第43話 悲しみの底で
電子音が鳴って、エレベーターの扉が開いた。ダスティンとルミナが先に出て、レクスは心配そうにレオナを見ている。レオナはへたりこんで呆然としていた。その目から完全に生気が失われていた。
信じられなかった。なぜ、こんなにも立て続けて不幸が自分に降ってくるというのか。中央広場で惨劇を経験し、ポポリンが死んで、収穫場でおぞましい真実を知って、それでも前へ進むと決めたらこれだ。今度はカレルが死んでしまった。
死んだ? カレルが。いや、そんなことあるわけがない。なぜなら、カレルは自分を支えると言っていた。だから、これは。
「ふ、ふふ……ゆ、夢だ。そうだ、そうに、決まってる。じゃなきゃ、こんな理不尽が続くわけがないんだ。寝たら醒めるはず。ああ、なんて悪夢なんだろ……」
レオナはその場で寝転がろうとして――突如、ダスティンに胸倉を乱暴につかまれた。片手でダスティンの頭上の高さに持ち上げられて、エレベーターの外に放りなげられた。
岩壁に背中をぶつけて、一瞬、呼吸が止まった。地面にうずくまると、ひんやりとした冷たい感触が頬に伝わってきた。レオナの髪が風で揺れた。洞窟の出口から空気がと月明かりが入り込む。
背中をさすって、恨みがましい目でダスティンを見た。
「なに……すんのよ……」
「痛いか、ならばこれは夢ではなく現実ということだ」
認識したくない現実を言われて、レオナは顔をくしゃくしゃにゆがめた。
「現実逃避は終わりにしろ。メスガキ、ここからどうしたらいい」
「あ、はい。えっと、ここはメルカ森林のちょうど出口付近ですので、ボルカの街はもうすぐですね」
「急ぐぞ。ラティアが追手を差し向けてるのかもしれん」
ダスティンは洞窟を抜けようと歩き出した。ルミナはちらちらとレオナに視線を送って、レクスはおろおろとしている。
「……みたくない」
ダスティンが振り返る。
「もう、進みたくない!! あんたにはわかんないでしょうね、今のわたしがどれだけ傷ついてるか!! こんなに痛いのに……もう何もしたくない! もう、わたしのことはほっといて先に進んでよ。わたしはここで死ぬよ、カレルとポポリンを迎えに行ってあげなきゃいけないから。きっと二人とも寂しがってるよ」
つかつかとダスティンは一直線にレオナに向かって歩き、その顔を殴った。レオナはその場に倒れた。鼻から血が滴り落ちる。
「死ねば、痛みを感じることもなくなる」
それを聞いて、レオナは口をゆがめて、自嘲気味に笑う。
「いいことじゃない。死んで今、わたしを苦しめているこの胸の痛みがなくなるのなら、望むところよ」
「それをカレルが望んでいると思うか?」
その言葉を聞いて、レオナは目を見開く。
「……なんでそんなこと言うの? それはずるいよ……。あんたに言われなくても、そんなことわかってるよ。あいつとは長い付き合いなんだから」
「ならば、進め。駄々をこねるな」
「何もしたくないんだよ、もう。そんな気力残ってない。からからだよ」
顔をふせるレオナ。ダスティンが言いたいことはわかる。だが、わかってはいてもこの胸に空いた大きな穴が力を奪っていくのだ。自分にはもうどうしようもない。そんな諦観に似た気持ちを抱いていると、レオナの手をレクスが握り締めた。
レクスの目は赤かった。おそらく悲しかったのだろう。レクスはカレルと話をしていたから。
「お母さんも、カレル兄ちゃんと同じでいなくなっちゃうの。僕はいやだ」
レクスがレオナにすがりつく。それを見て、レオナはものすごく泣きたい気分になった。
「貴様はレクスに自分が味わっていることと同じ感情を味わわせる気か? 貴様もレクスにとって大切な存在だということだ」
レオナはレクスを見た。小さかった。自分よりも。だから、守らなきゃいけないと、強く思う。立ち上がって、歩く。一歩踏み出すたびに、虚脱感が襲ってくる。
「……どうして、こんなつらい思いをして進まなきゃいけないんだろ……」
そのレオナのつぶやきに、ダスティンは答えた。
「それは貴様が決めたことだからだ。前に進み続けることを選んだのは貴様だ」
「…………そう、だね」
レオナは力ないつぶやきをもらした。
ダスティンとルミナが洞窟を出て、レオナとレクスが一緒に出る。レクスはレオナを引っ張るようにして歩いている。
これじゃ、立場が逆だな。
いつもはレオナがレクスの手を引いていた。レクスがレオナの心配しての行動なのだろう。
カレルが身を挺してレオナたちのために、道を開いてくれたのはわかる。だが、辛いのだ。残された方も。全身で体を切り刻まれるかのように、心が痛い。
レオナはふと、思う。
どうして、人は生きてるんだろう。その思いを宙に向けてつぶやく。
答えるものは誰もいない。
♢
メルカ森林の高台にそれはいた。
ダスティンたちの姿を見て、それは目をきらりと光らせた。
「ダスティン、コロス。メイレイ、マモル」
高台を下って、それは走る。下された命令を守るために。




