地球人傭兵
人類が数百の地球外知的生命体が構成する宇宙社会に適応するために、歴史の一時期傭兵制度を敷いていた。ベテラン傭兵のザークは傭兵制度に疑問を持ちつつも地球のため、家族のために戦っていた。同胞の命だけでなく、他種族を滅ぼしてまで社会的優位を得ようとする地球政府にザークは叛旗を翻す。
第一部 傭兵時代
ザーク・ゴッドウィルという人物を語る上で、当時の地球統一政府が執っていた傭兵制度の理解は必須といえる。この人類社会が銀河文明社会に適合するまでの、過渡期とも言える特殊な時代を研究する歴史学者は数多いが、ほとんどの学者がそのあまりにも理不尽で大きな犠牲に、研究当初は愕然とするのである。この時期、地球人は銀河系オリオン腕近傍の無数にある戦場でお互いに殺し合う場合も含めて、様々な異星種族に傭兵として重宝されていたのである。その人的損耗は、人類社会の成人のほぼ3パーセントが毎年戦死していたことからも、常軌を逸した行為であったといえる。あのまま傭兵制度が銀河文明における地球人の外貨獲得手段として存続し続けた場合、社会基盤の崩壊まであと一世紀も必要なかったのではないか、とは多くの研究者の弁である。
そう、あの短いが歴史上最重要な時期であったと言える「大統一の時代」を経て地球人はようやく銀河文明に参加をゆるされた。そもそもは過剰な人口に押しつぶされそうになっていたあの時代、銀河文明の「原種保護法」によりそれまで、良く言うと「保護」、悪く言うと「放置」されてきた地球人が、勝手に自滅への坂道を転がりだしたのが事の発端である。人口増加とみずから引き起こした環境破壊による異常気象により、深刻と言うよりは破戒的な食糧難の状況に陥り、世界が今ある食料と将来の食料を約束する耕作可能な土地を奪い合う状況に、ついに銀河文明の複雑怪奇な官僚機構も重い腰をあげた。
それは天の声と聞こえたのだろうか。銀河文明評議会、通称デュレストの代表である伝統あるラン一族からの時空共振波による通告は、地球上のあらゆるメディアを乗っ取る形で放送された。言語も地球上の80パーセント以上の地域をカバーする代表的言語数カ国語で放送されたのである。
この放送と同時に、ラン一族は地球上の主要勢力の拠点に強力無比な宇宙船でもってして降下し、ここにファーストコンタクトはなったのである。この行為により一時的に地球上のすべての戦争が止まったのである。彼らは銀河文明の事を伝え、地球人が参加したいのであれば、まず統一政府を作ることを条件としてあげた。そして自分たちがそのためのアドバイザーであることを告げたのである。
しかしこの外部干渉が、その後の悲劇を緩和するものには成り得なかった。結局地球人はそれまでと同じ方法、すなわち戦争で全てを解決したのである。ラン一族により見守られながらの戦争は破滅的な兵器も使われず、環境破壊も最小限に押さえられ、時には代表者の一騎打ちで決着をつけるなど、効果的な面もあったが最終的に統一政府と認められたものが出来たときには半世紀の歳月と20億の犠牲者が出ていたのである。血みどろの歴史といってよかった。
しかしラン一族にはそれはどうでもよかった。銀河文明の原種保護法に抵触しないからである。なお地球人は70億以上の人口を有し、それは群生タイプの種族をのぞくほとんどの銀河種族の各総人口より多いのである。
こうして銀河文明の一員として認められた地球人であったが、怒濤のような手続きと参加儀式をこなした後、やれめでたやと周りを見回してみると、何も根本的な問題は解決していない事に呆然としたのであった。長く続いた戦争が終わり、人口はまた上昇傾向にある。だが環境破壊が回復したわけではない、食糧事情が良くなった訳でもない。戦争中は「銀河文明に参加さえすれば、異星人の優れた科学で問題は解決する」が合い言葉だった。それはある意味事実ではあった。アドバイザーから後見人になったラン一族以外にも、新参の地球を合法的に訪れる種族は多く、いろいろな話を持ちかけてくる。その中には、小は個人的な物品の取引から、大は惑星改造プランまで様々な話があった。しかし、その全てに置いて、先立つものがなかった。国際社会を生き抜くには他国に信頼される経済を発展させるか、外貨を稼ぐしかないのである。幸いにも地球人の文化は好意的に受け入れられ、芸術品、工芸品、様々な創作著作物、特にフィクションは喜んで銀河文明に受け入れられた。架空の物語を楽しむ文化がこれまで銀河文明にはなかったのである。開国当初、これらの文化芸術作品でかろうじて外貨を稼いでいたが、この時期外宇宙に流出した芸術作品は残念な事にいまだ完全には取り戻せていない。インディア区が外貨獲得のために許可し、タージ・マハルが土地ごとえぐられて持って行かれたのをきっかけに、統一政府国内でも自重をもとめる気運が高まった。その後コピー可能な書籍や映像芸術、すなわち映画の類以外は流出禁止になったが、とたんに内情は苦しくなった。異星人たちは巧みに恒常的な解決手段の提供を避けて、短期的短絡的な解決方法しか提供しなかったのである。いわば開国したての与しやすい相手として、地球はカモにされたのである。
銀河文明の諸条約により地球政府は借金をして即時移住可能な植民惑星を買う事も出来た。しかし当時の為政者たちは賢明なことにその安易な手段に飛びつかなかった。1万年満期のローンなどというとんでもない借金を作る度胸がなかったとも言えるが。条約により太陽系内の各惑星の開発権は地球政府にある。異星人のテクノロジーを根気強く吸収していき、地道な宇宙開発でこの窮状をしのぎ、いずれは銀河文明に確固たる地位を築くことが当時の展望であった。
次第に判明してきた銀河文明の全貌は地球人が想像していたより、俗で安っぽかった。言い換えれば地球人のこれまでの歴史とそう代わりはなかったのである。各種族、各国家、各宗教、各イデオロギーの間で小競り合いは絶えず、大規模な戦闘行為、いわゆる戦争も数多く起こっては調停され、また起こっては、ある時は特定勢力が消えさるまで徹底的に争いが続いていた。そしてその戦い方は地球人の目からみればまるで子供の喧嘩のようであった。戦略も戦術も用兵もない、闇雲なぶつかり合いがそこにあった。地球人からみれば魔法のような科学を操る異星人が、兵器といえないような稚拙な兵器でもって戦っているのである。そこには「戦闘に特化した道具や乗り物を開発し、効率的に運用する」といった思想そのものが欠如しているようであった。
ここで悪魔の囁きが地球人の耳をくすぐることになる。ラン一族は50年にわたり地球人の戦闘をみてきていたが、その銀河文明からみれば遙かに洗練された用兵思想、武器製造運用のノウハウにまったく興味を示さなかった。地球人が他の種族にくらべ突出した才能を持っているとしたら、その一つは想像力であろう。そしてもう一つは悲しいことに戦争の才能だったのである。
この事実を元に、戦争の才能を外貨獲得の手段として如何に有効に利用するかが検討された。武器開発製造の請負、用兵学校の設立、あるいは戦争顧問としての専門家の派遣。しかしどの案にも一長一短があった。最大の問題は「ノウハウの流出」である。芸術品に続いて、この銀河系に希有な才能の所産まで流出したのでは人類に明日はない。
長年の討議の結果、歴史に学び「貧乏人や他に取り柄のない者は、その体を売り渡せ」の精神が貴ばれた。少なくとも当時の統一政府首脳陣は他の選択肢を見いだせなかった。もっともそれはラン一族の一部勢力の手引きによる部分も多かったのであるが。それはゴッドウィルの革命以後に判明する事である。こうして地球統一政府は地球人傭兵を星々の戦場に送り出し、そのギャランティでもって地球を維持する外貨を稼ぐ体制を作り始めた。一つには半世紀にもわたる戦争が終結して、社会に元軍人、退役軍人があふれ、軍部にももはや必要ないほど多くの軍人が在籍していたこともある。これらの潜在的暴力集団のガス抜きの方法を間違えると、社会システムが疲弊してしまうことは必定であった。現に元軍人が一般社会に適合できず犯罪に走るケースは枚挙にいとまがなかった。
新設された「対外宇宙省」の中に「傭兵管理局」が設けられ、地球人傭兵組織が着々と作られ始めたのだが、ここでまたしても新たな障害が発生した。地球人が遠い星々の戦場に赴くには、当然光速を超える宇宙船が必要になる。戦場に行くのに何十年もかかっていたのでは意味がないのである。もちろん銀河文明にはその解決策がある。それも何十通りもの方法でアインシュタインのくびきを外し、何光年もの距離を一瞬にして制覇する宇宙船が飛び交っている。しかし比較的穏健で地球人よりの種族から提供された(もちろんそれなりの代償は払っているが)謎の装置は、正しく稼働しその能力を十全に発揮したにもかかわらず、問題の解決には至らなかった。なぜならその特殊航法に人間の体が耐えられなかったからである。その後何度か地球人は努力して新しい装置を求めるか、チャンスをつかんで協力的な種族の船に同乗して、特殊航法を体験する機会を得ているが、ことごとく悲惨な結果に終わった。肉体的な影響がある場合もあるが、多くの場合、精神的な影響がでた。ほとんどの航法が何らかの形で超空間と呼ばれる未知の空間を利用しているが、人類の精神構造、もしくは脳組織はこの超空間の中で深刻なダメージを受けるのである。発狂、重度の記憶喪失などの精神障害を引き起こす者が99%を超え、銀河は人類を拒否しているかのようであった。
しかしそこに光明がさした。地球から最も近い位置に母星を持つ種族アレクのみが持つ、他の種族の航法より非効率的ではあるが、問題のない程度に実用的な航法が人類に影響がないことが判明したのである。このアレクは人類同様弱小種族であり、一つの宗政一体の勢力により統合されており、その宗教の教義により長らく他の種族との関わりを断ってきた。しかし、その宗教における「運命の星」というのが地球の太陽であったことから地球人に興味を持っていたのである。アレク人は地球人と同じ炭化水素系酸素呼吸生物で、外見も酷似している。だからこそ彼らの航法は地球人になじむのかもしれなかった。
この事実にもちろん地球政府はその航法の技術の提供を依頼した。代償はいとわない体制で臨んだのであるが、アレクの反応は意外であった。曰く「技術の提供は出来ない。この技術は主樹より賜った我が種族の秘宝である。地球人が銀河に旅立ちたいならば、正当な布施の見返りとしてその距離を購おう」というのが話の骨子である。ようするに「大事な技術だから教えません。お金をくれたら運んであげるよ」ということなのである。これは同じような弱小種族に対する態度として地球人には極めて非道な行為と写った。当時のアレク人への増悪は政府のプロパガンダの効果もあって大変なものであったようだ。これ以後地球人には強いアレク人への偏見が根付く事になる。
しかしこういうときにはこういう諺が適切であろう。「背に腹は代えられない」である。激烈な外交交渉の末、ゼラと呼ばれる、これも地球人によく似た種族に調停に入ってもらい、ようやく兵員運搬契約が締結されたのである。この結果地球政府はかなりな額の運送費をアレクに支払い、傭兵たちをようやく星の戦場に送り出せる運びとなったのである。
最初のうちこそ傭兵の価値が浸透していないこともあり計画は軌道に乗らなかったが、歴史上有名な「ガンドルロアの会戦」において、地球人傭兵があげた戦果に銀河文明中で驚きの声が上がった。地球人が用兵した宇宙艦隊の戦術は、地球の歴史上の艦隊戦を模したものにすぎなかったがそれでも劇的な効果が上がったのである。
これ以降、地球人傭兵は驚くほどの高額で雇い入れられ艦隊戦の戦術立案と運用だけではなく、格戦闘戦から後方支援活動、情報戦まで広く戦争全般に用いられていった。それでも地球人の戦ノウハウを分析吸収しようという種族はなかなか現れなかった。どうやらそれは銀河文明にとって一種のタブーにあたるもののようであった。それゆえ地球人傭兵による外貨獲得は効率よく長く続き、いつの間にか地球は裕福な一族となり、戦争に疎い異星種族を見下すようになっていったのである。
そしてファーストコンタクトの年を元年とする新世紀が4世紀目に入った頃、この傭兵制度の破壊者とも言える人物ザーク・ゴッドウィルが登場する。彼自身10年のキャリアを持つベテラン傭兵であり、全傭兵9億人の中で12パーセントしかいないランクDの傭兵だった。傭兵制度が始まって200年あまり。社会的にもその存在があたりまえかつ必要不可欠であるという意識が常識となっている時代に、彼はその存在に深い疑問を抱いた。彼自身には為政者や支配者になりたいという欲求はなく、反傭兵戦争終結後にその活動はなりを潜めている。何が彼をして傭兵制度を打倒させるまでの原動力となったのであろうか。
ザークが育った環境に傭兵が直接接する機会は少なかった。彼の祖父母両親とも地球社会を維持する役所勤めで傭兵ではなかった。二人の兄も一般商社勤めである。当時の傭兵は十四歳で適正検査を受け、合格のものは基本的に傭兵になることを拒否できない体制にあった。もっとも富裕階層や政治家、社会的強者の間ではいくらでも徴兵逃れができたのではあるが。ザークも適性検査で合格し、15歳から2年間の予備訓練時代を経て傭兵となった。ザークの人柄は穏やかで他人思いであり、とうてい兵士としての資質が高いようには見えなかった。しかし傭兵管理局の適正試験は極めて優秀だったらしく、かれの適正を見事に見いだしていたのである。だがザーク自身は自分を参謀タイプの人間だと考えており、戦略戦術の立案を行うタイプの傭兵になりたかったようだ。これは当時のザークを知る複数の人物の証言が残っているので間違いないだろう。事実ザークは銀河文明の種族に関する情報を高度なものから、雑学まで含めて広くアンテナをたてて学んでおり、周囲からも銀河文明の知識豊富な人物として認められていた。彼はただ学ぶのが好きだったようだ。しかし適性試験の結果は彼を格戦闘戦のエキスパートとして教育するように決定した。
傭兵に成り立ての頃のザークは目立たない存在であったようだ。もっとも新兵の頃は、後方支援や基地での情報分析の助手といった仕事が割り当てられる。実戦といえば、補給物資輸送の護衛ぐらいである。もっともこれは素人が考えているより危険な任務で、ザークは新兵時代にこの護衛任務で右目を失っている。
情報分析任務においてザークの異星種に対する広範な知識が重宝されたことから、ザークが前線にでるのは同期の傭兵たちより遅かったようである。後にザークの盟友となるコ=サイ・マグレイターは陸戦の勇者で、ザークが初めて前線に出たときすでに多くの武勲を上げていた。その彼をして、「ザークの地上戦は美しかった。動きに無駄がなく、理にかなっている。そして、後に"セイバー"と呼ばれる片鱗がそのときから見えていた」と語る。
そう、ザークは傭兵ならばあこがれる者も多い「二つ名」の持ち主である。彼の二つ名は「セイバー」であり、この二つ名は彼の傭兵歴5年目あたりから呼ばれ始めた。理由は彼の率いる部隊の生還率の高さと、救助作戦において突出した働きを見せる場合が多かったこと、そして民間人の生命の安全を最優先にした行動からである。このおとなしめの二つ名は傭兵間では有名だったが、傭兵管理局や一般大衆にうけるには多少インパクトが足りなかったのか、あまり認知度は高くなかった。彼がDランクであったことも一因であろう。他の二つ名がついた傭兵はAもしくはAA、AAAクラスだったのである。
新世紀328年、ザークはシウェナの高々度戦場へと派遣される。このとき一つ前の戦場であるクレスナルにおいて仲間の裏切りに合い、右手と体の右半分の皮膚を失っていた。右手は回復後にあつらえた銀河文明の技術で作られたサイボーグ義手が設られ不便はなかったが、皮膚はクレスナルの酸性の雨にやられて、戦地の不十分な設備での旧タイプの人工皮膚への張り替えで治療したため、元々義眼だった右目の下から顎にかけてうっすら筋が走り、本来の色白の皮膚に対し人工皮膚のやや浅黒い色がマッチしていなかった。しかし最新の医療技術を持ってしても、一度定着した人工皮膚をはがして再度別の人工皮膚を定着させるのは大仕事だった。ザークはこれをあきらめ、色と質感は悪いが強度は高い旧型の皮膚で通したのである。元来ザークは優男顔で、一見軟弱な印象の外見だったのであるが、体の右半分を見る限り歴戦の強者と言えた。
ここでザークの身体データをみてみよう。28歳の時点で彼は身長177cm、体重80Kgであり、これは傭兵の平均と比べても小さい部類に入る。かなりやせていたとみるべきだろう。顔は前述したように優男風で、明るい栗色の髪と鳶色の目をしていた。もっとも右目は義眼で瞳の部分はなかったが。人種はこの時代複雑に入り交じっているので特定は難しいが、アングロサクソンと多少東洋系の血が入っていたようだ。
シウェナでは木星型の大型惑星シウェナの周りを回る衛星二つに住む、起源を同一とする二つの種族が争っていた。争いの種はレアメタルである。シウェナ星は完全なガス型惑星ではなく、核に地球の直径の2倍強の地殻が存在していた。この地殻の10%以上がレアメタルだったのである。この採掘には惑星上にいくつか散在する大気流の目の部分を潜り、地面についたところから採掘しなくてはならない。それ以外の部分は風速2000メートルを超える激烈な気体ナトリウムと水素の嵐で採掘はできない。この台風の目の部分を奪い合っているのがシウェナの戦場の特色である。故に戦場は主に台風の目の高々度、宇宙に近い部分で、直径数百キロに達する目の頂上で行われる空中戦が主戦場である。希に地上まで戦火が及ぶこともあるが、採掘設備を壊してしまうのは両陣営にとって望ましくないため、大規模な戦闘にはならなかった。
ここでザークは一人の、いや一体の個性とであう。外見は地球人の女性そのものだが、実は高度な技術で地球から買い取った遺伝子情報を元に構築された半有機体アンドロイドのミュールである。地球人からみれば体長130cmの4本足で立つ巨大なゴキブリのように見えるシウェナ人は、これまでの経験と高位の種族であるというプライドから滅多に地球人と直接には会わない。その代わりミュールのようなアンドロイドに代行させるのである。これは地球人の精神衛生上も望ましい方法ではあった。
この戦場においてもザークは広範な知識と、臨機応変な能力を見せつけることになる。従来のシウェナ高々度戦闘では採掘基地上空に空中要塞を築き、そこから敵が侵入してきた場合出撃して撃退するという形をとっていた。これは以前雇われていた傭兵のアドバイスによるものであるが、ザークはこれをさらに進めて、効率的なコースとルーチンの監視哨戒網を構築した。この哨戒網により、敵の早期発見と駆逐が容易になったのである。次にザークは空戦の兵器そのものにも改良を加えた。ザークがシウェナに派遣されるにあたって傭兵管理局は高々度戦闘用モビルアタッカーを用意したのであるが、このアタッカーの主兵装はミサイルとビーム兵器であった。高々度とはいえ大気圏内戦闘なのでレーザーは確実性が低いという理由なのだが、ザークはあえてビーム兵器を旧式のレールキャノンに変更した。というのもこれまでの戦闘では敵を発見してから発進するという形であったので、敵もこちらの攻撃を予測しやすかったのであるが、ザークは一般的な哨戒網の下に、少しだけ嵐の上層部に潜って敵の光学的、電子的索敵からのがれ待ち伏せを行う作戦をとったのである。この場合、最上層とはいえ嵐の中にかくれるためビーム兵器は自分の場所を相手に知らせる結果となる。イオン化した気体が激烈な流れの中で摩擦により産み落とした電子による静電気は、強烈な雷を頻繁に発生させるためミサイルは使えない。そこでレールキャノンの採用となったのである。固体弾を電磁気の力で加速するレールキャノンは雷の中でも発射できるし、むしろ雷のパワーを利用して、より加速に拍車をかけることができる。発光しないので発射点の割り出しも難しく、なにより銀河文明の装甲はビームやレーザーには強いが、固体弾には弱いという特徴があったのである。この作戦は図に当たり、ザークと彼が指揮する傭兵部隊は飛び抜けて高い戦果を上げた。このころ多少、他の種族にも傭兵稼業を個人的に行う者も現れていたのだが、やはり地球人の戦術発想に追いつく者はいなかった。
事件が起こったのはザークがシウェナの高々度防空要塞に着任してから半年後だった。その頃にはザークにはミュールの他にゼラ人の傭兵ホーク・カーク他、数人の異星人の理解者に恵まれていた。そこに地球から新規に2人の傭兵が送り込まれてきたのである。しかしその2人は暗殺者であった。第一目標は、高々度防空要塞基地指令のシウェナ人。第二目標はザークその人であった。ザークが狙われる理由は3つもあった。ひとつは二人の暗殺行為を知る地球人の口封じ、二つ目はザークが有能すぎたからである。ザークの活躍によりシウェナの軍事バランスは崩れかけていた。そしてザークは異星人に地球人のノウハウを公開しすぎていた。傭兵管理局にはおもしろくない事態だったのである。三つめは個人的な理由だった。実は当時ザークは婚約していた。相手は傭兵管理局局長ハロルド卿シースインの一人娘のエレナである。二人のなれそめは置いておくとして、ハロルド卿にはこの婚約は認められない部分があった。もちろんザークが低所得者階級の出身であることがその第一の理由である。ことのついでにザーク暗殺をもくろんだのである。
暗殺者はシウェナの敵対勢力からの依頼で送り込まれていた。ザークにより軍事バランスが崩れたため焦ったのである。しかしその発想は地球人のものであることから、おそらくはシースインが持ちかけた計画のようであった。もちろんこの事が公になれば、地球人傭兵の信用はがた落ちとなり、地球の死活問題につながる。危険な賭であった。しかし見返りは巨大だった。今後採掘されるレアメタルの売り上げの1パーセントが地球に転がり込む。陰謀は対外宇宙省長官までまきこんで行われた。
しかし結果は半分成功、半分失敗であった。基地指令の暗殺は成功したものの、ザークの暗殺は失敗したのである。ミュールの献身的な活躍によって。事が発覚すれば基地もろとも爆破される計画だったが、ザークは裏事情を知っても口をつぐんだ。他の異星人傭兵達にも察知されてはいなかった。犯人の傭兵達は洗脳された特殊な裏工作専門の傭兵であり、脱出すら試みずに自害した。
ザークはすぐさま地球へと召還された。多額のアレク兵員輸送船のチャーター便まで使われたのである。傭兵管理局の、いや地球政府の命脈すら断ちかねない重大な秘密を知っているザークをそのまま放置しておくわけにはいかない。懐柔か、暗殺か。しかしザークは静かにシースインに告げたのである。「私をランクCにしてください。そしてエレナとの婚約は解消させてください。私が求めるのはそれだけです」この提案にシースインは驚き驚喜したのち、不審に思った。彼はザークという人物の人為を最後まで理解できない人物だったのである。後にザークの上の兄であるセオリオ氏はジャーナリストのインタビューにこう答えている。「あの前の晩、ザークと二人で飲んだんだ。つい深酒になってしまい、その弾みでザークに言ってしまった。お前がせめてランクCの傭兵だったら俺は出世できるんだ。そうなったら、家族に楽させてやれるのにってね。翌朝酔いがさめてザークが既に出頭していると聞いたときは自己嫌悪に陥ったよ。あいつは家族のために身を粉にして命がけで戦っているってのに」。ちなみに下の兄はこの前年に、傷病帰還傭兵とのいざこざで殺害されている。ゴッドウィル家にとって、傭兵は複雑な存在といえた。しかも末の娘のライザが先年、傭兵適正検査に受かり当時訓練生だったこともあった。セオリオ氏に十分な収入があれば、ザークの稼ぎと併せてライザを戦場にやらずにすんだかもしれないからである。
こうしてザークはシースインの不審を買いながらも、傭兵として復帰した。シースインとしては妹のライザを人質に取れるという考えもあったのだろう。婚約者のエレナとはなんらかの会話はしたであろうが、記録には残っていない。しかしシースインの意図は露骨につきた。秘密を握っているザークを暗殺するのが最善の方法であった。しかし地球に帰還中にへたな方法では殺害できない。相手は傭兵である。戦場で死んでもらうのが一番であった。結局シースインは権力をフルに使って目的を成し遂げようとしたのである。ザークの次の赴任地はザクサスとなった。ザークはシウェナへとの継続契約を望んだが却下された。ザークはいつかミュールをシウェナ政府から身受けすることを模索していたのかもしれない。ザクサスは別名洞窟惑星といい、シウェナとは全く違う状況の戦場であり、地球人傭兵の死亡率が最も高い戦場であった。加えてシースインはまたしても暗殺者を送り込んだ。今度は洗脳されたロボットのような特殊工作員などではなく、トリプルAクラスの元傭兵であった。あまりの成績の良さにシースインが手元に置きたがり正規軍に編入させていたのであるが、シースインは権力の限りをつくしてこの人物テラル・トロアをザクサスに送り込んだ。今度はザークが送り込まれた陣営の敵対陣営にである。さらに第三の手まで用意していたのであるからザークにとってみればたまったものではない。本人は傭兵の守秘義務を犯す気はまったくないのだが。なにより地球の命脈を断つような行為は、少なくともこの時点では行うつもりは無かったのである。
家族と別れ、ザークはザクサスに旅立った。もちろん今回もアレクの兵員輸送船で、である。定期輸送ルートから時期がはずれていたためチャーターとなる筈だったが、アレクからザクサスへの直行便に便乗できた。ほとんどの場合、傭兵は地球-アレク間のシャトル便でアレクの軌道ステーションに行き、そこから各方面への定期輸送便に乗るのである。臨時特別直行便のメインの客はアレク人傭兵であった。これはアレク初の試みであり、地球からの兵員輸送が外貨獲得の主な収入源となっているアレクは、地球文化の流入が著しく、その結果として地球の悪習をまねたのである。10人のアレク人傭兵はすべて本国で僧侶の地位にあった。いわば僧兵である。アレクは「主樹」とよばれる大木を崇拝する特殊な宗教国家で統一されており、軍人はすべて僧兵であった。その中でも特に能力と徳に優れた10名が今回のサンプルケースとして派遣されたのだが、戦場がザクサスなのは特別な理由があった。ザクサスは洞窟惑星と呼ばれ、主な戦場は地表から10キロほど地下に潜ったところに網の目のように存在する鍾乳洞である。地表は気圧が低く、自転軸が常に太陽に向いている。そのため太陽に向いた半球が灼熱で反対の半球が極寒であるという過酷な環境だった。自転軸の傾きはザクサスの双子星とでも言うべき巨大な衛星の潮汐力で固定されている。ザクサス人は地底で鍾乳洞の中に定住する楽園を発見したわけである。ザクサス人は言ってみれば蛇に二本の触手だけが生えているような種族で、全長は2メートル前後。色素が無く真っ白な鱗状の体表を持つ。内乱の理由は宗教の教義の違いによるもので、独自の厳格な戒律の極ささいな違いで長年争っている。信じられないのは、その争いすら彼らの宗教にとって必要な過渡期ととして認められている点である。傭兵を使い出した歴史は古く、彼らの目的は儀式的戦闘の維持にあると見られている。しかし、狭い洞窟内で、地球人傭兵といえどろくな戦術を展開できない(というかザクサス人がさせてくれない)状況での肉弾戦が主な戦い方であるため、特に身体的に優れている訳ではない地球人傭兵の損耗率は高かった。その点アレク人には地球人のような戦術的優位点がないかわりに近距離格闘戦において優位にたてる要素がいくつかあった。一つには植物から進化した彼らは栄養の補給さえ受け続ければ、無限とも言える体力があること。体の一部がちぎれ飛んでもたいしたダメージにならず再生が可能であること、そしてなにより高位の僧兵達は精神感応力を持っているということだった。
ザークは道中、一人のアレク人と親交を深めた。ザークの本質である知的好奇心の発露とアレク人トゥリトゥン・アエラのそれとが合致したのである。二人はザクサスまでの短い道中、お互いの知識を与えあい尊敬と友情の念を深めていったのである。後に判明するがトゥリトゥンはアレクの王族の末端につらなる者であった。
そしてザクサスには旧知の人物もいた。傭兵訓練所の同期であるコ=サイ・マグレイターである。彼はザークと違い完全なファイタータイプの戦士であり、ザクサスのような近接格闘戦を主とする戦場にぴったりの人物であった。しかしケービングファイトには様々な制約があった。まずザクサス人の宗教的制約である。そもそも彼らの宗教の教義に従って行われている内乱であり、そのルールに従うことは当たり前のように思われるが、地球人的戦術論がまったく通じないのである。戦う前に敵味方双方の高位の僧正同士により戦闘を行う場所、範囲、時間、人数、武器、禁じ手が決められそれに逆らうことは許されない。戦闘開始時間になったら相手に対して名乗りをあげ、正面から激突するのみである。この掟に逆らったものは外部の傭兵といえど極刑である。このような戦場に地球人が必要かが疑問視されているが、コ=サイのように純粋なファイタータイプには得難い戦場とも言える。事実コ=サイはここで他の地球人より体格の優れた異星人ファイター以上の戦績をあげていた。
程なくして、驚いた事にザークはこの戦場に置いてもコ=サイに次ぐ戦績を上げ始めていた。適性試験で彼がファイタータイプに分類されたことはあながちミスではなかったらしい。またアレク人のトゥリトゥンもまたザークに匹敵する働きを示した。この二人はペアを組むことでさらにその戦力が相乗効果でアップし、三月もしないうちに敵におそれられマークされるようになったのである。
このころから敵の上層部に急進的な新興派閥が台頭しはじめていたのだろう。そのためザークはあるトラブルに巻き込まれてしまった。それは戦闘終結直後のことだった。いつものようにザークがトゥリトゥンとペアで戦っていたときに、敵兵が戦闘終結の合図の直後にザークに襲いかかってきたのである。油断していたザークはとっさにかわすことも出来ずもつれ合って倒れ込み、その際にザークは深手を負い、相手の兵はザークの反撃により死亡した。ザークの傷は致命傷ではなかったが、なにぶん戦場である。彼が助かったのはトゥリトゥンの心霊治療による止血と神経系へのダメージの緩和によるところが大きい。さらにザークは戦闘終結後に敵兵を殺した罪により宗教裁判の末、死刑に処されるところだったのだが、トゥリトゥンの証言と心理尋問への対応により無実が証明された。心理尋問は機械的テレパシーにより自分の内部をさらけだす必要があり、大変な心理的負担がともなうものである。これをトゥリトゥンはザークのために見事クリアしたのである。
このトゥリトゥンの決死の行動は、地球人とアレク人の間にも友情が芽生える余地があることを示している。基本的にアレク人は地球人と多くの点でメンタリティを共有しており相互理解が可能なのである。反面近親憎悪という言葉もある。哺乳類の地球人と植物型であるアレク人の間には身体内部的には多くの相違があるが、外見と精神構造においては恐ろしいほど酷似しているのである。ただ一つ、戦略戦術の才能を除いては。アレクが地球人が言うところのバーナード星であり、地球から6光年しか離れていないことに何か関係があるのかもしれなかった。
ともあれザークとトゥリトゥンの絆はさらに深まった。他にも機械生命体のナバ・トゥランや異星人傭兵との絆も深まっていった。シースインは相変わらずの活躍をしているザークに対しついに暗殺指令を出した。トロアは戦場で堂々と倒すつもりであったが、実戦から久しく離れていた事もありザークに敗退する。しかし2度目の対戦では勘を取り戻して、ザークを追いつめている。しかしなぜかとどめを刺すには至らなかった。その後トロアはザークの仲間になっていることから、何らかの交感があったものと推察される。
ザークがザクサスに赴任して1年後、局面は急展開を迎える。敵勢力の内部でクーデターが発生し、急進的革命派が主導権を握ったのである。この派閥は従来の掟や慣習を破ることにためらいが少なく、故に地球人傭兵の意見を取り入れて、奇襲や闇討ち、打合せの人数を超える人数、違う時間に攻撃を仕掛けてきた。ザーク側指揮官はこの事態に対応できず、大きな損害を被る事になる。トゥリトゥンの仲間のアレク人にも戦死者が出た。ザークは指揮官を説得して、期限付きながら無制限の指揮権の委任を受けた。そうなればザークほどの戦術家はそうそういない。あっという間に組織的反撃に出て敵陣営を追いつめたのである。しかしザークはとどめは刺さなかった。何よりも最後に抵抗するのはザクサス人である。傭兵は旗色悪しと見るとさっさと投降する。デュレスト下の国際傭兵法により投稿した場合は身柄は保証されるからである。ザクサス人の処遇はザクサス人に決めさせるのが筋であった。そしてザクサス人はこの宗教的闘争を永遠に続けることを選んだのである。
一時的に休戦状態になった戦場で、ザークはザクサス人の宗教についてトゥリトゥンと共に貪欲に知識を集め始めた。ある時一人でザクサス式の教会に赴き、その静寂と聖地独特の雰囲気を味わっていたとき、シースインの放った第三の刺客が襲いかかってきた。それはミュールの姿をしていた。シースインはトロアからの暗殺成功の報告がこないことに業を煮やし切り札を送り込んできたのである。シースインは密かにミュールの身柄を引き取っていたのである。シウェナ政府にしてみれば有機体アンドロイド一体などどうでもよかったし、地球の傭兵管理局局長に恩を売っておくことは今後のためになる。それが自陣営への裏切りの証人を渡すことになるとも知らず。ミュールはザークの立場を慮って何も上に伝えていなかった。シウェナの船で地球に送り届けられたミュールは地球独自の催眠暗示と洗脳技術により完全にコントロールされてしまったのである。ザークがミュールを殺せる訳がない。娘との婚約を解消したザークを不審に思い、シウェナ政府に傭兵仲間への聞き取りを依頼した結果の判断である。元傭兵仲間も自分たちの話がザークに不利に働くと知っていれば口を開かなかっただろう。しかし、ザークとミュールの仲は傭兵仲間にとって、一種の心安らぐロマンスとして人に語りたい部類の話だったのである。
アンドロイドとしての能力を最大限に解放され、恐ろしいまでのパワーで迫るミュールに感情はなく、ためらいもなかった。危機一髪のところでザークを救ったのはトロアであった。戦場でザークに勝利後、暗殺の任務を放棄して中立地帯の教会区に身を潜めていた彼女だけがザークを救えたのである。トロアはザークとミュールの関係を知らない。ためらいなくミュールに銃弾を撃ち込み機能停止させたのである。ザークは重傷を負ったが助かった。しかしトロアに対して複雑な心理状態になってしまったことは想像にかたくない。
体と心の傷の痛みに耐えていたザークの元に帰還命令が下った。ザークは人員削減対象に入っていなかったのであるが、事態は急変していた。恒星間移動に耐えられるまで回復した後、いつも通りアレクの船に乗せられて地球へ帰還したザークは地球社会において反アレクの機運が急激に高まっていることに驚いた。そして宇宙の各戦場から一流の傭兵達が次々と帰還してくる。数か月後、ザークの傷が完全にいえたころに、悲願の地球独自の光速突破航法が完成し、外宇宙遠征艦隊が編成されつつあるという驚くべきニュースが発表されたのである。さらに驚くべき事に、地球統一政府はアレクに対して宣戦布告したのである。ザーク達傭兵は一時的に正規軍に編入された。ザークには分かっていただろう。独自の光速突破航法というのはアレクからスパイが盗み出してきた技術であり、アレクがその技術をデュレスト技術特許管理協会に登録しており、地球人の無断使用が違法であったことを。そしてその違法行為を隠すためにアレクに宣戦布告していることを。ただちにデュレストから監査員が送り込まれてきた。特許管理協会と文明的戦争協会の全権大使、ゼラ人のカプエラ・カプスティンである。二つの協会員を兼ねる人物だけあって優秀な人物であった。外見は一見切れ長すぎる目と、ウサギのように長い耳以外は地球人そっくりである。哺乳類であることも考え合わせれば、地球人にもっとも近い種族といえる。対外宇宙省長官である、ラウンドル・カウフマンの傀儡である統一政府大統領は一顧だにせず、カウフマンに直接尋問を要求したのはいっそ見事と言える。しかしカウフマンとその腹心のシースインは無知な地球人の傲慢からの戦争であることを隠そうともせず、恥知らずな韜晦を続け、結局カプエラに実のある情報を一切与えず追い返したのである。デュレストの官僚機構が種族間の戦争に対して前例を重んじ、実力による戦争行為の阻止に対しては極端に腰が重いことを見越しての外交戦略であった。ザークにしてみれば、赤面のいたりの行為であり、また象の前で小賢しく踊る蟻のごとき振る舞いであった。いくら腰が重くとも、いざ動き出せば地球の戦力など問題にならない。そうやって綱渡り外交をしたあげく、短期間に滅ぼされた種族の例は過去にいくらでもある。逆鱗に触れたら最後なのである。
地球が銀河文明に参加して300年あまり、アレクに星間輸送を握られて約200年、ついに地球人は出所はともかく、自らが建造した艦艇で外宇宙艦隊を編成した。ドレッドノート級大型戦艦2隻、ヤマト級戦艦4隻、ニミッツ級空母4隻、サザンクロス級重巡洋艦12隻、トムソーヤ級軽巡洋艦30隻、その他、イージス艦10隻、大気圏突入型強襲揚陸艦30隻、高速機動艇200などなど。これまでに傭兵達が文字通り命を削るどころか、差し出して稼いできた貴重な外貨を地球の再生や、市民生活の充実を図る政策に費やさず、軍国主義的冒険行為に大量投資した結果である。統一政府より対外宇宙省が大きな勢力をもった歪んだ政治システム構造が生み出した徒花といえる。
ザークはこの遠征艦隊において、大気圏突入型強襲揚陸艦「フォウレン」の指揮官に任命された。正規軍の中佐待遇である。任命にあたってザークは部下の指名権を与えられ、候補者を指名した。おそらくはザークを孤立させるような人事をしてくると予想していたのだが、驚いたことにザークの要求はほぼ通り、さらに指名していない人員も優秀な人材が揃った。彼らの共通点はひとつ、シースインに覚えが悪いことであった。ザークは危機感を初めて感じたらしい。というのもシースインは今度こそザークと、その他の目障りな人材をまとめて戦場で屠ろうとしていることは明白であった。いっそ清々しいくらいあからさまな人事であった。この事態にザークはサウバー・ヒックスを尋ねた。
ヒックスは元傭兵であり、地球の経済界に大きな影響を与える経済組織の長であった。大統一時代に一代で巨大経済組織を立ち上げた人物の末裔であり、一族のはぐれ者だったが、傭兵としては一流の活躍を見せ、ランクAAA、「氷のヒックス」の二つ名を持つ。その後引退しヒックス家の長として経済界にも覇を唱えてきた。ザークは地上戦のノウハウをヒックスから学んでおり、ヒックスの最後の教え子といえる存在であった。ザークだけの問題であるならば、これまでのように一人で対応してきたであろうが、ことはフォウレンの乗組員全員の命に関わる。ザークは先を見据えて万一の場合に備えてヒックスにある提案を申し入れにいったのである。ヒックスのオフィスでザークは意外な人物との再会を果たす。かつての婚約者エレナ・シースインである。エレナはザークとの婚約解消後に思うところがあったのだろう。親元を離れ、シースインですら簡単には手を出せない存在であるヒックスの元で働いていた。この後ヒックスとエレナはザークの反乱に際して地球において大きな役割を果たすことになる。
フォウレン部隊にはコ=サイ以下、トロアもいた。ザークにとってはミュールの仇といえるが、優秀な戦士には違いない。その他、艦長のフローリア・アルフレイル、操舵手のトートミア・レクルーア以下センス・クナウアー、エレナーザ・ステイなど、後のザークの反乱に大きな役割を果たす人材が揃っていた。シースインは何かと上にたてつく厄介者を一カ所にまとめて屠ろうと考えたらしいが、それは逆効果になったようである。これらのはみ出し者がザークという頭を介して結びついた時、恐るべきポテンシャルを秘めた部隊へと変貌したのである。合同演習にてフォウレン部隊の優秀さは飛び抜けていた。しかしそれ故にシースインとしては最前線に送りやすかったとも言える。また合同演習では正規軍と傭兵達の格差も浮き彫りとなり、この事態は遠征軍の組織的もろさを露呈させる結果となった。士官学校卒の無能な上官に、現場たたき上げの優秀な兵士達というTVドラマさながらの図式が表面化したのである。
ザークは知らなかったが、彼の妹であるライザはこの年、傭兵訓練所を1年スキップしてこの遠征部隊に特別士官候補生として参加している。学識、実技訓練双方とも傭兵訓練所始まって以来の高水準であり、他の9名の代表と共に遠征に参加することとなった。
様々な軋轢や問題をかかえたまま、アレク征討遠征艦隊は6.1光年の遠征に旅立った。人類史上もっとも遠隔地への地球人自身による旅であり、これもまた歴史の転換点といえた。計画では全行程を約30日で走破し、アレクへと至る予定であった。しかし、カプエラ・カプスティンは仕事熱心であった。彼女の世界観からみればノロノロと効率の悪い光速突破航法で亀のように移動する艦隊に対して一度ならず文明的戦争法に抵触するような非道な兵器が積み込まれていないか臨検してきたのである。またアレクからの妨害工作もあった。アレクからしてみればこれまで自分たちしか使用していなかった航法である。戦略・戦術では地球人に及ばずとも、航法レベルでの妨害工作は可能であり、また有効であった。地球艦隊は航法の要所要所の重力の浅瀬において妨害物質に悩まされ、通常航法で時間をかけて遠回りをせざるを得ない事態に陥ったのである。一度など、いかにも自然な軌道で漂っていた小惑星のすぐ脇をすり抜けようとしたが、トロアの機転でその小惑星に仕掛けられた質量爆弾に気がつき、あわやのところで難を逃れた位である。こうしてアレク星系にたどり着いたのは予定の倍の時間がたった2ヶ月後のことであった。
これは遠征艦隊の司令官にしても地球で戦果を待つ主戦派にしても大きな計算違いであった。遠征が一日長引けばそれだけ戦費がかさむ。行きの行程だけで倍の時間がかかっていては、地球が蓄えた貯蓄で行える戦争のぎりぎりのラインまで消費してしまっている。作戦会議にて短期決戦が決定された。参謀本部が用意したアレクに関する専門家の意見は正しいものだったが、地球にいて侘びしい外からの情報だけで学んだ者にとっての正確さだった。幸いにして作戦参謀には傭兵出身者もおり、実体験においての第一人者であるザークが会議にアドバイザーとして呼ばれた。だがザークは盟友トゥリトゥンの星を攻略する手伝いを積極的に行いたい訳ではなかった。作戦顧問はアレク攻略方法としてアレク人が聖地としている第一衛星を艦隊で包囲する方法を立案していた。しかしこの案はザークによって一蹴される。アレク人の第一衛星に対する信仰の深さを地球人はまだ正確に理解できていない。そのような事態にアレク軍部がどのような過剰な反応を示すか未知数である。第一衛星を取り戻すために全艦で特攻をかけてくる可能性すらあるのだ。ザークの案はアレクもまた地球と同じように貧しい国家であり、資源の大半を輸入に頼っている。地球から得た傭兵の移送費もほぼ第一衛星の環境整備に費やされている。なので糧道を断ち、交渉ベースで納めることがもっとも被害がすくない方法であると。しかしこの方法は遠征費用をこれ以上増やしたくない軍官僚達に却下された。すでにして前線に自由裁量権がない状況での作戦立案など無意味であった。ザークは自分に出来ることはないと、作戦会議を去った。しかしこのことが後に彼を苦しめることになる。
ザークがいなくなった作戦会議は迷走したが、ザークに自案を否定された作戦参謀がある新しい作戦を提案した。それは超高速状態の質量反応ミサイルをアレクの惑星本体に打ち込むというものだった。防衛がほぼ不可能な速度の上に物理的効果、心理的効果が抜群であるということから、この案が採択された。しかしザークがその場にいれば強硬に反対したであろう。超高速兵器による攻撃は極めて非人道的という理由でバイオ兵器とともに文明的戦争法によって固く禁じられているからである。しかも地球遠征艦隊はアレク主星に到着してからの本格的な宣戦布告の手続きを一切省略した。これもまた銀河の法に触れる行為であった。
アレク側では当然地球艦隊からの声明発表があるものと待ちかまえていたのだが、来たのは侵攻理由に正当性があることを主張する放送をのせた超空間波ではなく、光速の30パーセントという補足不可能なスピードで飛来してきた超小型ミサイルであった。光速突破航法の亜空間から発射されたミサイルは亜空間維持スピードぎりぎりに減速された瞬間、通常空間にはじき出される。その方向をコントロールすることにより実現されたミサイルである。この戦法が禁止されるには理由がある。防御手段がないため、打ち込まれた方が同じ手段で報復してきた場合、双方共倒れになる可能性が高いからである。この方法を採択した以上、相手を報復の機会がないまで根絶やしにすると宣言したのと同じなのである。
20発の超高速ミサイルはアレクの人口過疎地帯に連続して炸裂した。おそらくは作戦を立案した士官も実行を指示した提督もこれほどの効果があるとは理解していなかったでろう。それは地球人による惑星破壊の瞬間であった。アレクの北半球の高緯度帯は焦土と化し、全惑星の表面積の30パーセントが破壊された。長期的な視点に立てば惑星の生態系は完全に破壊されたと言っていい状態であった。アレク防衛艦隊は本星の状態に動揺しつつも果敢に艦隊戦を挑んできた。建造されたばかりの地球艦隊には地球人独自の戦術的工夫が多く仕込まれていた。人員もよく訓練されていたが、初めての実戦に際してとまどいは隠せない。活躍したのは臨機応変な働きをみせる傭兵達であった。
作戦会議でザークが艦隊戦に置いての注意事項としてあげていた通り、アレク軍はまともに打ち合おうとはしなかった。彼らの戦法は白兵戦に持ち込むことである。多くの犠牲を払いながら次々と地球艦にとりついていくアレク艦。もし地球人であったなら対艦用強襲揚陸艦を作り、効率的にとりついたであろうが、銀河文明に染まったアレク人にその思想はない。大型艦で不器用に特攻してきては接舷し乗り込んでくるのである。その姿はさながらガレオン船で白兵戦を挑んでくる中世のスペイン艦隊のようであった。当然取り付けない場合は、距離を置いて砲撃され爆発四散する。それでも何隻かはとりつくのに成功していた。乗り込んできたのは戦僧たちである。その中核はザークとともにザクサスで白兵戦を戦ってきたトゥリトゥンとその仲間たちであった。なれない戦僧たちの精神波攻撃にとまどいつつ、それでも効率の悪い特攻によりアレク艦隊の数はみるみる減っていった。地球側にも人的損害は多く出たが、艦体そのものの破壊までにはなかなか至らない。軽巡洋艦2隻、コルベット艦1隻、重巡洋艦1隻が行動不能になっただけである。そんな中、戦艦アスンシオンが轟沈した。トゥリトゥンの仕業であった。これを最後にアレク軍は本星に撤退した。地球軍はそれを追尾する形をとったが第一衛星には注意を払わなかった。無人であることをセンサーと偵察機で確認していたからだが、後にこれがザークにとって意味を持つことになる。トゥリトゥンは第一衛星から地球艦隊の気をそらすために奮戦したのである。
フォウレンをはじめとする大気圏突入型の強襲揚陸艦の出番である。この時点でザークはようやくアレク本星の惨状を知ることになる。彼は自分の不覚を呪い、作戦会議を放棄したことを悔やんだ。最後まで参加してこの無惨な結果を防ぐ手だてを取るべきであったと。また第一衛星を盾にする作戦に反対しなければ良かったと。しかし後に判明するがザークの主張はアレク人の命脈を救ったことになる。第一衛星こそが彼らのすべてであり、本星は仮の住まいにすぎないことを、もうすぐザークは知ることになる。
ザークの思いとは裏腹に作戦は進行していく。亜光速ミサイルの予想外の効果に驚きながらも、短期決戦が成功しそうな勢いに司令部の士気は高かった。次々と大気圏突入していく強襲揚陸艦を支援しつつ、艦隊司令のマーベリック提督はこれで傭兵管理局のシースインに肩を並べる権力を手に入れる事が出来るとほくそ笑んでいた。英雄として凱旋後直ちに政界に転身して、対外宇宙省の副長官に収まる自分を夢想していた時に、前線の兵士達はアレクの大地を踏みしめていた。植物型ヒューマノイドであるアレク人らしい、土と水と光に満ちた美しい森のような都市を無粋な動力駆動型装甲兵団が駆け抜けていく。戦僧たちは、アレク独自の日本の着物のように見える精神力増幅スーツをまとい挑んでくる。驚いたことに、大地を踏みしめている彼らは宇宙での白兵戦より数倍強かった。おそらくは植物らしく大地からエネルギーを吸収しているのだろう。手こずりながらも、首都の主要攻略ポイントが堕ちていく。放送局、発電プラント、橋、軍事基地、国会議事堂、そして王城。ザークは部下と共に降下し、地上戦の指揮をとり王城を攻略していた。そして王城の内門に佇む6名に遭遇することになる。そう、かつての盟友トゥリトゥンとその仲間達である。
結果だけを述べるとザークの指揮する部隊とトゥリトゥンの部隊とは全面対決しなかった。トゥリトゥンとの一騎打ちでザークは勝利を収め、トゥリトゥンの仲間はその場で自害し果てた。王城に突入した地球人たちが見たものは、まるで枯葉剤がまかれた森林のなれの果てのような惨状であった。王族、執政官、守備兵たち、侍女にいたるまで枯死していたのである。これは全惑星的現象であった。つまり地球人は、アレクという国家を占領したのではなく、アレクという種族そのものを滅ぼしてしまった可能性がある。これは銀河の諸法規に照らし合わせても、確実に恐ろしいほどの大罪になる。へたをすれば地球人がデュレスト艦隊の粛清対象になりかねないのである。そのぐらいの知識は艦隊の異星人顧問達にもあったらしい。直ちにアレク星系の封鎖が実施された。星系外縁で足止めを食っていたカプエラ・カプスティンの査察艦も一切星系に進入できなくなったのである。しかし地球人は銀河文明の技術を完全には理解していない。星系外からでもある程度の情報をカプエラはつかんでいた。
一方盟友トゥリトゥンとの死闘を制したザークであるが、深い悲しみにうちひしがれている隙はなかった。死の間際、トゥリトゥンは精神波によるコンタクトでアレクという種族の未来をザークに託したのである。すべての大元は聖地の第一衛星にあった。第一衛星の核には小惑星に寄生して成長する宇宙植物とでも言うべき主樹が存在している。すべてのアレク人はこの主樹の分身であり、種子であり、子供なのである。トゥリトゥンはアレク人でも一部の王族と高位の僧しか知らない事実をザークに託し、いつの日か地球人の本星攻撃により、多くの種子と、分身とも言うべき本星の自然環境を失って眠りについた主樹を甦らせることを望んだのである。全惑星的枯死現象は、主樹による自己防衛の結果であった。
ザークはまさにひとつの種族の運命を握ったといえる。そしてそれは地球人の運命すら握っていることになるのである。ザークは決意した。現在の統一政府、いや対外宇宙省の主導で地球が銀河文明の中で生きていこうとする限り、遠からず破局する。今この時、対外宇宙省の数々の大罪を知る自分が銀河文明に対し地球人存続の許しを請うのであれば、現政府を打倒するしかない。その決意を持ってデュレストに赴こうと。
ザークはこの決意をフォウレンの腹心の部下、というより同志に告げた。そして理解を得たのである。反乱を起こせば地球にいる家族の身が心配だが、ザークはこの時を予見していたかのように、事が起こったときはヒックスに地球の家族を守ってもらうことを依頼してきていたのである。もちろんヒックスの庇護は完璧ではない。だがその一言で仲間達はザークの凄みをまた認識したのである。まさに「セイバー」の名に恥じぬ行為であった。フォウレンの仲間達は傭兵独自のネットワークと隠語を持ってザークの反乱への参加を呼びかけた。巧妙に隠蔽された隠語により事実が正規軍に伝わるのは、艦隊から複数の艦艇が離脱を始めた後の事になる。ザークはまずアレクの第一衛星に密かに降り立った。トゥリトゥンに焼き付けられたイメージをたどり、内核にある主樹の神殿にたどり着き、そこで一体のアレク人の幼体を見つける。この幼体こそが長じて巫女となり、アレクの主樹を甦らせるキーとなるのである。次にフォウレンが星系外縁の封鎖線任務に就いたタイミングで、カプエラに接触した。ザークはゼラ人カプエラに直接目見え、自分の決意のすべてを訴えた。それは銀河の諸法と伝統に基づいたすばらしい論旨の展開であり、「宇宙世紀の出師の表」と後の歴史書に必ず取り上げられる口上であった。
カプエラは感動した。だが冷静足るべき官僚として、デュレストのゼラの地球の、すべての知的生命体の利害を加味して検討した。その結果、ザークとその同志たちの亡命を正式に受け入れることを決定し、また地球人ザーク・ゴッドウィルの所信をデュレスト中央評議会の場で表明させる手続きをとる決意をしたのである。いまだ原種保護法の適用下にある未開種族の、それも国家の代表とも言えない一市民が中央評議会で演説した例はかつて無い。歴史と伝統を重視するデュレストでそれが実現する可能性は低かった。だがカプエラもまたザークの可能性に賭ける一人の同志となっていったのである。
ザークの指揮のもと、傭兵達を中心とした反乱計画の第一歩である、地球艦隊からの離脱が決行された。巧みに数隻の軽巡洋艦を占拠し、賛同する者たちを乗り移させる。その中にはザークの妹ライザもいる。戦の後の高揚感と安堵感のせめぎ合いで綱紀がゆるんでいた艦隊では人員の移動を疑う者は少なかった。遂に命令無しで3隻の巡洋艦がいきなり艦隊から離脱を始めた時にすら、司令部は半ば誰かが出した命令だろうと思いこんでいたくらいである。しかし巡洋艦がカプエラの監査官用艦艇に接触しようとしていることが判明した時点で彼らの登り切った血は一気に落ち込むことになる。だが時既に遅かった。ザークからのイメージ通信が入り、ここに「ザークの反乱」は司令部に公となる。3隻の巡洋艦とフォウレンは揃って亜空間に突入した。カプエラの査察艦も超空間転移に入る。
後に3隻の内、1隻がアレクに帰還してくる事になる。その中には離脱の際に捕虜となった正規軍兵と一部の傭兵達がいた。また一部の正規軍兵も反乱に参加したようである。ことは公にはならず、アレク侵攻は大成功に終わり、アレクはこれまでの不公平な取引の補償を行うことを発表したと報じられた。発表された双方の被害の中で、アレクの被害は過小に伝えられ、離脱した人員と艦艇は戦死(行方不明)、轟沈と伝えられた。人々が沸き立つ中、対外宇宙省のトップの面々は苦虫をかみつぶした顔で対策を検討していたのである。ヒックスは艦隊に張り巡らせていた傭兵の情報網から事態を正確に察知し、まず離脱した人員の家族の保護にあたった。対外宇宙省に釘をさすのも忘れなかった。
一方ザーク達反乱軍はゼラへとたどり着いていた。ゼラはここ数百年平和である。平和なところに傭兵はこない。ザークにしても他の傭兵達にしてもゼラは初めての地であった。ここで、デュレストへのアピールと打倒地球統一政府の計画を練ることになる。これがザークの第二の人生の始まりであった。
第二部 反乱勢力時代
3年の歳月が流れた。いまだザークの反乱は地球の一般市民が知るところではない。この3年の間にザークはそれまで以上に貧欲に銀河文明の知識を吸収し、デュレスト対策を練り上げてきた。カプエラはデュレスト中央評議会に置いてザークが演説する機会を作ろうと奔走していた。ザークと共にアレクから脱出してきた反乱軍の面々、総勢3022名はザークの主張がデュレストで承認された時のために、地球攻略の準備を進めていた。カプエラはゼラの王族であり、彼女の叔母であるゼラの女王ラスティン・カプスティンもまたザークに支援を申し出ていた。驚いたことにシウェナにおいてザークと共に戦ったホーク・カークもまたゼラの王族の末端に名を連ねる本名カプロス・カプスティンで、ザークの心強い味方となったのである。銀河文明にはこのように種族の命運を握る者に無償投資することが高貴な行いであるという伝統がある。ザークがデュレスト中央の長い歴史と強大な権力をもった種族に自説を、すなわち「地球人の過ちは地球人が償う」という論旨を納得させるにはこの伝統を利用するしかなかった。もしザークの意見が受け容れられず、カプエラの調査報告が一人歩きした場合、地球人は200世紀ぶりに出現した「バスター」として全滅させられる。「バスター」とは存在するだけで銀河に争乱をまき散らし、いくつかの種族を絶滅に導く種族のことで、銀河文明に希に発生するのである。バスターとして認識されればそれで終わりである。
まさにザークに人類の未来がかかっているのだが、当の地球統一政府のお歴々にはそれが理解できていない。地球はアレクのくびきを脱して、傭兵業に置いて兵員輸送を独自に行うため外貨を荒稼ぎしていた。接収したアレクの艦艇を改良し、アレク主星を前線基地に仕立てて傭兵達をいままでよりも広く効率的に各戦場に送り出す体制を作り上げつつあった。地球人を雇う側の異星種族たちにしてみれば、アレクなどという弱小種族の運命などどうでもよかった。それよりも地球人傭兵を雇い自陣営の勢力を拡大することが重大事である。もちろんアレクが滅んだことが露見すれば別であるが。
ザークの反乱軍達は地球人傭兵の取り込み作戦を開始した。各戦線において傭兵管理局に非道な扱いを受けた傭兵達にゼラ政府からの特使として接見し参加を呼びかけるのである。時には強引に兵員輸送中の艦艇に接近することもあった。この行為から傭兵達の間では「セイバー」ザークの反乱が噂になって広まりつつあり、それは帰還兵達によって地球の一般社会へも徐々に広がりつつあった。
この時期ザークにとって大事な事はいくつもあった。地球の命運を握る自分の行動、デュレストへの不審と不安、地球と戦わねばならないと言うこと、同志たちへの責任、さらにアレクの運命すらザークの肩にかかっていた。そのアレクの命運を握るキーである主樹のもとから持ち帰ってきた幼体であるが、ザークはその世話を妹のライザに任せた。もちろん要所要所でザークも面倒をみるが、日常的な世話をまかせたのである。幼体は最初、おもちゃの人形のような小人的外見をしていた。アレク人の大人をそのままのバランスで5分の1にしたようなスタイルだった。見かけ上は女の子だが、個性のないのっぺりした顔をしていた。それがライザが世話をするようになってから、みるみる大きくなり、みるみるライザにそっくりになっていったのである。どうやらアレク人の幼体は身近でもっとも精神交感ができる人物の外見を模倣することにより成長するようであった。トゥリトゥンの仲間達もお互いに似ている部分が多かったところを見ると、彼らはトゥリトゥンに育てられたと見られた。またトゥリトゥンにそっくりということではなかったということは、この幼体もまたいずれ個性が外見に現れるのであろう。ザークはこの幼体をメルゥーレーン・ストライザと名付けた。アレクの母とでも言うべき名前である。
ザークはゼラにあるデュレスト官僚機構の分館で地球人では入手すべくもない、貴重な情報にふれることができた。まず言語である。地球人が異星種とコンタクトするときは第9銀河語を主に使う。この言語は地球人やゼラ人のような喉と唇を使って空気を振動させる種族に発音しやすくできており、傭兵訓練所でも最低限会話ができるところまでたたきこまれる。しかし銀河の標準語といえる第2や第5銀河語をしゃべることが出来る地球人は一部の言語学者だけであった。もっともポピュラーといえる第4銀河語は地球人の発声器官では発声できない言葉が多かった。ザークはデュレストでの演説に備えて第2銀河語の習得にいそしんだ。それまでも日常会話程度は理解できていたが、自分で考えたことをよどみなく、かつ適切な修辞で述べるには相当な訓練が必要といえた。次に銀河全体の情勢である。ザークですらデュレストは銀河全体の知的種族を代表する機関であると思いこんでいたが、実は人類が言うところのオリオン腕と、プロメテウス腕とその近傍に拠点を持つ種族だけで構成している連合であった。実に全銀河の5分の2弱ということになる。銀河中央の核恒星系にもかつてこのような連合組織があり、異種族間で活発な交流が行われていたのだが、種族の齢がかさむにつれ各種族は気むずかしくなり、哲学的な思弁に埋没し他種族との交流を持たなくなっていった。結果として連合組織は形骸化し、文化交流はなくなり、銀河社会は冷え切っていったのである。それに比べて銀河周辺の種族達はまだまだ活発であり、独自の連合組織を形成して活動しているという訳である。銀河の反対側については遠すぎて正確な情報は伝わってこない。一説では一種族も存在しない不毛の地であると伝えられる。
現在のデュレストに参加している核恒星系出身の種族はラン一族のみである。ラン一族は200万年前に拠点をオリオン腕に移し、デュレストの基礎を作り上げた。多くの種族の尊敬を集めており、地球という礼儀知らずの新参種族が多くの法令違反、伝統的慣習を無視する行為を行ってもいまのところ見逃してもらえている理由には、地球がラン一族の後見をうけているという経緯による。もちろん地球が銀河文明に参加してまだ3世紀程度では、何をしでかしてもデュレスト会議の議題となり討議の結果が出て処分が下されるまでは時間がまだまだ足りないのであるが。
当のラン一族は地球の行為に対して現状で静観の構えである。もっともデュレストの組織以上にラン一族の判断は遅くなりがちではある。
ラン一族は謎の多い種族である。デュレストの第一線から退いて、いわゆる隠居的立場で顧問になって久しいが、地球が自滅しかけた時は迅速にアドバイザーをかって出てきている。また誰もラン一族の本当の姿をみている者はいない。コンタクトはいつもロボットを介して行われるのである。ラン一族がどのような姿をしているのかすらわからない有様であった。実態を持たないエネルギー生命体であり、既に滅びた種族の残留思念であるという説まである。地球のアドバイザーとして人類の前に現れたのも地球人に似せて作られたアンドロイドであった。そのため人類にはラン一族を地球人にそっくりな種族と勘違いしている人々が多いのである。地球の娯楽映像に出てくるラン一族は常に主人公を助ける正義の一族として美々しく描かれている。
ザークの元にその情報が届けられたのは、メルゥレーンとライザと共にアレクの旧体制について話していた時だった。地球政府がアレクの第一衛星軌道上に巨大戦艦を建造しているというものである。旧弊な大艦巨砲主義を復古させるものとザークは一笑にふしたのち、正確なデータを目にして驚いた。最大の戦艦であるドレッドノート級ですら、全長は400m程度である。ゼラにある最大の艦艇ですら1000m程度であった。この超巨大戦艦は全長10キロメートルを超えるものであった。どのようにして地球がこのような巨大な戦艦を建造したのかザークにはとっさに判断できなかった。しかも同じ戦艦が地球でも建造中であることを聞いてザークは確信した。どこかに地球の肩入れをする種族がいる。おそらくは大規模種族系列の裕福な一族であろう。しかし今のザークにそれを止める権限はない。すべてはデュレスト議会で地球対策の全権委任を受けてからであった。
カプエラから驚くべき情報が届いたのはそんな時期である。ザークがデュレスト議会で発言する機会が得られたとの吉報であった。カプエラ自身も全精力を傾けて奔走していたのであるが、一向に先に進まない手続きの山に根負けしそうになっていた。しかし突然、手続きがするすると進むようになり、実現に至ったのである。後で判明することであるが、これにもラン一族の思惑が絡んでいたのである。
ついにその日は来た。デュレスト議会でゼラ女王経由のザークの議題が審議されるのである。審議に先立ち、ザークは自らの言葉で議員達を説得する必要があった。デュレスト議会に出席するのにどこかの惑星に旅立つ必要はない。ゼラ本星にある超空間ゲートを利用するのである。この超空間ゲートの使用そのものが莫大な費用がかさむ。それはすべてザーク個人の負債となる。ゼラの宮殿の一角にしつらえられたスペースで、ザークは超空間ゲートの闇の向こうに確かに知的生命の存在を感知できた。そこには、80パーセントの好奇心と10パーセントの嫌悪と残り数パーセントは無関心、怠惰、倦怠といった、核恒星系の種族が陥った族齢の長い種族特有の感覚が広がっていた。ザークは語った。第二銀河語でよどみなく、銀河文明の伝統の論法に従い、そこに新参種族としての荒々しいエッセンスを残しつつ、地球と、そして自分自身に課せられた使命について、なによりアレクの再生を一番に考えて今後地球政府と対決し、自分たちの犯した過ちの精算を自ら行える種族であることを強くアピールした。小一時間あまり、質問を挟まれることなく一気に語ったザークは、最後にこの機会を与えてくれた評議会の面々と、超空間ゲートを貸与してくれたゼラの女王、そして文明的戦争協会のエージェントであるカプエラに感謝の言葉を述べた。
すべては終わった。一言の質問も反論もなく、一方的に聞いただけで評議会との接続は唐突に切れた。だがザークの身のうちでは確かな手応えと充足感が満ち足りていた。それこそが、超空間ゲートを通じて行われた評議員たちの反応を読み取った情動感応の結果といえる。たしかに評議員達はザーク達地球反乱軍の行動を尊い行動と感じたのである。この感応は超空間ゲートを通じてゼラの宮殿の隅々にまで広がり、反乱軍の主要メンバーは言うに及ばず、ゼラの貴族達の間でも感じられた。以後ザークの元にはこぞって聖戦に参戦したいというゼラ人が絶えなくなる。評議会の結論は明白であった。かれらはザークの意見を受け容れたのである。しかし結論が正式な形で言い渡されるには、どの程度の時間が必要なのかは分からない。ここからはカプエラの交渉力しだいとなるが、それでも結論が100年後ということもざらにある。しかしザークには100年も待つ余裕はない。情動感応により得た感触により議題の可決の内定を得たと考える慣例は過去にも存在する。ザークは中途半端ではあるが行動に出る決意を固めた。準備は整っている。ザークの仲間達が集めた地球人傭兵の数は既に2万人に達していた。またホーク・カークことカプロス・カプスティンが集めた異星人傭兵も数は少ないが戦力となる。そこにはザクサスで共に戦ったナバ・トゥランの姿もあった。
第一目標はアレクの奪還である。ザークが事を進める決意をした理由にはこれが大きな要因であった。アレクの第一衛星に眠る主樹を地球人がいつ見つけるか、時間がたつほどに危険が増すことになる。また地球人はアレクの北半球を焦土化したことを逆手にとって、アレクを大規模な工業惑星に改造しようとしていた。その資源開発に月の表面を調査していることも懸念材料であった。また緑豊かな本星を復活させないと主樹を復活させてもアレク人の苗を育てることができない。最終手段としては、主樹を他の適正な惑星に移動させる手もあるが、大型の衛星を新たに加えることは、その惑星の従来の自然環境を大きく変貌させることになる。避けたい手ではあった。第二目標は地球そのものである。現在の対外宇宙省主導の政治形態を崩し、銀河文明の歴史と伝統と慣習に敬意を払う新体制を確立する必要があった。そのためには地球に肩入れする謎の種族についての情報が必要であった。
論理的に段取りを決定していく過程で、ザークは得も言われぬ不快感を感じた。それは直感に属することだが、「地球人はバスターではないのか?」という疑念が頭から離れなくなったのである。自分は地球人を救うために人類史上もっとも重い責任を背負い努力しているが、もし自分の行動が後世の銀河文明にとって恐ろしい結末をもたらすのではないか、とう思いに浸ることが多くなった。それはザークの視野が広がった事を意味するのだが、広がった視野を有効に活用する経験がまだ浅かった。地球人を救っても数百年、数千年後に人類が大きな力を身につけたときに、銀河文明全体に大きな災いをもたらすのではないか。ザークの苦悩の種は尽きなかった。この時期のザークはどこか泰然としていて、比類無き重責に真っ向から立ち向かい、受け止めているように見える。しかしどこかボタンを掛け違えれば、発狂してもおかしくないほどの重圧であったことは想像に難くない。彼を支えていたのは仲間との絆、妹ライザの存在、メルゥレーンへの責任感、そして新たに得たカプエラとの愛情であった。ゼラ人と地球人は生物学的にも極めて近い存在であり、愛し合うことも可能である。ザークとカプエラはお互いの能力、人格、外見すべてを認めあえる最良のパートナーと言えた。ザークの朋友、テラル・トロアのフルネームは、テラル・トル・トプ・トロアであり、地球人ナディア・トロアとゼラ人トカ・トプの間に生まれた史上初の地球人と異星人とのハーフであった。しかしこの事実は対外宇宙省によって隠されており、テラルもこの時点ではザークに打ち明けていなかった。彼女の愛するコ=サイにのみ伝えていた。
遂にザークは行動を開始した。フォウレンを中心とした反乱軍艦隊はゼラやその他の雑多な異星人の船を合わせて12隻。戦力としては拡充された地球艦隊の足下にも及ばないが、敵の戦力が100%運用される機会をザークが与える筈もない。ザークが最初に行った作戦は、なんと地球の月軌道上に建設されている超ド級戦艦の奪取であった。スパイとして地球に潜り込んでいる同志と連携して、「ディスティニー1」と命名されている戦艦を反乱軍で奪おうというのである。アレクにて建造中の方ではなく地球の方を狙うことがザークらしい選択である。この行為によってザークは宣戦布告に変えるつもりであった。
終章
歴史が示すとおりザークの反乱は成功し、ザーク自身は歴史上の偉人となった。彼が後世に置いて高く評価される理由の一つに、決して権力に固執しなかった点がある。対外宇宙省を打倒し、地球統一政府に傭兵制度を廃止させ、代わりにゼラの支援を受けつつ地球の文化、芸術で細々とながら外貨を稼ぎ、太陽系内の開発に重点を置くという政策を提示した時点でザークは政治・軍事の頂点に立つことも可能であった。というより当時の市民社会ではそれが熱望されていた。しかし彼はアレクの再興に残りの半生をかける決意を揺るがせず、政治の表舞台に立つことを固辞し続けた。
ここに一つの歴史には記されていない事実がある。まずザークの陣営に参加していた異星人傭兵ナバ・トゥランは実はナバ・トゥ・ランであり謎のラン一族の一員であった。外見的には機械生命体に見えたのであるが、実はそれを偽装したロボットであった。本体はボディーの奥深く、時間制御フィールドに包まれていた。ラン一族は鉱物生命体であり、そのライフサイクルはザーク達酸素呼吸の炭化水素系生物とは違い数万年を閲する。故に思考サイクルも大抵の他の種族に比べるとひどく遅くなり、意思の疎通は困難とされる。ラン一族はこの問題を時間制御フィールドで自らの体の時間間隔を加速させることによって解決していた。もちろん時間加速することにより相対的に寿命も縮まるのであるが、そんなことを気にかける種族ではなかった。ナバの本体は一件握り拳大の何の変哲もない石に見える。ほんのわずかに石の一部に珪素による感覚器官が伺える程度である。手足も触手もないが、その代わりささやかではあるが念動力があった。ナバはザーク達にラン一族の秘密を明かした。対外宇宙省の奥深く、一体のラン一族が陰謀を巡らせているというのである。その個体、アスターは地球人とラン一族が接触した当初からのアドバイザーの一人であった。当時アスターは銀河文明への参加を目指す地球人が統一への道筋に置いて絶滅してしまわないように、また戦争により地球環境を大きく損なわないように指導していた。地球人が遠隔操作のロボットと信じていたのは内部に時間制御フィールドにくるまれた石の姿をした知的生命体だったのである。統一戦争により地球人は凄惨な殺し合いをアスターの前で演じることになる。なまじ大量破壊兵器や大規模な破壊行為ができないため、それは悲惨な殺し合いの連続となった。話し合いですべての方をつけられない悲しい性の発露である。そしてこれは後に判明したことだがこの時期アスターが使っていたボディーの時間制御フィールド機構には地球人の精神波を増幅して受け取る副作用があったようだ。これは後に簡単に改善されているが、当時そのような効果があることには気づかなかった。地球人同士ですら発狂しそうな時代にさらされたアスターはどうやら「狂った」らしい。鉱物生命体は急激な変化には影響されにくいが、その代わり一度変化すると元に戻ることは困難となる。地球人が怪我をしても命に別状が無ければいずれ治癒するが、ラン一族は一度欠けると二度と元に戻らないのである。それは精神においても同じであった。もっともアスター以外のラン一族にはそのような症状がでなかったところを見ると、アスターは珍しい感受性の強い鉱物生命体だったと言える。その結果、アスターは地球が統一政府を樹立し、狂気の時代を脱したのちも地球に残留することを一族に申し出た。ラン一族はこれを了承しアスターが地球市民として生きることを地球政府に依頼したのであるが、その経緯は公表されていない。分かっていることはアスターは一般市民としてではなく、特別な非公式顧問としてその存在をかくされたまま対外宇宙省の設立にかかわり、しかもそのまま陰で操っているというのである。
ザークにしてみれば晴天の霹靂の情報であった。これまでの銀河文明における地球人の行いはその90パーセント以上が血なまぐさいものであった。その元凶が地球人ではなく、地球の守護者とも言うべき種族ラン一族のものであったというのである。もっともアスター1個体だけでそうなったとは思えない。地球人のバイタリティーはまだ銀河文明に参加するには激しすぎたと言わざるを得ない。ザークはその政治思想に置いて現状の地球人の状態から言って、しばらくは「鎖国」することがベストであると考えていたようだ。もちろんこの思想を彼は革命後の政権に押しつけたりはしなかった。しかし結局は太陽系レベルでの「準鎖国」政策が今も続いていることから、ザークの影響は伺える。
アスターによる裏支配という構図は地球人にとって福音とも聞こえる。後世の歴史家から見れば傍若無人な蛮族のような地球人の行動が、実は悪意を持った異星種の仕業であったという構図である。しかし当時もっとも地球人を中心とした銀河文明の世界観を熟知していた人物、すなわちザークの考えは違っていた。結局のところ地球人の毒気にあてられてアスターは正常ではなくなったのである。
ナバはラン一族こそがバスターの可能性があるとして、デュレストからの脱退と種族の銀河文明からの引退を検討しているという。もっともその決断すら数百年を必要とする種族ではあるが。アスターは結局長期間の時間制御フィールドの使用の果てに寿命を迎えて自壊した。アスターの後ろ盾のない対外宇宙省の面々はそれ以前の傲慢さが嘘のように萎縮してしまった。結局のところ地球政府の裏で融資していた種族も高貴なるラン一族のアスターへの信頼から行っていたことであったため、地球から手を引いた。ナバは地球政府がアスター名義で行った借財を肩代わりすることを提案したが、新地球政府はこれを断り、細々と返していくことを決意している。すべての責任をアスターにかぶせることを潔しとしなかったこの新政府をザークは誇りに思っていた。
先にも述べたようにザークは人類史上最大の偉人と呼ばれながらも、晩年は隠棲しその動向は定かではない。新地球政府立ち上げとアレクの復興に尽力した後、カプエラと共にゼラに移り住み、そこで最後を迎えたと言われている。復興したアレクの大地に主樹は新たな種を蒔き育てたが、アレク滅亡時の記憶は主樹に保管されており、各々の人格がその苗に移植された。ザークはその余生において復活した盟友トゥリトゥンと妻カプエラと共に、銀河の歴史を学び続けたという。