第38話 明かされる真実 2
レオナとカレルはダスティンの正体を聞いて、少なからず衝撃を受けていた。教団関係者とは思っていたが、そんなにも立場が上の人間だとは想像もしていなかった。
「もっとも、環境エネルギー研究所とは表向きの名で実態はそんな健全なものではないがな」
「何をしてたの?」
「適応器と凶獣の研究、あとは人さらいだな」
ダスティンは自嘲気味に笑った。
「人さらいって……」
「ディバイド体を持つ者は世界各地に存在している。ゲオタヤは彼らを研究して、社会的に役立たせるという目的があるのだ。俺はそんな彼らを拉致し、研究所に連れ込み様々な実験を行い、そのデータを教団に役立てるということをしていた。そして、レクスもその一人だ」
「それって、あんたがレクスをさらったってこと?」
「見つけたのは偶然だった。いつものごとく仕事をしていた俺は森林で倒れている子供を見つけた。ディバイド体の数値を計る機器がこれまでにないほど異常な数値を示していた。俺は震えたよ、これほどの逸材を見つけたという事実にな。その子供がレクスだ」
ダスティンの視線がレクスをとらえた。レクスの方はそんなダスティンをただ見つめていた。その表情からは何を考えているかは全くうかがえない。
「俺は研究所に連れ帰って、レクスに様々な実験を行った。知識、身体、そして痛覚の実験。あらゆる薬物を投与し反応を見守り、数値をとった」
「実験て……あんた、それ、なんとも思わないの?」
「思うわけがなかろう。全ては教団のためだ。そのためなら」
「――嘘だよ」
ダスティンの言葉をレクスが遮った。そして、レクスはまるでダスティンを守るかのようにダスティンの正面に立つ。
「この人は迷ってたから。ずっと」
「迷ってたって……それ、ダスティンが言ったの?」
レオナの問いに、レクスはふるふると首を振る。なら、どうしてという言葉は出てこなかった。レクスの目がレオナを見ていた。不思議な感覚だった。威圧されているというわけでもない。本当に何となくレクスは嘘を言っていないという気がした。
なんだかダスティンに対して抱いていた怒りが急速になえていく気がした。
「それで、あんたはなんで逃げたのよ? 教団の偉い人なんでしょ? それまでの生活を捨ててまで、どうして」
「それはわたしも聞きたいです」
エクノスがレオナの言葉に重ねた。ダスティンは沈黙し、どこか遠くを見るような目をして、ぼそりとつぶやく。
「……嫌になったのだ、すべてが。そういう意味では、貴様と同じだ」
ダスティンはレオナを見ながら、そう言った。
わたしと同じ? この男が? ダスティンが自分と同じ気持ちを抱くとは思えない。だって、この男は教団の幹部で自分よりもずっと恵まれた生活をしていたはずだ。なんの不満があって教団を敵に回すような真似をしたのか、わからない。
しかし、きっとそれを聞いてもこの男は答えてくれないだろう。
短い付き合いだが、レオナはダスティンがそういう人物だと心得ている。
「……深くは聞かないでおくよ。どうせ答えてくれないでしょうしね。とにかく、あんたが教団の幹部でレクスを連れ出したってことはわかった。それで? さっきの昔話の続き、適応者たちに勝った人間たちはどうしたのよ」
話を促すレオナにダスティンは沈黙している。なぜだろう、なぜかそれを言うことをダスティンはためらっているように見えた。
「戦いに勝利した人間たちは適応者たちを恐れた。まだ反乱を起こされたらたまったものではないからだ。だから、適応者たちを隔離し徹底的に管理、運用することにしたのだ。その区域を禁止区と名付けてな」
「ちょっと待てよ、おっさん。じゃあ、俺たちは」
「察しの通りだ。おまえたちはかつて戦いを起こした適応者たちの生き残りの子孫だ」
驚愕の事実を告げられて、レオナとカレルは押し黙った。
わたしが適応者の子孫? 急にそんなことを言われても、理解が追いつかなかった。が、そんなレオナを無視するようにダスティンは話し続ける。
「禁止区の管理は適応器を扱えるもの――メリトが多いゲオタヤが行うこととなった。普通の人間では適応者の反乱を押さえられないからな。そして、メリトを押さえる組織を作ったのがギアノン、彼はメサイア教団を設立した。教団には適応者を管理する以外にも重要な役目がある」
「重要な役目?」
レオナが聞くと、ダスティンは頷く。
「凶獣の抑止だ。王種が消えたとはいえ凶獣は人にとって天敵だ。人が凶獣に対抗するにはメリトの存在が不可欠。そして、そのためには適応器が必要になり、その適応器を作るにはディバイド体を抽出する必要がある」
「それ、そのディバイド体って何なの? 抽出ってことは……抜き取ってるってことだよね?」
ダスティンはレオナの言葉に対して、頭を指でとんとん、と叩いた。
「――脳だ。ディバイド体は人の脳に多く存在する。適応者の死体を解剖し判明したことがそれだった。脳にあるディバイド体の作用によって、適応者は異能を扱うことができる」
「じゃあ、あれって……」
恐る恐るレオナはもう見たくはない光景を見た。人間の四肢と首を引き裂かれて、機械がどこかへと運んでいく光景を。
「ここはディバイド体を抽出する収穫場と呼ばれている。あの機械で抜き取られた部位は、機械で摺りつぶして特殊な金属で加工していく。出来上がったものは適応器として世界各国に輸出される。ちなみに四肢からも微量にディバイド体がとれる。だから捨てずにああして利用しているのだ」
カレルの顔はもはや蒼白を通り越して病的になっている。きっと、自分もひどい顔をしているだろう。レオナはただ呆然としていた。
「ゲオタヤのおかげで世界は安寧を取り戻した。が、教団は一つ不満があった。一人の適応者からとれるディバイド体をもっと増やせないのか、と。そこで教団はディバイド体の生産力を高めるためにあらゆる実験、試行錯誤を行った。そして、一つの実験結果がわかった。適応者は30歳を境にディバイド体が小さくなっていくことを。興味深いデータだった。それならば、と教団は考える。適応者を三十歳以上まで生かしておく必要はないのではないか。もっと、効率的にディバイド体を増やして、適応者を減らすことでコストを下げられないのか。その考えのもと、画期的な薬が生み出された。それがタレスだ」
「え?」
間の抜けた声をレオナは上げた。タレスとは禁止区の住民がいつも飲んでいるあのタレスのことだろうか。どうして、ここでその名前が出るのだろう。
「タレスは適応者のディバイド体の量を増やし、なおかつその寿命が三十歳ほどで死ぬように作られた薬だ。副次的に適応者の能力を封じることもできる。まさに、完璧と言ってもいい薬だ」
「待って! あんた、今三十歳ほどで死ぬようにとか、言ったよね。それはおかしいよ! 間違ってる」
「そうだぜ! おっさん、それは違うぞ! タレスはゴバニーに発症しないために飲むものだろーが! 俺たちはゴバニーにかかると三十歳よりも前に死んじまうんだぞ!」
「それは嘘だ」
ダスティンは平然と何でもないことのように言った。
「「はあ?」」
レオナとカレルが間の抜けた声を上げた。言っている意味がまるでわからない。ダスティンは何を言っているのか。
だって、わたしたちはゴバニーから身を守るためにタレスを飲んでるんだ。それは間違ってないはずだ。
動揺するレオナとカレルを気にせずに、ダスティンは口を開く。
「タレスは画期的な薬ではあったが、禁止区の人間には受け入れられない薬だ。だれも飲めば寿命が縮む薬など、飲みたくはないだろうからな。だから、教団は考えた。禁止区の人間がタレスを飲むことを必然と考える理由をな。それが、ゴバニーという病だ。感染すれば即死亡、タレスを飲むことで生き延びることができる。そういう価値観を禁止区の人間に植え付けることにした」
「嘘言ってんじゃねーぞ! ゴバニーは実際にある病だろーがよ!」
カレルが吠えた。レオナもカレルと同じ気持ちだ。いや、なんだろうか。この嫌な感覚は。もしかしたら、自分は理解することを拒んでいるのだろうか。なぜなら、そこを否定されたらわたしは。
この先の言葉をレオナは聞きたくなかった。が、ダスティンはレオナの思いを無視してその言葉を放った。
「ゴバニーなどという病はこの世界に存在しない。ただの架空の病だ。禁止区の人間にタレスを飲ませるためだけに作られた嘘だ」
その言葉を聞いて、レオナは思わず泣きそうになった。とても信じられなかった。
「ねえ、ダスティン。いくらなんでも冗談でしょ? さすがに今のは悪趣味だと思うんだ」
「……貴様は、タレスを飲まない禁止区の人間を知っているか?」
「えっ、それは……」
記憶を探る。そんな人間が果たしているだろうか。いや、いない。少なくとも、レオナは見たことがない。なぜなら、タレスを飲まないとわたしたちは死んで――いや、ゴバニーがないのなら、タレスがわたしたちを死に導いて。あれ、でも?
レオナは両手で頭を抱えた。どういうこと? 意味が分からない。ひどく頭が混乱していて、思考がまったくまとまらない。
「いないだろう。教育しているのだ、スクールで。疑問を持たないように徹底的に、な。そして、貴様が能力を使えるのは隔世遺伝、つまりは先祖返りだ。たまにそういう人間が現れることがあり、教団では隔世者と呼んでいる」
ダスティンは淡々と事実を告げていく。
「教団は禁止区の人間をレイジスと呼称している。この世界はレイジスの命を消費することで成り立っているのだ」
がくん、とカレルが膝をついた。その顔は蒼白を通り越してもはや死人のそれだ。目は虚ろで何も映していない。レオナは足元から何かが崩れてゆくのを感じていた。
「ひひっ」
ふいに、笑いたくなった。地面に転がり、レオナは両手でお腹を抱えて狂ったように笑い転げた。
「ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」
おかしくて仕方がない。レオナは涙を流しながら笑う。
ずっと生きたいと願っていた。死にたくないと願っていた。そのために、飲んでいたタレス。それが自分の願いを遠ざける結果になるなんて笑わざるにはいられない。これまでの自分の人生はなんだったのだろう。なんのために生きてきた。ゴバニーなんて存在しない病気に怯えて。バカみたいだ。本当にバカみたいだ。
これがレオナが知りたいと願った、真実。あまりにも重くて、到底抱えきれそうにない。
わたしの命は消費されるだけの命なんだ。
己の運命を嘆いて呪っても、そんなことに意味はないのだ。最終的には死んで収穫されるだけだ。あの今も機械に引き裂かれていくあの人たちと同じように。
どのぐらい笑ったのだろうか、笑いすぎて過呼吸になって、せき込んだ。その背中を優しくさする手があった。見れば、レクスが心配そうにレオナを見て、
「僕にとってはお母さんはお母さんだよ。大切な人」
レオナはダスティンの話を聞いて、もう立ち上がれないと思った。真実など聞かなければよかったと後悔していた。自分の生に意味があるのか、という疑問が頭によぎった。
でも、ここにレオナの存在を肯定してくれる人がいる。
今はそれだけでいい。その言葉だけで、十分だ。
萎えかけていた気力に、ほんのわずかだが活力がわいてきた。立ち上がったレオナは、
「ありがとう」
と、レクスに笑いかけた。
「……大体のことはわかったよ。これだけは聞いておきたいんだけど、あんたにとってわたしらって何? わたしらは何のために生きてるの?」
「それは」
「燃料だ」
ダスティンの言葉を遮って、エクノスが答えた。
「ディバイド体を抽出されるために燃料。それが君たちの生きる意味だ。この世界は凶獣の脅威にさらされている。その脅威に対抗するために、君たちは犠牲になってもらえている。これはすごく光栄なことだよ、なぜならそのおかげでこの世界の人たちは平和に暮らしていけるのだから」
ぱあん、と乾いた音が響いた。レオナがエクノスの顔に平手打ちを見舞った。
レオナは身内から燃え上がるような激しい怒りを抱いていた。それこそ自分の身を焦がすような。
「ずっと不思議だった。教団がわたしらを見る目が。でも、わかったよ。あんたらはわたしたちを人間と思ってない、ただのモノとして見ているってことが」
「当然だろう。君たちは人でない。ただの燃料なのだから」
「ふざけないでよっ!!」
エクノスの胸倉をつかみ上げて、レオナは叫ぶ。
「あんたらがわたしたちをどう見ようと勝手だけどね、わたしらは必死に生きてるだけなんだよ! あんたらの嘘に気づかずに、自分がどうなるかも知らずに、生きてるだけなんだ! それを燃料なんて言い方でくくるな! 馬鹿にしないでよ!!」
言葉をぶつけられたエクノスは驚いたように、目を丸くした。まじまじとレオナを見つめて、ぼそり、とつぶやく。
「……驚いたな。燃料にこんな感情があるのか」
「この! 馬鹿にすんなあ!」
レオナが平手をもう一発見舞おうとすると、カレルが羽交い絞めにした。
「よせよ」
「また、止めるの、カレル? こんなこと言われて?」
「言っても無駄だろ。わかんねえよ、教団さまに俺たちのことなんざ。だって、燃料なんだぜ? 意味ねえだろ、こんなことしても」
カレルは吐き捨てるように言った。確かに、と血の上った頭でレオナは思った。きっと自分の言葉なんて何の意味もない。自分たちをモノとして見ている人間に話なんて通じるわけがない。
怒りが醒めて、途端に徒労を覚えた。
レオナはエクノスから手を離した。エクノスの方はレオナを観察するように見ていた。どうでもいい、と思った。
沈黙が場を支配した。誰も口を開こうとしない。このまま沈黙が続くかと思ったが、ルミナが口を開いた。
「みなさーん、ここから移動しませんか? その、ここ刺激が強すぎるんですよねー、いろいろと」
「エクノス、脱出経路は調べられるか」
ダスティンに聞かれた、エクノスがはっと我に返った。
「はい。ここから北東に向かった先に教団兵が昔使っていた避難経路があります。今はほとんど使われてないので、見つかることはないでしょうが……」
「ラティアか」
「ええ、正直、わたしには奴がどう動くのかまったくわからないので」
「そうか、お前らはどうする?」
ダスティンはレオナとカレルに聞いた。
「行くよ。あんたらと一緒に禁止区を出る」
レオナは即答した。
「ここにいたって、殺されるだけでしょ? タレスを飲まなくたって、きっと処分される、違う?」
ダスティンは、その問いかけに頷く。
「なら、選ぶ道は一つだよ。教団の思惑も世界の人たちのことも知らない。けど、これだけは言える。わたしは誰かに自分の生き方を決められたくない。自分の生き方は自分で選びたいから。そのためにも、わたしはまだ死ねない」
「レオナが行くなら、俺もついてくぜ」
「僕もお母さんと一緒に行く」
「わたしも行きますよ、もちろん」
全員の答えが一つになった。
禁止区を出る。次なる目的が決まったことで、ダスティンが歩き出そうとしたところで、レオナが口を開いた。
「ごめん、ちょっとだけわたしに時間をくれない?」
「あまり時間を割くのは」
「お願いします。どうしても行きたいところがあるの」
レオナは深々と頭を下げた。「俺からも」と言って、カレルが頭を下げる。「僕も」続いてレクスも頭を下げた。
ダスティンは深く息を吐いて、好きにしろ、と言った。
「――あ」
レオナの口から声が漏れた。やってきたのは、禁止区にある自分の住居。おそらく、もうここに戻ってくることはない。だからこそ、最後に一目見ておきたかった。だが、その願いは叶わなかった。住んでいた家は破壊されていた。屋根も扉も破壊されて、ただの廃墟であった。おそらく、凶獣に破壊されたのだろう。この禁止区にもはや自分の帰るべき家はなくなった。
ふらり、とレオナは足から力が抜けるのを感じた。それをカレルが受け止めた。
「大丈夫かよ?」
「カレル……わたしの家、なくなっちゃった……」
泣き笑いのような切ない表情をレオナは浮かべた。カレルはそんなレオナを無言で抱きしめた。レオナは声を殺して、カレルの胸で涙を流した。我慢していたものが、一気にあふれたような感じがしていた。
この日、レオナは家と友達を失った。




