7話 / 極光の魔王
イベント当日になった。大量の回復薬をインベントリに準備し、アリカ自身のアディクションによる武器破壊を伴った最大火力を引き出すための、幅広な大剣などもいくつか仕込んである。そして昨日は早めにログアウトして睡眠も取ったし、直前に迫ったイベントにそわそわしながらも食事、水分補給、お手洗いも済ませていた。
「……準備、ばっちりです」
「あんまり気負いしなくてもいいんじゃないかな、アリカさん。多分アリカさんなら大丈夫だよ――話題になってるスキル、強そうだし。でもそれを使うなら、イベント後に多少、いや、それなりに身の回りが騒がしくなると思うから、それだけ覚悟してれば」
始まりの街、その一区画に用意されているハウジング空間――通称、アパート。既に建造されている建物の一室を、月額でダラーを支払い自分の部屋として利用できる場所だ。今、アリカとラインハルト、そしてミコの三人はその一室にいた。緑を基調としてレイアウトされたその部屋はミコの借りている部屋だ。せっかく出るので、アリカからミコやラインハルトにメッセージを贈ったらアドバイス兼雑談、といった形で招待されたのである。
「ラインハルトさんの言う通りですよ、アリカさん。先の領地戦の時と同じでも圧勝出来ると思いますけど、味方のバフ――移動速度アップとか、防御力上昇とかは待ってもいいかもしれませんね。ただ、私自身が対人戦をしないのでなんともですが。どうなんでしょう、ラインハルトさん?」
「対人戦、しかも二桁超える単位でのバトロワってなると僕も……ですね。七対七の世界決戦陣ってイベント前提にはなるんですが、とにかく一人でも落ちるのが良くないので……範囲攻撃に対するバフは必須ですね。二人とも知ってたらごめんなさいだけど、このゲームってキャラクターが柔らかいんですよ。クリティカル判定でちゃうと、即落ちも珍しくないし」
以前の騎士といった趣の鎧ではなく、着やすそうな、どこか民族衣装を彷彿とさせる服を纏ったラインハルトが自らの親指を頭、首、心臓、鳩尾と次いで立てていく。それらはシードオンラインにおける人間の急所位置。斬撃然り打撃しかり、まっとうに攻撃を貰うと一撃で生存権利であるライフポイントが剝奪されかねない場所。
「だから、それらの部位に対する攻撃は極力防いでください。そもそも、回避できない体勢にならない。そして心臓に受けるくらいなら腕一本を捨てる。無理にスキルをスキルで受け止めない――タンク役の僕視点にはなるんですが、大剣のディープ・スラッシュとかは盾でも受けたくないです。ノックバックするし、相手の熟練度次第でスキルによる連撃を使われてしまうので」
なるほど、と零しながらアリカはこくりと頷いた。
そして思った疑問を口にする。
「スキルによる連撃ですか? それがちょっと分からないんですけど――例えば、短剣とかに多いですよね、ひゅんひゅん振るスキル」
「それはスキルによる連撃だね。僕が言ってるのは、スキルの後に重ねてスキルを放つテクニックのことなんですよ。……実際、そのテクってあんまり解明されてなくて、今は特定のルートしかよく見ませんけど。よく相手するのは、大剣限定ですけどディープ・スラッシュ、瓦割、崩剣、です。動画はたくさん溢れてるので、イベント終わったら見てみるといいですね」
日課のルーチンワークにしているスキル検索で名前はある程度覚えていても、実際の動きや効果まで覚えきれているはずもない。奥が深いゲームですね、とため息交じりにアリカは苦笑した。スキルの連撃は気になるが、どうせ対人戦をやらなければ覚えなくてもいいところだったのでアリカの中での優先度は高くない。
そもそも、尽きぬ焔の約定で完結できているアリカにはあまり強みにならないところである。
「そろそろお時間ですね――アリカさんが戻られたら、私が何か作りましょうか。領地戦で助けられましたし、ささやかにはなりますが。新バッチが出た頃に取っておいた食材アイテム、まだ残ってるんですよ。世界樹関連のフルーツとかです!」
「え、いいんですか……遠慮なく頂きます! でしたら私も取れたらですけど、イベントの食材をお裾分けしますね!」
これですよこれ。これが人との触れ合いってやつです――そんな風に思いながらほんのり暖かくなる心中を感じていると、アリカの視界に――イベントが開始されます、というウィンドウが浮かび上がった。これを押すとイベント会場に転送される、と規約に記載されていたことをアリカは知っている。紺色のローブを纏い、フードで顔を隠したアリカはぐっ、と親指をラインハルトとミコに向けて立てた。
「ありがとうございました、では、初イベント――挑戦してきます!」
参加する、ボタンを指先でタッチする。
アリカの視界が白く染まり――初めてのイベント参加が幕を開けた。
……
アリカが転送されてきたのは――荒れ果てた荒野だ。茶色い地面がむき出しになり、ところどころには鋭い岩が露わになっている。また、同じような質感の、数十メートルに及ぶだろう円柱の巨大な岩も聳え立っていた。それも一つではなく、様々な位置に。そこはまるで大地の果てを連想させるかのような世界。辺りを見回すと、自分と同じように転送されてきたプレイヤーたちが興味深そうに視線をぐるぐると動かしている。
「……バーチャルって、改めてですが凄いですね。厳密にはミコさんのアパートと同じ電子の空間のはずなのに、肌に感じる風も、匂いも違う」
不意に――強烈な風が砂埃を纏って吹き抜けた。思わず閉じた瞳を再度開けば――大きな岩や小さな岩を挟んだ前方、距離にしてアリカからおおよそ一キロメートル先。その位置に、こちらと同じようなプレイヤーの大群が現れたではないか。それと同時にお知らせウィンドウが立ち上がると、その内部で動画が再生始める。真っ黒の背景に大きく白色の文字――ようこそ、という歓迎のメッセージ。
「初めてのイベントに参加してくれてありがとう、プレイヤーの方々。今回のライトなイベントの統括を任せている、管理者のグラスっす」
不意に、天から言葉が届いた。アリカや、辺りのプレイヤーが一斉に点を見上げる。そこには宙に浮いたアバターが頬の端を歪めるように笑っていた。逆立った金色の短い髪に、身に纏ったのは足元まで靡く鮮やかな赤のローブ。その背中にはシードオンラインを運営している企業であるイノセントのロゴマークが金色の刺繍で刻まれている。ぐっ、とアリカが管理者グラスを注視すると、アバターの頭上に青色で大きく、Owner、と表記された。
グラス――運営側の人間である林田は、目下を眺めプレイヤーを確認する。アバターは腕を組んでいるが、実際はホログラフ・キーボードを忙しなく叩き、目下のプレイヤーから特定の人物を探し出していた。シードオンラインの本番データに対するアクセス権限を受領した林田は、既に組んでいたクエリー(Query。特定のデータを取得する為の構文のことを指す)を再度確認し、ヨシ、と呟いて仮想のエンターキーを押し込んだ。
「(ヨシ、って流石に古いっすかねー。で、あの人は今どちらにいるんっでしょうっかー……っと――見つけた)」
林田のアバターが一点に視線を向ける。そこには、検索結果に該当し、アバターが林田にだけ目視できる赤い円で囲まれた――アリカ・ルーセントハート。既に林田はアリカのレベルを知っている。だが、アリカが所有しているスキルまでは知りえていない。なぜ管理者という立場であれど、データを把握できていないのか。それはシードオンラインの運営システムが深く関わっていた。
「(――システムの基幹AI、ルーセントハート。彼女の許可がなければ例え管理者でもゲームシステム内部のデータを見れないし、覗こうとしても全てマスキング・データになってるって、初期にどんな設計したんっすかね?)」
マスキング・データ。つまり、ルーセントハートという基幹AIの承認がなければ外部の人間はシステム内部のデータを覗くことは出来ないのだ。そして、ゲーム内部の細かいイベントは全てルーセントハートの元に生成が行われている。管理者がこのエリアはこのレベル帯で、このシナリオに沿うようにクエストを設定してほしい。そんなパラメータをルーセントハートに送り込むと、それを自動的に解釈し、クエストが生成される造りである。
今回のようなイベントもそうだ。全てはルーセンハートの承認と共に行われている。
アリカの情報をデータベースから取得した結果、スキル欄もステータスも、黒丸で塗り潰された文字列しか見れない。本当に自分って管理者なんですかね、と苦笑気味に溜息を零した後、林田――グラスはイベントの概要を説明し始める。
「ルールは二つの陣営に分かれてのPvP(person versus person。いわゆるプレイヤー同士による対人戦のこと)。シンプルに相手の陣営がゼロになるまで戦い、残った陣営の勝利になるっすよ。……概要にも記したと思うけど、報酬も豪華なのを用意したっす! 特に――キル数一位の夜天のドレス、これは新しいデザイナーさんが全力で作ってくれた一品なんで、参加者みんな取得目指して頑張ってほしいっすね!」
――湧き上がる盛大な完成。常に最新バッチの戦闘を走る、廃人といったプレイヤーはそもそもライト版のこのイベントに参加は出来ない。故に、廃人でなくとも貴重なアイテムに手が届きそうなこの機会を逃すか、と物欲に塗れた歓声や雄たけびが両陣営から沸き上がった。グラスから見て西の白陣営、そして黒陣営。事前に同程度の戦力になるようルーセントハートに依頼を出しておいたので割と拮抗するだ、と一人で満足そうにグラスは頷く。
その中で、アリカは白の陣営に所属していた。
「で、ここで特別ゲストのお二人にご登場願いましょうか、お出番っすよ!」
グラスが大声で呼びかけると――丁度、両陣営の中央。円柱型の岩の天辺に、二つの影が落ちた。
アリカはその姿を視界に入れて、思わず奥歯を噛みしめる。そして、そう来ますか、と苦笑しつつ零した。
「久しいな諸君。こうしてイベントで姿を出すのは前回の決戦陣以来だな。……俺が極光のアークロイヤルだ、今回は俺が諸君らの壁となろう。思う存分に、この世界に降りてから得た全てをぶつけてこい――期待している」
眩い金のざんばらな髪。そして鋭く輝くのはサファイアのような青い瞳。身に纏ったのは――あまりにも場違い感が溢れ出た、金色のスーツ。そのセンスを前にして、アリカは事前に調べた通りの人だ、と改めて再認識。派手好きで、女好き。流石にイベント会場に囲いの女性は連れてこれなかったのだろう。だが、それでも――彼、アークロイヤルは極光の魔王だ。その称号は飾りでも、伊達でもない。
事実、彼の着ているスーツにしても――ラインハルトが普段好んで利用している鎧より防御力に秀でており、特殊能力も満載の代物だ。
そしてその隣に視線を向け――思わずアリカは一歩引いてしまう。そこには、先日、港町アイゼンベルグで歪な黒の短剣を突き付けてきた、アリカと同じような紺色のローブを着た姿があったからだ。まじっすか、と思わずアリカは言葉を零さずにはいられなかった。
「――よろしく」
「相変わらずお前はシャイなのだな、刻のよ。いい加減に心を開いてくれてもいいのだぞ、もう俺とは一年の付き合いになるだろう? 子猫でもそれくらい長くいれば、膝上で寝るくらいはするだろう」
「ごめんなさい、貴方に興味はあんまりないの」
二つの陣営に聞こえるように拡大されていたアークロイヤルの声が響くと、両陣営の歓声がぴたりと止まる。
そして――先程の報酬の話の際に上がった歓声より、巨大な歓迎の声が一気に広がっていくではないか。
「刻って、あの刻の魔王だよな!? 今の今まで一切イベントにも参加拒否してきて、どんなスキルを持っているかも一切が分からなかった奴!」
「やべ、俺録画開始しとこ――再生数やべーことになるぜ、これ!?」
喜色満面で何か操作を始める周りとは違い、アリカはひたすらに落ち込んでいた。ええ、魔王二人って――。曇天のように沈んだ感情と、欲しいものが取れないかもしれない、そんな焦りの感情がアリカの中でせめぎ合う。せめて、と思い、密かにアリカは流転の剣を予め発動させておいた。しっかりとマナが目減りし、自らのステータス表記の下にアイコン――青く輝く剣の下に十と記されている――を確認すると、目減りしたばかりのマナを回復するため、青い液体を喉へと流し込む。
「歓声の中に悲鳴が聞こえるっすね――安心してほしいっす、魔王二人はあくまでバランスを取る為のゲスト! 不利な陣営に味方して均衡を取ってくれる存在っす、それに――プレイヤーにキルされた場合は復活出来ないっすけど、魔王相手にキルされた場合は自陣営の奥で復活するんで! おまけに、魔王のキルやダメージはランキングの報酬に影響しないっす、魔王はランキング除外!」
「……均衡。ってなると、初めから飛ばさないと――後で魔王相手にして、もたつく可能性が出てくると」
やっぱり当初考えていたプランからの変更はなしだ――アリカがぐっと拳を握り締める。
他、グラスがキルやダメージの説明を終えると、大きな赤い十という数字が、両陣営の中央にホログラフで浮かび上がった。
「それじゃあカウントダウン開始っす! 運営のチャンネルでも配信されてますからね、皆さんのちょっといいところ、見せてくださいっす!」
……
――ゼロ。それと同時にプレイヤーが前へフライング出来ないように備えられていた見えない壁が除去された。我先にと駆け出す前衛スキルを持ったプレイヤー達。白陣営と黒陣営が開戦するその様子は、しっかりと宙を舞う丸形の配信カメラが捉えている。あと僅か、で互いともスキルの射程に収まる開戦距離となる瞬間。白の陣営の先頭を駆けるプレイヤー達の群から、ぼっぼっ、と歪な音を立てて火花が迸った。
「待て、これあの動画の――」
勘の良い誰かが叫んだ。それでも時は止まらない――その火花が黒の先頭陣営まで潜り込む。
そして一気に火花がはじけ飛んだ。並大抵の装備では防げない、レベルカンスト、熟練度最大値のアリカによるリミテッドスキル――尽きぬ焔の約定。全てを飲み込み、灼熱で嘗め溶かす豪炎が黒陣営の先頭集団、その中心に近い位置で咲き誇る。身体を炎から戻し、一瞬で五十人以上のプレイヤーを屠ったアリカはそれでも止まらない。今のうちに、魔王の介入が行われていない今のうちに、と急くように自らのスキルを最大火力で打ち続ける。五月雨のように打ち出された燃え盛る炎の槍と剣が、爆発で落ちなかった黒陣営のプレイヤーを次々と撃ち抜いていく。
僅か一瞬でライフポイントを溶かされたプレイヤーに続き、炎の余波によるスリップダメージで次々と黒の陣営のプレイヤーが消えていった。地獄の如き光景を前にして、血気盛んに突撃しようとしていたアリカと同じ白陣営のプレイヤーは全員たたらを踏み、思わず立ち止まっていた。今、この瞬間、アリカはたった一人で黒陣営を全滅させる勢いのままに突き進んでいた。
「……え、まじっすか?」
目前で起きた事実――このライト版のイベントでまさか大量キルが生まれること――を受け入れられず、呆然と言葉を零すグラス。シードオンラインではハイレベルのプレイヤーと、ライトなプレイヤー向けにイベントを区別して開催しており、ライト向けのイベントでは通常こんな五十人以上、余波を合わせて三桁に届くような大量キルは生まれない。ハイレベル向けでもそうだ、少なくとも――シードオンラインはMMO(Massively Multiplayer Online。大人数が同時に参加するオンラインRPGのことを指す)なのだから。
そう、RPGなのである。レベルが上がれば使えるスキルも増える。そしてスキルが増えれば取れる選択肢も増える。そして戦力が増していく――そう、スキル制を唄っているシードオンラインでも、レベル差がそのまま彼我の戦力差になるのだ。廃人対初心者であれば大量キルは生まれるかもしれないが、このイベントはライト版。全員が同じレベル帯である程度揃えられているはずなのに。
「ライト版、っすよねこれ。――林田のIDでルーセントハートに申請、アリカ・ルーセントハートのプロファイルを取得したいっす」
アバターのポーズを腕組みした状態で固定し、裏側で慌ててホログラフ・キーボードを操作する林田。基幹AIであるルーセントハートに対して申請を行う最中も、林田の眼下でイベントは進んでいく。
「えーっと、あー、これは……楽しいかもしれない……! これまでずっとバカみたいに固かったり、レイドボスが相手でしたからね、ある種の無双ゲーに近いかもしれません!」
薄ら笑いを浮かべつつ、アリカは更にキルを求めて前へ前へと進んでいく。そのアリカに怯えたのだろう、既に背後の味方が足を止めて追従してきていない、その事実にも気づかない。燃え盛る脚が大地を蹴る。同時にばちばちと爆ぜる炎が相手のプレイヤーを巻き込みながら吹き飛ばし、キルを次々と積み重ねていく。逃げ惑うプレイヤーに対してこれまで味わってこなかった快感を感じ、薄ら笑いを張り付けながら追い縋るアリカの姿は、相手陣営からすればただの悪魔でしかない。
だがそんな時間も一瞬だった。気づけば――アリカの眼前に、金色のスーツ姿の男が立っている。
鮮烈な金色の髪を靡かせ、深い海のような青いサファイアの瞳を携え、自信満々の笑みを浮かべながら。
「俺も見たよ、君のスキルが一瞬だけど映り込んでいる動画。いいね、実に素晴らしい。俺の元へ来たまえ。そして我が極光の元で、存分にその力を振るうがよ――」
「ごめんなさい無理です、来るのが早すぎるんですよ!?」
顔を限界まで引き攣らせながらアリカは足元に炎を打ち込んだ。極光の魔王――アークロイヤルへ目掛けて爆炎が巻き起こり、視界を奪うように砂埃が巻き上がる。その一瞬、視界が閉ざされたことを確認したアリカは横目でバイタル・ステータスが表示されているウィンドウを見ながら、点動を二連続で発動させた。アークロイヤルの直線上から一瞬で外れ、真横を駆け抜けていく。点から点へ一瞬で移動するスキル、点動。一瞬で加速し最大速度を得たアリカはその勢いのまま、アークロイヤルの隣を一瞬で追い越して砂埃を抜けた。
「バイタル――良し、点動も二回くらいなら全然……っと!?」
「――どうやってそこまで移動したんだ、君?」
完全に置き去りにした――筈だった。アリカの常識では、点動の加速に追いついてこれるプレイヤーだなんていないはずだった。何故なら、あの加速度は一気に辺りの世界を塗り替えたと錯覚するほどの速度を持っていたからだ。リインカーネーションの森のレベルが高いゴブリンも、以前ラインハルトとミコを助けた時に相手したプレイヤーも、ついてこれていなかったから。だが、魔王を相手にその常識は通用しない。故に――彼らは魔王と呼称されている。
「点動だと思ったんだけどな。それにしては距離が合わないし、俊足系の派生か? やはり俺はお前が欲しい、フレンドを交わそう――名も知らぬ君!」
ばきんと甲高い男がしたかと思えば、アリカを上下左右から囲うよう、球体を描くように複数の幾何学的な魔方陣が展開された。そして行く手を阻むように黄金の鎖が奔る。こんな移動を邪魔してくる系のスキルまで持っているとか聞いてない、と身体を炎化させ隙間から脱出を図ろうとしたその瞬間、アリカの右足の付け根が文字通り消し飛び――体勢を崩し、そのまま地面へと倒れ込んでしまった。何も見えなかったが、アリカは極光の魔王の攻撃だ、と確信していた。
「い”っ……随分とお早い攻撃をしていますね、全然見えなかったんですが。それにスキルも多彩なんですね……他、どんな攻撃が出来るか教えていただけませんか?」
「俺を誰だと思っている、極光だぞ。……そら、フレンドを送信した、許可するがいい」
「……ここを見逃してくれるなら許可しますよ、フレンドくらいであれば。ほら、可愛らしい新人に花を持たせてあげる、それも上の――魔王様の役割だと思いません?」
「ははは、確かにそうかもしれぬ。だがそれ以上に――魔王は魔王らしく在らねばならない。俺は極光に誇りを持っているからな、見逃す、だなんて事をすると思うのか?」
「私なら絶対にしないですね、わかりました。なら――戦争です、私もあの報酬は譲りたくないもので!!」
今まで再生をせずに欠損していた右足首が、ごうと炎に包まれて一瞬で健全な状態を取り戻す。驚いたようにアークロイヤルが右腕をアリカに向けるが――極光のスキルの発動よりも早く、事前にスタックされていたアリカの流転の剣が虚空より二本現れ、アークロイヤルの頭と心臓目掛けて射出された。それらはアークロイヤルに傷を付けることは叶わず、途中で眩い光条によって打ち落とされる。僅か一瞬の交錯だが、アリカにとっては喉から手が出るほどに欲しい一瞬だった。
どうせ相手の方がスキルの知識は多い。自らのことを知られる前に、そして、極光の魔王が得意そうな離れた距離ではなくもっともっと近い距離――接近戦、インファイト。かつてリインカーネーションの森で戦ったレイドボス、騎士のユークリッド・アルセウスをアリカは思い出し、苦笑いを零す。そして相手が魔王というだけで逃げの一手を選び、怯んでいた自分に心中で活を入れた。
「魔王はプレイヤーなんですから、レイドボスより貧弱じゃないですか。一撃、クリティカルを当てれば私の勝ち……!」
健全の右足で大地を蹴って点動を発動させる。背後から追い縋る黄金の鎖は届かない――スタミナが足りない筈だろう――そんなアークロイヤルの困惑した声が届くが、相槌を返すつもりも、余裕もアリカにはない。視界が急速にグレーアウトする。極限の集中力と、VRそのものへの適正がある限られた人間にしか開けられないゾーンの扉を、アリカは再びいともたやすくこじ開けた。全てがスローモーションの世界に、アリカの反射神経を持ってすれば――例え極光の如き攻撃でさえ、避けるのは容易いことだった。
放たれた光条を自在に潜り抜け、足を踏み出していく。そして、残り二メートル程の距離を切った。
「視えているのか、光だぞ!?」
極光の魔王が右腕を振り抜いた――その軌跡がそのまま光刃となり、直線状のアリカを切り裂かんと奔る。だがそれよりも早く、右腕を振り抜こうと引いた段階でアリカは点動を発動していた――光刃が奔る頃には、もう紺色のローブを風に躍らせてアリカはアークロイヤルの背後を取っている。
勝敗は決した、生み出された燃え盛る炎の槍がアークロイヤルを背後から穿ち抜く。更にそれに重ねるように、尽きぬ焔の約定による強烈な炎による攻撃を放った。どちらが致命に至ったのかは分からないが、極光の魔王のアバターがぱりんと赤いデッドエフェクトを撒き散らし、今まで展開されていた黄金の鎖とともに消えていくのを見て、アリカはようやく安堵の溜息を零す。
「大分、時間を取られた気がします。まだ、稼がないといけな――」
前へ掛けようとした足も、独り言も、そして呼吸さえも止まりそうになった。
いつの間にか少し離れた場所で、自分と同じようなローブを着た――刻の魔王が立っていたからだ。別に、魔王だなんて称号を前にして萎縮したのではない。自らに突き刺さる刻の魔王の意思が、そして、魔王が右手に持つ歪な黒の短剣が、アリカの危険信号を全開で鳴らしているのだ。ようやく気付いてもらえたか、と刻の魔王はフードを外す。黒いボブカットの髪と、黒真珠の瞳が露わになった。
「この前は驚かせてごめんね。あの港町で一度会ってたよね? それでね、多分、私が求めてた人物像とぴったりマッチしているんだよね、あなた」
「……いえいえ、でも極光さんに続いてまたナンパでしょうか? 魔王はナンパ癖のある人しかいないんですか? いやぁ、モテて困っちゃいますねー、驚いてます」
「ただでさえマスクデータが多くて仕様も分からないこの世界で、そんな強いスキルを引っ提げてイベントに参加しちゃモテたくなくてもモテるよ」
確かに――あわよくばそれで納得しかけた自らの頭をふるふると振って、そうじゃない、と一息。
「極光さんはなんだか本気のナンパな気がしてお断りしましたけど、刻さんはいったい何が目的なんでしょう?」
「回りくどいの面倒だから素直に言うけど、一緒にフルレイドの未攻略のところに来てくれる人を探してたんだよね。ほら、私のスキルが特殊だから相性がいい人がいなくてさ……その点、あなたなら私についてこれるかな、って思ったんだ」
明るい笑顔に裏はなさそうだ。だが、その手に持っている物騒なもの一体何のために出しているんだろう。困惑し包まれたアリカ。
「で、確かめさせてほしいな。さっきのポンコツロイヤル相手で粗方分かったけど、確認も兼ねて――ね」




