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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第17話 修行

 レオナはポポリンとともにポポリンの自宅へとやってきていた。あの後、ポポリンはお店の仕事があるからと言って、レオナは仕事が終わるまで待っていた。

 

 そして、ポポリンの自宅へとやってきたわけだが、こうしてくるのはずいぶんと久しぶりのような気がする。

 

 家に招かれたレオナは椅子に腰かけた。買い物中毒のポポリンらしく家の中は物が多いがきちんとしていて雑多な印象はない。きちんと物があるべきところに収納されていて、むしろレオナの家よりきれいに見えた。

 

 レオナは椅子に座り、テーブルにポポリンが水を置く。飲食店勤めだからか、その所作もなんだか手慣れているように見えた。ポポリンも椅子に座り、水を口にする。


「それで、なんでいきなり料理を教えてなの? なんか料理をしないといけない状況にでもなった?」


「うん、実は結婚を考えている男がいて」


 ぶはっ、とポポリンが飲み込みかけていた水を盛大に噴出した。


「いっ、いつ、いつの間にっ! だっ、誰!? 相手誰なの! もしかして、カレル、カレルくん!?」


 レオナにつかみかからんばかりの剣幕を向けるポポリン。正直、ちょっと落ち着いてほしかった。


「いや、違うけど。ていうか、なんであいつの名前?」


 レオナが尋ねると、ポポリンはふーと息を吐いた。小声で「カレルくん、かわいそう……」と言ったが、その言葉はレオナには聞こえなかった。


 首をかしげるレオナだが話を続けることにする。


「結婚するとさ、相手に料理を作ることになるじゃん。でも、私の料理はさ。その、あれだからさ」


「あー、まあ……あっいや、その、レオナちゃんの料理が下手ってわけじゃなくて、その個性的なだけで、下手じゃないと思うよ、わたしは、うん」


 必死にフォローするポポリンを見て、やっぱり料理下手だよなわたし、と自覚が強まった。


「結婚となると相手に自分の料理を振舞うこともあるわけでしょ? わたしが嫌がっても、相手が作ってほしいと思うこともあるわけだし。だから、相手のためにも料理がうまくなりたいから、教えてほしい」


「なるほどね……」


 ポポリンが考え込むように目をつむっている。


 まあ、結婚なんて大嘘なのだが。


 まさか、ダスティンとレクスのことを話すわけにもいかない。あの二人は手配されているのだ。仮にレオナがあの二人のことを話すと、それはポポリンを巻き込んでしまうことになる。この問題は自分が抱え込むことであって、巻き込んではならないはずだ。そう考えたレオナは、結婚なんて言う嘘をついた。


「レオナちゃんが教えてって言うなら、わたしは全然いいんだけど……。ちなみに、相手どんな人なの?」


「えっとねえ……、二十代後半で目つきの鋭い男だよ。すごい強くてしびれる男なんだー」


 レクスのことを言うわけにはいかないので、とっさにダスティンのことを話した。


「二十代後半だと、もうすぐ死んじゃうんじゃないの? あっ、放浪人の人とか?」


「ううん、禁止区の人。いいんだ、それでも。短い命でもそのぶん幸せな時間を過ごせれば、わたしはそれでいいよ」


「そっか。そんなに好きなんだね。わかった、じゃあわたしからはもう何も言わない。レオナちゃんの望む通り、教えてあげる」


 それからレオナとポポリンの料理修業が始まった。


 ポポリンは心優しい性格だ。きっと楽しく教えてもらえるだろう。そう考えていたレオナの幻想は木っ端みじんに打ち砕かれた。


「おい、てめえの舌は腐ってんのか。ちゃんと味見しろくそが」


「ちゃんと時間を計れ。目分量なんか十年早いんだよボケ」


「手間を惜しむな。レシピ通り作れ、てめえ、料理舐めてんのか?」


 放たれる罵詈雑言の数々。これはもはやポポリンではない。


 鬼だ。鬼が目の前にいる。


 心が折れそうなレオナだったが、レクスにまともな料理を食べさせたいという思いが奮い立たせた。


 そして、ようやく料理と呼べる名のものが完成した。


「うん、今までと比べたら悪くないかな」


「やった!」


 ようやくポポリンのお墨付きをもらったレオナはぐっとガッツポーズをとる。


「せっかくだからカレルくんに試食してもらおうか」


「あいつに? でも、もう遅くない? それにあいつ仕事で疲れてるんじゃないの?」


「大丈夫、レオナちゃんの料理のことを言えばすぐに来るから。じゃ、呼んでくるから待っててね」


 ポポリンはうきうきとした様子で、家から出た。


 数分後。ポポリンは本当にカレルを連れてやってきた。いくら家が近所とはいえ、本当に来るとは。やってきたカレルはなんだかとても嬉しそうでにやにやしている。


 そんなカレルが心底気持ち悪い、とレオナは思った。


「あんた、仕事忙しいんじゃなかったっけ? 疲れてるだろうによく来たね。そんなにわたしの料理食べたかった?」

 

 意地悪い笑みを浮かべてカレルをからかってやると、


「馬鹿っ! か、勘違いするなよ! 別に俺はお前の作ったものなんて興味はねー。ただ、毒見が必要だと思っただけだ。断じて、お前の作ったものなんて食べたいなんてこれっぽっちも思ってねーんだから、そこのところはくれぐれも勘違いするなよ!わかったな!」


 鼻息を荒くして主張するカレルにレオナは引き気味で「あ、うん」と言った。


 テーブルに並べた料理を見てカレルがそれをものすごく凝視している。そして、恐る恐るそれを口にしたその瞬間――たちまち、カレルの顔がぱーと光を浴びたかのように幸福な表情をした。一口一口味わうように食べて、やがて、食器は空になった。


「どう? おいしい?」


「ま、まあまあだな……。ちなみにこれはお前が初めて作ったものか?」


「初めてっていうか、ポポリンに教えてもらった料理を食べたのは、あんたが初めてかな」


「そ、そうなんだ」


 カレルはそれを聞いた瞬間、抑えきれない含み笑いをしている。


 一体、こいつはどうしてしまったのか。


 なんだかレオナは薄気味悪いものを感じた。が、褒められて悪い気はしなかったので、


「ありがと、カレル」

 

 にっこりと笑みを浮かべると、カレルは思いっきり顔を横に反らした。


 なんだろう、嫌われてしまったのだろうか。少しショックだ。


「今日はありがとねポポリンとカレル。これであいつも喜んでくれると思う」


 レオナがそう口にしたとき、カレルの動きがぴしり、と固まった。


「あ、あいつ……? あいつって、誰?」


「そっか、まだあんたには言ってなかったね。実は結婚を考えてる人がいてさ、その人に食べてもらいたくてポポリンに教えてもらったんだよ」


「け、結婚? だ、誰が?」


「わたしに決まってるじゃん」


 レオナがそう口にすると、カレルはこの世の終わりみたいな顔をした。


 なんだろう。そんなにわたしが結婚するのが嫌なのだろうか。いや、本当に結婚するわけではないのだが。


「カレル、大丈夫?」


「あー、カレルくんはわたしがみとくから」


 レオナは二人に頭を下げてポポリンの家を後にする。


 レクスが喜んでくれるといい。そんなことを考えながら街路を歩く。


 ♢


 レオナが立ち去った後、ポポリンはカレルの肩を叩く。


「ほら、元気出しなよ」


「元気なんて出ねえよ……。結婚だぜ? 俺の手の届かないところに行っちまうよ」


「さっさと告白しないからだよ。後悔するんだったら、すればよかったのに」


「簡単に言うけどよお……。振られるの怖いじゃねえか」


「意気地なし」


 ポポリンが咎めるように言うと、カレルはうめき声をあげて机に突っ伏した。


 カレルがレオナを好きになったのはスクールに通っていたころからだから、もう五年になる。そのころからポポリンはカレルから恋愛相談を受けていた。そのたびに助言をしたり、カレルに発破をかけたりした。それが実らなかったために、こんなことになってしまったのだが。


 しかし、ポポリンも意外に感じていた。なんだかんだでレオナとカレルはお似合いだと思っていたからだ。それに。


「結婚するって本当かなー?」


 ポポリンの声に反応したカレルが、がばっと体を起こす。


「つまり、あいつが嘘をついてるってことか?」


「うーん……なんとなく、そういう気がするんだよね」


 ポポリンとしては、あのレオナが本気で結婚を考えるというのがどうにも信じがたいのだ。


「でも、それならなんで嘘をつくんだよ」


「それはわからないけど……」


 腕を組みながら考えて。ぴかり、とポポリンは妙案をひらめいた。


「カレルくん、レオナちゃんの家に言ってさ、相手を確かめてみようよ」


「……それってあいつには黙ってということだよな。怒られねえかな?」


「怒られるかもね。でも、気にならない? どんな人と付き合ってるのかさ。わたしたちも友達だし祝福してあげたいじゃない。それに、万一悪い男って可能性もあるかもしれないし」


「そ、そうだな! 悪い男がつきまとってるなら俺らが目を覚まさせなくちゃいけないよな!」


「そうそう。ということで、明日は一緒にレオナちゃんの家に行こう!」


 ポポリンが腕を上げると、カレルも強く腕を掲げた。


 

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