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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第25話 初体験

 カレルに連れられてやってきたのは、筒状の三メートルぐらいの機械が無数にある場所だった。その中央にはベルトコンベア式の機械があり、その上には黄色と青の金属の塊めいたものが運ばれている。


「いいか、レオナ。お前にやってもらうのはこの黄色い箱に黄色の鉄塊、青い箱に青の鉄塊を入れてくれ」


「わかったけど、流れはやくない?」


 ベルトコンベアの上に乗っている鉄塊はかなりのスピードだ。レオナは目で追うのがやっとだ。


「最初はそんなもんだよ。慣れたらそうでもない。ゆっくりでいいから。慌てる必要はないからな。で、分別した鉄塊をあの円筒の中に放り込む。順番は黄色、青色の順番だ。わかんなくなったら近くの人に聞けばいいから。聞きたいことあるか?」


「あ、えと、うん、大丈夫……だと思う」


「緊張しなくていい。ゆっくりやればミスすることもないから」


 カレルがレオナを安心させるように微笑んだ瞬間、どこかから「カレル」と呼ぶ声がした。


「じゃあな、レオナ。また後で会おうぜ。そうそう、ブザーが鳴ったら休憩だから」


 カレルはそそくさと立ち去って行った。


 一人になったとたん、心細くなった。緊張しているのか、手に汗がじっとりと滲んでいる。


 やれるのだろうか、わたしは。


 ぎゅっと胃が締め付けられる感覚が襲ってきた。今すぐにでも家に帰ってしまいたい。だが――ここで家に帰ってしまえばモレドとカレルに迷惑をかけてしまう。それに、レクスとポポリンにあんな悲しい顔をさせてしまった。


 頑張らなければ。


 レオナはとりあえず気合を入れた。そのおかげか緊張は多少収まった。まずはやれることをやろう。そう心に決めて、レオナはカレルに言われた通り鉄塊を箱に入れる作業を行うことにする。

 

 カレルは慣れればできると言っていたが、それにしても流れてくる鉄塊のスピードが速い。レオナは間違いないように集中して鉄塊を各種箱に取り入れていく。

 

 能力を使おうかとも考えたが、もし、普通でない人間だと思われ教団兵に目を付けられることを考えるとやめた方がいい、と思った。


 どのぐらい時間が経過しただろうか。気づけば、箱が満杯になっていた。

 確か満杯になったら筒状の機械に入れるのだったか。箱を持って、レオナは筒状の機械に入れた。


 やった、と心の中で喝采を上げた。とりあえずは教えられたことをできたという喜びがあった。できるかもしれない、と思っていると、


「ぼーっとしてないで速く動いてください!」


 女の激が飛んできた。


「ご、ごめんなさい!」


「初めての作業だからと言って、遅くしていいわけではありません。しっかり、動いてください。せめて、あと三箱は絶対に休憩時間までに終わらせられるようにしてくださいね」


「はい!」


 平謝りし、レオナはしゅんとする。調子に乗らないで、作業をしなければ。考えを切り替えてレオナは作業に没頭した。


「あれ?」


 顔を上げると近くにいた作業者は誰もいなくなっていた。不思議に思っていたが、そこで気づいた。


 そうか、もう休憩時間なんだ。


 まったく気づかなかった。レオナも休憩に行こうとして立ち止まった。確かあの女作業員は三箱はあの筒に入れろと言っていなかっただろうか。では、あの二箱をここに入れなくては。そう思って、レオナは箱を手に取って、そこで動きを止めた。

 

 これ、どっちの色を入れればいいんだったっけ?


 作業に集中していたがために、カレルの言われたことが頭から抜け落ちてしまった。近くの人に聞けばいいのだろうが、誰もいない。いったん作業を休止すればいいと考えたが、あの女作業員は絶対に三箱は入れろと言っていた。レオナはここまでの作業に二箱は入れている。次はどっちの色だろう。


 どうすればいい、と考えて――悩んだ挙句に黄色の方を入れた。これで間違ってはいないはずだ。


 言われた作業を終えた、レオナは休憩所へと向かった。


「つ、疲れたー」


 休憩所へ向かったのはよかったが、肝心の場所がわからなかった。工場を歩き回りようやくレオナは休憩所のテーブルにへたりこんだ。慣れない仕事をした成果、体が疲れ切っている。このまま、しばらく休んでいたいなどと考えていたが、


 ブザーが鳴った。


「えっ、嘘」


 どうやらレオナが休憩所を探して工場内を徘徊していた間に時間が過ぎていたようだ。結局、ほとんど休憩できなかった。溜息を吐いて、休憩所を出ようとしたところで、カレルに声をかけられた。


「悪い、レオナ。こっちの仕事が立て込んでて様子見に行けなかった。どうだ、うまくやれてる?」


 その声には心配の色が混じっている。


「わたしを誰だと思ってんのカレル? ばっちりだよ。もう、一人でも大丈夫」


 嘘である。本当は心細くて不安で押しつぶされそうだった。だが、カレルを安心させたかったので真逆の言葉が口をついて出てきた。


「そっか、もちろん俺もレオナなら大丈夫だと思ってたけどさ。あっ、べ、別にあんたのことなんか心配だったわけじゃないんだからね!!」


 カレルは顔を赤くしてなんだかもじもじとした様子で立ち去って行った。


「……変な奴。でも、嘘を本当にしなくちゃね」


 レオナは再び元の作業場へと戻っていく。


 作業場へとたどり着いたレオナであったが、なんだか様子がおかしかった。三十人ほどの作業員が集まっている。何かあったのだろうか。


「すいません、何かあったんですか?」


 レオナが声を上げた瞬間、一斉にその場にいた作業員がレオナの方を振り向いた。注がれる視線の圧力にレオナは息を呑む。レオナはその作業員の視線に混じる色をよく知っていた。

 

 あの視線は、侮蔑だ。


「ここはあなたが作業していた場所ですよね」


 声を上げたのは、レオナに激を飛ばした女作業員だった。


「は、はい、そうですけど……」


「これに心当たりは?」


 女作業員が指差した場所を見ると、そこにはぐちゃぐちゃになった鉄塊がいくつも置いてあった。


「あの筒はちゃんとした順番で入れないと、このように破損品が大量に出るんですよね。わたしもこれだけ出ているのは初めて見ましたが」


 女作業員の目が、レオナをとらえた。冷たい目だった。その目に見つめられて、レオナは息苦しさを感じた。全身から冷や汗がにじんでくる。胃がきりきりと締め付けられて、やけに呼吸が苦しい。


「どうして、わからないなら相談しなかったんですか?」


「それは……周囲に誰もいなくて……」


「作業を保留にするという考えは?」


「急がないといけないと思って、だから……」


「確かにわたしがあなたを焦らせたのも原因ですね。でも、あなたがあまりにも遅いんです」


「確かに」


「ていうか、遅いうえにミスするってありえなくない? しかも、あんなミスする人わたし初めて見たんだけど」


 くすくすと、作業員たちの嘲笑がレオナに聞こえた。視線には侮蔑の色が濃ゆい。笑いと視線の圧力が強くて、レオナは全身を刃に切り裂かれているような感覚を覚えた。


「どうして、できないんですか?」


 その言葉に、レオナは返す言葉を持たなかった。


「言い方を変えます。何ができるんですか?」


 その言葉にも、レオナは何も返せなかった。もはや、レオナは顔を上げることができなかった。沈黙の間がどれだけ続いただろうか。やがて、女作業員が息を吐く音が聞こえた。


「あなたは掃除をしていてください。せめて邪魔にならないようにお願いします」


 掃除道具を受け取って、レオナは掃除をした。正直、頭が真っ白で何をしていたか覚えていない。ただ、女作業員に言われたとおりに邪魔にならないようにした。


 君は無色です。


 ふいに、そんな言葉がレオナの頭によぎった。思い出したくもない言葉。でも、自分にふさわしい言葉なのかもしれない。


 この工場で自分は無色の存在だった。


 

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