第18話 修行の成果
ポポリンの家から自宅に帰ったレオナはすぐに睡眠をとった。そして、いそいそと料理をしにいくところでダスティンがいた。まだレオナはダスティンと一緒に過ごしてからというもの、この男が寝ているところを見たことがない。一体、いつ睡眠をとっているのだろうか。
レオナはポポリンに教えてもらったとおりに腕を振るった。その途中にレクスが目を覚ましたらしく、テーブルの前にちょこんと椅子に座っている。
そして、レオナは自信に満ちた顔で食器を置いた。
それを見てダスティンが、ほう、と小さく声を上げた。
「まともなものが出てくるとはな。パスタ料理か」
ダスティンの言った通り、テーブルには出来立てのパスタ料理がのっている。ニンニクとオリーブオイル、唐辛子を混ぜて作ったものだ。
「どうよ? いつまでも下手なままじゃないんだよ」
「見た目は美味そうには見えんがな」
「うるさい」
ダスティンの指摘通り、見た目はややぐちゃぐちゃでよくはない。が、これでも以前よりは料理としての体裁は整っているはずだ。
レクスは「食べていい?」と問うように上目遣いでレオナを見ている。もちろん、というようにレオナは頷く。
かちゃり、とレクスはフォークを手に取ってパスタを口に運んでゆく。
それを緊張の面持ちで見守るレオナ。気づけば、手のひらに汗がジワリと滲んでいた。レクスがパスタを口に運ぶ。まじまじとそれを見つめるレオナ。口を動かし咀嚼する音が聞こえる。
そして、レクスがおもむろに顔を伏せた。
その反応にレオナは、どきりとしてしまう。
な、なに? まずかった?
途端になんだか不安になり、レクスの顔をうかがってしまう。レクスはゆっくりと顔をあげて、
「お、おいしい……よ」
淡い笑みを浮かべるレクスに対して、レオナは胸に温かいものが広がっていく。
「そ、そう、ならよかった」
この笑顔を見られたのなら、ポポリンにしごかれたかいもあったというものだ。
「どちらかといえばまずいがな」
「そこの男、うっさい。文句を言うなら食べるな」
しっ、しっ、と手を払う動作をすると、ダスティンがくつくつと笑いながら席を立つ。レクスが「顔を洗ってもいい?」と聞くので、レオナは頷きを返す。ダスティンが家を出ようとしたところで振り向き、
「料理はまずかったが、その努力だけは褒めてやる。次は指を切り落とさないようにすることだ」
ダスティンの目はレオナの手に注がれている。レオナの指は切り傷でいっぱいになっていた。自分が昨夜、ポポリンの家でやっていたことを指摘されたようでバツが悪い気持ちになる。
「……大したことはしてないから」
ぼそり、とつぶやくレオナ。上から目線の発言に苛立つどころか、褒められて少しうれしいと感じてしまっている自分に腹が立った。
ダスティンはそんなレオナの心中を見透かすようにふっ、と鼻で笑って扉を開けた。光が家の中に飛び込んできたときだった。
「レオナちゃん、どうだった!?」
その声を聞いた瞬間、レオナは自分の耳を疑った。ここにいるはずのない人間の声だったからだ。が、目に飛び込んできた人物を見てそれが空耳ではないということを思い知った。
「ポ、ポポリン? どうしてここに?」
「それは教えた身としては気になるよー。わたしだけじゃないよ」
ポポリンが半歩ほど横に移動すると、そこにはカレルが立っていた。
「よ、よお……」
カレルはいつもとは違いまったく覇気のない声を上げた。心なしか、顔色が蒼白でやつれているように見えた。そのカレルは家の奥を見て、目を見開いた。そこには、レクスが立っていた。
「こ、こど、も……? それって、えっ? もう、そこまでなのか……?」
絶望をにじませた表情で、カレルはかすれた声を漏らした。そして、カレルはようやく近くにいるダスティンの存在に気づいた。ダスティンはカレルを感情のこもらぬ機械のような目でまるで獲物の品定めをするかのように見ている。そんなダスティンとレクスを交互に見てカレルは突然どさり、と倒れた。
「カレルくん!? 大丈夫、カレルくん!?」
ポポリンがカレルをゆすっている。とうのカレルはまるで起きる気配がない。カレルがなぜ倒れたのかまったくもって意味が分からないが、そのまま放置しているわけにもいかない。レオナとポポリンで家の中へと運び込んだ。幸いなことに呼吸はちゃんとしているので命の別状はないだろう。
ひとまず安心していると、
「その人がレオナちゃんの婚約者?」
突然のポポリンの一言に、レオナはぎくり、と身をこわばらせた。背筋にチクチクとした視線を感じる。これは、想定外の事態である。
「あはは、まあ、そんなところかな」
視線の鋭さが増し、今にも殺されそうな恐怖を感じた。ぎゅーっと、胃が縮む痛みがある。
「じゃあ、奥にいる子は?」
「あの子は、この人が前の奥さんの子供だよ。ゴバニーで前の奥さんが亡くなったから、この人が面倒を見てたってわけ」
「……そうなんだ」
胸の中でほっと息をつく。なんとかうまく誤魔化せそうだ、この場は。後が大変そうだけど、とレオナはダスティンになんと説明したものかと考えて――はっとした。レクスの顔を見られたら、まずいんじゃ。が、その考えをすぐに打ち消す。
カメオーンの効果で二人の顔は別人に見えているはずだ。だから、ポポリンがこの二人の正体に気づくことは、
「――あの子、手配書の子に似てるね」
ポポリンの声を聞いて、レオナは血の気が引いた。
え、なんで?
恐る恐る振り返って、レクスの顔を見る。レクスの顔はそのままで、カメオーンの効果を受けていなかった。
「レオナちゃん、どういうことなの?」
ポポリンの声がどこか遠くから聞こえてくるように、レオナは感じた。