第34話 童貞狩り
レオナと凶獣は向かいあう形で対峙していた。先に動いたのは凶獣の方だった。うなり声をあげて、突進してくる凶獣。五メートルの巨躯が向かってくる迫力は相当のものだ。左前足を振り上げて、それを振り下ろす。レオナは横っ飛びでそれをかわす。凶獣の一撃で地面がえぐれた。
いかにレオナが身体を強化しているといっても、あの一撃を食らえば一撃で昇天しかねない。一撃も攻撃をもらえない。再び凶獣はレオナの懐に飛び込んで両方の爪による攻撃と、双頭による嚙みつきを仕掛けてくる。気を抜けない攻防の中で、凶獣の攻撃が大きくそれた。その隙に、レオナは凶獣の頭に拳を打ち込んだ。
ごつ、という音が聞こえた。どうだ、と思ったレオナであったが、凶獣の方はけろりとしている。まったく効いていないようだ。いや、むしろ効いているのは。
レオナは殴った方の手をひらひらさせる。その手は皮がめくれて、血がにじんでいた。凶獣を殴ったとき、まるで鉄を殴ったかのような固い衝撃があった。
「……これ、どうしよう」
攻撃をもらえば即死、隙をついた攻撃もまったくダメージになっていない。唯一、小回りだけがレオナが勝っているがそれもいつまでもつか。持久戦となればこちらが不利だろう。
これは、つんでいる。
勝ち目がまるで見えず、レオナが絶望的な気分に陥りそうになったとき。ふと、手首につけていた腕輪が目に入った。ダスティンに渡された適応器だったか。これを使わないと勝機はないだろうな。そう思い、使おうとするが。
「詳しい使い方わからないんだよね……あの男、それぐらい教えといてくれればいいのに」
悪態をついている間に、凶獣が迫ってくる。レオナはそれを飛びのいてかわす。いつもの力を使っている要領でやればいいのだろうか。それならば、とレオナは適応器に意識を集中させる。すると、適応器がまばゆい緑色の光を放ち始めた。同時に力が全身にみなぎってくる。これまでの比ではない。今の自分ならば、何でもできるのではないかという万能感をレオナは覚えた。
レオナは思い切り拳を握り、凶獣の頭を殴りつけた。めきり、という音がして五メートルもの凶獣が吹き飛ぶ。
「げぎょおおおおおおおおおおおおおお!」
悲鳴を上げてのけぞる凶獣。明らかに効いている。これは勝てるかもしれない。レオナは距離を詰めて一気に勝負を決めるべく、拳を連打する。鉄のように感じた皮膚が、今は豆腐のように柔らかく感じた。レオナの拳を受けるたびに凶獣が悲鳴を上げてのけぞる。
いける。そう勝利を確信していると。
凶獣が背後に跳躍し、いきなり転がっていた死体を食べ始めた。突然の行動にレオナが面食らっていたが、凶獣の体から煙が上がる。死体をかみ砕き飲み込むたびに、レオナが凶獣に与えた傷が塞がっていく。
「もう、そんなのあり……?」
希望を抱いていたレオナであったが、再び気力がなえていくのを感じた。凶獣が人を食べることで傷を再生できるのならば、一体どれだけ再生可能というのか。この広場には見るのもうんざりするほどの死体が転がっているというのに。
完全に傷がいえた凶獣は雄たけびを上げて、レオナへと突進してくる。馬鹿の一つ覚えのようだ。もうそれはわかっている、と思い前足の攻撃に備えていると――突然、背中を向けた。そして、尻尾がレオナへと迫ってくる。距離感を見誤ったレオナはその尻尾の一撃を受けてしまう。
「ぐっ!」
体が適応器に強化されているせいか、即死ではなかった。が、体にはずしんという衝撃が襲ってきた。よろめくレオナに凶獣が襲いかかってくる。
まずい。レオナは慌てて頭を伏せた。レオナの頭が今まであったところに爪が振るわれる。危なかった、少しでも遅れていたら死んでいるところだった。凶獣はレオナの頭上を跳んでいる。レオナの目の前に凶獣の腹があった。その腹にはどくどくと脈打っている人間でいう心臓のような部分が見えた。レオナはそこめがけて拳を放った。が、紙一重のタイミングで拳はあたらなかった。その一撃はかすっただけにとどまったのだが。
「きゃいんっ!」
凶獣がかわいい声を上げた。まるで子犬のようなか弱い声だった。レオナは一瞬、そのあまりに似つかわしくない声に聞き間違えたかと思った。が、どうやら聞き間違いではないらしい。
これまで獰猛にレオナを睨みつけていた凶獣が怯えた様にレオナを見つめて、尻尾をやたら横に振っている。状況から察するに、つまり。
「なるほど……そこがあんたの性感帯ってわけね」
ふふ、と艶やかに笑うレオナに凶獣は怯えた様に後ずさりする。
レオナが近づこうとすると片方の頭がレオナに向かって炎を吐いた。それを身をよじってかわすレオナであったが、かまわずに凶獣は炎を吐く。どうやら意地でも近づけないつもりのようだ。
身体能力が向上しているとはいえ、あの炎を浴びたくはない。どうしようかと考えて、レオナの目に崩れた塔の残骸が目に入った。
あれだ。
レオナは塔の前まで走る。適応器を使ったレオナのスピードはまるで風のようであった。あっという間に、崩れた塔の下へたどり着く。そして、落ちているとがった木材を手に取った。
そして、それを振りかぶって投げた。適応器によってレオナの膂力はけた違いに向上していた。放たれた木材は弾丸のごときスピードで凶獣に迫り、炎を吐いていた口に突き刺さった。
「ぎょげえええええええええええええ!」
凶獣が苦痛に満ちた声を上げた。レオナが投擲した木材は凶獣の喉を突き破って、先端が血でぬらぬらと光っている。
「よし、ナイスコントロール、わたし!」
ガッツポーズを決めるレオナに凶獣が恨めし気な目を送る。相手を射殺さんばかりの威圧感を放っている。それを気おされながらも、レオナは受け止める。凶獣は怒声を上げてレオナに向かってくる。
レオナはすう、と息を吐く。今からレオナがやろうとしていること。もし、失敗すれば自分が死ぬかもしれない。が、やらねばもうこの凶獣をしとめることは不可能だ。やるしかない。
一歩一歩、確実に凶獣はレオナを食い殺すために近づいてくる。その動きをレオナは注視する。凶獣とレオナの距離が五メートルほどに迫ったところで、レオナは足元に転がっている木材を持った。
めき、と腕の筋肉がきしむ音が聞こえた。さすがに重い。でも。
「どっせいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
雄たけびを上げて、レオナはその木材を持ち上げた。
優に十メートルを超える木材を。そして、それを振り上げた。
「きゃんっ!」
かわいい声をあげて凶獣が上空へと舞い上がる。こちらに腹を向けて。
「丸見えだよ、童貞犬!」
レオナは凶獣の弱点に向けて、その木材を思い切り突き刺した。
「きゃいいいいいいいいいいいいいいいいんっ!!!」
甲高い声をあげて、凶獣は突き刺した木材で四肢をばたばたとしてもがいている。レオナは木材をさらに深く深く食い込ませるべく、足を前に踏み出す。
そのとき、凶獣の赤い目がレオナを見た。
前足を振り上げてレオナの頭に振り下ろす。
爪がレオナの髪に触れた瞬間、凶獣の前足は力なくだらんとした。
軽く呼吸を、二、三回してレオナは凶獣が動かないことを確認してから、その場にへたりこむようにして腰を落とした。
「凶獣だか何だか知らないけど、寝技はわたしが上だったみたいね」
安心した瞬間、意識が飛びそうになるのを首を振ってこらえた。
ポポリンたちを探さないと。
立ち上がって、レオナは凶獣に背を向ける。
レオナは安心していたために気づかなかった。凶獣の足がぴくり、と動くのを。のそり、と凶獣は立ちあがり、レオナに迫った。
「――え」
振り返れば、目前に凶獣の頭部があった。鋭い牙が唾液で濡れている。完全に油断をしていた。まだ余力があるなんてちっとも考えていなかった。このタイミングでよけるのは不可能だ。
終わった。レオナは目をつむった。凶獣の牙が自分の頭蓋骨をかみ砕く想像をした。やっぱり、痛いのだろうか。せめて、意識する暇もないまま殺してほしい。
そんなことを考えて――一秒、二秒と、時が過ぎていく。遅くないだろうか? もしや、焦らしプレイというわけでもあるまいし。さすがのレオナもようやくおかしいことに気が付いた。
恐る恐る目を開けると、自分の頭をかみ砕くはずだった凶獣は真っ二つに両断されていた。
不可解な現象にレオナがいぶかしんでいると、凶獣の死体の背後に誰かがいることに気づいた。
その姿を見て、レオナは思わず息を呑んだ。
美しい顔だった。透き通るような金髪に吸い込まれそうな瞳はまるで宝石のようだ。背丈はレオナよりも頭一つ分以上は高いだろうか。レオナが今まで出会ったどの男よりも整った顔立ちをしていた。
月明かりに照らされた美少年に、レオナはただただ魅了されていた。




