第33話 勇気
「冗談でしょ!?」
レオナがそうつぶやいた瞬間、凶獣の前足が振り上げられるのが見えた。慌てて前方へジャンプするレオナ、間もなく柱が吹き飛んでいく衝撃が聞こえた。
「なんなのー、本当に!」
レオナは全力でダッシュする。そのレオナめがけて凶獣が走り寄る。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
追いつかれまいとレオナは意識を集中させる。足に力を込めて、力強く踏み出す。凶獣の方はレオナを捕まえようと追いすがるが、その姿は徐々にではあるがレオナから遠のいていく。
気配がやや遠のいてくのを感じて、レオナは背後をちらりを見やる。どうやら自分の方がスピードがやや上らしい。このペースを維持すれば、逃げきれそうだ。時計塔へとレオナは近づいていく。ポポリンとレクス、とルミナの姿を確認、もしくはいなかったら即座にここから逃走する。そう心に決めた。
レオナと凶獣の距離は少しずつ離れていく。そのことでレオナの心にも若干の余裕が生まれた。このまま逃げ切る。さらにスピードを上げた時だった。
突如、凶獣が方向転換をしたのだ。その挙動に、レオナは首をかしげる。
どういうこと。
そう考えていると、凶獣が向かった先には隠れていた人がいた。
もしかして、わたしに追いつけないとわかったからってこと?
遠目にも隠れていた人の恐怖に引きつった表情が飛び込んできた。どうやら、まだ隠れていた人がいたらしい。気持ちが鈍る。いや、何を考えているのだ。さっきの人たちも助けられなかったじゃないか。それに、凶獣があっちに行けばその分自分が助かる確率は上がるのだ。
ここは見捨てるべきだ。
そう思うのだが、凶獣が人々を惨殺する光景が目に浮かんできて。
「ああああああああっ! なんなのお、もおおおおおおおお!!」
レオナは足元に転がっていた石を思い切り凶獣へと向かって投げつけた。
石を当てられた凶獣はレオナへと向き直る。その目つきは明らかに怒っているように見えた。
それを確認したレオナはすっと息を吸い込んで、大声で叫んだ。
「隠れているみなさーん、聞こえますかああああ!! 今からわたしがこいつの足止めをしますので、どうぞこの隙に逃げてくださいねえええええええ!!」
そのレオナの声に呼応するかのようにわらわらと人が出てきた。どうやら隠れていた人が結構いたようだ。人々は我先にとレオナを置いて逃げ出していく。逃げ出していく人たちには見向きもせずに、凶獣はレオナだけを見ている。完全にレオナを獲物と判断したようだ。
馬鹿なことしたな、と本気で思う。目にはうっすらと涙がにじんでいたし、足がすくんでいる。この場で今にも排尿してしまいそうだ。それでも。
「来なさい、童貞犬。お姉さんがあんたの童貞もらってあげる」
なけなしの勇気を振り絞って、レオナは凶獣を挑発した。
♢
「レオナっ! レオナああああああああっ!」
人の波をかき分けて、カレルは叫ぶ。人波に押されるようにしてレオナの姿を探すが一向に見つかる気配がない。人の数は少なくなってきてはいるが、それでもこの数の人からレオナを探すのは困難だ。
「くそっ、マジでどこ行ったんだよ、あいつ……」
「男」
鋭い声がカレルの耳に聞こえた。振り向くと、そこにはダスティンが立っていた。
「おっさんじゃねえか? どうしたんだよ、こんなとこで?」
およそ祭りにはそぐわない男の登場にカレルは目を丸くしつつ、視界の端で何か動くものをとらえた。そちらに視線を向けると、そこにはレクスがいた。知り合いの顔を見てカレルは破顔する。
「おー、レクス! よかったあああああ、無事でよお!」
カレルは嬉しさのあまりレクスの頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫でる。レクスはそれを照れ臭そうに受けている。向こうもカレルの無事を喜んでいるように見えた。
「っと、喜んでる場合じゃねえな。レクス、ポポリンとルミナはどうした」
「はぐれた」
「かー、マジかよ」
カレルが大仰に額に手を当てた。
「男、何事だこれは」
「中央広場に凶獣が現れたらしい。本当かどうかは……いや、本当かもな。こんなこと禁止区で生まれた初めてのことだし」
「凶獣、だと? この街中でか?」
カレルがうなずくと、ダスティンは考え込むように顎に手を当てた。
「くそ料理は?」
「くそ料理…………? レオナ? なら、俺が探してるところだよ、はぐれちまってさ」
「そうか」
ダスティンは首肯し、いきなりレクスの腕を乱暴につかんだ。
「レクス、ここから急いで逃走するぞ。長居をするわけにはいかなくなった」
レクスを無理やり引っ張ろうとする、ダスティンであったがレクスが力強く抵抗している。ダスティンが目を丸くする。レクスがこんなにもダスティンに抵抗するのは初めてのことだった。
「お母さんたちと一緒じゃなきゃ嫌だ」
「わがままを言うな。そんな悠長なことをしている場合ではない」
すごむダスティンだったが、レクスはそんなダスティンから視線を逸らさない。その視線からはてこでもここを動かないという強い意志が感じられた。やがて、ダスティンは小さく息を吐く。
「くそ料理とおとぼけ娘、メスガキを連れてくればいいのだな?」
わが意を得たとばかりにレクスは頷く。
「居場所は?」
「だから、それがわかんねーんだって。おっさん」
「――中央広場だよ」
レクスが強く、言った。
「中央広場って、凶獣が現れたところだぞ? そんなところにいるか? いたとしてもとっくに逃げてるんじゃないか?」
「行くぞ」
ダスティンがレクスの手を取って歩き出す。
「マジで行くのか?」
「レクスが言うのならば、そこにいるだろう」
ダスティンとレクス、カレルは中央広場へと向かう。




