第39話 それぞれの想い
レオナはひとしきり泣いた後、ポポリンの死体を埋葬することにした。カレルとレクス、ルミナが手伝い、簡素な墓を建てた。目をつむって、手を合わせる。それが終わって、レオナは背を向けた。未練を断ち切るように。
エクノスとダスティンを先頭に禁止区を歩いていく。まれに遭遇する凶獣はエクノスとダスティンがいとも簡単に倒していく。このエクノスという男、やはり只者ではないようだ。人の姿を見かけない。他の住民はどこへ逃げたのだろう。教団に管理されたかつての適応者たちは。この禁止区にいる限り、ただディバイド体を抜き取られるだけの存在。
そんなことを思い虚しい気持ちを感じていると、ルミナが口を開いた。
「レオナさん、あの、ずっっっと気になってたこと聞いてもいいですか?」
「なに?」
「おじさんとレクスの顔が別人なんですけど、どういうことですか? 整形?」
首をかしげるルミナに、レオナは一瞬、何のことを言っているかわからなかった。が、すぐに思い至った。そうか、ルミナはカメオーンのことを知らないのだ。レオナもあまりに衝撃的なことが起こりすぎて二人の顔のことなど気にも留めていなかった。
「この二人はえっと……そう、変装! 変装してたんだよ!」
「変装? どうして変装する必要が……ああああああああああ! ダスティンとレクスって、教団が探してるお尋ね者!?」
大声をあげるルミナにダスティンが音もなく近づいた。その手は腰にある剣に伸びている。
「落ち着いて、ダスティン。まだ子供だから。それに、もうあの収穫場のことも知ってるんだから、今更何かする必要もないでしょ」
「……冗談だ」
この男が冗談を言うんだ、という驚きがあった。同時に絶対嘘だとも思う。なぜなら、目がマジだったからだ。
「ルミナは、どうして禁止区から出たいの? そりゃあ危ないところだけど、正直、わたしたちについてくるのもかなり危ないと思うんだけど」
「レオナさんが気になるからです」
「わたし?」
「はい、見ていて飽きないというか、興味があります。それに、もっといろいろと他の場所も見てみたいですしね」
「カレルは?」
「あんなこと聞いておちおちこんなところに住んでられるか。まあ、ここを出てもやっていけるかすげえ不安だけどさ、その……お前と一緒なら大丈夫かなって……」
「そ、そう……」
顔を赤くするカレルにレオナもつられて頬を染めた。それを悟られないようにレオナはわざと声を張り上げた。
「レクスは?」
「僕はダスティンについていくだけ。それと、お母さんの傍にいたいから」
淡く笑みを浮かべるレクスを見て、レオナの心に暖かいものが広がっていく。散々なことばかりだが、その顔を見て少しだけ元気が出てきたような気がする。
そのまま、ダスティンとエクノスについていき、レオナはあることを思いついた。
「禁止区の人たちも、一緒に連れていけないかな? 全員は無理かもしれないけど、助けられるだけ」
「時間がない。そんなことをしていたら、教団兵に見つかるぞ。今は見かけないが、いつ姿を現すかわからん。無駄な時間はさけるべきだ」
「でも」
ダスティンはもはやレオナと話す気はないようだった。もくもくと前へ歩を進めていく。自分たちだけ逃げるというのは罪悪感があった。この禁止区にいる人たちはみな、犠牲者なのだから。
そう考えていたときだ。
シャー、という声が聞こえた。視線をやると、猫が威嚇していた。その前には凶獣がいる。親猫なのだろう、背後には子猫が二匹いた。威嚇をしていた猫だったが、凶獣が近づくや否や一目散に逃げていく。残された子猫は凶獣に捕食された。助ける暇もなかった。
「……生きていくってことはさ、何かを犠牲にするってことなのかな」
レオナのつぶやきに答える者はいない。同じ禁止区の人間だが、レオナは他の人間を犠牲にして歩き続けた。
エクノスが機械のパネルを操作すると、扉が開いた。その瞬間、何やらほこりの混じった匂いが風に運ばれてきた。収穫場のあった施設と比べると、人の手が入っていないようだ。そこは洞窟のようであり、蝙蝠らしきものが飛んでいる。
「ここはかつては教団の避難経路として使用されていましたが、それもはるか昔のこと。今は誰も使っていません。ですから、おそらく凶獣がここに巣くっている可能性が高いです。くれぐれも気を付けてください」
「イケメンのおにーさんはついてこないの?」
ルミナが頬を膨らませている。
「わたしはここまでだよ」
「えー、さびしいよ」
「すまない。ダスティン様、これに今後の向かう先をマッピングしておきました。お使いください」
エクノスが小型の機械をダスティンに手渡そうとしたところ、
「とう」
あろうことか、それをルミナに奪われてしまった。
「こら、返したまえ。それは子供に扱えるものじゃ」
かたかたと機械を操作して空中にはこの避難経路の地図が現れた。それを見てエクノスは目を丸くしている。それはダスティンも同様だった。
「メスガキ。貴様、機械に心得があるのか?」
「わたしを誰だと思ってるんですか、おじさん。天下のルミナ様ですよ?」
「俺がそれを使う」
「おじさんは、凶獣の退治をお願いしますよ。このイケメンのおにーさんがいなくなったら、頼りはおじさんだけです。集中した方がいいんじゃないですかねー」
「……好きにしろ」
ルミナは機械をかたかたと嬉しそうに操作している。まるで新しい玩具を手に入れた子供のようであった。その姿に苦笑して、レオナが歩き出そうとすると、
「待て」
エクノスに声をかけられた。まさか、話しかけられると思っていなかった。完全に不意打ちであった。レオナは憮然とした表情を浮かべた。
「教団のエリート様が燃料であるわたくしに何の用でございましょうか?」
精一杯の皮肉を返すレオナに、エクノスは構わずに続ける。
「どうして、君はそんなに強い? 君の立場、境遇を考えれば大抵の人間は立ち上がれはしまい。わたしが知っている人間はみなそうだ。どうしてだ?」
レオナは面食らっていた。そんなこと聞かれると思ってもみなかった。どうして、か。自身の胸に問う。すぐに答えは出た。
「強くないよ、わたしは。空っぽでちっぽけな人間。些細なことに傷ついて、逃げ出すような、どこにでもいる弱い人間」
「それならば――」
「気に入らないから。自分の運命全部決められてさ、心底むかついてるの。教団も世界の人たちのことなんてわたしは知らない。だからって、自分が犠牲になるのをうけいれることなんてできない。わたしはあがくよ。あがいてもがいて、前に進み続ける。それが、わたしができる精一杯の抵抗だから」
レオナは毅然とエクノスに言い放った。エクノスはまるでまぶしいものでも見るかのように、目を細めていた。
「偉そうなこと言ったけど、わたし一人じゃ何もできない。逃げそうになるときは、いつもレクスが前に進むきっかけをくれた」
レオナはレクスに視線を送る。
「傷ついてわたしが逃げ出そうとしたときは、支えてくれる人がいる」
レオナはカレルを見た。
「わたしが落ち込んだとき、励ましてくれる人がいた」
レオナは宙を見た。死んでしまったポポリンの顔が見えた気がした。
「いろんな人の助けで今のわたしがいるし、つらい経験がわたしを強くした。これからもひどい目にあって、逃げ出したくなるようなことがあるかもしれないけど、わたしは前に進むよ。どんなひどい目にあったとしても」
エクノスは首を振る。再びレオナを見たその目は、モノを見る目ではなく人としてレオナを見ていた。
「レオナさーん、わたしは? わたしはレオナさんの助けになってない?」
「もちろん、ルミナもわたしの大切な人だよ」
ルミナとレオナは「はーい」とはしゃいだ声をあげて、ハイタッチしている。
「かなわないな君は。一つ頼みごとをしてもいいだろうか?」
「頼み事? なに」
「わたしと食事をしてもらえないだろうか? もっと君のことを知りたい」
それを聞いて、レオナは目を丸くした。そんなこと言われると思ってもみなかった。カレルは顔を真っ赤に染めて、エクノスを口汚く罵っている。
しばし、考えてレオナは指を立てた。
「いいよ、でも条件がある」
「条件?」
「ゲオタヤから禁止区をなくして。それで、わたしたちが住みやすい世の中にしてもらえないかな」
それを聞いたエクノスは目を見開いた。レオナが言っていること、それは。
「君はわたしに教団のトップになれと言っているのか? 六星長ギアノン様を押しのけて、ゲオタヤを統治しろと」
「教団のエリートなんでしょ、エクノスは。なら、できるでしょ?」
あっけらかんとして言い放つレオナに、エクノスは肩をすくめた。まったくとんでもないことを言う人間がいたものだ。
「善処はしよう」
「うん、その日が来るのをわたし待ってるからね」
花びらのように可憐な笑みを浮かべるレオナに対して、憎悪に燃やすカレルが中指を立てる。
「お前は金輪際、レオナに関わんじゃねえぞ! 金髪ノッポ!!」
「君にもいろいろと話を聞きたいのだが……」
「くそくらえだ!!」
ぺっ、と唾を吐き捨て、鼻をならすカレルにエクノスは苦笑した。
「ずいぶんと嫌われてしまった。だが、彼が私を嫌うのも無理はない、か。わたしは教団の人間だからな」
「いえいえ、カレルさんのあれはそれとは無関係ですよ、イケメンのおにーさん」
したり顔でエクノスの足を肘でつつくルミナ。言っている意味がわからずにエクノスは首をかしげていると、ダスティンが声を上げた。
「俺はエクノスに話がある。先にいってろ」
ダスティンに言われたとおりに、レオナたちは避難経路に入っていった。
「珍しいじゃないか、貴様があんなことを言い出すとは」
「彼らがとても感情豊かでしたので、気になったのですよ」
エクノスが知る一般区の人間はあんなに感情をあらわにしない。禁止区の人間があんなにも感情的なことにエクノスはひどく驚いていた。
ただの燃料だと教団に教えられて育ったエクノスは、人の姿をした機械を想像していたのだ。関わることも一生ない、と思っていた。その考えが、レオナに顔を叩かれたことで吹き飛ばされた。
「わたしはこれまで教団の教え通りに生きてきました。メサイア教団こそがすべてであり、この世界のためになるのだと。ですが、彼女や彼を見ているとわからなくなってきました」
「わからない?」
「禁止区の人間は燃料だと思っていたし、人の姿をした家畜だと疑いもなく生きてきました。ですが、彼らはわたしが知っている一般区の人間たちよりもはるかに感情的で強い生命の輝きを感じるのです。そんな彼らを犠牲にして成り立つこの世界は果たして正しいのでしょうか」
エクノスの言葉にダスティンは答えない。ただ黙って話を聞いている。
「疑いもなく生きてきたと言いましたが、教えに違和感を覚えることはありました。でも、それは日々の生活で忘れるほどの些細なことだと思っていましたが、わたしは見ないふりをしていただけかもしれない。さきほど、ダスティン様が彼女たちに収穫場のことを話していたときに思ったのです。
わたしも同じではないかと。
彼らと同じく意図的に情報をふせられて、支配されているのではないか、そう考えたのです。ダスティン様、あなたもわたしと同じく教団に疑問をもって――」
「それ以上は考えるな、エクノス。消されるぞ」
低い声音でダスティンは、エクノスを射殺すように見た。
「教団の言うことに疑問を持つな。従え。貴様は高い能力を持っている。望めば大抵のものは手に入るだろう。わざわざ危険なことに足を突っ込む必要はない。見たいものだけ見て、聞きたいことだけ聞け。それが人というものだ」
「……ダスティン様はどうして教団を裏切ったのです。あなただってわたしと同じで高い身分だったはずだ」
「さきほど言ったはずだ。嫌になった、とな」
ダスティンはどこか遠くのものを見るような目を浮かべた。エクノスがその心中を考えようとしたときだ。避難経路から、ルミナの声が聞こえてきた。
「おじさーん、いつまで待たせるの? イケメンのおにーさんといちゃいちゃしないでくださーい!」
「ダスティーン、はやく来なさいよ! レクスが寂しがってるよー!」
「僕は寂しがってないよ!」
避難経路の奥から笑い声が聞こえてきた。それを聞いてダスティンは、ふっ、と口をゆがめた。
「馬鹿どもを待たせているようだ。失礼する」
「変わりましたね、ダスティン様。以前はそんな笑いをするような方ではなかった。あの者たちの影響ですか?」
「さて、な。エクノス、最後に一つだけ聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「ラティアは、若い男、なんだな?」
「以前、申し上げた通りです。ラティアについて知っているものは教団内でもほとんどおりません。若い男ではないかという話ですが……気になることでも?」
「……いや、なんでもない。ではな、エクノス」
「ええ、願わくばまたお会いできることを楽しみにしています。どうかご無事で」
ダスティンはエクノスと別れを告げて、避難経路へと入っていく。その背中を見送りながら、エクノスはダスティンとレオナたちとの再会を切に願った。




