最低
途端に場の空気が凍り付く。
ここで少しでも認めるような発言が出れば俺の録音状態のケータイに記録されるためそこで作戦終了としてもいいのだが。
「は?いきなり何言うんだよ。そんなわけねーだろ、なあ?」
「いじめなんてするわけないじゃん」
「誰に吹き込まれたのか知らないけどさぁ」
だがほんの少しの逡巡の後、3人揃って否定の言葉を並べる。
やはり少しは身構えていたのかもしれない。
知ってた。そんな簡単にいってくれないよね。
しかし、俺の言葉に何の覚えもなければ疑念が顔に浮かびそうなものだが、早田と飯塚が顔に浮かべたのは敵愾心でも持っているかのような表情。
まあ仮に疑念だろうが無表情だろうが作戦を止めるつもりはないが。
それにしても人に信じてもらえなかった俺が、端からこいつらを信じようとしていないのだから笑える……いや違うな、信じている人間が違うと言った方が正しいか。
もうこうなってしまった時点で作戦を第2段階に移す意識をし始めなければならない。
はぁ、嫌だなぁ。
「なんで結城はずっと休んでんの?お前らがいじめたからでしょ?」
「知らねーよ」
「そもそも俺達結城と全く無関係だし」
そんな迂闊な嘘ついていいのかよ。先程からの言動や態度を見てると、飯塚と早田のどちらかは分からないがこの身長の低い方、感情的になりやすいのか馬鹿なのかいろいろと怪しい。
「は?俺が聞いたところによると連日放課後になるとお前達が結城をどこかに連れ出してたって聞いたけど?えっとそっちのちっさい方、早田?飯塚?お前の言ったことおかしくないか?」
あまり外見的特徴を馬鹿にするのは良くないと思うが、ここでは少しでも理性がなくなってくれる方が都合が良いのでそう煽る。
「知らねーよそんなこと!」
「あれは結城に用事があっただけだ。早田が言った無関係ってのは特に仲が良いわけじゃないってのを言いたいだけだろ」
「それだよそれ!」
「用事、ねぇ」
黙って様子を窺っていた加賀美がここで割り込んでくる。
こいつだけはかなり冷静っぽい。
このストッパーがいる限り、早田や飯塚を追及したところで自供する前に口を挟んでくることは想像に難くない。
先程のような言葉の矛盾ならいくらか引き出せるかもしれないが、それだけでは不十分だしそろそろ潮時かもしれない。
下の階からはいくらか話し声が聞こえているし、早田はいまだ興奮気味。先程までの声の音量も割と大きめだったし、誰かに聞こえてくれてたりしないだろうか。
まあいい。それは今考えても仕方がないことだ。
さて、俺の声量じゃ下の階には届かないだろうしこのまま実行に移してもいいが、万が一を考えて一応最後まで演じきるとしよう。
「なあ早田ァ、お前随分と動揺してるな?焦りがそのまま顔に出てるぞ?まあいい、二度といじめなんてできないようにお前達がやったとなにがなんでも証明してやるさ」
「なんだと!」
「な、ちょ、お前!」
俺は焦った風な声を出し、まるで突き飛ばされたかのように後退を始める。
もしもここが舞台の上ならば、観客は三文芝居だと鼻で笑いそうだ。
……そう、俺が考えた作戦、それは紛れもなく最低なもの。藤堂が俺にしたことと同じ、冤罪を着せ相手を陥れること。
冤罪を着せられたことがあるからこそ、それがどれほどの精神的束縛を、痛みを齎すのかこの身をもって知っている。
相手が最低へと身を落としたのだ。ならば俺だって最低に身を落とそう。そしてお前らを追い詰めてやるよ。
相手には、俺はいじめを止めさせるためならばなんでもするという意識を植え付け、かつ実際の不利益を与える。
今回山本のような直接の目撃者がいるわけではないが、俺が階段から落ちたのは誰かしらに目撃される。そして屋上への鍵が締まっている以上、こいつらに逃げ道はない。
そして言い逃れもさせない。
それが被害者の強さ。
学校が言い分をすべて認めずとも、実際に階段から落ち被害者として語るのだから少なからず処分は下るだろう。退学はさすがに無理としても停学くらいにはなって欲しいところだ。それに展開次第では生徒から冷ややかな目を向けられるようになるかもしれない。
正直こいつらがなぜ結城をいじめたのかは今でも分からないが、この楔を打ち込めば結城が気に食わないからいじめようなんて普通ならば思えないはずだ。
俺を恨むなら恨んでくれ。
いじめという手段に打ってでた自分を恨んでくれ。
そして後退する俺の目の前には突然の事に唖然とした顔が3つ。
一歩一歩後退するたびに俺の心にも恐怖が生まれてくる。段数がそこまで多くないとはいえ、それでも階段を転げ落ちるのだ。受け身ってどうやって取るんだろう?うまく取れるかな……なんて考えているとすぐに階段まで辿り着いてしまう。
まずい。違和感のない演技を心掛けたせいか体勢が不安定で、また勢いづいている。
どうにか体勢を整えようとするがその慣性に逆らうことはできず、あっさりと両足が地面から離れる。
そして体が段差に触れた頃には、もう自分でどうにかできるものではなくなっていた。
人間は死ぬ寸前に走馬灯を見る事があるというが、それらしきものがいくつも浮かんでくる……まるでこれから死ぬみたいな演出はやめてくれ。
俺はこの後床に倒れたまま演技で騒ぎを起こし、3人に釘を刺さなければいけないのだ。
階段を落ちきる頃、そんな思考が衝撃によりブレる。鈍い音が頭を起点に自分の中に響き渡る。
「きゃああああああああああああ!!」
誰かの叫びを微かに耳に感じながら、俺は意識を手放した。




