入るんだ。レクスを引き渡しさえすれば。


 レオナはレクスに手を伸ばす。その手は震えていた。喉がからからに渇いている。呼吸がやけに苦しい。


 どうせ、わたしはただの売春婦。卑しい女だ。


 この子を渡せば、わたしは自由だ。この身を苛む絶望感も消えてくれる。全部解決するんだ。レオナがレクスに触れようとして。


 レクスは進む。ラティアの方へ向かっていく。


 それを見てレオナは目を見開き、ラティアはくすくす笑っている。


「これは予想外ですね。レオナさんに直接引き渡してほしかったですけど、これはこれでいいでしょう。さ、レクス。友達としてかわいがってあげるからね」


 くるり、とレクスがレオナの方を向いた。


「もう苦しまなくていいよ、お母さん」


 それを聞いた瞬間、レオナはレクスを抱きしめていた。強く、強く抱きしめる。この瞬間、世界はレオナとレクスだけだった。どのぐらい時間が経過したのだろうか。それは一秒、あるいは一分。時間の感覚が消失するほど濃密な時間だった。


 そして、レオナはレクスの肩を掴んでその目を見た。


 レクスの目は澄んでいて、迷いはなかった。そんなレクスにレオナは優しく語りかける。


「わたし、レクスと会えてよかった。本当に幸せだったよ」


「僕も。お母さんと一緒に過ごした日々は楽しかった」


 にこり、とレクスはひまわりのように笑った。自分が死ぬかもしれない状況にもかかわらず、それはとても穏やかな笑みだった。


 もう一度、レオナはレクスを強く、強く抱きしめた。この感覚をずっと忘れないように、と相手の存在を一生忘れないように、と互いに抱きしめあった。

 

 体を離して、レオナはレクスの目を見た。愛おしいものを見るような、慈愛に満ちた眼差し。それは子供を見守る母親のような表情であった。


 きれいだ、とレクスは思った。こんなにも美しくてきれいな表情をレクスは知らない。時間を忘れて、レオナの顔を見た。その顔を二度と忘れないように。その目を見ていて、レクスは大粒の涙をこぼした。それをあたたかな表情で見守るレオナ。


 やがて、レクスは深く頷く。レオナも頷き返した。

 

 ぱちぱち、と手を叩く音がした。


「感動のシーンですね。さて、お別れの時間はおしまいですよ。おいで、レクス。いっぱい遊んであげるから」


 無邪気に笑うラティア。そのラティアへとレクスは体を向けた。


 きっと、これがお母さんと会うのは最後だ。だから――


「さよなら、お母さん」


 別れの挨拶をレオナに言った。それを満足そうに聞いたレオナは、


「レクス!」


 レオナは鋭い声を上げた。すると、レクスはものすごい勢いで振り返り走っていく。崖へと。それを見て、ラティアは目を丸くした。それは予想を裏切られた、という顔だった。


「まいりましたねー。これは予想外というか……」


「いかがいたしますか?」


「撃ってください。死にさえしなければ、何をしてもいいので」


 教団兵は頷き、銃口をレクスへとむけた。それを見て、レオナは意識を適応器へと集中させる。これまでで最大の集中を込めて。


「ああああああああああああああああっ!!」


 そして、右足を思い切り地面に叩きつけた。

 

 すると、轟音とともにまるで地震のように地面が揺れた。銃弾がレクスからそれる。地割れが起こって、レクスが走っていた岩場が砕ける。そのまま、レクスは崖下へと姿を消した。


 その様子を唖然とした様子でラティアは見ていた。完全に度肝を抜かれていた。


「驚いたなー、本当に。これは全然想定してなかったですね……」


 ラティアは深く息を吐いて、レオナを見た。


「わたしの言うことが信じられませんでしたか? 本当にわたしは身柄を引き渡せば、言う通りにしたのですよ?」


「あんたの言うことは疑ってなかったよ」


「なら、どうして?」


「あんたにレクスは渡さない」


 それが、レオナの出した答え。あのままレオナがレクスを引き渡せばひどい目にあうことは容易に想像ができたから。


「……なるほど。では、こうなることも想像していた、と」


 教団兵が一斉に銃をレオナへを向けた。


「理解に苦しみますねー。あなたは愚かな選択をした。その代償を支払うことになります」


 その言葉を聞いて、レオナはある表情を浮かべた。それを見て、ラティアは目を細める。


「おかしくなっちゃいました? どうして笑ってるんです?」


 指摘されて、レオナは気づいた。そうか、自分は今笑っているのか。


 カレルもダスティンも自分が死ぬことがわかっていたのに、笑っていた。どうして、笑えるのかその理由がレオナにはわからなかった。


 だが、今ならわかる。レオナは今、あの二人にとても近いところにいる。


「あんた、さっき消費される命に価値はあるのか、って言ったね?」


「ええ」


「あんたがわたしの価値を決めるな」


 レオナはラティアを睨みつける。


 教団の最高幹部? そんなの知ったことじゃない。


 わたしの価値はわたしが決める。だから――


「何度繰り返してもわたしは同じ選択をしてやる! それがわたしの決めた生き方だから!!」


 叫び声をあげて、レオナはラティアへと向かっていく。


 さっき、レクスがラティアのところへ自分から行こうとしたとき。そのときに、わたしの運命は決まったのかもしれない。


 心の底から、この子を守りたい、と強く思った。


 カレルもダスティンも自分が死んでも生きてほしい人がいた。レオナもそうだ。レクスが生きていてくれればいい。自分がこれから生きる未来、可能性、すべてを捨ててもいい。レクスが自分のしたいことをしてくれればいい。


 わたしの未来はあの子に全部あげる。


 他の人がレオナの選択を知れば、鼻で笑うかもしれない。それでもいい。だとしても、レオナはこの選択を後悔していない。


 禁止区の生活を悲惨だったし、ここに来るまでにひどい目にあった。だが、カレルやポポリン、レクス、それにたくさんの人たち。それらの人たちに出会えたことが無駄だったとは思えない。


 自分は精一杯生きた。そして、ここで死ぬ。


 ゴバニー? タレス? ディバイド体を抽出するただの燃料? 


 そんな他人が決めたルールなんて知らない。


 誰がこんな自分をこんなひどい目にしいたのか。しいていえば運命なのだろうか。もし、運命がレオナの心を折るためだけにこんなひどい目にあわせたのならば。


 自分は言ってやる。わたしは折れない。


 どんなひどい目にあったとしても、めげない、折れない、諦めない。たとえ、その場で傷ついて逃げそうになっても、また立ち向かって、歩き続ける。


 運命を、絶望を、わたしは笑ってやる。


 それがわたしにとっての、生きる意味だ。


 教団兵へと向かっていくレオナ。その脳裏に、ふとカレルの顔がよぎった。


 レオナ自身はこの選択に一切の後悔はしていない。が、唯一心残りがあるとすれば、カレルのことだ。


 まさか、カレルが自分のことを好きだとは思わなかった。あの状況だったから、戸惑いしかなかった。でも、もし仮にあんな状況でなければレオナはとてもうれしかったと思う。


 だから、それがレオナの答え。


 もう返事をする機会は一生訪れない。その機会は永遠に訪れない。


 それでも、レオナは言う。


「――わたしもあんたが好きよ」


 その言葉を、思いを聞く人間はいない。だとしても、せめてこの思いがあっちにいるカレルに届けばいい、と思った。


 カレルの幻が笑った気がした。それで、レオナは十分だった。


 それが、レオナの見た最後の光景。


 銃声が立て続けに何発も木霊した。同時に森の木々から鳥が羽ばたいていった。


 


 


 

 

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