表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王アリカは怠惰に暮らしたい  作者: 398
魔王アリカは怠惰に暮らしたい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/36

22話 / 彼女は子供だった

 アリカが新しく訪れた街、ローズ・ガーデン。そこはシード・オンラインにおける初心者プレイヤーが一斉に集う場所でもある交易都市だ。自らの見姿を隠す為にローブに身を包んだままのアリカが街中に足を踏み入れていく――辺りには様々な露店が出されており、一見しただけではプレイヤーなのかNPCなのか判別がつきにくい。それほどまでこの町は人で溢れていた。


 シード・オンラインでは物語の進行に必須であるNPC以外、全てキルすることも可能な仕様である。故にサービス開始当初から、ローズ・ガーデンは悪意のあるユーザーによって落とされんとしていた。シード・オンラインの攻略ページを見れば、ローズ・ガーデンを起点とした争いはおおよそサービス開始時から半年間も続いたことがわかる。大概の都市で犯罪ごと――NPC商店のアイテムを盗む、NPCやプレイヤーをキルするなどが行われた場合、ゲーム内部にて指名手配が行われる。隔離扱いとされている都市以外の、現存のすべての都市で門を越える事が出来なくなるのだ。


 門番などをキルしたりして無理やり押し入ることは出来る。だがその際はアバター上に赤い犯罪者を示すアイコンが浮かび上がり、NPC兵士にタコ殴りにされてしまう。更に言えば犯罪者プレイヤーへのキル、ダメージは報奨金――つまりダラーになるということもあり、NPCに加えてプレイヤーからもタコ殴りにされるのだった。


 一度、都市が落ちるか落ちないかの大きな騒ぎになったローズ・ガーデンではその傾向――特に入場時における視線の向き具合が顕著だ。アリカのように顔を隠しているのであれば猶更で、遠慮のない視線が突き刺さるのをアリカは不快に感じつつ、奥に奥にと進んでいく。


「ちょっとだけでも攻略サイトに目を通してて良かったですね……これ、新規で何も知らず入ってきた方だと、思わずぞっとしちゃうんじゃないですか?」


 報奨金は単純に美味しい。自分がキルされないよう立ち回り、ダメージを与えればいいだけなのだ。スキルを一回振るだけでもいい。それで現実世界の通貨にもなりえるダラーが手に入る。中にはそれが目当てで自警団を組み、各都市に部署を置いているギルドもあるくらいだった。


 アリカの目的は和服と装備だ。和風な屋敷に対して宵闇のドレスがいまいち合っていないので、デザインを合わせたいのである。後は装備、自らの空いている装備枠――武器もそうだが防具やアクセサリーの枠を一通り埋める為だ。ひとまずはその二つに焦点を絞って街中を歩き進んでいく――。だがしかし、シード・オンラインにおける主要都市は当然のことながら、驚くほどに広い。ローズ・ガーデンだけでも、おおよそ直径でいうと軽く二十キロメートルは超えている。その中から特定のお店を、事前情報なしに見つけることは不可能だった。


「……さ、流石に広いというか。一度ご飯でも食べてから、お助けしてもらいましょうか。オニギリさん、なんでも手伝ってくれるって言ってましたし」


 そうして一度ログアウトをして、鰻のひつまぶしをデリバリーして食べ終えたアリカは再度ログインする。オニギリにメッセージを飛ばして聞いてみれば案内してやるとのことだったので、暫くローズ・ガーデンの入り口で待って合流したアリカは、オニギリの案内のままに街中を探索し始めたのだった。


 ……


 今まで特定のグループに所属したことがないアリカにとって、ギルドというものは非常に楽しいものだった。困った時に聞けば誰かしらが助けてくれるし、リインカーネーションの森の時のように、一人で延々とモブを相手にレベリングするのとは段違いだ。自らのメインクエストの進行も、シャーロットやオニギリ、そしてラインハルトがパーティを組んで助けてくれた。


 各種ロール――タンク、アタッカー、ヒーラー。戦闘における役割を意識してスキルを発動させるのも楽しかった。例えアリカが本気で尽きぬ焔の約定を発動させてしまえば、ものの一分もせずに吹き飛ばせる相手でも、仲間内で相談してスキルを制限し、それぞれの役割をもってボスを倒すのは快感だった。


 メインクエストも進めて、そして合間合間でオニギリとシャーロットのPvPを見て、時にはシャーロットやラインハルトの提案でサブクエストとなる高難易度ダンジョンに潜ってみたり、ランダム生成されるダンジョンのタイムアタックをギルド内部で行って競ってみたり。アリカ自身、このままずっとこんな楽しい時間が続けばいいのに、そう思ったりもした。


 学校にも行かず、そして働く必要もないアリカ。当然、深夜帯にもなると――廃人であるシャーロットとアリカの二人だけになる。オニギリは仕事があるといい、ラインハルトは学業兼アルバイトだと言った。だから、夜の十二時を過ぎればこの時間は二人だけの時間になる。


 ――緩やかに動いていく夜空の星々。現実の世界と変わらないような輝きを見て、自らの領域――その露天風呂に肩まで使ったアリカは呆けたように吐息を零す。その奥にはシャーロットも居て、頭にタオルを乗せながらぼーっと瞳を閉じていた。シャーロットの方まで伸びた黒髪が、僅かに水面に浮かんでいる。二人は裸という訳ではなく――入浴の雰囲気を出す為のバスタオルを腰に巻く装備を身に着けていた。浴槽にタオルを入れるな、そんな突っ込みがされることもない。何せただのVRだ。現実世界とは違うのだから。


「メインクエスト、一気に進めようとすると中々しんどいですね。ゆっくりペースで進めさせてください」


「ん、あぁ……私は全然いいよー……。それに、私がアリカさん連れていきたいのって、現行の最新パッチのとこだからね。気長に待つから、自分のペースでどうぞどうぞ……」


「ありがとうございますー。……ずっと気になってたことがあって、不躾かもしれないんですけど、一つ聞いていいですか?」


「あはは、いいよいいよ。同じギルドだし、沢山遊んでるし、遠慮しないでよ」


「――では遠慮なく。こんな遅くまで毎日毎日付き合って貰っちゃってるんですが、リアルの方って大丈夫なんですか? いや、詮索とかそういう訳ではなく、単純に迷惑をかけてないか心配になっちゃって」


 閉じていたシャーロットの瞳が開かれ、長い銀の髪をお団子にしてお湯に浸からないように纏められたアリカの姿を捉えた。


「全然大丈夫だよー。それに私だってログアウトしているときはあるから……というか、それ言うならアリカさんもじゃない? 中々いないよ、私とログイン時間でタメを張りそうな人。ダメだぞーゴミ袋とか溜め込んだり、洗濯物とか積んだりしちゃ」


 思わず、うっ、と視線を逸らすアリカ。シャーロットの忠告は良く効いた、何せいざログアウトすればここしばらく出せていないゴミ袋と、汗もかいてないしいいか――そう言って二日目となったワイシャツを着た自分が居る。流石に下着は毎日変えているが、VRMMOを始める前と後で、めんどくさがる傾向が増えたのは自分でも分かっていた。


「……二日目の寝間着は許されます?」


「私が綺麗好きなだけかもしれないけど、主観、女の子ならアウトかなー。……え、アリカさん、もしかしてそれ?」


「いや、その……はい……」


「うわ。……でも、汗かいていないなら、まだね。うんうん。中には三日とか四日も平気で着まわす人居るし、いいんじゃない?」


「あーシャーロットさんのフォローが突き刺さる突き刺さる。……まぁ、シャーロットさんが無理して付き合ってくれているとかでなければ良かったです。気にしていたので」


 屈託のない笑みを浮かべたアリカに対して、シャーロットは全然、と告げる。そして鼻先までお湯に顔を沈めて、ぶくぶくと水面を揺らした。ああ、確かにシャーロットは全然無理をしていない。寧ろ、これが日常のリズムだったからだ。だからこそ――シャーロットはどこか羨ましそうに。そして、僅かな羨望の混じった瞳で、アリカを一瞬だけ垣間見る。


「(――本当にアリカさんは、私とは違うんだね)」


 境遇の違いから生まれたその思いをシャーロットは握り潰す。いずれ吐き出してしまわないように、自分の中だけで完結させるように。シャーロットが湯気越しに見上げた星空は、憎たらしい程に綺麗に透き通っていた。


 ……


 ギルドを作成しておおよそ一か月、二カ月が経った八月一日。もうすぐ日付も変わろうか、という夜も深い時間帯だ。

 丁度、ローズ・ガーデンから出て西方の山岳地帯にあるランダム生成のダンジョン前にアリカのギルド、スカーレットのメンバーがいた。タイムアタックで競い合っていたのだ。一位はシャーロット、そして僅差で二位がアリカ、そして三位がオニギリ。大きく離されてラインハルトが四位の結果に終わっている。


「……クソ、運ゲーで負けた。お嬢ちゃん次アレ禁止な、炎になって罠無効化するやつ」


「いやいや、全力で良タイム目指すって最初に言ってたじゃないですか!? 私だけそれはズルですよズル!」


「あぁ!? リミテッド持ってるシャーロットとお嬢ちゃんとは違って、俺とラインハルトの坊主はねーんだぞリミテッド!」


「あっ、ふーん。そうですか、オニギリさんでもハンデが欲しいんですね、ハンデってやつが!? 分かりましたよいいでしょう、ハンデ差し上げます。その条件飲んで上げますよ、それで負けても泣きべそかかないでくださいね!」


「こ、このクソ生意気な……!?」


 最近はこんなやりとりばっかりだ。随分とギルドメンバー同士も馴染んできたようで、軽い会話も増えてきている。オニギリのような圧倒的なプレイヤースキルも持たず、そしてアリカやシャーロットのように飛び抜けて強力なスキルも持たないラインハルトはそれを見て苦笑しつつ、いつものが始まっちゃったなぁ、とため息を零す。


 一番のチートである死に戻りを駆使して一位を楽々取ったシャーロットは、程度が低いねぇ、と苦笑してラインハルトの隣に座り込んだ。


「……大丈夫、ラインハルト君。飽きてない、これ?」


「いや……大丈夫ですよ、気にしてくれてありがとうございます。中々難しいですね、ランダムダンジョンって」


「そりゃあね。メインには絡みがない、ある種のエンドコンテンツだし。普通にタンクのビルドしてるラインハルト君でも、五十層まで一時間かからずにいけてるから全然早いよ。ま、私も含めてになっちゃうけど――他のメンツがね、ちょっとおかしいだけだから」


 ――ちょっとおかしいだけ。確かにそうだ、二人はリミテッドのスキルを自在に操る魔王で、もう一人はスキルは無いが異常なまでのプレイヤースキルを持ち、その魔王すら何度か下している。せめてどちらか一方は欲しかったな――羨んでも仕方がない、そうラインハルトは頭を振って感情をリセット。これから自分が告げなくてはいけないことを再度頭に浮かべて、口を開く。


「――すいません。ちょっと相談というか、報告がありまして」


 改まったラインハルトの宣言に、ぎゃあぎゃあと騒いでいたアリカとオニギリが視線を向けた。隣に座り込んでいたシャーロットは、ん、とその場で胡坐をかきながらラインハルトを見上げる。その内心は、大抵こういう場合――いきなり改まって何かを告げようとするときにロクな話題はないんだよな、という不安のようなもので溢れていた。


「えっと、二つほど。僕が今までレイドの報酬で頂いてたアイテムなんですが、取っておいて後で使うって言っていたのにも関わらず、その殆どをマーケットに流してました」


 いわゆる、寄生をしていた――そんな告白だ。オニギリやシャーロットに連れていかれたレイドは軒並みレベルや難易度が高い。アリカがメインクエストを進み切れていないことによるレイドの入場制限がなければ、そこそこ実入りの良いレイドにもいけるのだ。そして、その場でのラインハルトの貢献度は――決して高くはない。


 攻撃の殆どを持ち前の人間スペックで見切って打ち砕けるオニギリ、シード・オンラインの死亡判定さえ無かったことにしてあらゆる防御を理滅の刃で崩壊させるシャーロット。そこに、ラインハルトのような特別な何かを持っていないタンクの出番は無かったのだ。初めはダラーの為に、そう割り切ってレイドに参加したり、スキル向上を唄って誘ったりもしていたのだが――精神面での限界が先に来た。


 僕はこんなゲームがしたかったのだろうか。圧倒的な強者に甘えてレイド・ボスを倒して、その報酬を分けてもらってダラーに換えて、生活の足しにして。確かに王道に居た時よりも自由な時間は増えてキャラクターも強くなった。だが、その代わりに、プライドは一片たりとも残っちゃいない。いつか彼らに気付かれて愛想を尽かされるのではないか。そして、いつか僕自身がこのゲームを嫌いになってしまわないかどうか。


「いわゆる、寄生をしていました――申し訳ないです」


 もしもこれで責められたら、何とか装備やダラーを工面して、二人にそれを返却して、ギルドを離れよう。律儀に頭を下げて告白したラインハルトに、短い髪をぽりぽりと搔きながらオニギリが言葉を掛ける。


「……面倒くせぇな。少なくとも坊主は自分の時間を割いてレイドに参加した、んで、最後のダイスロールで高い数字を出して報酬品を勝ち取った。それを売り払ってダラーにしたからって、誰も文句は言わねえよ。俺も、お嬢ちゃんもシャーロットも。文句が出るとしたらアレだ、坊主に強くなる気が無かったとか、理滅クラスの武器をこっそりガメてたとか、それくらいじゃね?」


「オニギリ君に同じく。ぶっちゃけ、これMMOだからね……職人さんが作らなきゃいけない消耗品や、最新パッチのレアリティが高い武器とかしか高く売れないし。後はやっぱり職人制作のアバター向け装備とか? 今までラインハルト君が持っていったの全部裁いても、二十万ダラーにもならないでしょ。そんなので怒ったりしないって」


「私は最初のパッチ以降のレイドは参加出来てないので何にも言えないですけど……まぁ、別にいいんじゃないでしょうか。欲しい装備が出たらきっとお二方も、そして私も言いますし。その時はちゃんとお話合いで誰がそれを貰うか決められてれば、残りの品はダイスで勝った人が好きにする、でいいと思いますよ」


 心配は無用の長物だった。そう三人の言葉を聞いて、安堵が訪れた瞬間に目頭に熱いものが伝いそうになったラインハルト。頭を下げたまま大きく息を吸い込んで、吐き出して、感情をどうにか整える。落ち着いたバイタルサインを確認して、頭を上げたラインハルトは、どこか憑き物が落ちたかのような顔をしていた。


「……申し訳ありません、ありがとうございます」


 ああ、本当に良かった――そんな受け入れられた、まだここにいていい、そんな安堵は個人のパーソナルスペースの枠を大きく狭めることとなる。それは本人だけではなく、当事者も同じだ。誰かが言い難いような事を話してくれた――つまり、信頼されている。そう頭で理解はせずとも、心中の深いところでは距離が縮まったかのような、そんな錯覚を覚えるのだ。


 だからこそラインハルトは――身の上話を始めてしまう。


「……優しい言葉をかけてもらって、感謝してもしきれませんね、本当に。そして、もう一つの報告に関連する話なんですが――暫く、ゲームへのログインをやめようかな、って思ってて」


「あぁ、随分と急だな。詳細まで語らないでいいぜ、なんかリアルであったのか?」


「じゃあ語れるところまでで。……僕なんですが、母親と妹で国営住宅に住んでるんですよ。母が病気で伏せっているのと、妹の大学進学で少しお金が必要でして」


 国営住宅――かつては公営住宅という名称だったものが、法改正の影響で名前が変わったものだ。公営住宅と呼ばれていた頃と基本的な要素は変わっていない。所得制限がある、低所得者向けの賃貸住宅のことと思ってもらえればいいだろう。公営住宅法が改正され、地方公共団体の所轄から国が所轄することとなったのである。


 この現代において貧富の差は激しい。デジタル化は雇用を大きく削ったのだ。例えば書類に目を通して判子を押し決済を通す、それだけの役職の人々は淘汰されたし、警備員に関して言えば、四足歩行のロボットが代行するようになった。何かしら、特別な、或いは抜きんでたスキルを持たない人々は低所得な仕事をするしかなくなったのである。


「なるほどねえ。それじゃ、お金はかかるね。ログイン時間が減るのも仕方がないか」


「ええ……恥ずかしながら、僕の奨学金も、妹の奨学金も残ってて、母の治療費まであると、ですね。……シード・オンラインならダラーの仕様上、一発逆転も夢じゃない――そう思ったんですけど、僕にはリミテッドを引くような運も、プレイヤースキルもなかったみたいです」


 苦笑しつつその場に座り込んだラインハルト。確かに――リミテッドクラスのスキルを引ければ、勝ち目がある戦いにはなった。アリカやシャーロット、アークロイヤルのように魔王と成れれば、逆転の目はあっただろう。しかし、そんな都合よく良い目は出ない。もしそんな目が出るとすれば、ごくごくわずかな確立を自力で引く神様に愛された存在か、あるいは自分の為にお膳立てされた世界に生み出された、イカサマありきで引き当てた存在だけだろう。


「なんで、自力でどうにかします。幸い、僕も少しはプログラムとか出来るので――いや、学歴で落とされちゃってるんでなんともですが、それ一本で頑張っていけたらなって。……でも、少しは気晴らしでログインすると思います。その時は、また遊んで頂ければ嬉しいです」


 ――思わず、シャーロットは口を挟もうか迷いかねた。自分は魔王だ。彼の悩みも、彼の人生も、自分の時間を一週間ほど最新パッチのダンジョンに費やせば救うことができるだろう。需要が高いレア素材に、同じく需要があるドロップ武器。それを掘って裁いてダラーにすればいいだけだ。

 

 六人のフル・レイドパーティ用のダンジョンを一周すれば平均値でおおよそ十万ダラー、それがシャーロットならば一人で回れてしまうので、ドロップしたアイテムやダラー全てが実入りとなる。ラインハルトが言っていた医療費、奨学金、そして生活費まで含めても返済しきって、余裕が出るだろう額にはなる。


「(だけど、私たちはラインハルト君に助けを求められてはいないんだよね)」


 結局のところ、同じギルドにいるというだけで赤の他人だ。助けも求められていないのに、手を差し伸べることが本当に必要なのか? ここ一、二カ月を共に過ごして親近感は湧いているが、そんな現実の問題にまで割って入るような中ではない――最終的にそう判断したシャーロットは、口を閉じたままだ。オニギリも同じようなことを思っていたようで、黙り込んだままである。


 ただ、一人だけ――アリカだけが、あぁ、と安堵したように頬を緩めていた。


「……ちなみに、必要なお金って幾らでしょう?」


 ぴくりとシャーロットが反応した。止めるべきか迷ったのだ。

 何故そんなことを聞くのかと。


「えーと、どうだったかな……まぁ、一千万くらいですかね?」


 概算も概算の金額だ。そもそもギルドで助けを求める気もなく、ただ背景の説明をしたくて語っただけのラインハルトは、詳細な金額を伝えるつもりもなかった。だからこそ大雑把にそう告げた。これで話は終わるだろう、湿っぽいような重い話は苦手なんだよね――そうシャーロットが立ち上がろうとした時に、アリカの、何の悪びれもない純粋無垢な、陽気な声が響く。


「――なんだ、そんな金額なんですね(・・・・・・・・・・)! じゃあ私が持ちますよ、それでログイン削る必要はないですよね?」


「……え」


「いや、もっとプライベートな事情なら何も出来なかったんですけど……兎も角、これでお悩み解決であっています?」


 金は大事なものだ。どれだけの綺麗ごとを吐き出そうと、金が無ければ人は生活が出来ない。全て自給自足するかのようなサバイバル生活をするのであれば話は別だが、どこかの都市に住んで、基礎的な学力を、基礎的な生活基盤を維持するために、金は欠かしてはいけないものである。ラインハルトもそれは理解していた。金があればどれだけ楽か、思い悩んだことは数えても足りない程にあった。時には――この親の元に生まれてこなければ良かった、そう思ってしまったこともある。


 だからこそ――自分が悩んで悩んで、どうしようもなかった金の問題を、こうもあっさりと、そんな金額、だなんて言い捨てたアリカに嫌悪感と、苛立ちを覚える。確かに彼女は魔王だったし、もしかしたら既にその金額を稼げるのかもしれない。ただ、最新パッチまで進めておらず、きっとそんな金額は工面することが出来ず手持ちにもないだろう。


 そもそも彼女はリアル・アバターと以前に言っていた。まだ二十歳も過ぎていないだろう彼女が、一千万をそんな金額だと言った。ラインハルトにはそれが、自分が馬鹿にされているようにしか思えなかった――。


「いや、額が額で、すし……」


「気にしないでくださいよ、全然大した金額じゃないですから」


 更に言えば――既にアリカの金銭感覚は壊れていた。齢十七の少女が、自らの自由に使える金を何億と持っているのだ。本来であれば両親から金の使い方を学び、自らアルバイトをして時間の対価として金を得て、限られた範疇でやりくりして使っていかなければならない年頃。更に言えば、魔王としてスポット的ではあるが収入を得られるようになった、そんな彼女にとって――自らの楽しい時間を壊さない為の一千万は、惜しくともなんともなかった。


「……大した金額じゃない? 一千万が? ふざけてるんですか?」


「いや、本気ですって! 別に利子とか言いませんし、ゆっくりダラーでもいいんで返してくれれば――」


 ざん、と感情に任せたラインハルトの片手剣が振り抜かれた。こんな時にも関わらず、アリカの尽きぬ焔の約定はその役目を果たし、自らの身体を炎へと変えて斬撃を無効にする。振り抜かれた剣を見て、えっ、と呆けたような表情を見せたアリカ。それとは対照的に、ラインハルトの顔は怒りでぐちゃぐちゃに染まっている。


「僕が、どれくらい金の事で悩んでるか知ってるんですか!? 子供の頃、僕が映画が見たいって駄々を捏ねたら、母親が泣いて謝りながら千円札を渡されて――ああ、きっとあなたには分からないでしょう、金の価値を、金の意味を理解していない子供には!!」


 怒りに任せた返しの刃がアリカを襲うが――炎に炙られて刃は抜けていく。これ以上、話すことは何もないとばかりにラインハルトは自らの武器をアリカへ投げ捨てると、そのままログアウトしていった。オニギリはその一部始終を腕を組んで黙り込んだまま見ており、シャーロットはその場に蹲りながら聞いていた。


「……いや、なんで、私がこんなに怒られてるんです? だって、お金の問題でしかなかったんですよね?」


 オニギリは言葉を返さない。彼はただ彼女の行く末を見守るだけだ。シャーロットは――頬を引き攣らせながら立ち上がると、ごめんね、とだけ言って、ログアウト用のウィンドウを開く。


「ちょっと、落ちるね――アリカさん、私が戻ったら、少し話そうか」


 そしてアリカの返事を待たずにシャーロットの姿も消えた。

 残されたアリカは、何がどうしてこうなったのか分からず、表情を曇らせる。


「――いや、私、悪くないじゃないですか」


 その言葉に返事を返すものは、誰も居なかった。


Tips: 装備枠


 シード・オンラインに用意された装備枠は基本装備枠と例外装備枠の二つ。基本装備枠はいわゆるシステムが用意した装備枠のこと。武器や盾を持つための右手枠、左手枠。頭、上半身、下半身、靴、腕、アクセサリーの合計八枠を指す。基本装備枠は最もステータスの上昇率が高い。


 例外装備枠、というのがシード・オンライン特有の概念であり、基本装備枠に加えていくつものアイテムを装備できる枠だ。例えばアクセサリーの指輪など。人の手であれば指一本に付き一つ指輪を装備したら、合計十個の指輪が装備できるだろう。なのにゲーム上だと一つしか装備できない、というのは自由じゃない――そんな背景の元、実装されている仕様だ。


 ただし、例外装備枠に指定されたものは基本装備枠よりもステータスの上昇率が落ちる。効果量の低い、つまりレアリティの低いアクセサリーの中には殆ど効果が発揮されないものもあったりするし、過度な重量のものを装備したら勿論移動速度なども超過重量に比例して落ちていく。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ