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魔王アリカは怠惰に暮らしたい  作者: 398
魔王アリカは怠惰に暮らしたい

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31話 / おおよそ五百年



 あなたは私のコピーです。突き付けられた言葉がアリカを大きく動揺させた。ぞわりと襲い掛かってくるのは――必死に踏ん張りを利かせるも、無様に坂道を転がり落ちていくような感覚。今までいた場所へ戻れないところへ堕ちこんでいく感覚。背筋を悪寒が這う。今すぐインフォメーションパネルからログアウトボタンを押して逃げ出してしまいたい感情を、アリカはどうにか抑え込んだ。


「……意味が、分かりません。私には昔の記憶もあって、お父さんとお母さんの記憶もあって。それがコピーだなんて言われましても困ります」


 シリカ・ルーセントハート――篠原里香はアリカの言葉を笑い捨てた。そうやって縋るのも分かりますし、事実を否定する気持ちも分かりますよ、と殊勝に頷いてみせる。アリカにとってはその動作自体が気分の悪いものに感じた。頭ごなしに暴力的な言葉で突き付けられた方がまだ良かった。なぜならば、篠原里香の動きや言葉の一つ一つが、よく見知った我儘な子供を宥めるようなものだったから。


「残念ながらそれは現実世界のものではないですよ、この渋谷の様な、シード・オンラインを構成する基幹サーバー上に存在するエリアで作られた模造の記憶です。……アリカさんは知りませんもんね。そもそもどうして――シード・オンラインが生まれるに至ったか」


「――どうして、そこでシード・オンラインが話に上がってくるんですか」


 右も左も分からなければ、自分がどこで生まれたのかさえ分からない。そんな哀れな子羊を見るかのように篠原里香はアリカを一瞥した後、振り返って交差点の中央まで歩みを進めていく。静止した車が邪魔だとばかりに篠原里香が腕を振るえば、尽きぬ焔の約定により生まれた爆炎が車本体を吹き飛ばした。――そして交差点の中央。篠原里香は瞳を閉じて、どこか静謐ささえ感じる声色で、それらを向上する。


「――James Abernethy , Emma Tarrant, 西園寺雄一、浜松栄太郎、小宮裕子、相島幸助」


 人の名前だ。何かしらの関連があって篠原里香はそれを告げているのだろうが、アリカは勿論のこと、ラインハルトやアークロイヤル、シャーロットもオニギリにもその意図も関連性も分からない。ただ篠原里香に告げられて、冬の渋谷の空に消えていく人の名前を聞くことしかできない。


「そして――篠原香、篠原茉理」


 自らの父親、そして母親の名前を告げた篠原里香。

 びくりと体を震わせたアリカを射抜くように視線を飛ばしながら、彼女はアリカへと告げる。


「シード・オンラインの基幹システム、そして管理者となる基幹AIのルーセントハートは彼ら八人によって構築されました。彼らは二〇一九年代から仮想世界のシステムテストを行い続け――ある年を境に表舞台へ上がることが無くなったんです。お父さんと、お母さんも含めてですね」


「……そんな、昔からVRのシステムがあっただなんて。ARが出てきたのも、僕たちが生まれた年代に近いと思ったんですが」


「いい質問です、ラインハルト君。……開発を進めるには根本的に必要なものがあります――時間という、全人類平等なものが」


 困ったような笑みを見せた篠原里香は溜息を零した。そう、時間というものは限りなく公平だ。それこそ全人類に対して平等に時間は与えられて過ぎていくもの。どれだけ時間を欲しても余分に与えられるようなことはなく、手放そうにも手放すことが出来ないものなのだから。


「私達には時間が足りませんでした。……ではなぜ時間が足りなかったのでしょう」


 篠原里香はアリカに対して問いを投げかける。なぜ時間が足りないのか――あまりにも情報が断片的過ぎて答えることが出来ない。先程上げられた人の名前に何かしらの関連があるのだろうか、そうアリカが回答を躊躇っていると、篠原里香は時間切れです、と両手の人指し指を交差させてバツマークを作って見せた。


「彼らの当初の目的は医療用システムの開発でした。とある女の子を救う為、あらゆる医療行為を、あらゆる方面からアプローチできる仮想環境を欲していたんです」


 彼女が見せた笑みは――これまでのどんなものよりも悲しそうな笑い方だ。揺れた瞳の先にある思いの丈はどれほどか察することはできない。篠原里香はアリカに対して事実を教えるため、込み上げてくる感情を押し殺しながら口を開き続ける。


「まぁ、その女の子って私なんですが。……生まれつきで、心臓の弁が悪かったんですよ。いつ発作が起きるか分からない状態で、可能な限り、素早く治療を受けなければいけない状態でした」


 思わずアリカは自らの心臓の位置を手で押さえた。これまで日常生活を過ごす上で息苦しくなるとかめまいがするとか、そんな問題は一切起きていないが、なんとなく不安になったから押さえたのだ。それと同時に自らの持つリミテッド・スキル――黄金の心臓が、不意に脳裏を過ぎていく。


「結論から言えば医療システムは完成しました。更に、時間経過の加速度変更をも手に入れる事が出来ました。平等に振り分けられる筈の時間を、その八人は更に余分に手にすることが出来るようになったんです。――加速度の倍率を上げれば、現実世界での一日が仮想世界での二日に、一週間に、一か月にもなりえる夢の様な世界です」


「それで、その女の子は、八人の方はどうなったんですか。お父さんと、お母さんは?」


「――時間の加速倍率を引き上げ過ぎて戻れなくなりました。その医療システムはシード・オンラインの前身です、前述した通り非同期なんですよ。仮想空間で新たに得た記憶容量を同期するタイミングで、サイズが大きすぎたせいか脳への書き込みで異常が発生して、植物状態になりました。……お父さんも、お母さんも――仮想世界で一緒に暮らしていた私も含めて、全員です」


 アリカ達が過ごす現代において、人間の脳のおおよその容量は既に割り出されている。当初は無限大とも言われていたそれに限界があることが判明したのだ。それでも、人間の脳は不要な記憶を整理し、廃棄する。コンピューターとは違いすべての記憶を保持しているわけではない。論理上、書き込むデータが大きくなっても問題は無い筈だった。それでも、何十倍にも加速度を引き上げた仮想世界での記憶をそのまま書き込むことはリスクの大きい行為だったのだ。


「……医療用システムは、心の折れない八人のエンジニアによって内部から拡張され、様々な娯楽施設やゲームの様な世界観が作られて、現代のシード・オンラインの姿に近づいていきました。季節を模倣して、夏の海で夕暮れまで遊んだり、冬の雪でかまくらを作って私を含む九人でご飯を食べたりしましたよ。――終末医療だ、そう割り切って、いつ死んでもいいと思っていましたが……流石に、そんなに楽しい思いをしたら、心変わりもするものです」


 今の篠原里香は永遠だ。記憶データを定期的にメンテナンスし続け、自らの人格データが揮発しない限り、或いは外部から強制的に更新されない限り、ずっとシード・オンライン上を彷徨い続けるデータなのだ。外見データを更新せずにいれば、ある意味で不老不死に近い。


「でも、シリカさんの話じゃあ私がコピーってことになる理由が分かりませんよ。……八人に加えてシリカさんが仮想空間に取り残された、なんでそこで私が。つながりが全然見えませんし――全部、シリカさんが適当に言っていることかもしれない」


「――仮想世界で人間が耐えられる年数はおおよそ五百年。それを過ぎた以降からデータが破損し始め、自我に影響が出ます」


 篠原里香は手の平の指を全て立ててアリカへ見せつける。一本一年と示しているのだろう。これは私もエンジニアであるお父さんから聞いただけなので明るくないところなのですが、と前置きをした上で、更に口を開いた。


「両親を含むエンジニア八名は全員五百年を使い切り――壊れていきました。そして私はおおよそ百五十年使ってます。残り三百五十年分の時間が私の寿命ですね」


 哀愁に満ちた表情を見せた篠原里香。目の前で不自然な言動を繰り返す両親を見た遠い遠い昔のことを思い出しているのだ。次第に論理的な会話が出来ず、寝たきりになったり、立ち尽くしたまま動かなくなる親の姿は子からすれば恐ろしいものでしかない。それは恐ろしいだけではなく、ことさら身体の奥から不安を煽る、篠原里香にとっては見たくなかった姿だ。


「ここまでが私の話。そして以降が――アリカさん、あなたの話です」


「……」


 アリカは相槌も打たず、ただただ篠原里香の話を聞く。


「私の身体を凍結睡眠させる為に全力を尽くしたのは――ご存じでしょうが、栗山さんです。彼は医療用システムの加速度を限界ぎりぎりにまで設定し、仮想空間で膨大な医療行為の数々をこなし、実験、検証を積み上げ、おおよそ年代にそぐわないだろう実力を身に着けました。……恐らく、もう四百年は使い切ってます」


「……栗山さんが、そこまでしてくれる理由が分からないです」


「あはは、それは私も分かりません。本当は私の二つ上で、近所のお兄ちゃんって感じだったんですが――もう私と栗山さんの間に流れている時間は違うんですよね」


 困ったように笑いながら篠原里香は顔を伏せる。それでもアリカに事実を告げるその口は止まらない。


「私のリアルの身体は凍結睡眠で生き伸ばし、私自身の人格に付いては仮想空間で保護し。加速度の制約に触れることなく、エンジニア自身が消えることにならなければ、今目覚めているリアルの身体に入っているのは私でした」


 アスファルトに炎が燈り始めた。篠原里香が左右に伸ばした腕がどろりと溶けるように燃え上がり、アリカを逃がさんとばかりに円状に、二人を囲うように、赤き紅蓮の炎が煌めき始める。


「……私も加速度の制約に触れてしまっているので、素直に身体に戻ることは出来ません。そこで、エンジニアの提案を受けて、人格をコピーするシステム開発を許可しました。凍結睡眠から目覚めてから起動したそれは実にうまく動きましたよ――上手くアリカさん、あなたが生まれましたからね」


「コピーだなんて、する必要ありましたか。その話を正と信じるならば――何かしらのデータの加工を加えて、身体には素直にあなたが戻った方が自然だと思います。わざわざコピーを戻す理由がない!」


「――いや、ありました。限りなく現実の時間経過と同様の記憶ベースを持ったあなたが、しっかりと身体に戻れるかどうか確かめたかったんです。私自身のデータを使って失敗したら、もう次が無いじゃないですか」


 篠原里香の頭上に十本程の紅蓮の槍が生み出された。それは宵闇の中に落ちた渋谷を明るく照らす――。鋭い穂先はアリカに定められ、いつでも攻撃できるぞ、そう威嚇しているかのようだった。


「だから、私は記憶の定着に成功してある程度私生活を問題なく過ごせたあなたの記憶をベースに、私の人格を上書きして、身体に戻ります。……改めて、あなたはただのコピー・データなんですよ、アリカさん。私の身体を返してもらいます」


 あぁ、と思い出したように篠原里香は両手を合わせて軽い音を出す。


「このエリアでライフポイントが欠損した場合、シード・オンラインのシステム同様に最終拠点に戻る仕様になってます。アリカさんは自分のハウジングエリアでしたね。その場合――ログアウトしてしまった場合と同様の処理が走ります。つまり負けたら、その場で記憶データのコピーを頂いて私が先に身体へ戻りますから、よろしくお願いしますね?」


 軽薄な口調でまるで脅しのようにアリカへ言葉を掛ける篠原里香――だが、アリカはまだ上手く状況を飲み込めず、座り込んだままだった。自らが複製されたコピー・データでしかないということも、受け入れることが出来ていない。それでも篠原里香が生み出した紅蓮の槍は射出される。


 地面に突き刺さったそれは爆発しアスファルトを砕いて吹き飛ばす。燃え盛る炎が更にばら撒かれ、渋谷駅前の交差点がまるで災害に見舞われたかのような惨状へと陥った。ただの人間であれば生きていることは出来ないであろう瓦礫の山から、宵闇のドレスを纏ったアリカが立ち上がる。


 ライフポイントはほとんど削れては居ない。尽きぬ焔の約定がダメージを軽減したから。篠原里香はふん、と鼻を鳴らすと目の前へ腕を突き出した。瞬時に生み出された燃え盛る紅蓮の槍を掴み取ると、片腕で器用にくるくると回し構えて見せる。


「目覚めました、コピーのアリカさん? 次は――倒す気で行きますから、準備をした方が良いですよ」


「……不思議に思ったんですよ。本当にシリカさんがそれをするなら、いつでもできたと思うんです。例えばシード・オンライン上じゃなくて、この現実世界みたいな空間でしかそれが出来ないと仮定しても、私がここに来た時点で――コピーを作ってしまって、あなたが身体に戻ってしまえばいい。そうですよね?」


 対するアリカも同じように紅蓮の槍を生み出す。――それと同時に虚空から現れた十本のマナの剣が地面へと突き刺さった。それを見届けてから深い青色のマナ・ポーションを飲み干し、マナを全快まで持っていく。アリカのその指摘に対し、篠原里香は返答を返さない。ただただ小さな声で――少しは考えられるようになったじゃないですか――と小さく呟いただけだった。


 それと同時に、アリカと篠原里香を囲っていたシステム的な隔離処理が解除される。寄りかかるように体重を乗せて経緯を見守っていたオニギリとラインハルトは思わず前へとつんのめり、そして腕を組んで険しい顔を見せていたシャーロットとアークロイヤルは、意外そうな顔で篠原里香を見る。


「私が自分で言うのも嫌なんですが劇場型と言われるタイプでして。……改めて、シード・オンラインの裏ボス、篠原里香と申します。フルレイドには一人足りませんが十分合格点ですね――さぁ来てください、アリカさん。あなたが見つけた繋がりと、あなたの成長の証明を、私に見せてください!」


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