第30話 豊穣祭
レオナとポポリンが話をしているときに、レクスとルミナが帰ってきた。レクスの顔がげんなりしていたのは、きっと気のせいなのだろう、と思うことにした。豊穣祭の話を持ちかけると、ルミナは目を輝かせていた。対するレクスも目を好奇の色に輝かせていた。二人を伴って、カレルの家へと向かう。
カレルはいつもよりも服装がなんだかおしゃれになっていたような気がする。そんなおしゃれなカレルを連れて、レオナたちは禁止第五区の中央部へと向かった。
「うわあ、すんごい人の数だね!」
ルミナが目を輝かせてぴょんぴょん跳ねている。本当に子供だな、などとレオナは思っていた。が、実はレオナも半ば驚いていた。本当に人が多いのだ。街に設置してある街灯はなんだかきらびやかな七色に光っており、じっと見ていると目が痛くなりそうだ。
道行く人たちの表情はなんだか明るい。禁止区の人間はほとんど表情が暗いことが多いのだが、今日はそれを感じさせない。祭りというのはきっと特別な日なのだろう、とレオナは思った。
「ようし、レオナ。欲しいものがあれば何でも言えよ。俺がおごってやる!」
「いいって、そういうのは。第一、あんたそんなに金ないでしょ?」
「うぐぅ」
うめき声をあげるカレル。もとはと言えばカレルのお金がないのはレオナのせいだ。そんなカレルにお金を使わせるのは気が引けた。
「でも、お前は豊穣祭来るの初めてじゃねえか。だから、いい思いさせてやりてえんだよ」
「いい思いならもうしてるよ。あんたたちが一緒にいてくれるだけでうれしい。おごってなんてもらえなくてもわたしはあんたが傍にいてくれるだけでいい」
ひゅー、とルミナが口笛を鳴らす。
「今のって、告白ですよね? いやー、熱い! とろけちゃうな、わたし」
「ばっ、バカ! からうかうんじゃないよ、そういうのじゃないから」
慌てて否定するレオナとカレルの目が合った。途端に、レオナはかっと頬が熱くなるのを感じる。まずい、と思いレオナはカレルから目を逸らす。一方のカレルはレオナから目を逸らさない。
「ん? カレルさん、様子おかしくないですか?」
ルミナに言われて、カレルを見ると確かになんだかおかしい。目の焦点がまるで定まっていないというか、
「カレルくん? おーい?」
ポポリンが目の前で手を上下させても、微動だにしない。これは、もしかして、
「カレル兄ちゃん、気絶してる」
なんとカレルは立ったまま失神していた。
「レクス、なんかやってみたいものある?」
街路の横に催し物を行う屋台が所狭しと並んでいる。レオナは祭りが初めてなので何が何をしているところなのかさっぱりわからない。それに、背中のカレルが邪魔であまり動けない。失神したカレルを置いていくわけにもいかないので、レオナがカレルを背負ったまま歩いていた。
「あっ、あれしてみたい」
レクスが指をさした屋台は、金魚すくいだった。聞いたことはあるが、実際に見るのは初めてだ。
「へー、こんな感じなんだ」
レオナがのぞき込むと、水の中を金魚がすいすいと泳いでいる。金魚すくいというからにはきっと何らかの道具を使って金魚をすくいあげるのだろう。
店員にお金を渡して、レオナは道具を受け取る。大きさは手のひらぐらいで棒状の先に丸い円がありそこに紙が敷かれているようだ。
「なんか簡単そうだね。待ってて、レクス。お母さんが手本を見せてあげる」
レオナは腕をまくって、金魚の動きを注視する。そんなに動きは速くない。どうしようか、ここにある金魚を全部すくってしまったら。そんな心配をしつつ、金魚をすくおうとして――破けた。
レクスがレオナをじっと見ている。
「…………もう一本、ください」
よし、次こそは。やぶれた。次こそは。やぶれた。次こ――やぶれた。次――やぶれた。
「こんなんとれるわけないでしょ!」
レオナは吠えて、持っていた道具を地面に叩きつけた。そんなレオナを見て、ポポリンとレクスは苦笑を浮かべて、ルミナは人の神経を逆撫でするように、にやついている。その顔にむかっとした。
「ほう、そんな人を小馬鹿にした態度をとるならあんたはできるんだろうね?」
「当たり前じゃないですか。わたしは祭りの申し子ですよ?」
ルミナはふふん、とレオナに挑戦的な眼差しを送って、道具を受け取る。
どうせ、すぐにべそかくんでしょーよ。
そうタカをくくっていたレオナだったが、その期待は見事に裏切られた。ルミナは手慣れた様子でどんどん金魚をすくっていく。あっという間に十匹は超えただろうか。目を丸くするレオナを見て、にやり、とルミナは口をゆがめた。
「ふ、ふーん、まあまあやるじゃん? ポポリンは?」
「わたしはそんなにだよー」
間延びした声で道具を受け取るポポリン。しかし、ポポリンは意外と機敏な動きで金魚をすくっていた。
「ポポリン、うまくない?」
「あはは、わたしは祭りはよく来るからね。こういう催し物は慣れてるんだよ」
「慣れじゃなくて、レオナさんの動きがとろいんじゃないですかねー。なんたって、もうおばさんですしねー」
「ルミナ、今の言葉もう一度言ってごらん?」
青筋を立ててほほ笑むレオナを見て、ルミナは笑い声を上げながらいずこかへと逃げて行った。
「まったく、本当に生意気な子供だよ。ほら、レクスもやってごらん」
こくり、と頷きレクスは金魚すくいを始めた。最初こそ全然すくえなかったが、ポポリンが助言したおかげでレクスは一匹すくった。それがうれしかったのかレクスは無邪気に笑っていた。その顔を見れただけで、レオナはここにきてよかったと、心底思った。
金魚すくいが終わった後も、レオナたちは様々な催し物へ果敢に突撃していった。いつの間にか戻ってきたルミナは手に焼き鳥をたくさん持っていた。そのうちのいくつかをレクスに渡した。明るい顔をしたルミナは「友達の証」と言って笑っていた。戸惑いつつもレクスはそれを受け取った。
もらった焼き鳥をレクスはレオナとポポリンにくれた。ポポリンは「いい子!」と、涙をにじませていた。友人の涙腺が緩いことを、レオナは今日初めて知ったのだった。
「さて、レクス。なんでもほしいもの買ってあげるよ」
レオナがそう言うと、レクスはレオナの腕を引っ張った。連れられてきた場所は、ある露店だった。そこには紋様の刺繡が置いてあった。用途を見るに、手首に巻くものだろうか。そのうちの一つを購入した。糸で作ってあるからすぐにほどけると思いきや、なかなか頑丈だ。特殊な繊維で編み込んだものなのかもしれない。
「そんなのでいいの? もっと高いものでもなんでもいいのに」
「ううん、これがいい。ありがとう、お母さん」
満足そうに笑うレクスの後姿を見て、今日が最後なのだ、と思った。そう考えたとたんに、別れるのが嫌だ、という強い気持ちが沸き起こった。もっと一緒にいたい、と強く思う。ここに残ってほしいが、それはレクスとレオナにとっては許されないことだ。
「……違う場所で出会ってたらな」
心底、そうあってほしかった。現実が恨めしいが、こればかりはいかんともしがたいものだ。ダスティンはまだレクスに伝えてないだろう。レオナとしてはレクスを前向きな気持ちで送り出してあげるよう、気持ちを整えなければ。
街路を駆けるレクスの背中をレオナはその光景を焼き付けるかのように見ていた。
はっ、と目を覚ますカレル。これはどういう状況だろうか。どうして、自分がこんなところに寝ている。記憶を探っていると、
「おはよー、カレル」
レオナの声が、カレルの耳に飛び込んできた。
「おっ、俺は祭りに来てて、それで……もしかして、俺、気絶してた?」
「正解。ずっと背負ってたから疲れちゃったよ。感謝してよね」
「マジかよ……。すまねえ」
穴が入ったら、今すぐにでも入りたい気分だった。いいところを見せようと思ったら、いつも空回りしてしまう。なぜ、自分はこうなのだろうなどと自己嫌悪に浸っていき――ふと、疑問が芽生えた。
どうして、上にレオナの顔があるのだろう。それに、なんだか頭の下に妙な柔らかい感触があった。もしかして、これは――
「ほーわっちゃああああああああああ!!!」
奇声をあげて、勢いよくカレルは飛び起きた。すさまじい勢いで距離をとったカレルはレオナを指さし、
「膝! 膝っ!! 膝ああああああっ!!!」
いきなり奇行を取り始めたカレルにレオナは戸惑いつつ、
「ああ、うん。直にベンチに頭置くのも固いかなって思って……嫌だった?」
「嫌なわけあるかっ! いや、嫌だ! ずっとしててくれ!!」
「いや、どっちだよ……。とりあえず、いったん落ち着こう?」
カレルの挙動に若干引きつつも、レオナは隣に座ればという意味でベンチを指で軽くたたく。カレルは隣に座って、呼吸を整えるように息を深く吸ったり吐いたりしていた。
レオナの目線の先では、ルミナとポポリンがレクスの手を掴んで引きずり回していた。レクスの顔が戸惑っていて、見ているレオナはなんだかほほえましかった。
あの子は人に好かれるタイプの子なのかもしれない。自分もだしカレルもだ。それに、あのダスティンすらレクスを大切に思っているのだ。
きっと、あの子は幸せになるだろうな。それを想像するとレオナはなんだか幸福な気持ちになった。
「カレル、あんたわたしを支えるって言ってたけどさ。支えられっぱなしっていうのも嫌だから、あんたもわたしに困ったことあれば話しなよ。わたしも支えるからさ」
「ああ、そうさせてもらうぜ。でもいいなあなんか。ずっとこの時間続けばいいのに」
「奇遇だね、カレル。わたしも同じこと考えてたよ」
レオナとカレルはたがいの目を見かわしあって、笑った。
同じ気持ちを共有できていることがとてもうれしくて、満たされた。
本当にそうだ。この時間が永遠に続けばいいのにと、レオナは思っていた。
こんなに幸せでいいのかな、そんな考えが頭をよぎった。
今日は間違いなく、人生で最高の日だ。
柄にもなくレオナはそんなことを思っていた。
このときのレオナは自らの幸福をかみしめていた。レクスとダスティンとの別れが迫っていたし、それは悲しく辛い出来事ではある。だが、隣にいるカレルとポポリンがいればそれでいいと思っていた。この二人がいれば、いつ死ぬともしれない禁止区での生活も幸せに送れるのではないかと本気で思っていた。
あんなことが起こるまでは。
自分がかみしめている幸福は薄氷の上に成り立っていたもので、いとも簡単に崩れ去ることを嫌でも知ることになる。
そんなことが起きるなんて、この時のレオナは考えてもみなかったのだ。




