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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第21話 研究所でのこと

 朝食をとってレオナが外に出ようとすると服を掴まれる感覚があった。振り向くとレクスがレオナの服の裾を掴んでいた。


「どうしたの、レクス」


「お母さん、遊んで」


「そうしてあげたいけど、わたしもやることがあるからさ。それと、お母さんじゃないから」


「ひまなんだよ、お母さん」


「そうは言われてもねー、お母さんじゃない」


「お母さん」


 レクスはふふっ、といたずらを楽しむ子供の笑みを浮かべている。

 

 こやつ、からかってるな。


 だが、レクスがこうなったことをレオナは素直に喜ばしいことだと思う。酒場で会ったときは本当に今にも消えてしまいそうなほど存在感のない子供だったから。それがこんな表情を見せてくれるということは、多少は自分に心を許してくれているのだろうか。そう考えると、好ましい気持ちになる。


「わかった、もうお母さんでいいよ」


「ふふっ、やった、お母さん。外に連れてってよ」


 こう言われると、困ってしまう。何もレオナはレクスを監禁したいわけではない。とはいえ、教団兵に見つかったら終わるのだ。慎重に行動するに越したことはない。ポポリンとカレルが遊んでくれればいいのだが、あの二人は仕事。

 

 そして、もちろんわたしもやることがある。

 

 この年の子なら、スクールへ行かせるのが普通なのだがすぐにいなくなることを考えるとそれも難しい。

 

 家で大人しくしてもらったほうがいいのだが。


「気持ちはわかるけどさ、危ないから」


「外に出たいよ。だって、僕はお母さんとは別れないといけないでしょう? それなら、せめてこの街を見ておきたい」


「それは……」


 レオナは口をつぐむ。確かにレクスの言う通りだ。いずれ別れの時はくる。それならば、街を見せておいたほうがいいのだろうか。


 しかし、危険が。


 レクスを見ると、心なしか気落ちしているように見えた。


「…………今日だけね」


「やった!」


 飛び上がるレクスを見て、レオナは肩をすくめる。甘いだろうか、甘いだろうなきっと。だとしても、思い出は作ってあげたい。


 レオナはカメオーンをレクスの顔に塗りたくる。くすぐったそうにしているレクスにお構いなく塗る。

 

 とりあえずは、これでよし。後は、慎重に立ち回って教団兵に気づかれないようにしなければ。


 レオナはそう心に誓って、レクスとともに外へ出た。


「うわあ!」


 街へ出ると、レクスが感嘆の声をあげてきょろきょろと建物を見渡している。そんなに物珍しいのだろうか。ずっとこの街に住んでいるレオナとしては、まったく理解できない。さびれた街という印象しかないのだが。


「レクス、あんまりはしゃがないで。教団兵に目をつけられる」


「あっ、ごめん……」


 教団兵の名を出すと途端にレクスは肩を落とした。


「そんなに珍しい? ダスティンと一緒の時にも見れたでしょ」


「あのときは、そんな気分じゃなかったから。それに、ダスティンは僕がはしゃぐと怒るから」


「あー……」


 ダスティンは怒るだろうな。あの男にそんな気遣いができるとも思えないし。


「レクスとダスティンは研究所で会ったの?」


 レオナは気になっていたことを聞いた。今までは聞けなかったが、今なら教えてくれるのではないかと思った。


「そうだよ。ダスティンさんは憮然としていて人を寄せ付けない雰囲気があったけど、どこか迷っているような感じがして、それが他の人とは違ってたから――だから、あの人は僕を助けてくれたんだと思う」


 ダスティンにそんな情があったことにレオナは驚いた。あの男も、いろいろと事情を抱えた人間だということか。


「両親は? レクスの両親はレクスが研究所にいるって知ってるの」


 それを聞いたレクスはゆっくりと首を振り、


「お父さんとお母さんについては全然覚えてない」


「えっ、じゃあ……」


「記憶がないんだ。僕の一番最初の記憶は研究所で始まってる」


 レオナは絶句した。では、両親が生きているかどうかもわからないのだ。記憶を失い、初めての記憶が教団の研究所。あまりの状況にレオナは身震いする。同時に思う。レクスには幸せになってほしいと。


「ごめん、つらいこと聞いた」


「いいよ、知りたいことあるなら教える」


 へへっ、と笑うレクスの頭をレオナは撫でた。


「どこか行きたいところある? 付き合うよ」


「いいの!」


 想像を絶する環境で過ごしてきたのだ。それなら今この瞬間ぐらい、レオナはレクスの希望を叶えてあげたい、と思った。


 レクスはいろいろなところを走り回って、レオナに質問をした。レオナの言い含めたことを覚えているのか、極力喜びを抑えていたが、それははたから見て溢れ出さんばかりであった。


 当初こそ喜ぶレクスを見て、レオナは嬉しい気持ちだった――のだが。


 数時間後。レオナは街角にあるベンチに倒れていた。レクスは近くで鼻歌をそらんじていた。


 正直、なめていた。男子の体力を。すでにレオナは瀕死である。まだ自分は若い、そう思っていたのだが、


「もう、おばさんだねわたしも」


「お母さん」


「な、なにレクス。悪いけどわたしもう疲れちゃったよ」


「最後、最後だから。お願い」


 レオナが答えるよりも前にレクスはレオナの手を掴んで、引きずるようにして歩いていく。


 もう勘弁して、と思いつつもはしゃぐレクスを見てレオナの胸に温かい気持ちが広がっていった。


 

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