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★第1話:グレイウルフに殺されたい

主人公

挿絵(By みてみん)

死にたがり、と揶揄される、あるいは畏怖される冒険者がいる。

名前はクロウ。


中肉中背、ぼやっとした顔つきの平凡な見た目をした男。

20代半ばくらいだろうか、とにかく特徴がない男だ。

そんな彼はとにかく無謀な依頼ばかりこなす。


本来パーティで挑まなければいけないような難敵にたった一人で挑む。


明らかに罠とわかっているのに盛大に踏み抜く。


巻き込まれてはかなわんと彼と組みたがる冒険者はいない。

彼はいつでもひとりぼっちだ。


だが、彼にとってはとてもとても好都合であった。

なぜなら彼は1日も早く死んでしまいたいからだ。

普通の死ではない。

必要とされ、惜しまれる死だ。

死後、多くの人からあの人がなぜ、だとかまだ早すぎる、だとか、涙をもって語られるようなそんな死である。


そして人間関係は死から自分を遠ざける忌むべきものである。ゆえに、独りであることはむしろ喜ばしい事であった。


もちろん人間関係を深めていくことで、クロウの望む死に様へ近づけるのかもしれない。

誰かと親しくなることで、その彼、あるいは彼女はクロウの死に深い哀しみを覚えるだろう。

親しさの度合いによっては後追い自殺さえもしてしまうかもしれない。


クロウはさすがにそこまでは望んでいないのだ。

不特定多数のみんなが哀しみ、クロウについて問われれば「ああ、クロウ?彼は本当に立派だったね。おしい人をなくしたよね」としんみりしてくれる程度でいい。


自分の死によって傷つく人が欲しいのではない。

悼んでくれる人が欲しいのだ。


クロウという男は中々手が付けられないメンヘラではあるが、他人の気持ちなど一切どうでもいい大事なのは自分だけ、と開き直る程の屑でもなかった。



━━要は死に方だ

クロウは思う。


情けない死に方もしたくない。誰もが「彼は勇敢だった」と思うようなもので、なおかつ自分なりに頑張った結果で、しかし残念にも死んでしまう、というものがいい。


だからクロウは困難な依頼に好きこのんで飛び込んでしまう。

だが困難な依頼に飛び込み、それを達成してしまうことで彼自身の実力がぴかぴかと磨かれ、その事でクロウの望むような【ハッピーな死】から遠ざかってしまうことをクロウ自身はさっぱり分かっていない。


唾棄すべき死を遂げた前世。

生まれ変わった今世。

若い肉体を得て、気力体力の続くままに無茶無謀を通してきたクロウの実力は、本来の銀等級下位という区分を遥かに超える異常なものとなっていた。



挿絵(By みてみん)

その日、クロウはグレイウルフの群れに取り囲まれていた。

数は10か、20か。


グレイウルフは魔素を取り込みモンスターと化した狼だ。

雑な作りの剣ならばその牙で噛み砕くほどである。

たかが狼だと侮った冒険者が、ギルドタグだけになってギルドにかえってくるというようなことはよくある話だ。


クロウは血走る目で周囲を見渡していた。

背後には傷ついた男女。

冒険者…つまり同業者である。

森で彼らはグレイウルフの群れに襲われ、あわや無残に屍を晒すかとおもいきや、たまたま通りかかったクロウが救出にかけつけたのだ。


普通、こういう場合は見捨てるのが常道だ。

もちろん自分達の戦力によるだろうが、もし1人ならば絶対に助けられないしほぼ死ぬだけだから、すみやかに離脱してギルドへ報告する、というのが普通の対応なのだ。


だが【死にたがり】クロウは違っていた。


クロウは歓喜していた。ただでさえ厄介なグレイウルフだ。


━━俺にはわかる

━━恐らく、俺は今日ここで死ぬ

━━だが、ただでは死なない

━━彼らだけは助ける。俺という存在が彼らの命を救う為に使われるのならば本望だ

━━この世界に転生して何年たったか。短かったが思い残すことはない


生物は死に瀕したとき、本来かけられているリミッターが解除されることがある。

いわゆる火事場の馬鹿力だ。

異常に高まった集中力で視界に写るものがスローに見えることもあるという。


キマってしまったクロウはまさにそういう状態なのだ。


彼がそのランクに見合わぬ異常な実力を発揮できるのは、彼がまさに毎回自分はまさに死に瀕している、いや死ぬ、ここで死ぬと思い込んでいるからである。



クロウはそっと腰を落とすと一気に駆け出した。

踏み込んだ足は地面を抉り、まるで彼の後背で爆発がおきたようですらあった。


当然群れの意識はクロウへと集中する。

そのままクロウは彼らとは反対方向に走り出し、森の中の少し開けた広場のような場所に出た。


傷ついた冒険者達から引き剥がすためである。


「さあァァ!俺を殺せ!でもお前らを殺す!俺の最後の戦いだ!ガァァ!!」


最後の戦い、無様は見せられぬと雄たけびをあげ、グレイウルフの群れへ突っ込むクロウ。


クロウの算盤は、雄雄しく何匹か斬り殺して、激高したグレイウルフたちに無残にも噛み殺される、しかしあの2人は命からがら逃げ延びる…冒険者クロウは冒険者の鑑、男の中の男だと賞賛される…とはじき出していた。


だがグレイウルフは魔物だといっても、元は狼である。

そして、狼というのは本来臆病で慎重な気質なのだ。

群れを成すのは彼らの気質の表れと言える。


そんな彼らにとって、クロウが全く恐れもせずに自分達を鏖殺せんと襲い掛かってくることは恐怖以外のなにものでもなかった。


クロウの気合いと魔力がこめられた雄たけびはグレイウルフの芯を激震させ、その四肢を一瞬大地へと縛り付ける。

そこへ振り下ろされる長剣一閃。


全力全開でたたき付けた剣は、一匹のグレイウルフを真っ二つにし、その内臓を派手に周囲へぶちまける。

グレイウルフの返り血を浴び、半身を血で染めたクロウはさながら悪鬼のようだ。


「どうしたァ!!俺の首はここだ!食いつけ!俺は死ぬかもしれないがお前らも皆殺しにしてやる!!一緒に死のう!!」


狂奔したクロウの精神は、ここで人生を終わりにできるという歓喜でもはや正常ではない。

ギャアともガアともつかぬ雄たけびをあげながら2匹目のグレイウルフへ踊りかかる。


ここへきてグレイウルフたちは、自分達が触れてはならぬモノへ触れてしまったのではないかと心胆寒からしめられる思いでいた。

そうなってしまうともう彼らの最大の武器である機動力は使い物にならない。

クロウはブチ切れ、悦び、笑いながらグレイウルフたちを切刻む。



クロウが我に返ったとき、そこには息絶えた狼たちの骸…いや、残骸が転がっていた。

血まみれの剣を握りしめたまま呆然と立ち尽くすクロウ。


━━なぜ、俺が生きている?

━━なぜ、やつらが死んでいる?


体の節々が痛む。当然だ、あれだけ激しく体を動かせば無理もでる。


クロウは思う。


『生きることは、生きることはただそれだけで苦痛だ』


『人は人であるかぎり、ただただ生きるだけではいられない』


『色々なしがらみに絡め取られ、やりたいこともやれなくなり、やがて感情すらすりへっていくのだ』


『自分が自分ではなくなっていく怖さ』


『よしんば自分が自分として生きていけたとしてもやがてはかならず死ぬのだ』


『絶対に死ぬ、幸せにいきればいきるほど、死への恐怖は肥大する』


『幸せにいきようとおもえば最後は必ず不幸になる』


『幸せをすて人形になろうとすればその過程が恐ろしい』


『だから、だから俺はもう御免なのだ。生きるとか死ぬとかもう御免なのだ』


『俺には不幸にも【2回目】があった。でも3回目はないかもしれない。だから頑張ったが、今回も』


「だめか」


ぐすり、とクロウは我知らず涙を流していた。

人生がまだ続いてしまうことへの哀しみに、体が応えたのだろう。


「そういえば」

彼らは無事であろうか。

その時、背後に人の気配をかんじた。


「こ、これは…あなたが…?」

恐る恐る訊ねてきたのは、助けた2人の女性のほうであった。


助けるときは良くみてなかったから分からなかったが、女性はどうやらスペルキャスターらしい。

少数で多数を制するにはうってつけの職業ではあるが…


━━あの距離じゃ厳しかったのかもしれないな


そう、あまりに距離が近かった。

あれではキャスティング中に襲われてしまうだろう。

数もおおかったから男のほうも彼女を護りきれなかったに違いない。


つとみれば、男のほうはクロウをやや警戒しているようだ。あれだけの数のグレイウルフを皆殺しにするというのは並々ならぬ腕ではないが、なにより不穏なのはその殺し方である。


グレイウルフたちは軒並みその臓腑を撒き散らして無残に屍を晒していた。

頭が少しでもまともならこういう殺り方はしない。


「はい」

クロウは短く答えた。


彼は基本的には言葉が極端に少ない。

人間関係の基本は会話である。

会話をすればするほど人間関係というものは補強されていく(それが良いものであれ悪いものであれ)。


だからこそクロウは必要最小限でしか相手と話さない。

…というのはタテマエで、クロウのコミュニケーション能力がそのへんの野良犬以下というものがあげられる。


「そ、そうですか…あの、助けていただいてありがとうございました…もうだめかと…あ、わたくしはシルファと申します…そ、そうだ、応援を呼んだのですが…丁度森を散策中の一党に助力を頼んで…」


すると、女性の背後から数名の冒険者たちが駆け込んでくる、


「う!こ、これは……」

一党のリーダーと思われる男が絶句する。

「1人で殺ったのか?」

リーダーが問いかける。


その目は油断なくクロウの一挙手一投足を観察していた。

「はい」

クロウは短く答え、質問には十分に答えたと(勝手に)判断し、踵を返す。


「ま、待て!あ、アンタはあのクロウだろ?し、死にたがり、の…」

リーダーが呼び止めるものの、クロウにはすでに留まる気はなかった。


「いいえ、はい」

待たないという意味のいいえ。

そして、クロウであるという意味のはい。

クロウは答え、去っていく。


「死にたがり…の、クロウ…?」

クロウの背を見送るシルファと名乗った女性がぽつりと呟いた。


なんとなく。

あくまでもなんとなくなのだが、シルファはクロウと再び関わるような…そんな気がしていた。

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