第40話 襲来
避難経路内は洞窟のようであった。岩でできた内部に、ぽちゃり、と時折水の滴る音が聞こえてきた。教団の作った避難経路ということもあり、洞窟の至るところに機械があった。それを見て、ルミナが目を輝かせる。
「へー、まだ使えるのかな? えい」
ぽちっ、と何らかのボタンを押すルミナ。
「おいおい、不用意にボタンを触んじゃねーよ、あぶねーだろ」
ルミナを咎めるカレルであったが、ルミナはいひひ、といたずらをする子供のような笑みを浮かべるだけだ。
ボタンを押すと、洞窟の上から鉄製の扉がおりてきた。
「おー、すごい。大昔に作られたのにまだ使えるんだ」
ルミナが感嘆の声を上げる。
「一応は避難経路だからな、使えねば意味がなかろう。メスガキ、俺たちはどこへ行けばいい?」
ダスティンがそう聞くのも無理はない。レオナたちの前には進む道が幾重にも分かれている。どうやら一本道ではないらしく、まるで迷路のような印象を受けた。
「はいはーい。えっと……ここは一番左に行けばオッケーですね。元気出してこーぜ、みんな!」
ルミナが元気よく片腕を上げた瞬間、洞窟内にずしん、という大きな音が響き渡った。驚いたルミナが飛び跳ねる。
「……おいおい、ルミナ。さっきから余計なことするんじゃねーよ」
「えっ、今のはわたし関係なくない!?」
カレルの言葉に抗議の声をルミナは上げた。そんなルミナをカレルはおちょくるように笑っている。この光景を見て、レオナも微笑した。今は元気なルミナの態度がありがたい。黙っていると、ポポリンと収穫場のことを思い出して気が滅入ってしまいそうになるからだ。
レオナたちは洞窟内を深く潜っていく。ルミナの案内があるので、すぐに外へ出られるかと思っていたが、なかなか出口にはつかない。しびれを切らしたレオナが不満の声を上げる。
「ルミナ、まだつかないの?」
「もうちょっとですから、がんばってください」
「メスガキ、俺たちがここを出たらどこに出る?」
「えっとですねー、メルカ森林内にでて、そこから北上してボルカの街があります」
「ひとまずはそこで休息をとるとしよう。それから、船でネバリスカ大陸を目指す」
ダスティンの言葉を聞いて、レオナとカレルは首をかしげた。
「ごめん、ダスティン。船って何?」
「海上を移動する乗り物のことだ」
「海上ってのはなんだよ、おっさん」
「地表上を覆う大量の水のことだ」
大量の水? レオナは考えて、頭の中で電球が光った。
「カレル、スクールであったプールのことじゃない? 大量の水だから、そういうことだよ」
「なるほど、あれかー。レオナ、頭いいな」
カレルに褒められて、レオナが得意げに胸を反らしているとダスティンが口をはさんできた。
「プールと海を一緒にするな。比較にならん広さだぞ」
「へ? 比較にならないって、どのぐらいよ?」
「何千、いや何万倍以上もある広さだ」
その言葉を聞いて、レオナとカレルに電流が走った。
「えっえっ、嘘でしょ? そんなものが本当に存在するの?」
「こんなくだらない嘘をつくか」
ダスティンが呆れたように息を吐く。この態度、どうもレオナたちをたばかっている態度ではない。いや、しかしレオナには信じれない。なぜなら、
「それは嘘だよ! だって、そんな大量の水、どうやって出すのよ。空に蛇口があって、それをひねるわけ? プールだって水を一杯にするのにけっこう時間かかるのよ? それだけの水をためるのにどのぐらい時間がかかると思ってんのよ!」
「最初からあったのだ。海は」
ダスティンが顔をしかめて答える。酔っぱらいを相手にするかのようなぞんざいな態度だ。だが、レオナとカレルはそれを気にしない。そんな些細なことが気にならないほどの大いなる衝撃を受けていたからだ。そして、レオナは気づいてしまった。ある重要な事実に。
「待ってカレル。わたし、重要なことに気づいちゃったかもしれない」
「なんだよ」
「船ってさ、大量の水があるところを移動するわけじゃない。ということは、船って人を乗せて移動できるんじゃない!?」
「そうか、そういうことか!」
カレルが感動したように手を叩く。ルミナはずっこけた。ダスティンはいきなりこちらに背中を見せた。手を口元にあてて、肩が震えている。笑っている。あのダスティンが。レオナは自分が的外れなことを言ったのだと思い、顔を真っ赤にした。
「な、なによお……仕方ないでしょ、知らないんだから。レクスは知ってた?」
レクスに顔を向けると、レクスは小さな声で「し、知らないよ」とものすごい勢いで目を逸らして言った。
あ、これ知ってる。
自分が全く世の中を知らない世間知らずだということを思い知って、レオナは顔をさらに赤くした。それはカレルも一緒のようだった。
「海と船、知らないとかちょう笑えるんですけどー。レオナさんとカレルさんとずいぶんとお子ちゃまなんですね。ぷぷぷ」
ルミナが、めっちゃ煽ってきた。二人を指さして、小馬鹿にしたように爆笑している。
「てめえ、大人をなめてんじゃねえぞ!」
カレルがルミナを捕まえようとして、ひょいっ、と身をかわす。カレルは盛大にずっこけた。それを見て笑うルミナ。カレルは阿修羅のごとく顔をゆがませて、ルミナを追いかけまわす。
元気だな、この二人。などと考えていると、ふいに、手を握られる感覚があった。レクスがレオナの手を握っている。
「僕はお母さんと海見て、船に乗ってみたい」
「レクス……。うん、わたしも」
海や船。きっとそれ以外にもレオナが知らないことは世界にいっぱいあるのだろう。それを知りたい。知って、体験したい。ここにいるみんなで。それができれば、どんなに楽しいだろう。不思議とそれを考えると、辛いことが薄らぐ気がした。
「くそ料理」
いつの間にかダスティンが目の前に立っていた。
「世界には貴様の知らないことがいっぱいある。禁止区では知りえないようなことがたくさんだ。その貴様が今、抱いている気持ちを大切にしろ。それが貴様が生きていく上での力になるだろう。逆境を跳ね返す力にな」
まるでダスティンがレオナの心境を見抜くかのように言った。それにレオナは多少の驚きを覚えた。
「それって、もしかしてわたしを元気づけようとしてくれてるの?」
「さあな」
ふん、と鼻で笑ってダスティンはレオナに背を向けた。レオナとしては困ってしまう。たまにこういう優しいところがあるから嫌いになれないのだ。この男を。
ずうん、と洞窟内に轟く音がした。またか、とレオナは思った。が、またもずうん、と同じ音がした。洞窟の上から石がぱらぱらと落ちてきた。
これで音がやむかと思いきや、またも音が。断続的に音が聞こえてくる。
しかもこの音。だんだん近づいてきていないか。
「もしかして、崩落か何か? 地盤が緩んでるのかな? どう思う、ダスティ――」
声をかけようとしたレオナの声が止まった。なぜなら、話しかけるのがはばかられるほどの迫力をダスティンが発していたからだ。険しい表情で、宙を睨んでいる。あの顔は、レオナが初めてダスティンにあったときと似ている。
「海のついでだ。凶獣について話をしてやる。奴らは凶暴で人を襲い食らう。が、王種が存在することから、自分よりも上位の存在については従うことがわかっている。くそ料理。エクノスがここは整備がされておらず、凶獣の住みかとなっていると話していたことを覚えているか?」
「覚えてるよ」
「では、この避難経路に入ってから凶獣の姿を見たか?」
レオナは首を振る。この洞窟に入ってから、凶獣の姿は一度たりとも見ていない。
「上位存在が下位の存在を統率することが、確認されている。だが、もしその上位存在が手のつけられない奴で、敵・味方関係なく襲ってくる奴だとする。その場合、貴様はどうする?」
「えっ、それは逃げるよ、もしくは近づかない」
「もし、この洞窟内にいる凶獣がその見境のない奴だとしたら?」
「それって」
「貴様ら、今すぐ走る準備をしろ」
ダスティンがそう言った瞬間、断続的に響いていた音が止まった。しいん、と洞窟内を沈黙が支配した。レオナにはその沈黙がまるで嵐の前の静けさのように思えた。
「――来るぞ」
そうダスティンがつぶやいたときであった。
レオナたちの後方の岩が轟音を立てて崩れた。岩の破片をまき散らしながら、現れたのは体長十メートルを超える凶獣であった。
凶獣が雄たけびを上げた。原始的な恐怖を想起させる雄叫び。それだけでそれが人の手には余る強大な凶獣だということがわかった。
凶獣の赤い目がレオナたちを獲物と認識した。




