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結城幸の原点

【結城幸視点】


ピンポーン、ガチャガチャ


「鍵開けて」


ガチャガチャ


「開けなかったらマジで蹴破るからな」


せっかくまた1人になれたと思ったのに、男は宣言通りに戻ってきてしまう。

それが妄言と分かっていても、万が一蹴破られてはいけないのでしょうがなく招き入れる。


「いやまたカーテン閉めてるし。日光が嫌なら電気付けるから」


明るいところは落ち着かない。辺りが照らされるように私の心まで鮮明にされる気がして落ち着かないのだ。


「で、早速だけどちょっと台所借りるから。食べやすそうなものと思ってゼリーなんかも買ってきたけど、食べたかったら冷蔵庫に入れとくから食べて」


そう言い男は勝手に料理を始める。

アパートはワンルームで台所といっても部屋の中にあり、布団の上から男の後ろ姿を見る。なぜこんな光景が広がっているのか。ここは私だけの部屋のはずだ。部屋に上がりこんできたかと思えば、さらに私の事情にまでズカズカと入り込んで来ようとする。

私はもう何も考えたくないのだ。感傷にすら浸りたくない。だがそんなの知ったことかと無理矢理にその空気を壊そうとしてきている。


そんな風に男に苛立ちを募らせている内に、部屋には料理の匂いが立ち込める。その匂いに少し気持ち悪さを感じていると男は口を開く。


「一応おかゆとエビチリ作ったけど、おかゆは今食べるとしてエビチリどうする?」

「貴様は馬鹿か。碌に食事を取っていない人間にエビチリを出すやつがあるか」

「いやだってエビ好きじゃん。喜ぶかなって」


部屋にはニンニクやたまねぎ、そしてエビチリ独特の匂いが充満している。


「まあエビチリはいつでもいいからとりあえずおかゆ食って。薬味とかも適当に買ってきてるから」


そう言い、鍋からおかゆを器に入れ机に運んでくる。


「じゃあ食べるか。いただきます」

「なぜ貴様も食べようとしている」

「別にいいじゃん、俺のお金で俺が作ったんだから」


それから私はいらないと跳ね除けようとしたが、男の譲る気のなさに折れしょうがなく食べ始める。おかゆをまともな物と言っていいのかは疑問だが、それでも久しぶりにまともな物を食べた気がする。この男、癪に障るが料理だけはなかなかできることもあって、おかゆですらちょうどいい塩梅あんばいに仕上がっている。


「気は済んだだろ。帰れ」


食べ終わると、もう満足だろうと私はそう催促する。


「いやだから言ってるじゃん。事情を聞くまで帰らないって」

「フンッ、ならばずっとそうしていろ」


そうして私は男を無視し布団に寝転がり背を向ける。男の時間は有限だが私の時間は今や無限と言ってもいい。明日が休みというわけでもないし、そのうち諦めて帰るだろう。



「もしもし、紗由?ごめん今日帰れそうにない。うん。そう友達の家に泊まる。父さんは?そっか、じゃあ伝えといて」


日は既に沈んでおり、時計を見ると19時半。男は帰るどころか家に電話をはじめ、あろうことか泊まると口にした。こいつ女の家に泊まる気か?


「帰れ」

「じゃあ言えって」


もう何度目だろう。この問答をしては無言になるのを繰り返している。

どちらも折れる意志がなく、気付けば23時を回ろうとしていた。


この状態のまま放置するのは本意ではないが、この男なら何かしてくることもないだろう。本当にこれ以上話すことはないという意志を伝えるためにも目を瞑り意識を手放そうとするが一向に眠れない。つい数時間前までは頑張ればまだ眠ることもできていたのに。


だから私は思考を強いられる。


しつこく聞いてくるが貴様に話したところでどうなる。

小学校の頃、友達も、家族でさえ私を助けようとしなかった。私を助けることができるのは結局は私だけだ。そしてその私がもういいと諦めたのだ。ならば理由を聞こうとするだけ無駄なことだろう。


「何があったかを聞いてどうなる」


気が付けば私はそう問い掛けていた。


「何があったか分からないとどうしようもないけど」

「なら貴様は私が助けてと言えば助けてくれるのか」


意志に反して喉が勝手に声を引っ張り出し、口が勝手に言葉を紡ぐ。

私は今何を言った……?

それはまるで助けを乞うような、私という人間が発するべきではない懇願にも似た言葉。

違う、こんなことを口にしたいわけじゃない。やはり私は今とても不安定になっているようだ。


「助けるよ」


『今の言葉は忘れろ』そう口にしようとした私の耳に飛び込んできたのはそんな言葉。

一瞬何を言われたのか分からなかったが、すぐにそれが幻影なのだと思い至る。

その言葉はありえないのだ。

助ける?事情も知らないのにか?

それはとても無責任な、その場凌ぎの出まかせ。


「もしかして疑ってる?」

「当たり前だ。事情を知りもしなければ、貴様にはそんな義理もないだろう」

「同じ部活の仲間ってだけじゃだめ?じゃあ……夏祭りの借りの残りを返すってことで」


まるで大した事ではないかのように言う。馬鹿馬鹿しい。


そもそも私は助けられてはいけない。

もしも本当に助けられてしまえば私という人間は……。


だから拒絶するために振り返り男を見る。


「決めた、俺はどんな事情でも必ず結城の力になるよ」


その目を見てしまった私の目からは、知らず知らず涙が零れ落ちていた。

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