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虚飾性男子は恋すら喉を通らない  作者: 久栖ガマ
1章 それぞれの出発点
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それは変化か

「ねえねえ、悠はもう『恋愛脳』読み終わった?」


昼休憩、食事から帰ってきた俺は紅葉と偶然廊下で会いそんな風に話し掛けられる。

紅葉の言う『恋愛脳』とは、ゴールデンウィークに紅葉が俺の家に入り浸って読んでいた、正式名称『恋愛頭脳戦は人間性を破壊する』という今人気のラノベである。


「あとは最新刊だけかな。最新刊うちに読みに来ようとしてるなら俺まだ買ってないけど」


紅葉は俺が2冊読み終わるまでに3冊読み終わる。ゴールデンウィークだけで俺が買った分を全て消化していた。


「あ、それはいいの」


なんだてっきり家に来る口実か、読みたいけどお金の節約的なものだと思ったのだが違ったようだ。


「もう自分で買って読み終わっちゃったからね。なんなら貸してあげるよ?」


あれ、自分で買っちゃったの?立場逆転してるじゃん。でも


「マジで、じゃあ貸して」


懐事情は切迫しているのだ。俺の月々の小遣いは5000円。ラノベ一冊700円ほどとすると7冊しか買えない。部活で使うお金は父さんにもらえるし、それ以外で遊ぶことはないので丸々小遣いをラノベにつぎ込むこともできるのだが、それでもまだ足りない。

それにお金がいくらでもあるなら全巻揃えたいが、アニメ放映範囲を買っていない時点でコレクション欲なんてものもない。

だから俺はその話に飛びついた。


「あ、でもただ貸すってのも味気ないよね。前悠の家で読ませてもらったお返しにうちに読みに来てよ。それにね、あれから時間があればラノベ読み漁ってるんだけど、私のおすすめも読んでみて欲しいな」


どうやら紅葉はラノベにハマったらしい。ってか貸してくれるだけでいいんだけど。


「普通に借りるだけじゃだめ?」

「どうせなら一緒に読んであーだこーだ話したいじゃん!」

「それ別に俺じゃなくてもよくない?」

「周りにラノベ読んでますって子がいると思う?そもそもいたとしても公にしないわよ」


たしかに、ラノベはマジョリティーでありマイノリティーでもある。漫画であればクラスでも大半の人間が読んだことがあるだろうが、ラノベとなるとそうもいかない。

それに女子高生ともなると大っぴらにしたくないだろうな。ラノベ=オタクのイメージは未だ根強い。

それに意見交換したい気持ちもわかる。俺だって面白い作品に出会えたら誰かと共有したい。でも周りにそんな人間いないし、ネットって選択肢もなくはないが気が乗らない。今問題があるとすれば、それは相手が紅葉ということだけだ。


「じゃあいつ行けばいい?今週の土日あたりにするか?」

「今日来ればいいじゃん」

「いや無理だって。そりゃ家近いから行けなくもないけど、宿題だってあるし紅葉の家族にだって遠慮して楽しめないって」

「もう、悠はそういうことホント気にするんだから。じゃあ今週の土曜かな?午前は部活だから13時以降にきてくれれば家にいるから」

「わかった」


複雑な気分だな。

別に紅葉と遊びたいわけじゃない。こいつを見てると中学の頃の事を思い出す。それなのに俺は断らなかった。

懐事情が厳しい?趣味の時間を誰かと共有したい?

そんなもの、冤罪が晴れた直後なら間違いなく考慮の材料にすらならなかった。


もしかしたら俺の中であの事件は少しずつ風化しようとしているのか?それとも俺の体裁に感情が引っ張られているのか?


あの時、特に拒否反応を強く感じてしまったのが紅葉だ。藤堂については特殊だが、それ以外の人間に関しては、拒否反応は一緒に過ごし好意を向けてきた期間に比例しているのだと思っていた。


でも果たして、人間の感情はそんな簡単に割り切れるのだろうか。プラスになっていた分が、そっくりそのままマイナスにひっくり返るのだろうか。そこになにがしかの感情が介在するほうがむしろ正常と言っていいのではないだろうか。


俺は今の自分がわからない。紅葉に限らず家族以外の人間を信頼出来ているとは思わないし、もし俺の中で事件が風化しても完全に元通りになるとは思っていない。だが、当時自分の考えをしっかり把握できなかったとすれば今の俺は……。


ああ、そうだ。俺に対してわかったような口を利いていた奴がいるじゃないか。あいつならもしかしたら俺の理解の一助になってくれるかもしれない。


「気持ち悪いわよ、いきなり黙ったと思ったらなにニヤニヤ笑ってんのよ」

「ああ、悪い。じゃあまた土曜にな」


自分の考えに耽っていた俺はニヤニヤしていたらしい。気持ち悪いなそれ。


まあ待っていろ、不愛想女。あの時の言葉の真意を絶対に聞き出してやる。


俺は踵を返しニヤニヤと教室へ向かうのだった。

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