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第8話:呪いの魔剣に殺されたい③

己が何者か、という質問にクロウは答えられないでいた。

自分は日本人鈴木四郎であり、冒険者クロウである。

だが彼女はそういう事を聞きたいのではないのだろうという事くらいはクロウにも分かっていた。


だが自分という存在が【何】なのかなど、誰がわかるのだろうか。


ところで…自分が何か、こういう一種哲学的な疑問を投げかけられると一部のメンヘラは深く悩みこけてしまう。

それはクロウも例外ではなく、シルファの質問などすっかりと忘れ、たちまちに自問自答の沼へとどっぷりとはまってしまった。


━━自分という存在を理解できれば、苦しみから解放されるのだろうか。仏教でそういう教えがあったはずだ…

だがそれ以前に、苦しみから解放されれば何もかも解決するのだろうか。苦しいことは辛いことだ。辛いことは嫌な事だ。だが、考えてもみてほしい。そうすれば分かるはずだ、欲望の充足が幸福であるとするならば、幸福の前には必ず苦しみがあることを。おなかがすいたから食事を取る。

眠いから寝る。欲求不満が溜まったからセックスをする。

満たされぬという不幸を経て、幸福へといたる。生きることは欲望を満たしていくことだ。つまり生きている限り、常に不幸が付きまとうことでもある。だが、自分という存在を本当の意味で知ることができたならば、苦しみから解き放たれるのだろうか?そもそも俺は死にたいのか?本当に?生きていれば必ず訪れる、死。どれだけ幸せにいきていようと、死はやってきてしまう。いつくるかわからないものならば、いっそ今掴んでしまえとヤケになっていないとどうして言える?もし自分が実際は死ぬことを恐れていたとしたら、大変なことだ。生にも死にも逃げ場所がないではないか。


クロウは眉を顰め懊悩する。

悩み、苦しみ、まるで独り深海に沈んでいくような不安を覚える。クロウという男は大体いつもこのような感じだ。

些細なことでもウンウン唸り、煩悶し、勝手に苦しんでいるのだ。


シルファが聞きたいことは、クロウの生きる意味だとかそんなことではなくて、得たいの知れぬ素性の、得たいの知れぬ輩がランクに見合わぬ実力を持っていたり、気付けばなにやらアブナそうな剣を持っていたりするのは何故だ、理由を説明しろ、ということだろう。


こんな質問は黙殺してしまうか、適当にでっちあげてしまえばいいことなのだが、クロウにはそれが出来ない。


適当という事が、適切という事がよく分からない。


【考えてもわからないし、まあいいや】

という良い意味での雑さが全く無いため、ちょっとしたことでも頭が故障してしまうのだ。


例えるなら壊れたパソコンだ。

なにがしかのエラーを吐いたとき、普通は動作自体が停止する。


クロウはエラーをはいても動き続ける。そしてCPUごと盛大に壊れてしまうのだ。



シルファはぎょっとした。

疑問をおもわず口に出してしまったことを後悔する。

何者なのか、という質問を発したら明らかにクロウの様子がおかしくなったからだ。


グゥと唸り、目はみるみる血走り、カリカリと爪を噛んでいる。よほど聞かれたくないことなのだろうか。

腰の鞘からは何かを引っかくような音も聞こえてくる。


「ク、クロウ様!!申し訳ありません、無理に聞き出そうということではないのです。クロウ様が言いたくないことは言わなくても良いのです」


まずいと思いシルファが慌ててクロウに声をかけると、なんとクロウは目の端にじんわりと涙さえ浮かべているではないか。これは悲しいからとかそういうことではなく、一種の感情の放熱のようなものである。


めちゃくちゃに悩み、心がぐしゃぐしゃになったとき、泣くというのは案外理にかなっているのだ。

涙というのはストレスを放散させる作用があるというのは現代日本でも知られていることである。



「大丈夫…大丈夫ですから…」

シルファは得も知れぬ心地となり、思わずクロウを抱き締めてしまった。


これが本当にグレイウルフの群れを鎧袖一触になぎ倒した男であろうか。


これが本当にあの赤角と呼ばれるオーガの特異個体と死闘を繰り広げていた男であろうか。


あの体格に優れるならずものの威嚇に少しも臆さず、腕一本で投げ飛ばした男なのだろうか。


気付けば受付嬢のアシュリーがそばにいて、憐れむような目でクロウを見て、囁くようにシルファに言う。


「クロウ様は…少し変わっているかもしれませんが、決して悪い人ではないのです。ですから…」


ええ、とシルファは頷いた。

余りにも極端な二面性を持つクロウという男に、シルファは強い興味を抱く。

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