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結城幸の変遷

【結城幸視点】


思わず吐露してしまった。


今思い出すだけでも恥ずかしさやら後悔やらが込み上げてくるが、私の心はそれ以前と比べ随分と軽くなっている。


しかし、私はなぜあの男に話そうと思ったのだろう。


弱っていた私には正常な判断などできず、ただその場の雰囲気に流されただけかもしれない。

……いや、正確ではないだろうな。

恐らく私は信じたくなったのだ。自分と同じ空気を纏い、そして初めて助けると手を差し伸べてくれた人間のことを。


私はドアを見つめる。

自分がどうにかすると、さも当たり前のようにこの部屋を発とうとする男の姿が幻視される。ずっとまぶたにこびりついて離れないその姿は、私に期待を強いてくる。


それでもやはりどこか懐疑的でもある。まるで暗示のように長年に渡り私を支配してきた考えが、何の根拠もなく、ただの願望だけで崩れ去るわけはないのだ。


だから、待つ。


グ~


ああ、そうだ。エビチリがあったんだったな。



私の期待を嘲笑うように時間は無情にも過ぎていく。

あの男からは土曜日に連絡がきたきりで、既に火曜日の夜。

それに伴い、ついには不信が期待の大きさを上回る。


……絶望などしていない。これが当たり前だと思っていたから。

やはり他人に救いを求めること自体間違っていたのかもしれない。


そう、自分を救えるのは結局自分だけなのだろう。しかし既に自分の弱さは丸裸にされ、自身では救えないと知らしめられて間もないのだ。


だから私はまた夢の世界へ逃げる。下手な希望にすがることで最近はめっきり減っていたそれは、今の私にとっての唯一の救いなのかもしれない。


ブブブ、ブブブ


「んん~……なんだ?」


突然の振動音に夢の世界は崩壊を迎える。

自身の人格など投げ捨てて、新たな人間として生まれ変わった私は、とても幸せに誰かと笑い合っていたはずなのに。それは私の理想そのもので……だめだ、もう記憶がぼやけている。

最悪の気分。誰だ私を起こしたのは。


八つ当たりをするように、ケータイの画面を睨みつけると


『もう大丈夫だから明日にでも学校に来いよ』


そんな一文だけがポツンと表示されていた。


内容の理解を拒むかのように私の時は一瞬止まる。

もしかしたら、私はまだ夢の続きを見ているのだろうか?

ふざけるな、今私が感じているこれはあんな贋物がんぶつなどではない。

そうであってたまるものか。


私はすぐに電話を掛ける。無意識などではない。完全に意識的。

ただただ一言でいいからその声が聞きたかったから。


「えっと結城?」


そう、この人間だけなのだ。私を救ってくれる唯一の声。本当に救ってくれたのかの真偽など既に確かめる必要性すら感じない。

嫌悪すら感じていたはずの存在だったはずなのに、私が今感じているのは心からの安心感。一言を聞くためだけに電話をかけたはずなのに


「エビチリがまた食べたい。放課後家に来い」


今度は無意識的に、ただただ願望を口にしていた。



ピンポーン


少し間を開ける。

すぐに開けたい気持ちは山々だが、おそらく私の変化は男にとって喜ばしいものではないはずだ。なればこそ、今まで通りを心がけるべきだ。


コンコン


そろそろ開けてやるか。


「あのさ、そっちが呼んだんだからすぐに開けろって」

「フンッ」


手にスーパーの袋を携えた男が文句を垂れるように部屋に入ってくる。

内心とは裏腹に冷静を装い


「腹が減った、早く作れ」


などと言ってみる。


「あのさ、今だけは言うこと聞いてやるけどマジでお前が弱ってる今だけだからな」

「貴様の料理の腕だけは認めてやる。なんなら私の弁当を作ってきてもいいんだぞ」


これは本心。あのエビチリは、私の作ったケチャップと混ぜただけのものと違い本当においしかった。まあ少しは心理的なスパイスが効いていたかもしれないが。


「いや弁当を作るのって普通女子の方でしょ」

「常識に囚われた考えなどつまらないだけだろう。なんだ、私にそんなに作って欲しいのか?」

「……いやごめんいらない」


話していてはらちがあかないと言うように、以前のようにキッチンに立ちエビチリを作り始める。

向こうを向いて料理してるのをいいことに、私は黙って後ろ姿を見つめる。


「なに?」

「なんだ?」

「いやこっち見てたでしょ」


は?

私が頭に疑問を浮かべた表情をしていると


「人の視線に結構敏感なんだよね。まあ軽く見られたくらいじゃ分からないけど」


なんだその特殊能力は。視線を感じるなんて空想上の話だろう。

しかし、どうやら注意する必要がありそうだ。この場では言い訳はいくらでもできるが、それが苦しい場合だってあるかもしれない。


「貴様がどうやってあの3人をやりくるめたのかと思ってな」


内心気になっており、食事の後にでも聞こうとしていた質問を繰り出す。すると男は少しばつの悪そうな雰囲気を出し始める。


「あーあれね。えーっと、話し合ったら分かってくれた」

「本当にそれだけか?」

「ああ」


嘘だ。明らかに目が泳いでいる。何があった?

男は一瞬悩んでいたようだが、既にその様子は霧散し黙々と料理を再開する。


今の様子だと、強引に追及しなければ恐らく口にしないだろう。

追及を続けるべきか、独自に調べるべきか答えが出ない私は男が料理を作り終わるまで頭を悩ませ続けるのだった。

信じたり信じなかったりめんどくさい女ですが…この時の結城はとても不安定なのです。

というか悠の考えをなんとなく察せる時点でお前も大概特殊能力だよ。

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[一言]  割 れ 鍋 に 綴 じ 蓋
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