第45話 歓喜
メルカの森を抜けて、レオナたちはボルカの街へと向かう街道へを歩いていた。ルミナがうきうきとしていた。きっと次のボルカの街へ行きたくて、待ちきれないのだろう。レクスの方はどうなのだろうか、とレオナが見たときだ。
レクスは立ち止まっていた。メルカの森をじっと見ている。
「どうしたの、急に立ち止まって」
「ううん、何でもない」
レクスは首を振るが、その表情はどこか寂しげであった。
もしや、ダスティンの身に何かあったのでは。踵を返そうと思ったが、それはやめた。自分にできることはないし、戻ることもダスティンが望んでいることではないだろう。
自分ができることを今はするしかない。
「ルミナ、ボルカの街ってどんなところなの?」
「わたしも行ったことないんですよねー。このイケメンのおにーさんからもらった機械によると、なかなか栄えた街みたいですねー」
「栄えた街ってことは……遊ぶところが多いってこと?」
「そのようですね。あっ、アイスとかおいしいみたいですよ」
アイス、という単語を聞いてレオナは微妙な顔をした。
「あれ、レオナさんアイス嫌いです?」
「おいしくないでしょ、あれ。ぱさぱさして、なんか生ぬるいし……」
「あー、レオナさん。それ、絶対にアイスじゃないです。普通は冷たくて甘いんですよアイスは」
「そうなの?」
ルミナがふっ、と馬鹿にしたように笑っている。どうやら、また避難経路のときのように無知ぶりをさらしてしまったようだ。そんなことを考えていると、レクスが恥ずかしそうに声を上げた。
「アイス、食べてみたい……」
「わかった、たくさん食べさせてあげる。ルミナには一個も買ってやらない」
「なんだとー、差別はやめろー!」
頬を膨らませるルミナを見て、レオナは笑う。
「他には? なんかある?」
「これとかどうですか?」
ルミナが見せてきた画面には、とても可愛らしい服を着た女性が映っていた。
「かわいいー。これ、ウェイトレスの服?」
「はい。お店で働く女子の服装みたいですね。味もよく制服もかわいいと評判のようです」
「着てみたい。ここで働いてお金稼いで、いっぱい遊ぼうよ! そしたら、楽しいんじゃない!?」
「いいですねー」
「いろんなところ、見てみたい」
はしゃいだ声をルミナが上げて、レクスも淡く微笑んでいる。そんな二人を見て、レオナは思う。
笑えているだろうか、わたしは。
ダスティンもカレルもいない。頼れる人はいなくなってしまった。今まではダスティンが導いてくれたが、いなくなってしまった以上自分がその役目を引き継がねばならないだろう。
できるのか、自分に。それが。
レオナは禁止区から出たことがない。その自分がこの世界に出て、果たして生きていくことができるのか。現に今もルミナと会話していて知らないことばかりだ。ダスティンに託された願いは、果たすつもりだ。
しかし、レオナの精神はもう限界に達しつつある。今にも暗い闇がレオナを飲み込んで、動けなくなってしまいそうだ。発狂してしまいそうなほど、不安が強い。
こうして今、ルミナとレクスと会話している自分。この二人の前で、自分が抱えている不安を表に出すわけにはいかない。出せばきっと二人にも、この思いが伝染してしまいそうだからだ。だから、レオナは努めて明るく振舞うようにする。
ボルカの街が楽しいところであると、思うようにする。
でないと、自分はこの不安に押し潰されてしまいそうだ。
たとえ、現実逃避と言われようと、レオナはルミナがくれる街の情報に楽しい想像を膨らませるしかない。今はその期待にすがることしかできない。
嬉々としてルミナが語るボルカの街の情報をレオナは大げさに相槌を打ち、レクスが控えめに頷く。
やがて、一本道であった街道に分かれ道が現れた。
「どっち、ルミナ?」
「左ですね」
左の道を進んでいくレオナたち。しばらく歩くと、坂道が見えてきた。結構急な傾斜だ。それを見てレオナはげんなりした。
「ここ、上るの? 他に道ない?」
「ここを上るしかないですねー。なんですか、レオナさん? まさか、疲れちゃったんですか? ぷぷ、やっぱりおばさんですねー」
「はいはい、わたしはババアですよ」
もはや、怒る気力もなかった。気合を入れて坂道へ足を踏み出そうとして。レクスが足を止めていた。なんだろう、疲れたのだろうか。なんだか坂道の奥を見透かそうとしているそんな視線だ。
「疲れちゃった? おぶってあげようか?」
「……ううん、なんでもない」
レクスは首を振り、歩き出す。腑に落ちないものを感じたが、気にしても仕方がないのでレオナも歩く。それにしても、ルミナは速い。ルミナもいろいろあって疲れているはずなのだが、それをおくびにも出さない。本当に自分はおばさんなのかもしれない、とレオナは思った。
坂道を登っていくと、気がつけば両隣に木々が生えていた。木々が根を張り葉を茂らせているのを見ると、まるで山のようだ。前方にいるルミナの動きがようやく止まった。どうやら、あれが終着点らしい。
やっとか、とレオナは安心した。重い足を持ち上げて、やっとの思いで登り切った。レオナは足を進めて、息を呑んだ。
そこは崖であった。視界の前には森が広がっている。地面がかすかに地割れしており、強い衝撃を与えると崩落しそうだ。崖の下を見ると、はるか下に川が流れていた。ふいに、光が目に入ってきた気がしてそちらに視線を向けると、街が見えた。
これは、どういうことなのだろう。
その意味を考えて、レオナは深い息を吐いた。つまり、この坂道を上ったのは徒労だったということだろう。きっとあれが目指していたボルカの街に違いない。となれば、考えられることは一つだ。
「ちょっと、ルミナ。道、間違えてるよ。あれがボルカの――」
がさり、と茂みが揺れた。
姿を現したものを見て、レオナは目を見開く。
教団兵、だった。
それも一人ではない。次々と茂みを揺らして、現れた教団兵の数は二十ほどだろうか。
レオナたちが歩いてきた坂道をふさぎ、包囲している。背後は崖。逃げ場はなかった。
このタイミングでか。
自分の気力が激しくなえていくのを感じる。だが、自分は適応器を持っている。力を使えば逃げられるだろうか、レクスとルミナを守りながら。
やるしかない。
レオナは覚悟を決めた。
「レクス、ルミナ、わたしの後ろに回って。大丈夫、このぐらいならやれ、……る」
思わず自分の目を疑った。ルミナが教団兵の方へ歩いていくからだ。
「ちょっ!? なにしてんの、ルミナ!」
慌ててルミナをこちら側に引っ張ろうとして、レオナはそれを見た。
ルミナはこちらを見て笑っていた。
あの表情を何と呼ぶのか、レオナは知っている。
歓喜、だ。




