第22話 友達
レクスに引きずられるようにしてやってきたのは、本屋だった。扉を開けた瞬間に、紙の匂いが漂ってきた。レクスはあちこちの本棚を移動している。記憶を失っているレクスからしたら、生まれて初めて見るものだろう。はしゃぐ気持ちは理解できないでもなかった。
カウンターでは男が本を読んでいた。店内にいるのはレオナたちを含めて、四、五人といったところだろうか。試しにレオナは棚にあった本をパラっとめくってみる。書かれていた字が飛び込んできた瞬間、レオナは顔をしかめて本を棚に戻した。
本は好きじゃなかった。まず、字を見ただけで頭痛がするし仮に読めたとしても内容がつまらない。禁止区で販売されている本のほとんどは教団を賛美する内容ばかりだ。とても読む気などしない。
レクスがいなければ、一生くることはなかっただろうな。レオナがうんざりした気持ちで肩を落とすと、体に衝撃が来た。
見れば、女子がそこにいた。
「ごめんね」
「いえ、こちらこそ」
頭を下げる女子を見て、レオナはかわいい子だな、と思った。
歳はレクスと同じぐらいだろうか、透き通るような髪に顔の右側だけ髪を結んでいる。将来はきっときれいな子になるだろう。
レクスの将来のお嫁さんに――そんなことを考えるレオナは馬鹿か私は、と頭を激しく振る。まだ先の話だ。それにそういうことは本人が決めることだろう。そう結論付けて、レオナが店内を散策していると、レクスが手招きしている。顔が少しに焼けている。どうやら、ほしい本が見つかったようだ。
どれどれ、とレオナが近づき、レクスが本を手に取ろうとして、
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二人の声が、重なった。レクスが取ろうとした本にもう一つ手が伸びていた。それは、さっきレオナとぶつかった女子の手であった。状況的に考えると、ブッキングしてしまったようだ。
「先に僕が手に取った」
「いーえ、わたしが先だったよ」
にらみ合う二人。ばちばち、と二人の目から稲妻が出ている。
どうしよう、面倒なことになったよこれは。
「あの、レクス、ほしいのはわかるけど譲ってあげたらどうかな?」
「いや、この本が読みたい」
「他の本を買ってあげるからさ。ね?」
レクスはうーん、と苦渋の表情を浮かべていたが。やがて、本から手を離した。
「いい子だね」
レオナがレクスの頭を撫でて、
「ごめんね」
「わかってくれればいいんだよ。でも、ま、どっちみちその子はこの本読めなかったと思うけどねー」
ふふっ、っと笑う女子にレオナは首をかしげる。その間に女子は本をカウンターに持っていき購入した。女子はすれ違う時に、
「けっこう鈍いんですね」
と、謎の言葉を残して店内から立ち去って行った。
レクスが別の本を持ってきたので、それを受け取って会計をしようとして、
「あ、あれ?」
レオナは異変に気付いた。お金がなかった。焦る。
嘘だ。今までお金を落としたことなんて一度もなかったのに。どうしてないのだろう、と思考を巡らせて止まった。
けっこう鈍いんですね。
女子の言葉が頭の中で鳴り響く。
まさか。
レオナは慌てて、店の外へ出た。視線を巡らせて――いた。
まださほど距離は離れていない。これなら追いつけそうだ。
「ちょっと、あんた!」
レオナが声を張り上げると、女子が振り向いた。
「あんた、わたしからお金をとったね」
「ちょっとわかんないなー。証拠、あります?」
「あんたをちょっと調べさせてもらうからね。わたしとしては、返してくれるなら何もする気はないんだけど」
「そうくるんだ。いいよ、捕まえられるものならね」
言うやいなや女子は背を向けて、走り出す。あの態度、完全に大人をなめている。レオナは女子を捕まえようと追いかけるが、速い。懸命に走っているのに、一向に距離が縮まらない。
嘘でしょ? 最近の子って、こんなに足が速いの?
絶望的な気分でぜいぜい、と荒い呼吸をしていると。
女子がぴたりと動きを止めて、振り返る。
「足、遅いねー。そんなんじゃ一生あたしに追いつけないよ、お・ば・さ・ん」
けたけたと笑い声を上げて、走り去っていく女子。それをレオナは無表情で見ていた。
「どうしたの?」
どうやらレオナを追いかけてきたらしい、レクスが声をかけた。が、その瞬間、レクスは、びくり、と身を震わせた。レオナの様子がおかしい。体を小刻みに震わせるその姿は隠しきれない怒りをにじませていた。
「そりゃあさ、あんたから見れば十七歳のわたしはおばさんだろうけどさ。……でも、それを直接言われたら腹立つんだよおおおおおおおおおっ!!!」
「ひっ」
レオナの顔を見て、レクスは息を呑んだ。
憤怒に赤くなった顔、吊り上がった目はすさまじい形相だ。心なしか額に角が生えているように見えた。
夜叉だ。夜叉がここにいる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
まるで地獄から聞こえてくるような怨嗟の声をあげて、レオナは女子の背中を追いかける。
「お母さん、こ、怖い……」
その背中を見送り、レクスはレオナを怒らせないようにしようと固く誓った。
どのぐらい走っただろうか。女子はかなりすばしこかったが、最終的には自身の体力の限界を超えたレオナの執念が勝った。
ついに女子の背をとらえたレオナはその背中にタックルした。路地に転がりまわる二人。レオナは大の字に寝転がって、女子もさすがに疲れたのか激しく呼吸をしていた。
「びっくりした。まさか、追いつかれるなんて思わなかった。やるじゃないですか、おばさん」
ぎろり、と女子を睨みつけると、女子は身をこわばらせ、
「おねえさん」
「よろしい」
その言葉を聞けて満足したのか、レオナは深く息を吐いた。すると、追いかけてきたレクスがレオナの傍に駆け寄った。
「大丈夫?」
「もちろん」
レオナはレクスの手を取って上半身を起こした。
「どうしてこんなことしたの?」
「お金、ないから。本ほしかったし」
「スクールは? まだ十三歳じゃないよね」
「いってないよ。……居場所ないから」
わけありか。そこら辺の事情はレオナは踏み込まないでおく。あまりこの少女も話したくないだろうから。
「きついのはわかるけど、あんまり無茶やらないほうがいいよ。教団兵に目を付けられると面倒なことになるからさ」
「はい、ごめんなさい」
女子は頭を下げて、盗んだお金をレオナに差し出した。
きっと悪い子ではないのだろう。そう思って、レオナの中で閃くものがあった。
「ねえ、スクールに居場所ないっていったよね。ならさ、この子の遊び相手になってくれない」
「この子って、そこにいる子?」
レオナがうなずくと、女子は深くうなずいた。
「よかったね、レクス。お友達ができたよ」
女子はレクスの前に立ち、手を差し出す。
「あたしはルミナ。よろしく」
レクスはその手をまじまじと見て、そそくさとレオナの背中に隠れた。
「レクス?」
「あはは、嫌われちゃいましたかね」
レクスの顔は蒼白でがたがたと手足が異常なほど震えており、今にも倒れてしまいそうだ。もしかして、人見知りなのだろうか。そういえば、ポポリンとカレルのことも少し怖がっていた気がする。しかし、こんなにも怖がってはいなかったような。
何が違うのだろうと考えて、レオナは気づいた。
そうか。同じ年頃の子を初めて見るんだ。
ダスティンは大人だし、レオナ・カレル・ポポリンもレクスから見たら大人だ。そんなレクスからするとルミナは怖いのかもしれない。未知の人だから。
レオナはかがんで、レクスの目線をあわせる。
「レクス、たぶん怖いのかもしれないけどさ、その怖さを乗り越えることで得られることもあると思うんだ。ルミナは根は悪い子じゃないと思うしさ、怖いことはしないよ。ねえ、ルミナ?」
「ええ。わたしはそこのおば……お姉さんと違って、怖くないよ。とってもラブリーです。ついでに言うと、この世界の神です」
気になることを言った気がするが、そこはスルーする。
「ほら、ルミナもそう言ってる。一歩踏み出してみない?」
優しく微笑むと、レクスはしばらく暗い顔をしていた。が、やがて、顔をあげて恐る恐るルミナの前に歩いて、
「僕はレクス……、よろしく」
おずおずとルミナの手を握った。
「はい、ありがと、レクス。遊んでくれるとあたしも嬉しいよ」
笑みを浮かべるルミナに対して、レクスは顔を反らした。まだぎこちないが、いずれなれるだろう。
仲良くなってくれるといいな、と二人を見ながらレオナは思った。




