結城幸の運命③
【結城幸視点】
いつか証拠を掴む。そうでなくとも、男達が諦めるまで耐えきってみせると私は後日も登校した。
だが男達はより慎重になっていた。私を教室に連れ込む際1人が辺りを見て回り、当然私が録音機器を持っていないかや、教室内に隠されていないかも確認するようになっていた。
ただでさえ場所を変えるなど慎重だったのに、録音の露呈はさらなる警戒心を植え付けただけだった。
それからも直接的な暴力は振るわれたが、それ以外、例えば物にいたずらされたり隠されたり、クラス単位でのイジメに発展することはなかった。
その理由も分かる。
私の所持品に何かしたり誰かを巻き込んでしまえば、それは男達にとってさらにリスクを重ねることになるからだ。人通りの多い教室や下駄箱で何かをするには人目があるし、教科書や机に悪口でも書こうものならそれは衆目に晒され、いじめの証拠となるだろう。またクラスメイトを巻き込もうとすれば、やはりいじめが露見し出所を探られてしまえば男達に行きついてしまうかもしれない。
その点暴力はいじめにおいて最も効果的で、現場を見られなければ簡単には足がつかない。自分の体を見ても、内出血し少し赤黒くなっている箇所が見受けられるが、これがイコールいじめの証拠になるとは思えないしそれを男達がやったと証明することもできない。
中途半端な訴えなど場合によってはない方がマシなのだ。
私は毎日自分にまだ大丈夫だと言い聞かせ、男達に対しても強気の姿勢を崩さなかった。だがそれは結局表面上で強がっていただけ。心はとうに折れていた。
暴力とは強靭な精神をも簡単にへし折る。
いやそれすらも過信だな。私は己の強さすら計れていなかった。覆い隠していた弱さは剥き出しにされ、既に次の暴力に立ち向かえる状態ではなくなっていた。もし今暴力を振るわれれば、私は泣き喚き、頭を地面にこすり付け懇願してしまうかもしれない。
そしてさらに思い知らされたことがある。
誰かに頼らないことは私の強さだと思っていた。孤独なのではない、それは孤高なのだと。だが蓋を開けてみればどうだ。頼らないのではない、頼れないのだ。人を遠ざけるのは小学生の頃に刷り込まれた恐怖によるもので、私の強さの原点だと思っていたものは弱さから来ていると気付かされたのだから、私の自信は脆くも崩れ落ちた。
退廃の住人となり果てた私はもう何もする気が起きなかった。どうにか1週間は乗り切ったがもう登校しようと思えない。転校したところでどうせ同じだ。きっと運命は私を追いかけてくる。
そんな中でふと頭に浮かんだのは部活動。確か今日キャンプをする予定になっていたはずだ。
もうどうでもいいはずなのに、そんなことをする必要などないはずなのに、私は部長に断りのメールを送る。
金曜日、家に帰ってきてから食事すら碌に喉を通らないのになぜわざわざこのようなどうでもいいことにだけ体が動いたのかは分からない。
▽
寝て、起きて、最低限の食事を胃に通し、また寝る。
あれからもうどれくらい経っただろう。私は時間の感覚すらなくなり、それを確認する気すら起きなかった。
ピンポーン
もう何度寝に就いただろうという折、チャイムが来客を知らせる。
誰だ?いやいい、放っておけば帰るだろう。そうして私は布団を被りながらも聞き耳を立てる。
……ほら帰った。
足音は案の定私の部屋から離れていく。それを感じ取った私はまた眠りに就く。
「ん……」
それからまた数日は経っただろうか。眠り過ぎで目覚めてしまった私は、寝る前に食べかけたカップ麺を少し口にしながら考える。もうすぐ家にある食べ物が尽きてしまうのだ。ハァ、外に出る事すら億劫だ。
……いいや、なくなってから考えれば。そう思考を放棄しもう一度寝ようと布団を被るが、最近は眠りすぎているのかなかなか寝付けない。寝付けたとしても起きるまでのスパンが早くなってきているように感じる。
起きていると考えたくないことまで頭に浮かんできてしまうから、どうにか夢の住人になりたいところなのだが。
ピンポーン
そう思っているとまた来客だ。これでもう3度目になる。どうせ音を立てなければ今までのように去っていくだろうと息を潜める。
……やはり帰った。
そう思い再度眠る準備を脳が始めると、私の部屋に向かってくる先程とまったく同じ足音が覚醒を促す。
「結城!高崎だけどお前大丈夫か!?もしすぐドア開けないなら突き破るからな」
寝惚け眼の私は唐突に発せられた声に驚き、状況の落差に脳は一瞬活動を止める。
……今のはあの男の声か。聞き覚えがあり懐かしさすら感じるその声は、しかしどこかいつもと違う響きを持っていた。
そんなことを考えながら、ドアを突き破るという言葉を思い出し混乱したままに玄関へ向かう。
「お前なぁ、いるならちゃんと出ろよ!それに学校休むんだったら連絡しろ!どれだけ人に心配かけたか分かってんのかよ!」
扉を開けると男は大きな声で私に怒鳴り散らす。
「……ってなんでお前怯えてんの。とりあえず中入るぞ」
この男に私は弱さを見せたくなかったはずなのに、怒鳴り声は反射的に私の体を震えさせる。
もしかしたら私がこうなってしまった時点で、そんな関係性は既に失われてしまったのかもしれない。
そして男は私の返答を待つことなく、家の中に押し入ってくる。
「……なんの用だ」
声を出すこと自体久しぶりで少しおぼつかなさを纏わせながらも、言葉だけはいつもの調子で話し掛ける。
「いやなんの用だはないでしょ。お前を心配して飛んできたってのに。ってかこの部屋くさっ!女の子の部屋が出していい匂いじゃないでしょこれ」
「黙れ」
相変わらず無礼で腹立たしい。
「うわ、お前飯食ったらちゃんと片付けろよ。カップ麺とか中身入ったままじゃん。これ捨てるからな?……ってその前にこの部屋暗すぎだろ」
男は締めきったカーテンを開ける。
カーテンを閉めきり、電気も付けることのなかった部屋に久しぶりに光が行き渡り、眩しいというほどではないが私は目を窄める。
あまりの唐突さに私がついていけず立ち尽くしている間も男は部屋を勝手に片づけていく。
「ふぅゴミはまとめたけど。で、何があったの?」
普段なら踏み込んでこないだろうに、今の男の目には躊躇や遠慮といった色が感じられない。
「何もない」
「何もないわけないだろ。お前今の自分見たことあるか?なによりお前が俺に怯えるなんてありえないでしょ」
そう言って男は部屋にある姿見を動かし私に見せつける。
そこに映っている人間に見覚えはなかった。微かに面影を残しているが、唇は黒ずみ、目の下には隈、肌は全体的に青白くなっており、髪ですらまるで生気を失っているように見えた。
「お前さ、風呂も入ってなければ飯も碌に食べてないだろ。何もないって言われて、はいそうですかって帰れるような状態じゃない。お前がわけを言うまで居座るから」
「……」
「その前にちょっと買い物行ってくる。倒れてなかったのはいいけど下手したら今にも倒れそう」
そう言って男は部屋から足早に部屋から出ていき、残されたのは私と男の荷物と静寂だけ。
……うるさいやつだ。私は放っておいて欲しいだけなのに。




