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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第42話 犠牲

「メスガキ、出口まであとどれぐらいだ?」


「えー、もう少しですね。あっ、この先にエレベーターがある! とりあえず、そこまで逃げ切りましょう」


 レオナたちはそれから、背後から迫りくるメガバリオンの圧力を感じつつ走る。絶対に追いつかれてはならないという重圧が、体力とともに精神力も奪っていく。出口はまだなのだろうか。レオナは焦燥に駆られていた。


「ルミナ、まだなの?」


「あっ、あれです」


 ルミナの言った通り、レオナの視線の先には両側に鉄製の扉がついた場所が見えた。ゴールが見えたことで、全員の士気が高まった。ペースを上げて、その場所へ飛び込む。ルミナが機械を操作すると、扉が閉じ始める。メガバリオンとの距離はさほど離れていないが、扉の閉まるスピードを考えると十分な余裕があった。


 固唾を見守る中、扉は完全に閉じた。それを確認して、ルミナが声を張り上げた。


「ざまーみろ! さっきはどきどきさせて、驚かせてくれちゃって」


「今度は大丈夫なわけ?」


 レオナが聞くと、ルミナは頷く。


「さっきよりもさらに頑丈な扉ですから、これで安心です。ゆっくりエレベーターを探しましょう」


 ルミナを疑うわけではないが、レオナは不安だった。さっきのことがある、と扉に耳を近づける。ごうん、と音が聞こえるが集中しないと聞き取れないほどの大きさだ。あの凶獣でもここを破壊するのは無理そうだ。


 それを確認して、ようやくレオナは安心した。


「あの、レオナ、もうよくないか?」


 カレルの声を聞いて、レオナはカレルを背負っていたことを思い出した。カレルをおろして、部屋を調べ始める。


 この場所はこれまでレオナたちが見てきたところと違って、かなり整備されているように見えた。仄かに光る青色の材質をしたものがこの部屋全体にあり、それが洞窟の岩部分を覆い隠しているようだ。

 

「ここさ、なんか変なにおいしない?」


「これだろう」


 ダスティンが手に持っていたのは赤い色をした人の手のひらよりやや大きい程度の四角いものだった。隅の方にスイッチらしきものがついている。


「なにそれ?」


「ディバイド爆弾だ。ディバイド体に過剰な負荷をかけることで力を暴走、爆発させる道具だ。発掘につかったのだろうな」


「ディバイド……これもわたしたちの体から抜き取ったものを使ってるんだね……」


 脳、あるいは骨から抽出しすりつぶしたものが使われている。命が消費物のように扱われている気がして、レオナは嫌な気がした。


「みなさーん、ありましたよ!」


 ルミナの声が聞こえて、レオナたちはそちらに行く。そこには開閉式のエレベーターがあった。ただ、収穫場で見たエレベーターと比べると広さが狭いし、なんだか古い感じがした。


「大丈夫なの、これ? 古臭くない?」


「問題ないですよ。さっ、みなさん乗ってください」


 ルミナが声をあげて、レオナがエレベーターに乗り込もうとして。レオナはかすかな音を聞いた。


 なんだろうか、この音は。


 たとえるならば、()()()()()()()()()()()()()()


 音は入り口の方から聞こえてくる。そちらを見て、レオナは目を見開いた。


 鉄の扉が煙を上げて、溶けていた。そして、扉の向こう側には忌まわしいメガバリオンの姿が見える。


「なっ、なんで、どうして!?」


「あれのせいだろう」


 ダスティンが指をさす。そちらを見ると、メガバリオンのたてがみが鉄製の扉に張り付いて、そこからどろりとした液体を出していた。


「強酸性の物質をあのたてがみから出しているのだろう。あんな芸当をする凶獣は俺も初めて見た」


 興味深そうにダスティンがメガバリオンを見ている。


「感心してる場合じゃないでしょ!? 急がないと! ルミナ!」


「わかってますって。はい、ぽちっとな」


 ルミナがエレベーターのボタンを押す。すると、ビービーと耳障りな音を立てた。


「ちょっと、何してるの? あいつが来るよ!」


「あっ、いや、なんで……故障? いや、じゃなくて、これは……」


「どうした、メスガキ」


 ダスティンがルミナを見た瞬間――険しい顔を浮かべた。ルミナもひどく複雑そうな表情をしている。カレルはそんな二人を見て訝しげな顔をしていたが、突然、何かに気づいたように大きく目を見開いた。


「ねえ、さっきから何してるの? ゆっくりしてる場合じゃないって!」


 声を張り上げるレオナとは対照的にルミナとダスティンは押し黙っている。レクスは不安そうにダスティンを見ていた。やがて、ダスティンがエレベーターの外へ出ようとする。その足が出る直前で、手が伸びた。


「おっさん、俺が出る」


 カレルがダスティンの手を掴んでいた。ダスティンは目を細める。


「この行動の意味を貴様は理解してやってるのか?」


「ああ、全部理解して言ってる」


 はっきり、とカレルはダスティンに言った。


「怖くはないのか?」


「めっちゃ怖えよ、ぶるってる。けど、誰かがやらないといけないだろ。それが俺に回ってきたってこと。つまり、誰も悪くないってことだ。それにさ、かっこつけてえんだよ。好きな女の前だから」


「――そうか」

 

 カレルは笑い、ダスティンはエレベーターの中に入った。代わりにカレルがダスティンと入れ替わる形でエレベーターの外に出る。そのすれ違いざまカレルは。


「レオナのこと、お願いします」


 と、小声で言った。ダスティンは小さくうなずく。


 レオナの頭は混乱していた。どうして、ダスティンが外に出ようとして、カレルが入れ替わるようにして、外に出たのか。理由がわからない。自分だけが状況に取り残されている気がした。


 それに、どうしてあんなにカレルは悲壮な顔をしているのだろうか。


 エレベーターの外に出たカレルは、こちらを振り向いた。それはすべてを吹っ切ったようなすっきりとした表情をしていた。


「レクス、短い間だったけどよ、お前と遊べて楽しかったぜ。ルミナ、お前はもうちょっといろいろと落ち着いた方がいいぞ。で、レオナ」


 カレルはまっすぐにレオナを見た。とても澄んだきれいな目をしていた。


「スクールで会ったときからだっけ、お前との付き合い。こんなに長く付き合うとは思わなかったな。最初はすました顔してる冷たい奴だと思った。けど、意外と人の世話を焼きたがるお前が最初はうっとうしく感じたもんだけど」


 そこでカレルは言葉を切り、一つ息を吐く。


 ずっと言いたくても言えなかった想い。それをカレルは言った。


「お前のことが好きだ」


 レオナの目をカレルは強く見据えていた。突然の告白に、うれしさよりも戸惑いが強かった。なぜ、このタイミングで思いを告げたのかレオナには全く分からない。ダスティンもルミナもレクスも、顔を伏せていた。


 自分だけがなにもわかっていないようにレオナは感じていた。


「はは……そんなこと言われても困るから。それより、はやくこっちに来なよ」


 エレベーターに乗るように促すレオナだったが、カレルは動こうとしない。なぜなのか。焦れたレオナがカレルを中に入れようとして。


「……オーバーだ」


 ダスティンが何かを言った。よく聞き取れなかった。


「重量オーバーだ。このエレベーターが運べる重量を超えてる。だから、ここで誰かが残らなくてはならない」


 言われた意味がわからなかった。


 ココデダレカガノコラネバナラナイ。


 それは。

 

 レオナはエレベーターから、身を乗り出して手を伸ばそうとして――ダスティンに背後から羽交い絞めにされた。懸命にもがく。が、びくともしない。このままじゃ、カレルは。


「放してよ! 他に方法があるんじゃないの! どうしてカレルが死なないといけないのよ! ふざけんなああああああ!」


 泣き叫び、ダスティンの拘束をほどこうとするがちっとも動いてくれない。行ってしまうカレルが。二度と会えない場所へ。ポポリンと同じく。


「どうして……こんな……。置いていかないでぇ……」


 レオナはもがくのをやめて、すすり泣いた。信じられなかった。これから、カレルとはずっと一緒にいると思っていたのだ。なのになぜ、どうしてこんなことに。


「メスガキ、起動させろ」


 ルミナはエレベーターのスイッチを押す。ドアが閉じられていく。カレルの姿が徐々に見えなくなっている。


「貴様のことは覚えておくぞ、()()()


 その言葉を聞いて、カレルは目を丸くした。この男が、自分の名を呼ぶことがあるとは。世も末だな、とカレルは思った。が、不思議と悪い気はしなかった。カレルはダスティンに向けて頷く。


 エレベータはもう半分以上扉が閉まっている。カレルは中にいる自分の好きな女に笑みを浮かべた。


「元気でな、レオナ」


「カレルううううううううううううううううううううううううう!!」


 絶叫を上げるレオナの姿が、完全に扉が閉まって見えなくなった。そして、エレベーターは上に向けて上昇していく。カレルはそれを見えなくなるまで見守っていた。完全にエレベーターの姿が消えてから、深い息を吐いた。


 心配だった。レオナのことが。きっと心に深い傷を負うだろうから。できれば傍にいてやりたいが、それはもはやかなわないことだ。でも、とカレルは思う。


「あいつなら大丈夫だろ」


 いくら泣いても、いくら逃げても、いくら傷ついても、最終的にはきっと前に進んでいく。レオナはそういう奴だから。


 本当はずっとそばにいたかった。でも――ずきり、と足が痛んだ。


 この足の状態じゃ、足手まといになるのは明らかだ。


 きっと、さっき足を痛めた時点でこの結末は決まっていたのかもしれない。


「さて、俺は人の心配してる場合じゃねえんだよな」


 カレルがそう言った瞬間、扉が激しい音を立てて吹き飛んだ。メガバリオンの赤い目がカレルをとらえている。


 自分はやるべきことをしなければ。


 走った。ずきり、と足が痛む。それでも片足を引きずる形で、カレルはある場所へと向かう。その途中で、なぜだか昔の記憶を思い出した。


 ♢

 

 あれはまだカレルが六歳のころだったろうか。スクールの机で上体を寝かせていた。ひどく腹が減っていたのだ。そのころ、周りの子供と比べてカレルは体が大きかったため食欲が旺盛だった。そのため、スクールが支給する昼食では足りなかったのだ。それが何日も続き、気が滅入っていたときであった。


「ほら」


 目の前に、パンがあった。見上げると、自分と同じクラスの少女がいた。名をレオナと言っただろうか。それほど親しくはないというか、話したことがない。カレルは面食らっていた。目的がわからなかった。


「なに」


「お腹すいてるんでしょ、食べれば?」


「これ、お前のじゃねえのかよ。いいよ」


「いいよ、じゃない。いつも辛気臭い顔、見るこっちの身にもなってよ。わたし、少食だから」


「だから、いいって。女が俺に話しかけんな」


 カレルが鼻を鳴らした瞬間――レオナが無理やり、カレルの口にパンを突っ込んだ。これが、レオナとカレルが仲良くなったきっかけ。変な女だと思ったことを覚えている。が、なぜだか話しているうちにカレルはいつの間にか彼女に好感を抱いていた。そして、レオナに自分の思いを告げた。


 あっさりふられた。ショックだった。


 気落ちするカレルに向かって、レオナは言った。


「あんたじゃ、わたしに釣り合わないでしょ。せめて、釣り合うことになったら考えてやってもいいよ」


 本当に生意気なガキだった。けど、それを境にカレルはますますレオナを好きになったのだ。スクール出て売春婦になったのは、驚いたし反対した。でも、レオナに頼りにされる人間でありたいと願っていた。


 ♢


 メガバリオンの叫びが、聞こえてくる。カレルに向かって突進してきている。接触まで数秒ぐらいだろうか。


 まったく、今思いだしても苦笑してしまう。本当に偉そうなガキだった、レオナは。どうして好きになったのか、理解不能だ。


「あいつ、もう覚えてねえだろうな。まあ、十年以上前だしな」


 カレルは足元に落ちている黒い物体――ディバイド爆弾を拾った。周辺にたくさんのディバイド爆弾が木箱の中にあった。


「どうだ、レオナ。俺はお前に釣り合う男になったかよ」


 腰を落として、カレルは地べたに座り込む。メガバリオンが恐ろしい勢いでむかってきていた。すさまじい威圧感。体当たりされたら、カレルなぞいとも簡単に吹き飛ばされ、体の骨がばらばらになって死ぬだろう。が、不思議と穏やかな気分だった。恐怖を感じない。もしかしたら、感情がマヒしているかもしれなかった。


 ふと、収穫場での出来事を思い出した。エクノスが禁止区に住む人間のことを燃料と言っていた。あれを聞いた瞬間、心が砕け散ったかと思った。それぐらい衝撃だった。


 自分の生きてきた意味は何だったのだろうか。そんな考えが頭をかすめた。


 立ち上がる気力すら彼はなかったのだ。しかし、レオナは違った。エクノスをはたいたときに、かっこいい、と感じた。


 もしかしたら、カレルはああいう物おじしないところを好きになったのかもしれない。


 自分の生きてきた意味なんて、そんな小難しいことはカレルにはわからない。


 それでも、ひとつだけはっきりとしていることがある。


 それは。


「好きな女のために死ぬ。男が生きる意味なんて、それで十分だ」


 そう、それだけでいい。それだけでカレルは自分が生きてきた意味があったと思えるから。


 メガバリオンが咆哮を上げた。ぎらついた赤い目がカレルをとらえている。


 凄まじいほど威圧感。だが、カレルは臆してはいない。


 その赤い目を真っ向から睨みつけてやる。


 それに、だ。カレルはどうしてもこの凶獣に言ってやりたいことがあった。


 カレルとメガバリオンの距離は、数メートルまで迫っている。迫るメガバリオンにカレルは中指を突き立て、言い放つ。


「くたばれ。くそ野郎」


 ディバイド爆弾のボタンを、カレルは押す。その瞬間、カレルとメガバリオンは閃光に包まれた。


 

 

 


 


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