第19話 疑い
どうして、レクスはカメオーンの効果が切れているのだ。ダスティンの効果は切れていない。その証拠に彼の顔は別人の顔にレオナから見て認識されている。なら、どうしてレクスだけ――そこで、レオナははっとした。
もしかして、顔を洗ったから?
ダスティンはレクスの顔に液体を塗っていた。あれがきっと水洗いをしたことで落ちたのだろう。そうとしか考えられない。
「やだなー、ポポリン。他人の空似に決まってるじゃない」
レオナはことさらに明るい声を上げた。ここはうまく嘘で乗り切るしかない。
「たまたま手配書に載ってる子と顔が似てるんだよ。十歳ぐらいの子供だったよね、確か? あれぐらいの子供ならちょっとぐらい顔が似ててもおかしくないって」
「そう。じゃあ、あくまで別人だと? レオナちゃんはそう言うんだね?」
「当たり前だよ。そうじゃなきゃ、ここにいるわけないでしょ」
「わかった」
すくっとポポリンは立ち上がる。その顔がやけに険しくて、なんだかレオナは嫌な予感がした。
「ポポリン?」
「教団の人に言ってくる」
「なっ」
「別人なんだよね。それなら、教団の人に言っても解放してもらえるはずだよ」
「まっ、待って、ポポリン、それは」
レオナはポポリンの手を掴む。レオナはポポリンと見つめあう。
本気だ。ポポリンは本気でレクスのことを教団に言うつもりだ。それだけは駄目だ。とても受け入れられることじゃない。
それに、とレオナはちらり、とダスティンに視線をやる。
ダスティンは扉の前に立ち、腰に手を当てている。その目は研ぎ澄まされた刃のように細められている。
間違いなく、ダスティンはポポリンを殺す気だ。この男は躊躇なくポポリンを殺す。そして、レオナ自身も殺されるだろう。
レオナは目をつむり、覚悟を決めた。
「ごめん、ポポリン。あの子は、手配書に載ってる子だよ」
下手な嘘をつくのは逆効果だと思った。もう、レオナにはポポリンを何とかして説得するしかない。でないと、二人とも殺されてしまう。
「レオナちゃん、自分の言ってること理解してる?」
「よくわかってるよ」
「わかってるなら、どうして……あの二人を引き渡さないと殺されちゃうんだよ? わかってるなら、やることはひとつしかないでしょう?」
「ポポリンが言いたいことはわかるよ。でも、わたしはそれをしたくない」
「どうして!?」
ポポリンが叫ぶ。その目は涙で潤んでいた。おっとりとしたポポリンがここまで感情をあらわにするところをレオナは初めて見た。
だが、レオナが言うことは決まっている。
「わたしは、レクスを守ってあげたい」
出会いは酒場からだった。ダスティンに殺されかけ教団兵に殺されかけ、ひどい目にあった。一時は保身に走りそうになったが、それでも今は一緒にいてよかったと思っている。
「ポポリンの両親てさ、どうしてる?」
「えっ……もう、とっくに死んでるけど……」
「わたしも、父さんはいつの間にか消えたし、母さんはゴバニーであっけなく死んだ。今はこうして言えるけど、わたし寂しかったんだよ。本当はもっと一緒にいたかったと思う。だから、この子にはそんな思いはさせたくない」
レクスはダスティンと一緒だ。両親がどうしているかは不明だが、自分と同じくいない可能性がある。そう考えると、自分と同じ思いは味わってほしくない。
「それは、わかるけど……。わたしはレオナちゃんにいなくなってほしくない」
ポポリンの頬に涙がつたっていく。
「レオナちゃんがいなくなるのわたしは嫌だよ……。まだ、教団に言えばレオナちゃんは助かるんじゃないの? わたしも口裏合わせるからさ」
涙を流すポポリンを見て、レオナは弱り切っていた。
ポポリンは事情を知らないから、そんなことが言えるのだ。どう答えたものか頭を巡らせていると、
「い、いじめないで……」
ポポリンとレオナの間にレクスが立っていた。
それを見てポポリンは目を丸くしていたが、やがて、柔らかな表情を浮かべて、
「いじめてないよ、ただ話をしてるだけ」
すっとポポリンが手を伸ばすと、レクスは体を大きく震わせた。額には玉のような汗が浮かんでいる。
「……この子って、そもそもなんで手配されてるの?」
「私も詳しくは知らないけど、たぶん、教団の奴らにひどい目にあわされたんだよ」
「そうなんだ……。おかしいね、教団にひどい目にあわされてさ、そこから逃げてきて、捕まったらまたひどい目にあわされる。この子を教団に引き渡せば、一般区にいけるって条件つけてさ。わたしたちは教団のおかげでこんな生活をしているのに。なんなんだろうね、この世界」
「ポポリン……」
「ねえ、君、名前なんて言うの?」
ポポリンがレクスに話しかける。その声は気を遣っているのか、かなり優しげだ。
「レクス」
「レクス君にとってさ、レオナちゃんはどういう存在なの?」
ポポリンの問いにレクスは考えるように目をつむり、やがて、ぽつりとつぶやくように言った。
「……おかあさん」
それを聞いたポポリンはしばらくきょとんとして、いきなりふっと噴出した。レオナはこそばゆい気持ちで頬をかく。やはり、あのとき自分がお姉さんと言わなかったのが悔やまれる。今更ながら自分の失言を後悔した。
「ふふっ、お母さんと来たか。子供からお母さんを奪うわけにはいかないね」
「ポポリン、わかってくれたんだ」
「あ、でも。レオナちゃんには言いたいことがあるよ」
きっと目を細めるポポリン。なんだろう、ちょっと怖い。
「どうして、わたしに話してくれなかったの?」
「えっ、いや、それは……巻き込みたくなかったから」
「巻き込んでいいんだよ!!」
突然の大声に、レオナは腰を抜かしそうになった。
「わたしたち友達だと思ってたけど、思ってたのはわたしだけ?」
「それはわたしもポポリンのことは友達だと思ってるよ。でも、これはあまりに大きいことだから迷っちゃって……」
「わたしはレオナちゃんに頼られたいし、面倒ごとに巻き込まれてもいいと思ってるの。巻き込みたくないからって理由でスルーされるなんて、わたしは悲しいよ。レオナちゃんが困ってたらわたしは力になりたい」
ポポリンのまっすぐな眼差しを受けて、レオナはなんだか心が熱くなって危うく目から涙がこぼれ落ちそうになった。そのレオナの手を握ってポポリンは言う。
「これからはちゃんと相談してよね、友達なんだから」
「わかった、そうするよ」
レオナの答えを聞いてポポリンは満足したように頷く。そして、なぜかポポリンはダスティンの前に立ち、
「レクスくんの保護者の方ですよね?」
「……そうだが」
「あなたの事情はわたしは何も知りません。けど、レオナちゃんを危険にさらすようなことがあれば、わたしはあなたを許しません」
「覚えておこう」
ふん、と鼻で笑うダスティン。ひやり、と肝が冷えたが何とか収まるところに収まったようだ。ほっと安心していると、
「あれ? 俺、なんでこんなところにいるんだ?」
カレルがむくり、と体を起こしていた。頭がぼんやりとしているのか、その目は焦点が定まっていない。が、やがて、なぜ自分がここにいるのかを思い出したのか、急にダスティンとレクスのほうを見て、
「てめえっ! まだ結婚してねえのに、子供作りやがってよお! 責任取れんだろうなあ!」
ものすごい形相を浮かべて、ダスティンに向かっていくカレル。それを見てレオナは盛大に頭を抱えた。どうしてこんなことになった。冷静に考えれば、レクスがレオナの子供じゃないことぐらい簡単にわかることなのに。
ものすごく面倒なことになったな、と憂鬱な気分でいると――笑っているポポリンと目が合った。それにつられて、レオナも笑ってしまう。
「ねえ、頼っていい?」
「もちろん!」
ポポリンがいい笑顔を浮かべて、レオナに親指を立てた。




