結城幸の懺悔①
【結城幸視点】
卑怯、卑屈、不誠実。
まるで私のためにある言葉だ。
私は弱い。今も自分を棚に上げ、弱さを他人に押し付けている。
小学校の頃、私は学年でも1番の大きな勢力に所属していた。
今時に言えばトップカースト。
その頃でさえ、私は自分を着飾り、周りの顔色を窺っていた。
ある日、私がいるグループのリーダー的女子が好きな男子に告白した。
しかしフラれてしまった。その男子はこう答えたらしい。
『ごめん、付き合えない。俺は蒼依が好きなんだ。あ、これ内緒にしてくれよな』
事もあろうに、その男子が口にした名前は私たちのグループの1人だった。
フラれたリーダーは能面を貼り付けたような顔をしていた。わかる、あれは怒っているのだ。
その怒りの矛先はどこに向かったか。それがリーダーをフッた男子だったらまた結末は変わっていたのかもしれない。
でも現実は違う。女の敵は女なんてよく言うがその通りだと思う。
好きな男子に嫌われたくない、もしかしたらまだチャンスはあるかもしれない。そんな打算もあったのかもしれない。
その日から蒼依ちゃんは、私たちのグループから無視され始めた。蒼依ちゃんは何も悪くないのに。
蒼依ちゃんは辛そうだったが、私は話しかけることはしなかった。
無視だけで済んでいればよかった。だが無視は次の段階に進んでしまった。
わざと聞こえるように陰口を叩き、物を隠す。
もうここまでいくと明確ないじめだ。
ここでグループでの意識統一が行われる。
「裏切ったら分かってるよね?もうあんたらも同罪だから」
それから数日経ったある日、蒼依ちゃんは体育倉庫に呼び出され、体罰という名の断罪が行われた。
「顔はやめなよ、バレるから」
最初は戸惑っていた子も、同調圧力に屈するように恐る恐る蹴り始める。控え目に蹴っていたはずなのに、その力はどんどんと増していく。まるで全能感を得たとでもいうようにその子もみんなと同じように蹴り始めた。
もうこんなのやだ!
私は目の前に広がる悪意に怯え、その場から逃げ出した。
無視している時に声を掛けなかった。いじめられている時に手を差し伸べなかった。
私は見て見ぬフリをした。次の蒼依ちゃんが自分になるんじゃないかと怖かったから。
直接手を出していないとはいえ、自分が加担したも同然。そう気づいたのは蒼依ちゃんが転校する事を先生から告げられた後だった。
先生は私達のグループでいじめがあったことを把握していて、数日追及は続いたが、誰も認めようとしないためいつの間にか話は締めくくられていた。
不謹慎ながらも私はホッとしていた。蒼依ちゃんはかわいそうだがこれでいじめのない日常が戻ってきた。
「ねえ、あのとき幸だけ蒼依のこと蹴らなかったよね」
そんな言葉を聞くまでは。
いじめに味をしめるというのは変な話だと思うが、彼女は、彼女たちは反省していなかった。次の標的を探していたのだ。
理由があるからいじめるのではなく、いじめるから理由を必要としている。そのときの私はそんな風に感じた。
流れは蒼依ちゃんの時と同じように進行した。
無視から始まり、陰口、物隠し。
そして次は体罰かと思って顔を青くしたが、彼女らは学習していた。
みんなで囲んで全力で蹴るなどすると、体に痕が残るし、なによりおもちゃがすぐに壊れてしまうとでもいうように。
「幸さぁ、私たち欲しい物あんだよね。お金持ってきなさいよ」
「お金なんてないよ……」
「親の財布から抜けばいいじゃん」
ヘラヘラと笑いながら、私に盗みを働けと唆してくる。
親に迷惑をかけられない、もしバレてしまえば親からも見捨てるられるかもしれない。そう思い私は実行しなかった。
持ってきたかと聞かれ否定する。その度に平手打ちやお腹にパンチが飛んできた。
それも数日続けばさすがに私が持ってこないと悟ったのか、軽かった暴力から水をかけられるなどいじめは様々に形を変えていく。
蒼依ちゃんを助けなかった私への罰だ。そう思い耐えていた私だが日に日に疲弊していった。
「お母さん、私学校行きたくない」
まだ私がどうにか持ちこたえられていた折、私はお母さんに打ち明けた。
「なに言ってるの。私だって働きたくないわよ。辛いことだってやらなきゃいけないの。わがまま言うんじゃありません」
「違うの。私いじめられてるの」
親にいじめられていると打ち明けるのは申し訳なく、そしてとても恥ずかしかったが意を決して言った。
「ちゃんと努力しなさい。いじめっていうのはね、努力不足の証なの。ここで逃げてちゃこれからの人生逃げ続けることになるわよ」
私はどうすればよかったの?みんなと一緒になって蒼依ちゃんを蹴ればよかったの?
だめだ。お母さんは話を聞いてくれない。ならお父さんなら話を聞いてくれるかもしれない。
「お父さん、私ね」
「明日も朝早いんだ。まだ仕事だって片付けなくちゃいけない。お前は自分の部屋に行ってなさい。勉強でもすればいいだろう」
父はなにかと理由を付け聞く耳を持とうとしなかった。
信じていた両親にはすげなくあしらわれ、イジメはどんどんと加速していき、私の心はもうこの時には壊れていたんだと思う。
皮肉にもそんな私を救ってくれたのは暴力だった。
長らく痕が残らないほどに抑えられていたそれは、子供ゆえの歯止めの利かなさからかエスカレートし、ついには体にも痣が残るようになり、やっとのことで事の深刻さを認識した両親が私に転校を薦めてきた。
こうして私は転校することとなった。




