32話 / 理想の姿
「――おい坊主、狙われてるぞ、避けろ!」
限りなくリアルに模倣された東京都渋谷区。その舞台にてアリカ達一同は篠原里香と相対し、お互いのライフポイントを削り合う戦いを始めていた――。アリカと篠原里香が持つリミテッド・スキルである尽きぬ焔の約定は全く同じ。ただ、アリカと篠原里香の経験の差が如実に表れる結果となっている。
「避けろって言っても、あんなに燃える槍を出されたら逃げ場所だなんて無いじゃないですか!?」
篠原里香は――元から立っていた交差点の中央より、殆ど動いていない。それでもシャーロットのオニギリの集中攻撃を容易く捌き切り、更には中衛の位置で炎による攻撃を放っているアリカと、一撃必殺を狙って移動を繰り返しているラインハルトの二人を、次々と射出される紅蓮の槍で圧倒していた。
「そういえば、シャーロットさん。前に戦った時は手を抜いていてすいませんでしたね。私、シード・オンラインのシステム上だと色々と制約がありまして本気で相手出来なかったんですよ」
自らを屠らんと放たれたオニギリの右拳。瞬きの一度さえ許さない速度のそれは――篠原里香にとっては、ゆっくりと自らに迫る物でしかない。自分自身が仮想空間に入って、おおよそ百五十年。八人のエンジニアが残した記憶データの整理ツールを利用し、不要な情報を削ぎ落してきたが――彼女はいわば、VR適正における人類の完成形だ。長年シード・オンラインを続けてきたシャーロット、オニギリでも比較対象にすらならない。
そんなVR適正の完成形である篠原里香がゾーンに入った場合、その瞳は全ての挙動を捉え見切る驚異のものとなる。それはもはや、適正だとかゾーンのような言葉で済ませていいものではない。いわば、ある種の魔眼に近かった。シード・オンラインにも魔眼というスキル自体は存在するが、それとは似て異なる――システムによる補佐も何も受けない、純粋な人の力のみで到達する、誰にでもは出来ない領域。
オニギリの拳は篠原里香が発動した体術スキルでいとも簡単に流される。攻撃を外されたオニギリの無防備な身体を炎の爆炎が襲い、ライフポイントこそ全損しなかったものの、あっという間に彼の身体は中央交差点から渋谷駅入り口まで吹き飛ばされていった。
「――じゃあ、本気だろうと受け止められない理滅はどうなのかな、教えてくれない?」
身体を限界まで倒し、地を這うように、篠原里香の視界から脱出したシャーロットが視界外の真横から黒い稲妻を纏う理滅――あらゆる属性に対して特攻効果を持つ属性を兼ね揃えた、尽きぬ焔の約定では受け止めることが不可能な刃による一撃を仕掛けに行った。逆手に握られた短剣が黒い稲妻と赤いスキル・エフェクトを纏い、閃光のように篠原里香の首筋を目掛けて放たれる。
「攻撃そのものを潰しますね――生憎、見えてますよ、それ」
黒真珠の瞳がシャーロットを捉えた。迫りくる刃は尽きぬ焔の約定では止められない――が、その腕であれば攻撃は通る。直感でも憶測でもない。篠原里香は真上から、完全に攻撃が当たるタイミングを確信した上で紅蓮の槍を射出する。槍の生成速度も、スキルの数も、VR適正も、アリカ・ルーセントハートの完全上位互換――シャーロットは理滅の刃が当たる前に、短剣を握った腕ごと、地面に紅蓮の槍で縫い留められてしまう。
「うっそぉ……!? 短剣スキルって、ゲーム中でも最速なのに!」
シャーロットと入れ替わるように――白銀の髪を翻しながら、黒のドレスを躍らせてアリカが割り込んでくる。構えられた紅蓮の槍の
穂先が赤く煌めき、鋭い三連突きが篠原里香へと放たれた。普通であれば何をするのにも間に合わないタイミングだが――膝下くらいまでのスカートを翻して、篠原里香は一歩引くと――アリカと同じ紅蓮の槍を一瞬で手元に創り出す。
「ふっ――」
僅かな吐息と共にアリカと同じ槍スキルが発動する。篠原里香のそれは後出しなのにも関わらず、アリカの紅蓮の槍による攻撃を全て撃墜した。追撃とばかりにアリカの背後から放たれたのは、マナの塊でもある青く煌めく流転の剣。夜に落ちた渋谷の中央交差点に、五つの流星のような軌跡が描かれる。
「実際、そういう射出する系のスキルは物珍しいです。特に、マナしかコストが必要ないそれは便利ですが――私から見れば、ソーシャル映えしかしない、単調なスキルですがね」
飛来したマナの剣を自由自在な槍技で払い落していく。闇の中に燃え盛る紅蓮の起動が描かれ、アリカが放った五本の流転の剣は穂先に打たれて破砕。青く輝くマナの残滓が一面に散らばり――それを潜り抜けるように、更に一歩、アスファルトを蹴りだしてアリカが篠原里香へ詰め寄る。
「知ってましたよ、なんで――あなたの全部を、薙ぎ払わせて貰うことにしますね」
アリカの手に握られているのは――ただの大剣だ。それこそマーケットで買えば一万ダラーにも届かないような、安価な一振り。ただ今その大剣は、アリカが持つ尽きぬ焔の約定によって、今にも破裂しそうな程に赤く赤く輝いていた。スキルの性能に武器が耐えられず、破損する寸前といってもいい。
「――!」
流石にそれは受け流せない。例え紅蓮の槍で受け止めても質量差で負けるし、アディクションを絡められたら前方全てが攻撃範囲となる。篠原里香にはアリカが真芯打ちをアディクションにも乗せられるか確信が無かったが――不要なリスクと判断した。密度の高い紅蓮の炎の弾丸が放たれ、アリカの両足を穿つ。
「踏ん張れなければ振り回せないですよね、大剣なんて」
ダメージは殆ど入っていないが――尽きぬ焔の約定による攻撃の軽減は、自らの身体を炎に転化し、擦り抜けさせることによって行われている。当然、両足が破損するほどの攻撃であれば、立っていることは出来ない状態になるのだ。態勢を崩したアリカに向かい、締めはあっけないですね、と紅蓮の槍が振るわれる瞬間。
「――リテイク。やり直しでしょ、そんなの」
意地悪気に舌を出し、自らの首筋を理滅の刃で掻き切るシャーロットの姿が見えた。
「――やっぱり私、あなたのことが嫌いです」
憎々しくシャーロットを睨むも、理滅の刃は止まらない。シャーロットの死亡判定により彼女の持つリミテッド・スキル、歩み寄る死の拒絶が起動した。それは両足を撃ち抜かれたアリカにとって都合の悪い世界を巻き戻し――被弾直前のタイミングまで回帰する。シャーロットの死に戻りを観測できるアリカにとって、篠原里香によって放たれた紅蓮の弾丸を避けることは簡単だ。その場で地面を蹴り飛ばし、ジャンプの勢いを大剣に乗せて袈裟に大剣を振り抜いた。
が、それはアスファルトに突き刺さる結果に終わる。嘘っ、と驚きの声を零したアリカだった。いつの間にかシャーロットの眼前で燃え盛る拳を振り抜こうとしている篠原里香を見つけ、思わず叫び声をあげる。
「点動!?」
必死の場面だというのにも関わらず、シャーロットの笑みは消えない。この場で彼女の死に戻りを観測できるのはアリカとオニギリだけだ。その二人以外に、もう彼女に次が無いということを知っている人間はいない。誰も彼女のケアに入る存在はいない――はずだった。だが一人だけ、彼女の――私のライフポイントを常に気にして、一秒以上目を離さないで――という言葉を覚えていて、忠実にそれを実現している人間がいたのだ。
「なに、報酬は――俺とのデート一回でいいぞ。各種メディアも呼び出してお披露目でもしてやろうじゃないか」
黄金の鎖が夜天を駆け抜け篠原里香を拘束せしめんと飛来した。良く見てますね、と苛立たしい声を零し、眉を顰めながら篠原里香は迫りくる鎖の一つ一つを紅蓮に燃え盛る拳で打ち落とす。ごん、ごんと歪な音が響き渡り鎖が地面に叩きつけられ、黄金の粒子と共に消え去っていく――。
「ま、今のは仕方ないか――二時間だけ付き合ってあげる」
シャーロットの足元に時計のような魔方陣が刻まれた。それを見た篠原里香は思わず頬をぴくりと震わせる。――時間停止。いくらスペック上でアリカ達を比較するのも馬鹿らしいほど大幅に上回っている彼女であれど、その刻の魔王の権能から逃れる術は持ち合わせていない。
黄金の心臓によりスタミナの消費値がゼロとなった点動ですぐさまにその場を離脱する。が、一度目の点動が終わった直後。二度目を発動させようとした瞬間――篠原里香の身体が文字通り突き飛ばされた。戦線復帰したオニギリが、シャーロットの足元の魔方陣を見て咄嗟に離脱した篠原里香にタックルを仕掛けたのだ。点動は点と点を結ぶように高速移動するスキル。篠原里香が移動する場所など分かる訳もなかったが、この状況下だけは例外だ。
「やっぱ、シャーロットのスキルも知ってたか。最短であいつから離れるなら、この場所しかねえからな――!」
「こ、の……!?」
ただのタックルとは言え、オニギリのそれは真芯を打つ。初めて大きく目減りした篠原里香のライフポイント――だがそれももう関係ない。今、彼女がオニギリのタックルで宙へ飛ばされている場所は――シャーロットの射程圏内だ。シャーロットの足元の魔方陣が大きく煌めいて、魔方陣上で時を刻むように動いていた短針と、長針がその動きを止める。
「アディクション――」
全てがグレーアウトした時の止まった世界を駆け抜ける。そしていとも簡単に理滅の刃が篠原里香の首筋を二度切り裂いた――これでこのふざけたレイドも終わりだ。シャーロットはそう溜息を零しながら、時を止めるというアディクションの有効時間、十秒が過ぎるのを待つ。
そして解除され、篠原里香が散るところを見届けようとしたところで――彼女の身体が、揺らめく蜃気楼のように溶けていくことに気付いた。シャーロットの死に戻り同様、時間停止を観測できるオニギリ、そしてアリカも動く事よりも先に混乱が勝ってしまい、ほんの一瞬だけ、行動が遅れてしまう。
「一つだけ、陽炎っていう脱出技があるんですよ。このリミテッド・スキルには」
溶け落ちていく篠原里香だったものの背後から、本体である彼女自身が飛び出した。その手に握られているのは燃え盛る紅蓮の短剣。篠原里香は好機とばかりに全力攻撃を仕掛けに行く。
「うっそ……!?」
アディクションのクールタイム、そして混乱した場をリセットする為に自死を選択するシャーロット。だがそれよりも篠原里香の攻撃行動の方が早い。瞬き一回の間にシャーロットの両腕が切断され宙を舞う。これで二秒以内のシャーロットの自死は不可能となった。
用済みとばばかりにシャーロットを蹴り飛ばした後、同時に紅蓮の槍が十数本まとめてアークロイヤルとオニギリに放たれる。
――アークロイヤルは瞬時に判断を下す。極光の魔王としてのバフを振りまいてもこれなのだ。バースト、一斉攻撃を仕掛けるタイミングが無いが故に、切り札ともなるシード・オンライン上で最強のバフ・スキルこそ起動していないが、この場で回復役となる存在が欠損することの致命さは知っている。
だから、シャーロットの回復、ケアよりも自らの守りを優先した。光り輝く障壁が生み出され、数えることができない程のヒビを刻まれながらも、紅蓮の槍の雨を防ぎきることに成功する。――だがアークロイヤルにはそこまでだった。気づけば目の前に、篠原里香が黒真珠の瞳を煌めかせ、短剣を振りかぶっているのが見えたのだ。
「なぁ、お前。俺とフレンドを交わさないか――俺の配下になる権利をくれてやろう!」
やぶれかぶれの冗談だった。だがその言葉が何かの琴線に触れたのか、ほんの一瞬だけ、篠原里香の腕が止まる。
「……私よりも弱い人の配下っていうのは、ちょっとお断りしたいです!」
苦笑と共に紅蓮の短剣が閃き――アークロイヤルのライフポイントが完全に欠損する。それを地面に這いつくばりながら見ていたシャーロットはどうにかインベントリから欠損回復ポーションとライフ・ポーションを取り出し、地面に転がしたそれを噛み砕いて、零れた液体を啜り回復を図る――。
「あのポンコツ、そんなこと聞くなら決死の一撃でも入れて欲しいんだけど……!?」
腕の欠損や足の欠損判定は致命的だ。他のVRMMOでは安易に考えられがちであるが、ことシード・オンラインに関してはとてもシビアに設定されているのである。ログアウト操作の為もあって、各種アイテムが収められているインベントリや装備に関しては容易にインフォメーションパネルから選択できるが――両腕が欠損させられている状態でアイテムを利用しようとすると、腕が使えない以上シャーロットのようにするしかない。
「必死ですね、蟻みたい」
――だがそれはあまりに緩慢だ。篠原里香が振り向きざまに手を振れば、アスファルトへシャーロットを縫い留めるように紅蓮の槍が宙から生まれ、そして放たれて無情の如く突き刺さる。こうなってしまえばクリティカルだの死に戻りだのも関係ない。圧倒的な火力という暴力はシャーロットのライフポイント吹き飛ばした。
「……っ、クソボスが!?」
苦悶に満ちたシャーロットの声を引き金に、歩み寄る死の拒絶が発動して世界が逆戻りする。既に我を取り戻していたアリカとオニギリが極限の集中状態であるゾーンに入りながら駆け寄った――。死に戻りを観測できる二人だからこそ、その動きは速かった。アリカは点動を連続で発動させ、オニギリは自らの持つスキルの中でも最高加速度を持つ瞬動を発動させる。
アリカの紅蓮の槍が点動と同時に放たれるが、篠原里香の放った紅蓮の槍には間に合わず。そしてオニギリが篠原里香とシャーロットの間に立ちはだかるように割り込むが、その身体は紅蓮の槍を打ち砕くよりも早く、青く輝くマナの剣に撃ち抜かれていた。それはシャーロットも、少し離れた位置で黄金に輝く大剣を振り下ろす直前だったラインハルトも同じだ。
――死に戻りを観測できるのはアリカとオニギリだけに許された特権ではない。
篠原里香もまた、シャーロットの死に戻りを観測する。
「私とアリカさんは殆ど同じスキルの構成ですから。付け加えれば、アーツ・スロットも一緒です……流転の剣、そして私の大灼天紅蓮焔延天」
篠原里香はポリゴンとなって砕け散ったシャーロットとオニギリからラインハルトへ視線を移す。その身体は――砕け散ってはいない。理滅の属性を持つ黄金の光子を溢れさせる大剣、それを天へ向けながら鬼の様な形相で篠原里香を睨んでいた。彼のライフポイントは残り一。騎士としてのスキルである護る意思が発動し、心臓を貫くという必死の攻撃を堪えたのだ。
「――僕も、その場所まで、行くんだ。だからこれで終われよ、大人しく負けてくれ!!」
聖剣の準備が完了する――自らの身をもってそれを体験しているアリカは、撃たせることが出来れば勝ちだ、そう判断した。
「理滅の唯一の弱点って知ってます?」
切り札である聖剣、それも――篠原里香にとっては些細なものだ。不意打ちのように、あるいは観測できない距離から撃たれてしまえば確かに理滅は脅威だった。だが今のラインハルトは篠原里香の視線に入っており、遮蔽物はなにもない。篠原里香の瞳には、ただ棒立ちで聖剣を発動させようとしているラインハルトは、ただただ動かない的でしかなかった。
「属性特攻は確かに凄いんですけど、ただの物理攻撃は大概通すんですよ、それ」
――瞬時にインベントリから取り出された小さな短剣が放たれてラインハルトの喉を貫いた。たったそれだけだが、残りのライフポイントが一しかないラインハルトにとっては致命だ。ここはVRMMOの世界であって、ライフポイントは唯一無二である生存権利。ゲーム、そしてライトノベルのような、ライフポイントが尽きても動き続けるといった都合のいい奇跡も展開も起こりはしない。
「――っ」
悲痛な表情を見せながら、ぱりんとラインハルトは散っていった。
残されたのは――アリカ一人。奥歯を噛みしめ、眉を顰めつつアリカは篠原里香と向かい合う。
「さてさて、もうそろそろ観念したらどうですか、アリカさん?」
紅蓮の槍を突き付けてくる篠原里香が、どこか高揚した表情でそう告げた。
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