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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第44話 生きる意味

 メルカ森林をダスティンたちは歩いていた。森の木々が淡く光を放っている。そのおかげで、夜の森林でも視界はそんなに悪くはなかった。木の名はメルスといい、その木自体が発行成分を持っており、それで夜になると発光する仕組みだ。


「凶獣ちゃん出ないですねー。わんさか出たらどうしようかと、ぶるぶるしてたんですが」


「ハンターの影響かもしれんな」


「ハンター?」


 首をかしげるルミナにダスティンが答える。


「凶獣狩りを専門とする連中のことだ。凶獣は人にとっては迷惑でしかない存在だからな。それを狩ることを職業とする連中がいても不思議ではあるまい」


「へー、凶獣を狩るってことはその人たちも、メリトなんです?」


「ほとんどはメリトだろう。昔禁止区に囚われなかった適応者も含むかもしれんが」


 ほうほう、とルミナが感心した顔で頷く。


「なら、おじさんとレオナさんがハンターになってお金を稼いでくれれば、しばらくは安泰ですね」


「貴様は何をする?」


「わたしですかー? もちろん、ずっと遊びます。働きアリは女王のために働くべきなんですよ」


 きゃはは、と笑うルミナにダスティンが冷たい目をよこす。いつもなら、その会話にレオナも入るべきなのだろうが、そんな気にはなれない。今は歩くだけで精いっぱいだった。


「街についたら、船に乗れるね」


 レクスがレオナを見上げて、言った。レオナを励ますかのように優しい表情をしている。


「うん、そうだね」


 レクスにレオナは小さくうなずく。


 船、か。避難経路ではカレルとそんな話をしたっけ。まさか、いなくなるとは思わなかった。考えていると、目にうっすらと涙が浮かぶ。レオナは首を振る。


 駄目だ。今はカレルのことを考えると、何もできなくなってしまう。心は痛むが、カレルのことを考えないようにしなければ。


 そうこう考えているうちに、森の出口が見えてきた。その向こう側には舗装された平野が見えた。もうすぐで街につく。そう考えると、ほんのわずか、安心した。


 そのまま森を抜けようとしたところで、ダスティンが立ち止まった。その顔は険しい顔をしている。その時点で、レオナは嫌な予感がしていた。


 それはルミナとレクスも同様で、息を殺して様子をうかがっている。風が森の木々を薙いでいき――突如、茂みが大きく揺れた。


 飛び出してきた影がダスティンに迫り、爪を振り下ろす。ダスティンはそれをいなすと、影がその全貌をあらわにした。


 全長は三メートルほどであろうか、体の外側が赤い体毛でおおわれており、右手の爪が異様に長く鋭い。二本足で立ち、顔は猿に似ている。目がらんらんと赤く輝いており、その目はダスティンだけを見ていた。


「こいつ、なんなの!? こいつも凶獣?」


「だろうな、見たことないタイプだが」


 驚きの声を上げるレオナに、ダスティンが答えた。すると、


「ワシ、ダグド。ラティアサマノメイニヨリ、ダスティン、キサマ、コロス」

 

 その凶獣がたどたどしくではあるが、言葉を話した。そのことにレオナは驚く。


「えっ、凶獣って喋れるの?」


「俺は知らん。が、ダグドと言ったな。まさか、こいつ――」


 ダグドは長い爪をダスティンに向けて、突き出す。それを半歩横に移動して身をよじり、剣を横に振る。直撃を受けたダグドが、茂みの中に吹き飛んだ。


「ラティアに姿を変えられたようだな。くそ料理、貴様はレクスを連れていけ。こいつの相手は俺がする」


「えっ、それって……あんたを置いて行けってこと?」


「それ以外に解釈のしようがあるか? さっさと行け」


 首をしゃくる、ダスティンであったが一向にレオナが動こうとしない。


「何をぼんやりとしているくそ料理。のんびりしている時間はないぞ」


「嫌だ」


「何?」


「もう、置いていかれるのは嫌。見たくないの」


「貴様の都合なぞ俺は知らん。つべこべ言わずに俺の言う通りにしろ」


「ねえ、どうして人は生きるの? こんなにつらい思いして? こんな思いするぐらいなら死んじゃったほうがましって思えるほど痛いのに、どうして?」


「今はそんなことをしている場合では」


「答えてよ!!」


 叫ぶレオナを見て、ダスティンは深く息を吐いた。


「くそ料理。そもそも、貴様は前提を間違ている。人はなぜ生きるのか、ではない。人生が人に投げかけているのだ、どうして生きるのだ、とな。人の人生は様々な環境要因によって経験することが全く違う。同一の経験などありはしない。だから、普遍的な答えなどない。よって、俺はお前の望む答えをやれん」


 ダスティンはそこで一つ息を吐いた。そして、レオナの目を見る。


「それを踏まえた上で言う。人はどうして生きるか、その答えを求めるために人は生きているのだと。わからないのなら探せ。自分だけの答えを」


「そんなの無理よ……わたしには見つけられない」


「できる。なぜなら、お前はここまで来たのだから」


「そんなこと言われたって……」


 迷うレオナにダスティンは淡く笑った。この男には似つかわしくないほど、それはとても穏やかな顔だった。


「レクスを頼む、()()()


 その言葉を聞いて、レオナは涙が出てきた。すっと手で涙をぬぐう。レクスの手を取って森の出口へと向かう。その際、レクスがダスティンを見る。ダスティンはレクスに言った。


「ありがとう」


 神妙な顔をして、レクスはダスティンに頷いた。


 ルミナとレクスを連れて、レオナは森を駆け抜ける。カレルが死んだことにまだショックを受けている。それどころか、友人の死も収穫場のこともまだ受け止め切れていない。だが、今はそれらのことを頭から追い出した。


 あのダスティンが自分に頼んだんだ。レクスを頼む、と。それなら、レオナはその願いをかなえなければならない、と思った。託されたことを裏切りたくはなかった。


「生きてやる、生きてやる、生きてやる……!!」


 レオナたちはメルカの森を駆け抜けていく。



 レオナたちの後姿が見えなくなったのを確認して、ダスティンは向き直った。吹き飛ばされたダグドがのしのし、と歩いてきていた。

 

 判断を誤っただろうか、とダスティンは考えていた。


 レクスを優先するならば、レオナとルミナを置いて逃げるべきだったろう。以前の自分なら確実にそうしていた。それをどうしてしなかったのだろう。


 頭の中に、カレルの顔が浮かんだ。それが答えだった。


「男の約束をたがえるわけにはいくまい」


 ダグドが跳躍してきた。それをダスティンは背後にステップする。着地と同時にダグドが右爪を横に薙ぐ。ダスティンはかがんでよけ、斬り上げる。直撃のタイミング。肩口だったが――にぶい音を立てて、ダスティンの剣がはじかれた。やや手にしびれが残っている。近づくダグドの腹にダスティンは蹴りを放って、その反動で距離をとった。


「固いな。さすがはラティアの実験体と言ったところか」


「ダスティン、コロス。ラティアサマ、ヨロコブ」


「貴様も哀れな男だな、ダグド。そんな姿に変えられて、さぞ無念だろう。俺が引導を渡してやる」


 ダスティンは姿勢を低くして、ダグドの懐に潜り込む。そして、鋭い呼気を吐いて雷光のごとき突きを放つ。それがダグドの腹部の皮膚を切り裂いた。赤い血がダグドの腹部から出る。

 

 やはり、か。さっきは赤い体毛の部分を斬ったからはじかれた。が、今の一撃ははじかれなかった。つまり、固いのは体毛の部分だけで、それ以外は問題なく斬れるということだ。


 ダスティンは剣をダグドの首へ向けて、突き込むと決める。ダグドの方は右の爪を下から振り上げる。それを余裕をもってかわそうとして、ダスティンは驚いた。


 なんと、爪が伸びたのだ。そのせいで、わずかに反応が遅れた。ダスティンの服が裂ける。ダグドは硬直している。チャンスであった。ダスティンはダグドの喉元に剣を突き込む。剣は何の抵抗もなくするり、とダグドの喉を突き出した。


「グガ」


 ダスティンは適応器に意識を集中させて、うめき声をあげるダグドの首を一閃した。ダグドの首が宙を舞う。首を失ったダグドの体がよろける。その胸元に剣を突き、下方向へ一気に剣を振るう。ダグドの体が真っ二つになって、地に倒れた。


 それを見て、ダスティンは鼻をならした。


 思ったほど大した敵ではなかった。自らの死も覚悟していたが、気負いすぎだったようだ。すぐにレオナたちを追いかけようとしたところで。


 ダスティンの腹部から、爪が突き出していた。

 

 ごふっ、と口から血を流したダスティンは背後を見て目を見張った。


 真っ二つに両断したはずの体が綺麗にくっついていたからだ。そして、そこからうねうねと血管が動き出して、あっという間に新たな首が生まれた。


 ダスティンを頭上へと持ち上げて、ダグドは思い切り投げつけた。

 

 背中に強い衝撃を受けて、ダスティンは木を背中にしてもたれている。腹部が焼けるように熱い。手を腹部に当てると、ぬらりとした血の感触が手に広がった。


「……臓物がいかれたな。もう助からんな、これは」


 ダグドがゆっくりとダスティンに近づいてくる。


 体を両断し首を切断しても再生するとは、いったいラティアはどんな薬をダグドに打ち込んだというのか。


 しまらないが、俺らしい最後か。


 ダスティンは自らの運命を受け入れて、目をつむる。


 ♢


 生まれてからずっとダスティンはゲオタヤで生きてきた。メサイア教団に入って、人生のほとんどの時間を教団へとささげてきた。そのかいあって、ダスティンはエネルギー環境研究所の所長になることができた。満ち足りていた。教団のために身をささげることができる喜びを、そのころはかみしめていた。


 エネルギー研究所の仕事が、各地へ赴きディバイド体の反応が高い人間を連れ去ることだと知ったのは、所長になってからだった。それまではただの研究員としてディバイド体を調べることだけをしていた。所長になってからというものダスティンはメリトとして、世界を回った。ゲオタヤしか知らないダスティンには、それに様々な刺激を受けた。


 ダスティンは少数の人間とともにディバイド体が高いものを調べる機器を携帯して、該当するものがいれば拉致した。反対するものは、死なない程度に痛めつけた。関係者は場合によっては、ダスティン自身が処分した。心は痛まなかった。これが教団のためになるならば、とどんな汚れ仕事も進んでやった。が、なぜかそのころからダスティンは夜に眠れなくなった。睡眠薬を服用して、眠る日々。


 その症状は治まることはなく悪化していく。神経が磨り減るようであった。それでも、ダスティンはゲオタヤのために働いた。


 そして、ダスティンはレクスと出会った。高いポテンシャルを持つレクスを発見した時は、興奮したものだ。研究所で様々な薬物を投与するダスティン。そのことにダスティンは罪の意識を感じていなかった、と思う。


 教団の自分への評価は上がっていたが、それに伴ってダスティンは原因不明の精神の落ち込みを感じるようになっていた。


 そんな、ある日ダスティンはいつものごとくレクスに実験を行っていた。手術台に寝かされるレクス。ダスティンは無感情にレクスに注射器を打ち込んでいく。他の研究員は誰もいなかった。


 不思議な子だった。ダスティンが実験を行った子供たちは薬を打てば、無抵抗の人形のようになったものだが、このレクスはまだ感情を残している。よほど強い耐性を持っているのだろう。そんなことを考えつつ、ダスティンがレクスの顔を見ていると、目があった。


 さぞや自分が憎いだろうな、などと思っていたが、レクスの目はダスティンを恨んでいるような目ではなかった。むしろ、悲しんでいる風すら見受けられたのだ。そんな目をされることに興味をひかれたダスティンは、レクスに初めて話しかけた。


 思えば、自分から実験体に話しかけるのは初めてのことだった。


「なぜ、そんな目を俺に向ける?」


「あなたが悲しそうだから」


「悲しい? 俺が? 俺は何も感じてなどいない」


「嘘だよ。だって、あなたの心は悲鳴をあげてるから。無理をしてるだけ」


「そんなわけがあるか」


 ダスティンの右手が震えている。おかしい。明らかにダスティンは動揺している自分を自覚した。瞬間、ダスティンの頭に今まで連れ去ってきた実験体のことが浮かんだ。そのほとんどは恐怖、か憤怒の感情をダスティンにぶつけてきた。たくさんの人間を殺めてきた。それを思い出して、ずきり、と頭が痛んだ。


「あなたはこの仕事向いてないよ。無理してただけ」


 レクスに言われて、ダスティンは激しく動揺した。その言葉を否定しようとするが、何も言えない。レクスの言うことがすとん、と胸に落ちるようだった。


 本当はずっと嫌悪感を抱いていた。汚れ仕事を強要する教団に対して、不信感が芽生えていた。だが、教団を否定することは今までの自分の人生を否定するようで受け入れられなかった。だから、見ないふりをした。自分の精神を無視して、捻じ曲げたのだ。そうでもしなければ、生きていけなかった。


 それを自覚して、ダスティンは絶望した。


 もう自分はこの仕事をしたくない。だが、一体自分に何ができるのだろう。


「今まで辛かったね」


 レクスの手が、ダスティンの手に触れた。温かな手だった。その表情は慈愛に満ちていた、聖母のようですらあった。胸を突かれるようだった。こんなにも温かな気持ちに触れたのは生まれた初めてのことだった。

 

 今まで自分が奪ってきた命も、こんな温かなものを持っていたのだろうか。ダスティンは知らない。冷たい手の感触しか。


 死なせたくない、という強い感情がダスティンに芽生えた。自分でもひどく驚いていた。こんな感情が自分の中に眠っているということに。それに、と思う。もうダスティンは自分をだませそうになかった。レクスの言う通り、体が、精神が、悲鳴を上げていたのだ。


 たくさんの命をダスティンは奪ってきた。それは絶対に許されないことで、本人も許しを請おうとは思わない。それでも、奪うだけだった自分の人生でたった一つだけでもダスティンは命を救いたい、と願った。


 入念に準備を行い、ダスティンはレクスを連れて教団を裏切った。


 ♢


 瀕死のダスティンにとどめを刺すべく、ダグドがこちらに歩み寄ってきていた。その足取りはやけにゆったりとしている。おそらくもう勝利を確信しているのだろう。ダグドを見るダスティンの視界がかすむ。


 どうやら、死が近いようだ。


 馬鹿なことをしただろうか。地位も名誉も捨てた。あのまま、汚れ仕事を続けていればこんなことにならなかったはずだ。いや、とダスティンはその考えを切り捨てた。どのみち、あのままで自分の精神がもたなかった。結局は、時間の問題だったのだ。やることをやって死ねるのだ、これはこれで悪くないだろう。


 目をつむって死を受け入れようとして。


 わたしはあがくよ。あがいてもがいて、前に進み続ける。それが、わたしができる精一杯の抵抗だから。


 ふいに、脳裏にレオナの言葉がよぎった。


「ぐうっ!」

 

 腹部に激痛が走る。立ち上がるたびに、痛みで意識がもっていかれそうになる。それでも、ダスティンは剣を杖代わりに立つ。


「……らしくない。ふん、俺も悪い影響を受けたな」


 迫りくるダグドを見つめる。


 自分は死ぬ。なら、このまま死を受け入れたほうが楽だろう。そう思っていたが、考えが変わった。

 

 なぜだろう、自分もあがいてみたくなった。レオナのように。


 ダグドの再生能力は異常だ。まともに戦っても、すぐに再生するだろう。ダスティンの状態から考えても、一撃を放つだけで精一杯だ。その一撃でダグドをしとめねばならない。普通に考えれば、無理だ。が、一つ方法がある。

 

 ダスティンはダグドに向けて歩く。もう素早く動くこともできない。よろめきつつ、ダグドへ迫っていく。ダグドの方は右爪でダスティンの足を切り裂いた。本来であれば、一突きで終わる。それをしないのは、ダグドがダスティンをなぶり殺しにする気だからだ。

 

 それはそれで好都合だった。ダスティンは残る力を振り絞って、ダグドの腹部に剣を突き立てた。刺されたダグドは気にしてすらいない。むしろ、嘲笑っているかのようだ。


「ダグド、ディバイド体に過負荷を与えることで力を暴走させ爆発させるのが、ディバイド爆弾の仕組みだとは知っているか?」


「ナニ?」


「適応器にもディバイド体が使われている。本来であれば、ディバイド体に過負荷を与えないように適応器にはセーフティーがつけられている。だが、俺はそのセーフティーを外した。意味が分かるか、ダグド? 俺が適応器に過剰に力を送り、力を暴走させれば、どうなるか」


「マテ」


 ダグドが慌てた様にダスティンから逃れようとする。が、もう遅い。


「俺と共に地獄へ落ちてもらうぞ」


 ダスティンが身に着けている適応器が激しく緑色の光を明滅させている。その間隔が速くなり、やがて、それが頂点に達したとき。まばゆい光が、ダスティンとダグドを飲み込んだ。


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