表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/90

閑話:シルファ①

「あいつの事を知りたいって?おいおい、冒険者の素性を陰で詮索するなんざ、本人に知られたらぶっ殺されたって文句はいえないんだぜ」


男は空になった木製のジョッキを手持ち無沙汰にいじりながら言った。


「…ん?ああ、悪いね。少し飲み足りなかったんだ。…そうだなあ、まあ少しだけだったら話してやってもいいか。調べればすぐわかることだろうけどな」


なみなみと注がれたエールをすすりながら、男は気分良さそうに話を続ける。



あいつはさ、5、6年前くらいかな。雪の日にギルドに来たんだよ。変な黒い服を着ていたなァ…妙に仕立てが良いなとおもったのを覚えてる。


でも一番は目だね。アンデッドかなにかかとおもったぜ、澱んでいるっていったらいいのかわからねえけどよ。昔、娼館にタチの悪い薬が出回ったことがあるんだが、重い中毒症状を患ったコに似てるな、あの目はさ。


その時はギルドマスターが丁度居てな、慌てた様子であいつを執務室へ引っ張り込んで、長い時間出てこなかったんだよ。


その翌日だったな、新しくギルドに所属する冒険者ってことで紹介されたんだ。普通はよ、紹介なんてしねえんだよ。

冒険者ってのは根無し草連中がほとんどだからな。

来る者拒まず、去る者追わずってなもんだ。


みんな妙だなとおもったんだろうけどよ、そこはギルドマスターのすることだからな。

はいわかりました、と素直に受け入れたもんだ。


変な奴だった。今でも変だけどな。

話しかけても無視…ってわけじゃねえけどよ、会話にならねーんだわ。いまはほら、なんとなくわかるだろ?分かりづらいけどな!ははは


はじめの頃は雑用ばっかりしてたぜ。

どぶ攫いとか草むしりとか荷物運びとかよ。

特に草むしりはお気に入りだったみたいでな。

ほっとくと何時間でもずっと草をむしってるんだよ。

飯も食わずによ。


まあ【そういう奴】だってことでな、ギルドの他の連中も、あいつについては黙殺っていうか、きにしないようにしてたんだよ。怪しいは怪しいけどよ、ギルドマスターのおすみつきってんならまあその辺はな。


でもな、妙なことになっちまったのはアレがきっかけだった。



話が途切れる。

男のジョッキがいつのまにか空になっている。

催促される前にお代わりを注文してやると、我意を得たりとばかりにニヤリと笑いながら、男は話を続けた。



悪いね、まあでもよ、これから先の話は少し酒でもはいってないと余り話したくないことなんだよ。


…イシュマルで内戦が起きたのは知ってるよな。

それで難民がアリクスへ結構流れてきたことも。

その難民共の一部が色々トラブルを起こしてくれたことも知ってるだろ?


ギルドっていうのはよ、そりゃ大した連中もいるけど、たいした事が無い連中、日銭にこまったチンピラ、賊まがいの連中…そんなどうしようもない奴らのほうが多いんだ、もちろんそんなことは知ってるだろうけどよ。


でも、大抵のやつはその日の飯さえどうにかなればそこまで悪さはしないもんだ。

ギルドはそういう最底辺の連中の最後の砦みたいな側面もある。


だからイシュマルからの難民だって、仕事をもとめてこられればギルドは受け入れたんだよ。


人が多くあつまれば、問題だって起きらぁな…

今でも覚えてるぜ。その日はよーっく晴れた日だった。

空はまっさおでよ、朝から気分もよかったんだ。


━━…朝だけはな



日々の糧を得るためにギルドに登録したイシュマル王国の難民であるバロは、鬱屈した気分を抱えながらその日もギルドに出向いた。


━━畜生、帝国の奴等のせいで

━━ふざけやがって、俺達がこんな思いをしてるってのに何でてめえらはそんなツラで笑ってる?

━━アリクス王国だぁ?難民を受け入れますってか、助けようとおもってたんなら援軍でもよこせばよかったんだ!


バロはなにもかもが気に食わなかった。

自分達が、いや、自分こそが世界で一番不幸なのだと確信していた。


━━てめえらじゃやりたがらない仕事を俺達にやらせて満足か?

━━面白いか?無様か?笑っちまうか?

━━クソッ!クソッ!クソがッ!!


どんどんと音をたててギルドのカウンターまでのしあるいていく。


カウンターには黒い髪の男がいた。

受付嬢から何か説明をうけているようだ。


鬱陶しかった。

黒い髪といえば糞ったれの帝国の皇帝も黒い髪だという。

ということは、この男も帝国の関係者か?


━━てめェらのせいか?


貧すれば鈍する、難民という立場に追いやられた男は、大分前に理性を手放してしまっている。

瞬時に激し、目の前の男の肩を掴むと、思い切り後ろに引き倒した。


「おい!!くそったれの帝国の豚がなんでこんなところに!」

ガッ!と男を蹴りつけた。


「いやがるんだよォッ!テメェ!イシュマルを!」

バロは蹲る男をがんがんと踏みつけるが、憎い帝国の人間をいたぶればいたぶるほどにバロの頭は狂熱にあぶられ、感情は熱した焼き栗のように破裂寸前だった。


「死ね!今死ね!イシュマルにわびて死ね!死なねぇなら!ここで殺してやる!!!」

バロは限界だった。


突如おこなわれた帝国の大規模侵攻はイシュマル王国という小さい国家を文字通り吹き飛ばした。

原因はわからない。

しかしイシュマルが悪いわけがない。

多くの人間が死んだ。

そこにはバロの妻や子供も含まれていた。

そう、バロは限界だったのだ。

限界だった所に、黒い髪の男が現れてしまった。帝国の皇帝の髪の色は黒、妻子の仇の髪の色は黒、この男の髪の色も、黒。



「ちょっと!!!やめなさい!ギルド内で暴力行為は禁止されています!大体彼は帝国民ではありません!」

受付嬢が怒声をあげ、制止しようとする。周囲のギルドメンバーも、急な暴行に唖然としていたがあわてて動き出した。


「まてまてまて!そいつは俺らの仲間だ!アリクスの人間だ!」

「落ち着け!おい!こいつを抑えろ!手伝え!」


激昂しているバロは抑えにきたギルドメンバーを振りほどき、地べたをはいずる帝国の豚へさらに蹴りをくれてやろうとした。


受付嬢のアシュリーはキッとまなじりを吊り上げ、首元のペンダントを引き千切り攻勢術式を起動しようとした。


受付嬢と侮る無かれ、ギルド受付嬢はその職務の性質上、ならずものを相手にする事が多い。したがって荒事への対処能力、特に戦闘能力はそのへんのならず者などよりはるかに高いのだ。


だが、バロの動きが急にとまり、アシュリーはいぶかしむ。


細い腕が伸びていた。

手が、バロの足首を掴んでいた。


「…あ?」

バロの理性が音をたてて削れて行く。

しかし、彼の理性の完全なる崩壊は、痛みによって食い止められた。


バギッ…


枯れ枝を一思いに圧し折るかのような音がギルドに響いた。

バロはポカンとした表情を浮かべ、数瞬後、絶叫をあげる。


「ガァァァアーーーッ!!」

バロの足首が、握り潰されている。


アシュリーも、他のギルドメンバー達も目を見開いて硬直していた。

バロの悲鳴が理由なのではない、彼らが動けない理由は━━・・


「お、お、お、おれェ」

ガッ!ガッ!!殴打の音が響く。


「俺を、ころすって」

グチャッ…硬いものを殴る音はやがて柔らかいものを叩く音へとかわった。


「あ、あり、ありがと」

グチャッ…グチャッ…


「ころして、ころしていいから」

グチャッ……


「ころしていいから、ころす」

顔面がグチャグチャに殴り潰されたバロの首を片手一本で締め付け、持ち上げている黒髪の男の姿があった。


膂力だけで体格に優れるイシュマル人の成人男性を持ち上げられるはずがない。

男の体は全身から水蒸気のように魔力が可視化され噴出していた。


「ク、クロウ様…」

アシュリーがおそるおそる呼びかけると、クロウはにっこりと笑顔を向け、嬉しそうに、饒舌に答えた。


「俺を殺してくれるらしいんだ、もう終わりでいいんだって」


「うれしいんだよ!本当に、やっと楽になれるんだよ!だから、だから」


クロウの五指がバロの首に深々と食い込み、ギルドの床はドス黒い血で汚れている。

あまりに余りな光景に、荒事になれているはずのアシュリーすらあっけに取られてしまう。


そういえば、クロウ様の笑顔を見るのは初めてだったかも、そんな益体もないことが頭に浮かぶ。


「だからァおれもこのひとを」

クロウがそこまで言ったとき、バァンという音をたててバロごとクロウが吹き飛んだ。



「そこまで!殺してしまえば後が面倒です」



本来広範囲に被害を与えるであろう空衝(エアショック)の術式をただの2人に限定し、力まかせに吹き飛ばした者は、王都アリクス冒険者ギルドのマスター、アリクス王国において伯爵位を賜る上級貴族でもあり、王国でも3名しかいないとされる黒金等級の冒険者でもあるルイゼ・シャルトル・フル・エボンその人であった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他に書いてるものをいくつか


戦場の空に描かれた死の円に、青年は過日の思い出を見る。その瞬間、青年の心に火が点った
相死の円、相愛の環(短編恋愛)

過労死寸前の青年はなぜか死なない。ナニカに護られているからだ…
しんどい君(短編ホラー)

夜更かし癖が治らない少年は母親からこんな話を聞いた。それ以来奇妙な夢を見る
おおめだま(短編ホラー)

街灯が少ない田舎町に引っ越してきた少女。夜道で色々なモノに出遭う
おくらいさん(短編ホラー)

彼は彼女を護ると約束した
約束(短編ホラー)

ニコニコ静画・コミックウォーカーなどでコミカライズ連載中。無料なのでぜひ。ダークファンタジー風味のハイファン。術師の青年が大陸を旅する
イマドキのサバサバ冒険者

前世で過労死した青年のハートは完全にブレイクした。100円ライターの様に使い捨てられくたばるのはもうごめんだ。今世では必要とされ、惜しまれながら"死にたい"
Memento Mori~希死念慮冒険者の死に場所探し~

47歳となるおじさんはしょうもないおじさんだ。でもおじさんはしょうもなくないおじさんになりたかった。過日の過ちを認め、社会に再び居場所を作るべく努力する。
しょうもなおじさん、ダンジョンに行く

SF日常系。「君」はろくでなしのクソッタレだ。しかしなぜか憎めない。借金のカタに危険なサイバネ手術を受け、惑星調査で金を稼ぐ
★★ろくでなしSpace Journey★★(連載版)

ハイファン、ウィザードリィ風。ダンジョンに「君」の人生がある
ダンジョン仕草



まだまだ沢山書いてますので作者ページからぜひよろしくお願いします。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ