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凶獣の王(R15版)  作者: ナナシ
第一章 禁止区の少女
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第13話 保身

 モレドの店を出てから、レオナは考えている。


 教団の研究所から盗まれたもの。盗んだ人間はまだ捕まっていない。研究所から脱走したのがダスティンと仮定する。となると、盗んだのはレクスになるのか。

 

 しかし、レクスは子供で人間だ。いや、盗んだものは物とは限らない。では、レクスは何者なんだ。そもそも研究所とは言うがなんの研究所なのだろうか。ダスティンは何の目的でレクスを連れている。


 わからないことだらけだ。

 

 だが、レオナは研究所から脱走している人間はダスティンだと思う。あの傷が脱走の時に負った傷だとすれば辻褄は合う気がする。この禁止区に教団兵が増えているのは、もしかしてダスティンを探しているからなのだろうか。

 

 となれば、ダスティンは教団に背く大罪人だ。そして、それをかくまうレオナは。


 あれ、わたし相当まずいのでは。


 ダスティンはレオナの命を助けてくれたし、傷を負っていた。そのダスティンをあのままにしておくのはどうにも気が引けたのだ。それに、連れられているレクスもなんだか放っておけないところがある。

 

 あの子はなんだか普通の子供とは違う感じがするのだ。


 だから、できる限りの協力はしておきたいと思っている。


 しかし、二人が教団の研究所に関わっているとなればまた話は変わってくる。訳ありなのだろうとは思っていたが、ここまでヤバいとは思っていなかったのだ。もし、ダスティンが捕まるようなことがあれば自分もただでは済まないだろう。

 

 モレドの言っていた通り、捕まるか処刑されるか。どちらにせよろくでもないことになるのは確実だ。


 だが、まだ教団兵はレオナの家にダスティンたちがいることには気づいていないはずだ。ならば、あやしい行動をとらなければばれないはずだ。

 

 そう心に決めたところで、誰かがレオナの肩を叩いた。


 なんだろう、客だろうか。レオナは愛想笑いを浮かべて、振り返って。


 その笑みが凍りついた。


 そこには、教団兵が三人立っていた。


「聞きたいことがある」


 真ん中の兵士が横柄な声で言った。

 

 レオナの頭は混乱していた。もしや、昨日の教団兵を凶獣に食わせたのがばれたのだろうか。それとも、レオナがダスティンとレクスを匿っていることか。心臓がバクバクと音を立てて、その音が教団兵たちに聞こえているのではないかと思ってしまうほどだ。


「この二人を知らないか」


 教団兵が見せてきた写真はダスティンとレクスだった。間違いない。これであの二人が研究所から脱走したのは確定だろう。レオナは驚きが表情に出ないようにした。


「我々はこの者たちの情報を集めている。もし、何か知っているならば教団に言え。報告すれば、禁止区から出る権利をやる。仮に知っていて黙っているならば処刑だ」


 レオナは唾を飲み込む。教団兵の言う通りならば、自分は処刑だ。


 頭がくらり、とする。どうして、自分がこんな目に合うのだ。理不尽じゃないか、と思う。


 いや、待てとささやく声がする。

 

 今、レオナが教団兵にダスティンたちのことを言えば自分は助かるのではないか。家にいるのは脅されたからだとでも言えばいい。そうすれば、少なくとも自分は助かるかもしれない。


 禁止区は劣悪な環境だが、死ぬよりはましではないか。


 逡巡し、レオナは決めた。


 ダスティンとレクスの情報を教団に伝える。そうすれば、自分は助かる。

 

 そう決意して、教団兵に声をあげようとして。


 ふいに、レクスの顔が浮かんだ。


 レクスのどこか疲れたような表情。レオナは気づいた。


 そうか、あれは自分に似ているのだ。

 

 ♢


 レオナの記憶にある母はいつも寝込んでいた。父に関しての記憶はほとんどない。いつも酒を飲んでいた記憶だけがある。そんな父はある日を境に帰ってこなくなった。おそらく父はあらゆることが面倒になってレオナたちを捨てたのだろう。


 しかし、当時のレオナはそんな父の考えなど理解できずに母に「お父さん、遅いね」などと言っていた。今考えればひどく残酷なことをしたと思う。


 そんなレオナに対して母はいつも淡い笑みを浮かべていた。レオナは母を助けたいと強く思った。そのために、はやく働きたいとも。


 が、レオナの思いも虚しく母はゴバニーになり、徐々に衰弱していった。

 

 日に日に弱っていく母に対してレオナができることは何もなかった。それがひどく堪えた。自分は無力で、何もできないのだと痛感させられた。


 そして、母はあっさりと亡くなった。


 家のベッドでこと切れた母を前にレオナは泣きじゃくることしかできなかった。ほどなくして教団兵がやってきて、母の死体を運んでいく。レオナはそれが嫌で教団兵に立ち向かうが、止められるはずもなくレオナは教団兵に暴行を受けてうずくまることしかできなかった。


 ♢

 

 そうか、あのときの自分になんとなく似ている気がするんだ。


 何もできなくてただ目の前のことを受け入れることしかなかった自分。その過去の自分とレクスの姿が、重なった。


「――知らない人です」


 レオナは教団兵にそう言った。声は震えていなかったはずだ。大丈夫、問題ない。


 教団兵たちは踵を返す。


 ほっとレオナは胸を撫でおろした。まったくもって心臓に悪い。だが、ようやく解放されると安心していると、


 一人の教団兵が目を細めてレオナを凝視していることに気づいた。


「お前、どこかで会ったことがあるな」


 じっと自分を見ている教団兵を見て、レオナは心臓が飛び出そうになった。


 こっ、この人脱出屋と路地裏で話しているときにあった教団兵じゃん!


 ま、まずい。とはいえ、あからさまに顔を反らすともっと怪しくなる。気づくなよ、とレオナが念を送る。


「あっ。お前はこの間路地裏で見かけた女だな。あそこで男と何をしていた?」


 最悪だ。どうやら気づかれてしまったようだ。


「それは大人の関係ですよ。兵士さんもそこらへんはご理解してもらえますよね?」


 にへら、と愛想笑いを浮かべて何とか誤魔化そうとするレオナ。


 が、教団兵はじーっとレオナを見ている。完全に疑っている。


 レオナは蛇に睨まれた蛙のような心地でこの時間が終わるのをひたすらに待つしかない。


「いや、そういう雰囲気ではなかった気がするぞ。何かよからぬことを企んでいるような、そんな感じだった」


「どうした?」


 立ち去りかけた教団兵の二人が戻ってきた。


「この女、なんか怪しいんだよ。詳しく調べたほうがいい」


「そうか。女、我々をお前の家に案内しろ。調査する」


「待ってください。わたしの家散らかってるんですよ。とても教団兵の方たちを上げるような家では」


「別に問題ない。すぐに立ち去るのだからな」


「いえ、それでも教団兵の方たちに来ていただくのでしたら、それなりの準備が」


「見られたくないものがあるのか?」


「……いえ、そのようなことは」


「ならば、何の問題もなかろう」


 それ以上の言葉をレオナは言えなかった。言葉を重ねれば重ねるほど自分への疑心が深まる気がした。


 レオナは教団へを連れて、街路を歩く。すでに全身が冷や汗でびっしょりだった。

 

 


 

 


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