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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第27話 不安を断ち切って

 ベッドから起き上がって、レオナは深いため息を吐いた。目はひどくぎらついている。やはり、といべきか睡眠はほとんどとれなかった。憂鬱な気分ではあったが、なんとか家の入口まで足を進めた。扉を開けようとしたが、そこから動きが止まった。


 怖かった。たまらなく。


 カレルの言葉で勇気はもらった。それでも、完全に恐怖が消えたわけではない。


 手が小刻みに震えていた。また、ミスをしたらどうしよう。また、あんなさげすむような目を向けられたらどうしよう。いったんそう考えると、ネガティブな思いが次々とあふれるように浮かんできた。


「……仕事、行きたくない……」


 他の人たちは仕事に行くのが怖くはないのだろうか。こんなにも怖く感じるのは自分だけなのではないか。自分が、異常な人間だと思えてくる。普通の人が自分にとってとてつもなくすごい人間に思えて、自分がみじめになる。


 目をつむって、恐怖に耐えていると、


「お母さん?」


 気づけば、レクスが背後に立っていた。珍しかった。いつもはこの時間帯は寝ているはずなのに。


「どうしたの?」


 レオナが聞くと、


「無理しなくて、いいよ」


 レクスの言葉を聞いて、レオナははっとした。レクスの表情はどこか不安げだ。もしかしたら、自分の不安がレクスに伝染したのかもしれない。そう思うと、レクスに申し訳ない気持ちになった。あくまでこれは自分の問題であり、レクスは関係ないのだ。


 レオナはレクスを安心させるべく、穏やかな笑みを浮かべた。


「無理はしてないよ。お留守番、お願いね」


「うん」


 そんなレオナの気持ちが伝わったのか、レクスは笑っている。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 レクスが手を振って、レオナを送った。家の前を出たレオナは手を握る。


「……よし」


 不思議と手の震えが収まっていた。




「……やっぱり、怖いな」


 工場の前に立ったレオナは、そうつぶやいた。


 カレルの励ましによって元気は出たが、やはりこれまでの経験が消えてなくなるわけではないのだ。昨日も、ほとんど寝ていない。


 果たして、この仕事は自分につとまるのか。まるで自信がない。


 それでも、と。レオナは工場へ向かって足を踏み出した。カレルの言葉を信じて。


 工場へと入り、昨日自分が作業をしていた場所へと向かった。すると、そこには昨日と同じく作業員がたくさん立っていた。しかも、自分がミスをしでかした場所に。


 また何かやったか、わたし。


 遅れてミスが発覚したのだろうか。もうすでに、職場を引き返したい気分だった。その気分を何とか殺して、


「どうされました?」


 と、聞いた。すると、昨日レオナに注意をした女作業員が振り返った。女作業員はまじまじとレオナの顔を見ている。


 ひどく居心地が悪い。みれば、他の作業員もレオナを見ている。体から冷や汗が噴出してくる。


 何を言われるのだろう、と身構えていると、


「ごめんなさい」


 女作業員が突然、レオナに頭を下げた。その行動の意味が分からずにレオナが固まっていると、


「あなたが作業をしていた機械、どうやらメンテナンスを不足していたようです。だから、機械の誤作動である確率が極めて高いことが明らかになりました。そのことを考慮せずに、一方的にあなたのせいにしたことを謝罪します」


「わたしらもごめんね」


 他の作業員もレオナに頭を下げている。


 そんなに謝られても、困る。


「いえ、その、わたしの仕事が遅いのも原因ですから。そんなに謝らないでください」


「きちんと確認をしなかったわたしのミスなので。お詫びに何かできることならしますが」


 急にお詫びと言われて、レオナは戸惑ってしまう。何かしてもらいたいことがあるだろうか、そう考えて、


「一つ、お願いがあります」


 レオナは女作業員に言った。



「疲れたな―」


 レオナは工場の休憩室で体を休めていた。機械を破壊するようなミスはなかったが、細かいミスはたくさんしてしまった。ミスをしまいとすると、動きが遅くなり作業が遅れた。集中力を使いすぎて、疲労感がすさまじかった。


 重たい足を何とか動かして、職場を後にしようとする。


 もう少しで工場から出るというところで、誰かの話声が聞こえてきた。


 扉がやや開いていたせいか、そこから声が漏れ出ているようだった。好奇心に駆られて、レオナは扉に近づいた。


「新しく入ってきた彼女ねー、ミスが多すぎるね。解雇したいんだよ」


 男の声を聞いて、レオナの心臓が大きくはねた。新しく入ってきた彼女というのは、間違いなく自分のことだろう。やっぱり、こうなるのか、と半ば諦観を覚えていると、


「まだ入って二日です。時期尚早じゃないでしょうか」


 カレルの声が聞こえた。どうやら、男と話をしているのはカレルのようだ。


「そうは言うけど、ミスが多すぎるよ。こんな子を雇っている余裕はないんだよ」


「それなら、俺とレオナを同じところにしてください。俺がつきっきりで教えるんで、それならいいでしょう」


「……彼女と同じ仕事をするとなれば、君の給与が下がるけどそれでもいいの?」


「はい、いいです」


 カレルはきっぱりと言い放った。


「どうして、そこまでするの?」


「あいつは大切な友達なんで。それに約束しましたから、支えるって」


 レオナは黙って、そこを離れた。まさか、カレルがそこまで自分のことを考えているとは思わなかった。


 いい奴だな、あいつ。


 そんなことを思いつつ、レオナは工場の外へと出た。


「よっ、お疲れ」


 カレルが出てくるタイミングを見計らって、レオナは声をかけた。


「お前、まだいたのかよ。……その、どうだったんだよ、仕事の方は」


「まずまず、かな」


「そっか、ならよかった。そうそう、実は明日から俺、お前と一緒に仕事することになったから。やめようって気持ちがなくなるぐらいしごいてやるから覚悟しとけよ」


「あのさ、カレル。わたし、しばらくこの仕事続けてみる。不安だけどさ、頑張ってみることにした。だから、わたしを支えてよね」


 冗談ぽく言ったが、ひどく恥ずかしかった。


 そんなレオナの心中など気づかずに、カレルは満足そうに笑った。


「おうよ。男に二言はねえ。これまで体験した嫌なこと、俺が書き換えてやるよ」


 自分の胸を叩くカレルを見て、ふいに、レオナはどきり、と心臓が大きく鳴った。

 

 どくどく、と心臓の鼓動が速くなり、心なしか顔が赤くなっている気がする。自分を見つめるカレルの顔を見て、レオナは慌てて顔を反らした。


 なぜだろうか。今はとてもカレルの顔が見れなかった。


「それでさ、レオナ今度の豊穣祭、参加しないか」


 豊穣祭とは、年に一回禁止区で開催される祭りである。禁止区で健やかに生きることを願ってという意味が込められているようだが、レオナは一度も参加したことがない。ゴバニーでいつ果てるともしれない命なのに、そんなことをしていられるかという思いがあったからだ。


 だが、今は不思議と参加してもいい気分だった。


「いいよ、別に。あんたが行きたいならね」


 レオナが了承すると思っていなかったのか、カレルはきょとんとしていた。が、やがて、喜びを爆発させた。


「マジで、いいの!! なら、ポポリンとレクスも誘って楽しくやろうぜ! こんな街に住んでるからこそ、こういうときに騒ぐべきなんだよ!」


 ヒャッホー、とはしゃいだカレルは勢い余ってレオナの手を握った。すると、レオナはみるみるうちに顔が赤くなっていく自分を自覚した。


「あっ、やっ……。バーカ、バーカ!」


 なんだかとても照れ臭くなってしまい、悪態をついてレオナは走り去っていった。残されたカレルはぽつん、と佇んでレオナの後姿を見送っている。


「……俺、なんか悪いことしたかな……」


 誰もいない工場の外で、カレルはぽかんとしてつぶやいた。




「ただいま」


「おかえり!」


 帰ってくると、レクスの声がレオナを出迎えてくれた。これだけで、疲れが消えていくような気がした。そして、レオナは目を細めた。テーブルの上に料理が並べられていたからだ。ごはんと卵と肉を焼いただけのシンプルな料理だ。が、これまで料理はレオナが作ってきたので、こんなことは初めてのことだ。


 一体、誰が作ったのか。まさか。


「もしかして、あんたが……」


 恐る恐るレオナがダスティンを見ると、ダスティンはふん、と鼻を鳴らした。


「そんなわけがあるか。レクスが作ったのだ」


 え、と思いレクスを見ると、レクスは照れたように笑った。


「いつも頑張ってるお母さんにお礼がしたかったそうだ。わざわざ俺が食材を買ってきてやったんだ。感謝するんだな」


 レオナはまじまじとレクスを見た。レクスははにかむようにして頭をかいている。そんなレクスを見て、レオナは気づけば頬から涙を流していた。


「どうしたの? お母さん!」


 レクスが驚きの声を上げた。レオナは手で涙をぬぐう。


「嫌、だった?」


 不安そうに見上げるレクスに、レオナはううん、と首を振る。


「全然嫌じゃない、とっても嬉しいよ。こんなことされると思ってなかったから、ごめん」


 レオナの心は幸福感で満たされていた。こんな自分が感謝されるなんて夢にも思っていなかった。レクスはレオナを見て戸惑っていたが、


「料理がさめる、さっさと食べるぞ」


「そうだね」


 ダスティンの言葉にうながされるようにして、レオナは席に着いた。そして、とても愛おしいものを見えるかのような目で、レクスに言った。


「ありがとう」

「うん!」


 レクスはまるで花が咲くかのように笑った。レクスの作ってくれた料理は味がどうこうよりも、自分のために作ってくれたという事実がうれしくてたまらなくおいしかった。


「貴様の料理よりもおいしいのではないか?」

「うっ」


 否定の言葉を吐けなかった。レオナの気持ちを抜きにしても、この料理はきっとレオナの作ったものよりもおいしい気がする。


「少しは腕を磨くことだ、くそ料理」


 言われたことを理解するのに時間がかかった。くそ料理? ようやくその意味を理解して、レオナはきれた。


「あんたねえ、居候の分際で言っていいことと悪いことがあるでしょうが!」


「俺は事実を言っただけだ、くそ料理」


「あっ、また言った!」


 ギャーギャー騒ぐレオナに対して、ダスティンはすました顔で食事をしている。そんな二人を見て、レクスはほほ笑んだ。


 とても温かくていいな、とレクスは思った。

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