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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第35話 逃避

 レオナはぼんやりと男の美貌に見とれていたが、はっと我に返る。状況から考えれば、この男が凶獣を斬り捨てたことは疑いようがないだろう。ならば、自分の味方なのだろうか。


 いや、それはないとレオナは思う。


 なぜなら、男が着ている服は教団が着ている服に酷似しているからだ。教団兵が着ている服とは違うが、雰囲気は似ている。とすれば、この男は教団関係者とみて間違いない。それに、男が自分に向ける視線。これは教団兵が自分に向けている目線とそっくりなのだ。まるでゴミを見るかのようなそんな視線。


 そうなると、この男は間違いなくレクスを探しているだろう。


 あまり関わるべきではないのかもしれない。


 くるり、とレオナは男に背を向けた。


「待て」

 

 男が声を発するが、レオナは無視する。が、


「助けてくれてありがと、じゃーね。優男さん」


 礼を言って、レオナはその場から全速力で立ち去った。

 


 残された男は、レオナの背中を見つめていた。明らかに人間離れした身体能力。適応器を使っているが、禁止区の人間がどうして適応器を。疑問が芽生えるが、ひとまずは考えないことにする。


 男は広場に目線を向けた。


 まさに地獄絵図と言った様相だ。死体が散乱し、足の踏み場が少ないほどだ。それほどこの広場は死におおわれている。


「ダグド、ではないな……。ラティアの仕業か。もったいないことをする」


 一足、遅かったようだ。もう少し、はやくここに到着していればまだ結果は違っていたかもしれない。急がなくてはならないだろう。一刻もはやくダスティンを探さねばならない。


 男は身を翻して、広場から出ようと歩きだした。


 ♢


「な、なんだ……これは……」


 広場を見渡せる高台に立ったダグドは、あまりの光景に言葉を失っていた。


「見ての通りですよ」


 背後から声が聞こえたので、びくり、とダグドは身を震わせた。闇の中からラティアが音もなく姿を現したのだ。


「なかなか見ごたえのある光景でしょう? 人々の絶叫、恐怖に泣き叫ぶ表情、最高のお祭りでしたよ」


「は、話が違うじゃありませんか!? 確かに凶獣の実験とは言っていましたが、こんなにも大規模になるとは言ってなかったですよね?」


「実験にアクシデントはつきものですよ。素晴らしいでしょう? ガリベロスに裂かれた人間は一定確率で凶獣と化して暴れまわる。一体でこれほどの被害を与えられるのです。実験結果は上々といっていいでしょうね」


 ラティアは満足そうにうなずく。


「しかし、倒されるのは想定外でしたね。まさか、禁止区にガリベロスを倒す者がいるとは……。ダスティン? それともあの男? または隔世者か。いずれにしても興味はつきませんね」


「責任は……。責任は取ってもらえるのですよね? こんなの、わし一人では手に負えませんよ!?」


「もちろん。ですが、代わりにダスティンとレクスの捜索を手伝ってもらいますよ」


「わしにですか? いや、わしにそんな力は……」


「大丈夫です」


 ラティアはほほ笑み、右手をダグドの右肩にあてた。その手には注射器が握られていた。


「な、なにをほっ!?」


 ダグドは地面に突っ伏し、四つん這いになった。そして、すぐにぐるんと白目をむいて体が小刻みにけいれんし始める。


「人間を凶獣へと変える凶獣化薬の実験はやりましたが、この凶化薬も試しておきたかったんですよ。人でありながら凶獣並みの力を得る薬。ただ……」


「わ、わし、はダグド、えっ、誰? あひゃひぶ、へっ、はっ、ダグダグダグ」


「知能が低くなるのが欠点なんですよね。ここは要改善ですかね」


 地に這うダグドの背中からは背骨が突き出し、手や足が皮膚を食い破りあり得ない方向へ伸縮を繰り返している。それがしばらく続いて、ダグドは立ち上がった。


 そのダグドの頭をラティアは撫でる。


「いい子です。さて、ダスティンを探して殺してきてください」


 ラティアがそう言うと、ダグドはのしのしと歩いて闇の中へと姿を消した。それをみながら、ラティアは嬉しそうに笑みを浮かべている。


 ♢


 レオナはようやく時計塔の下へとたどり着いた。ここも死体がたくさん転がっている。ポポリンたちがこの中にいないことを祈った。


「ポポリーン! レクスー! ルミナー!」


 声を上げるが出てくる様子はない。ということは、隠れているわけではないということか? もう少し探してみようと思ったところで、レオナは柱の陰に人がもたれていることに気づいた。あの服は。


 あれはポポリンが着ている服だ。ようやく親友を見つけた喜びに、レオナの頬が思わず緩む。駆け足で柱の表に回り込み、


「もう、ポポリン。わたしの声気づいてるなら出てきてよね。心配してんだからさ」


 笑顔を浮かべたレオナがポポリンに近づいて、その動きを止めた。急に金縛りにあったようにレオナは動けなくなった。なぜだろう。自分でも全然原因がわからない。呼吸が苦しい。うまく息ができない。胸のあたりをレオナは手で強く抑える。体が全く動かなくなった。どうしてだろう。全然わからない。


「かっ……はっ……はっはっ……」


 レオナは胸をかきむしった。おかしい。呼吸がうまくできない。こんなこと今まで一度もなかったのに。早くポポリンと会わなきゃ。そう思うのだが。

 

 なぜか、顔が動いてくれない。筋肉が動かない。いや、まるで筋肉の動かし方を忘れてしまったようだ。まいったな。こんなところで変な行動してたら、ポポリンに笑われてしまう。レオナは落ち着いてゆっくりと顔を上げた。


「ポポリン、迎えにきたよ――」


 レオナは顔をあげて、()()()()()()


 ポポリンは手足を放り投げるようにしていた。祭りだったからか、いつもよりも可愛らしい女子の服。その服が血にまみれていた。


 レオナは両目を手で覆った。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――」


 呪詛のようにレオナはぶつぶつと言葉をつぶやく。ポポリンが●ぬわけがない。だって、ずっと一緒にいるっていった。さっき別れるときもまたあおうねって、約束した。だから●ぬわけない。わたしを置いていく理由がない。


 レオナははっとして顔を上げる。


「……そうだ。こんなに血が出てるから運ばないと。まだ助かる! いや、絶対に助かるんだ、間違いない!」


 そうと決めて、レオナはポポリンの体を背負う。血がレオナの背中にべっとりと張り付くようだった。構うものか。


 待っててね、ポポリン。病院で手当てしてもらうから。


 そしたら、また一緒だから。


 レオナは広場を駆ける。


 ♢


 ダスティンとカレル、レクスはようやく広場に到着した。


「うっ」


 カレルが凄惨な光景に驚き、口を手で押さえる。レクスもカレルの足元で見ないように顔を隠している。一方のダスティンは目を細めるだけだ。


「どうやら、ここで凶獣が暴れたのは間違いないようだな。だが――」


 ダスティンは素早く視線を彷徨わせるが、凶獣の姿が見えない。誰かが倒した? いや、普通に考えれば別の区域に凶獣が移動したと考えるべきか。そう思考したところで、


「ダスティン様」


 静寂が支配する広場でやけにその声は響いて聞こえた。ダスティンはこの声の主を知っている。だが、決してここにいるはずのない男の声だ。顔をあげて、ダスティンは目を細めた。金髪の美少年がそこに立っていたからだ。


「エクノスか? どうしてここに?」


「――それは」


 エクノスが言葉を紡ごうとした時だった。


「みんな!!」


 レオナがダスティンたちの姿を見つけて、喜びの声を上げた。


「レオナっ!」


「お母さん!」


 カレルとレクスが破顔する。よかった。ふたりとも無事のようだ。まだ別れてから二時間もたっていないはずだが、もうずいぶんと長いこと会っていないような気がした。本当によかった、と思う。


「マジで心配したんだぜ、レオナ。で、誰か背負ってんのか?」


 カレルの言葉で、レオナは喜びから現実に引き戻される。そうだ、再会を喜んでいる場合ではなかった。


「大変なんだよ! ポポリンが大けがしちゃってすぐに病院に行かないといけないんだ!」


 そこまで言葉を吐いてから、レオナは異変に気付いた。ダスティンたちがレオナを見る目がおかしかったからだ。なんと言えばいいのだろう。まるで不気味なものを見るかのような目をレオナに向けていた。どうして、そんな目で見るのだろう。なんだかレオナは無性に腹が立った。ポポリンを助けたいのに、どうしてそんな視線を向けるのだろう。


「レオナっ!」


 カレルが急にレオナに抱きしめた。突然のことにレオナは驚くが、抗議の声を上げた。


「そんなことしてる場合じゃないんだって! ポポリンが!」


「つれえのはわかるよ……。おれも信じたくねえ……」


 カレルの声が嗚咽で震えていた。カレルの頬が涙で濡れていた。


「カレル、なんで泣いてんの? 意味わからないから。それよりも病院を」


「――ねえよ」


「なに?」


「首がねえよ、その死体」


 何を言っているのかわからない。首ならあるよ。そう思い、レオナは恐る恐る振り返って――なかった。あるはずの首から上の部分がそこにはなかったのだ。


「はっ……はっ」


 カレルを振り払い、その勢いでポポリンであったものが地面に落下した。両手で顔をかきむしる。呼吸が苦しい。窒息しそうだ。


 自分がさっきポポリンを見た時に頭は――心臓の鼓動が速くなる。


 その光景を考えたくない。認めたくない。


 あれがポポリンであるはずがない。

 

 レオナの頭に一つの考えがよぎった。


「そっ、そうだ! 同じ服着た人がいたんだよ! 探しに行かなきゃ!」


「……お前は知らないかもしれないけど、ポポリンて祭りの日はいつも自分で服を作ってんだよ……。同じ服の奴は、たぶん、いない……」


 絞り出すようにカレルは言った。信じない、信じたくない。


「禁止区で人の死はありふれている。その順番が回ってきた、そういうことだろう」


 ダスティンの言葉がレオナの胸を貫いた。がくり、とレオナは膝から崩れ落ちて両手で地面をつく。


 え? ひどくない?


 ダスティンの言う通り、禁止区では死がありふれている。けど、ポポリンはまだ十七歳でそれは先のはずで。ずっと一緒にいるって言ったのに。こんなに簡単にわたしの前から消えてしまうの? 


 レオナは空を見上げた。夜空に月が見えた。月明かりが禁止区を照らしている。


 ああ、今日は間違いなく今まで生きてきた中で最低の日だ。


 レオナはぼんやりとそんなことを思った。

 

 

 



 

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