第31話 終わりの始まり
「鎮魂の議を見に行かない?」
そう話を切り出したのはポポリンだった。ベンチに座るレオナとカレルの前には、ルミナとレクスもいる。
「鎮魂の議?」
疑問の声を上げるレオナに、えへん、と胸を反らすポポリン。
「鎮魂の議はですね、中央部で行う死者を送る儀式だよー。禁止区ではゴバニーでたくさん人が死ぬよね。だから、その亡くなった人たちの魂を鎮めるとともに今、生きているわたしたちがこれからも頑張って生きていくぞーって、活力を高めるためにやる儀式なんだよ、レオナくん」
「ご講釈どうも、ポポリン先生」
レオナが視線を彷徨わせると、確かに人が街路に集中している。これから見に行く予定なのだろう。
「わたしは少し休んでから行くよ。なんだか疲れた」
「俺も。休んでからレオナと一緒にいくわ」
「そっかー。レクスくんとルミナちゃんはどうする?」
「もち、行きます! なるはやで!」
「僕はお母さんと一緒に行くよ」
レクスの言葉を聞いたルミナは「えー」と、大いに不満の声を上げた。
「レクスって、マザコンなのー? ずっと、レオナさんと一緒にいるよねー。そういうのってなんていうか知ってるー? キモイ、って言うんだよ!」
「ルミナ」
レオナが鋭く言うと、ルミナは「あははは」と、笑い声を上げて走り去っていく。一方のレクスは憮然とした表情を浮かべて、ルミナが走って言った方向へと向かっていく。どうやら、怒っているらしい。
「……あの子は、人を煽る天才だね」
レオナが息を吐くと、ポポリンが苦笑している。
「じゃあ、わたしはレクスくんとルミナちゃんを保護しておくね。えっと、待ち合わせ場所は時計塔があるから、その下ってことで。じゃあね、レオナちゃん。また会おうね」
手を振るポポリンにレオナは手を振り返した。
そして、ポポリンは人の波へと吸い込まれていくように消えていった。
♢
禁止第五区中央広場では、ひと際目立つ高い塔が立っていた。木材で建てられたその最上部には祭壇があり、そこで炎をくべている。祭壇には四人ほど人がおり三人は膝まづいて祈るように手を合わせている。残る一人は神官服をまとって、ぶつぶつと言葉を発しながら、持っている祭具を振り回していた。
塔の周囲にはたくさんの人達がいた。あるものは手を合わせて祈り、またある者は厳粛な面持ちで塔の上を見ていた。塔の上から立ち上がる煙はまるで死者たちが天に昇っていくようにも見えて、それぞれが思い思いの表情を浮かべてそれを見守っている。
そんな中、一人の人物が塔からやや離れた場所でそれを見ていた。その人物はその光景をしばらく眺めていたが、やがて、一つ息を吐く。
「死者を悼むのは結構なことですが、これで祭りが終わりというのもさびしいものですね。やはり、祭りなのですから楽しんでこそだと、わたしは思うのです」
そう言いつつ、その人物が取り出したのは一本の注射器だ。その注射器を目の前に立っている男に突き刺した。
「ぐがっ!」
男はうめき声をあげて倒れ、すぐに白目をむいた。口からは泡を吹きだし、びくんびくん、と心臓の鼓動のように震えている。
「祭りはここからが本番です。せいぜい、楽しませてくださいね」
男を見下ろしながら、その人物は暗い笑みを浮かべた。
♢
「そろそろ行かね?」
「そうだね」
カレルが立ち上がったので、それにつられてレオナも立った。そして、レオナはカレルの手をとった。不思議だった。いつもなら、カレルの手を握ってもなんとも思わなかったはずなのに、妙に気恥しい気分だ。
「なっなっ……」
カレルがあんぐりと口を開けて、パクパクと動かしている。
「……今は手をつなぎたい気分なの。駄目?」
上目づかいで見つめるレオナに、カレルはぶんぶんと首を振る。
手をつなぎ歩く二人。レオナは童女のように頬を染めてうつむき、カレルは照れたように頬をかいて宙を見つめている。
どのぐらい歩いただろうか。レオナは前から人が走ってくることに気づいた。それも大勢の。その人波は街路を埋め尽くすほどのものだった。全員が必死の形相を浮かべていた。
まるで何かから逃げるように。
レオナが先頭の人と接触して、カレルと手が離れた。
「カレル!」
叫ぶレオナだったが、あっという間に人の波に呑み込まれたカレルはその姿を消した。追いかけようとするレオナだが、カレルの姿を見失ってしまった。
これはどういうことなのだろう。なぜ人がこんなにもいる。どうしてみんな一様に恐怖の表情を浮かべている。何が起こっているのか全く分からない。
「すいません!」
流れゆく人の一人を、レオナの手が掴んだ。掴まれた女は凄みのある表情をレオナに向けるが、それを無視してレオナは聞く。
「何が起こったんですか!」
「凶獣が出たんだよ!」
「凶獣って……ここ街中ですよ?」
「そんなの知らないよわたしだって! 中央広場からいきなり出てきたんだから!」
レオナの手を振り払って、女は立ち去っていく。
呆然とした表情で、レオナはその場に立っていた。
凶獣? 凶獣だって? ありえない。だって、今までそんなこと一度もなかった。第一、禁止区に凶獣が現れたというのなら、教団兵は何をしているというのか。
なにやら腑に落ちないが、レオナは首を振る。カレルを見つけて一緒に逃げないと。
そこまで、考えて足を止めた。
ポポリンはどこへ行くと言っていた? 中央広場へ行くと言っていなかった。レクスとルミナも中央広場にいるかもしれない。いや、しかしとっくに逃げ出している可能性もある。第一、自分が向かったところで凶獣相手に何ができるというのか。
しばし悩み、レオナは頬を叩いた。
放っておいて逃げることなんてできない。たとえ、逃げたとしても三人が無事かどうか考えるだけでもやきもきするだけだ。それなら、現場に行って三人がいるかどうかだけでも確認しなければ。
レオナはそう心に決めて、人波と逆方向に走り出した。
無事でいてよ、みんな。
そう心に願いながら。




