19話 / 領域へのご招待
火柱が消えていく。そしてその中から銀の髪を熱風に散らして、虚ろな瞳をしたアリカが現れた。本気を出すのはここまで、そう言わんばかりに純白から漆黒のドレスへと装備を変えている。辺りで一部始終を見ていた他のプレイヤー達は、なるほど――白いドレスを身に纏っている時が彼女の本気か――そういう設定と理解しつつ、初めてシード・オンラインで姿を見せた飛行スキルについてそれぞれ会話を交わす。
「……っ、と」
事の一部始終はアリカも覚えていた。もやがかかったような、あやふやな記憶だ。まるで誰かの記憶を覗き見ているかのような、自らの実体験を伴っていない、限りなく仮想的なもののように感じるもの。だがそれでも、自らに突っかかってきた相手の事をどうにか屠れたのだ。考察は後でいい――未だにぼうっとする頭を振り払い、見世物はここまでだと言わんばかりに自らの身体を炎に変換し、火花だけを残してアリカは姿を消した。
集まっていたプレイヤーの数はそこそこ多かった。が、尽きぬ焔の約定による高速移動と、点動を組み合わせたアリカの速度に着いてこれるプレイヤーはいない。そうして簡単に姿をくらませたアリカは、元々の目的地であった始まりの街とアイゼンベルクの間にある洞窟へと辿り着く。
人の気配がない中、辺りを覆い隠すような木々の間を抜けていく。切り立った崖の下、そこにその洞窟はあった。特に罠を仕掛けられている様子もない。きょろきょろと辺りを見回した後、アリカはその中へ入ろうとし――不意打ちのように背後から呼び止められた。
「……おい、紅蓮の。さっきはよくもやってくれたな、最初から本気出してかかって来なかったのはなんでだ?」
アリカの背後には先の男、チャーハン・オニギリが立っていた。どこか不服そうな表情を浮かべたオニギリは、不貞腐れたように自らの明るい茶髪を掻いて、ここにいるのが当然と言わんばかりに突っ立っている。それを見たアリカはげんなりとした顔で、はぁ、と深い溜め息を零した。
「はぁ……なんですか、不意打ち気味に人に勝負を仕掛けてきた次はストーカーですか……」
「お前こそなんだ、改まったような喋り方だなんてして。あぁ、そういえばあの痛々しい喋り方ってロールプレイだっけな。ぴーぴー喚いてる動画なら俺も見たぜ、いやぁ、傑作だったわ!」
「――あ? 喧嘩売ってるんですか!?」
「事実だろうが。……で、アイゼンベルクから颯爽と復活してきて早々なんだが、再戦の予約をしに来た。今回は負けたが次は勝てる。お前にあのフィールド・アーツを使われなければいいんだ、手の届かないとこに飛ばれて耐久されなきゃ勝てる」
この強引さ、どこかで見たことあるぞ――そう思い出すと、どこかの金髪の魔王が思い浮かんできたので、それを首を振って否定する。似たような方もいらっしゃるんですね、そうオニギリを無視して洞窟の中へと進んでいった。なんだよ返事くらいしろ、そう眉を顰めて文句を零しつつ、オニギリもアリカの後を付いていく。
「なぁ、再戦しようぜ再戦。負けたままって言うのが気に喰わねえんだ」
「しーまーせーん。ていうか、さっき痛々しいって言いましたよね!? そんな煽ってくる人と都合よく再戦だなんてする訳ないじゃないですか! 私は勝者、あなたは敗者! そう、敗北者なんですよ! 勝者はもっと敬ってください、敬意もリスペクトの欠片もない言い方されても再戦だなんてしませんから!」
背後を振り返ったアリカは不快な表情を張り付けて、指先を突きつけながらオニギリへと詰め寄る。負けたから再戦しろ、なんとも都合のいいお願いだ。この手のプレイヤーは、どうせ次負けてもまた同じことを繰り返すに違いない。ふうん、と少し考え込んだオニギリは――じゃあこれでどうだ、と指先を突き返しながら、にやりと笑いアリカへと提案をする。
「分かった、じゃあ俺は敬意を払って――紅蓮の魔王、あんたに一年仕えてやる。それが経ったら俺と再戦しろ。……ああ、仕えるって言ってもなんでもする訳じゃねえからな、道案内でもレイドボスのキャリーでも人数合わせでも、って意味だ。まだ、メインクエストを全然進めてないお嬢ちゃん?」
オニギリには自信があった。その長い期間をアリカと共に過ごし、スキルの発動タイミング、そしてバリエーションを見て覚えれば、自らの勝利がより確定に近づいていく自信が。
「はっ、言いましたね!? いいですよその条件を呑みましょうか、オニギリさんは一年から犬ですよ犬、魔王様の犬! 買い物でもレア堀でもイベントでも、死ぬほどパシりにしてあげますから!」
「ま、再戦できるならそれでいい。……ほら、さっさと行くぞ嬢ちゃん。この先には罠もねえ、真っすぐ進むだけだ」
そうしてアリカは洞窟の奥の、マナ・ストリームの一部に触れ、自らのそれに接続することに成功する。オニギリから聞くに、どうやらこのようなマナ・ストリームの奔流が地上へ零れている場所は他にいくつもあるらしい。種族を人間から開始すると大概はこの場所か、もう一つの開始地点である始まりの草原付近にあるマナ・ストリームを利用して接続するとか。
人間から始めない異種族プレイヤーであれば、始まりの絶海とか、始まりの墓標らしい。詳しいですねーと相槌を打ちつつ、確かにこの付近で異種族系のプレイヤーは見ていないな、と納得したように一回頷いた。
「……これで個人間のチャットとか解放ですよね」
「ああ、ささやきだけな。ほら、お嬢ちゃん――やるからこれを使え、それでフレンド間のチャットや会話が出来るようになる」
オニギリから投げ渡されたのは青く輝く石板――マナ・プレートだった。受け取った瞬間に視界上に表示されているフレンド欄の、メッセージ送受信とか、会話するといったコマンドが非活性状態の灰色から、活性状態の青色へ更新される。
「どうも……って、これ貰っていいんです?」
「大概、人の良い奴らで集まったギルドの連中が始まりの街で安売りしてるんだよ。初心者サポートってやつでな……で、死に戻った俺があんたに渡す為に颯爽と買ってきた、って訳。千ダラーくらい気にする額でもねえだろ?」
「……え、リスポーンした後に買ってきたんですか。随分と足が速くありません? 始まりの街を出て、ここに来るまで五分以上かかりそうな気がするんですけど」
「移動速度アップのスキルがある。基本だぞ基本、お嬢ちゃんはそれも教えてもらってないのか?」
どうやら、このゲームの常識に認識の差異があったようだ。このズレはそこから生まれたものだろう――あんた本当にチュートリアルやったのか? と懐疑の瞳を向けるオニギリに対して、アリカはあはは、と視線をずらして溜息をついた。
「話を蒸し返すようなんですけど、本当に一年も助けてもらっていいんです? 先に言っておくと、私自身が割と右も左も迷うような初心者なんですけど」
「馬鹿言え、俺に勝つ初心者なんて居てたまるか。……打算在りきだ、お嬢ちゃんは俺に助けられるし、俺はお嬢ちゃんのスキルを見て発動とか諸々のタイミングを覚えられる」
「はあ……才能ってやつがあれば、そんなことしなくてもいずれ勝てそうですけどね」
「――それは違うな。才能ってのは単純なVRへの適正とか、エイムを合わせるが上手いとか、反射神経がいい、とかじゃねぇ。勝ちを拾う為にどれだけ努力を積み重ねていけるかどうか、それが根源的な部分だ」
あまり普段意識していないことを言われたアリカは思わず首を捻る。
「それはいわゆる、努力の才能に恵まれた天才、では?」
「努力だけじゃあ足りねえな。元々生まれ持ったセンスと、それに奢らず地味に努力し続ける才能、その二つがあって初めてそいつは”才能がある”って言われるんだ。……努力しかないんじゃ、悪いが非凡でしかない」
「……ちなみに、私はどうでしょう。オニギリさんから見て」
「――リミテッドスキルに胡坐をかいて努力を怠っている痛い怠け者。ああ、でも本気出してきた時はヤバいな。百年とか言ってたけど、アレがマジに聞こえてくるくらいには」
鋭い言葉のナイフがアリカへと突き刺さった。うっ、と言葉にならない呻き声を零して思わずその場に膝を付いてしまう。言い訳のしようもない現実を突きつけられてしまったかのようだ。流石にそこまで効くとは思っていなかったのだろう、オニギリは苦笑いしつつ腰に手を当てて仕方ねえなぁ、とため息をつく。
「ま、最初から本気出して戦ってりゃいいんだ。あんまいじけるなよ」
痛い怠け者。アリカの心に突き刺さったその言葉はそんな適当な慰めで抜ける訳もなく、うっうっと落ち込んだ気分のままアリカはオニギリへ言葉を返すこともなく、マナ・ストリームの奔流が溢れている洞窟を後にした――。そして入り口を出たところで、深呼吸して緑あふれる中の新鮮な空気の中を吸い込む。数度、繰り返して気分を落ち着けたところで、後ろを振り返りオニギリへと提案をした。
「……怠け者については置いておいて、ちょっとこれからやりたいことがあるんですよ。立ち話もアレなんで、私のハウジングエリ――じゃなかった、魔王の領域まで来てくれます? ああ、時間難しいとかであれば大丈夫です」
「領域だなんて言わなくても伝わる、ハウジングエリアでいい。で、どこまでいけばいいんだ、アイゼンベルクの居住地か?」
「いや――パーティ飛ばすんで、それに入ってくれれば」
そうしてアリカはフレンド欄を開き、そこに並んでいるチャーハン・オニギリへパーティ申請を行った。まさか自らの初めてのパーティ申請をこんなプレイヤーネームの男に行うことになるとは、そう苦笑しつつもインベントリから黄金の鍵――紅蓮の城への鍵を手に取ると、マナを込めて使用可能な状態にする。
「……なんだそれ。転移系のアイテムか?」
「そんなものです。私のハウジングエリアに飛ぶための道具ですね……はい、飛びますよー」
虚空へと差し込んだ鍵が捻られる。直後、足元に魔方陣が刻み込まれ、赤く発光したかと思えば――わずか一瞬でアリカとオニギリの視界が切り替わった。オニギリはシード・オンラインを長くプレイしてきたのにも関わらず、目の前で起きた摩訶不思議な出来事に思わずぱちぱちと目を白黒させ、辺りを見回すように首をぐるぐると回す。
「おいおい……お嬢ちゃん、これなんだよ。こんなの聞いたこともねえんだが」
「紅蓮の魔王様だけの特別仕様ですからね。……すいません、人にまた囲まれるのが嫌なので呼んじゃいましたけど、これは秘密の方向でお願いします」
「ああ、わかってらぁ。しかし、なんだ……魔王以外が知ったら嫉妬と僻みがやべえな、これ」
鏡柱の間の木製の門が二人を迎え入れる。そして続くのは和の庭、並ぶ石畳の上を抜けていく――オニギリは何やらインベントリを見つつ操作しており、ちょうど屋敷の前に辿り着いた時ににやりと笑うと、装備を切り替えて見せた。格闘家の様な衣装から、朱色と布地に金朱雀が描かれた着流しへ。
「……あ、和服ですか。いいですね」
「気に入ってんだよ、中々派手で、大昔のかぶきものを彷彿とさせる意匠が気に入ってる」
「へえ……かぶきもの、ってなんでしょう。歌舞伎座に出るような役者さんのことです?」
「あー、違うな。なんつーんだろう、大昔の派手好きで、荒れた連中の事だよ。ただ、自分の生き方の美学は持ってるんだ――大体がデジタル化されちまって、飯も仕事も娯楽も家の中で出来る時代に生まれたお嬢ちゃんには、ちっとばかり難しいわな」
後で調べてみようか。記憶の片隅にかぶきものという単語を留めつつ、アリカは屋敷に入って直ぐの左側にある和室へとオニギリを通した。既にオブジェクト化されている座布団の上に、二人は腰を下ろす。
「――それで、まず初めにやりたいことというか、聞きたいことが二つ。ギルドを作る方法と、和服を手に入れる方法についてですね」
オニギリはそんなことか、と頬の端を吊り上げて笑って見せた。
「ギルドはパネル開いてメニューから申請すればそれで終わりだ。元々は大きめの街のギルドハウスで申請だったんだがな、手続きがそこに纏められすぎてて、ギルド単位のPKが横行した結果、大体このパネルに権限が委譲されてる。……お嬢ちゃんも開いてみろ、マナ・ストリームのイベントも終わらせたし、もう見れるだろ」
「ああ……確かに、ギルドメニューってありますね。てっきり、ギルドに加入したら使えるかと思ってました」
さくっとパネルを開いて操作すれば、確かにギルドを作成する、という選択肢があった。ただし、その選択肢自体は非活性だ。注意書きを見るに、最低でも三名の人を集めなければいけないらしい。ギルドが無数に生まれてしまう為の対策でもあり、この世界には加入代行だなんてサポートをしているプレイヤーもいるくらいだった。ギルドを立ち上げたいけど、二人しかいない――そんな困った時に、一時的に人数合わせとしてギルドに加入し、直ぐに抜けるといったプレイヤーのことだ。
「ま、俺とお嬢ちゃんを入れて二人だ。あと一人くらいどうにでもなる、俺が探してきてやってもいい」
「そこは大丈夫です、多分私の方でなんとかなるかなって。……で、和服の方はどうです?」
「アイゼンベルクの次の街にいけ。ローズ・ガーデン、薔薇が特産品の交易都市だよ……アイゼンベルクまでと違って、片道徒歩で二十分だな、んで、他種族のプレイヤーが入り混じり始めるのもそこからだ」
ゲームの内部で二十分――そこそこ移動に時間がかかる距離だ。
「……で、既製品で良けりゃマーケットがあるからそこで買える。サイズ感、丈、デザイン諸々に拘りたいならオーダーメイドだ。ローズ・ガーデンにもあるが、シード・オンラインのバッチ、リバティ・アズールで解放される海の向こう、東国までいけば更に拘れる」
「随分と詳しいですね……ちなみになんですが、私からオニギリさんに依頼して作ってきてもらう、だなんて出来ます?」
「オーダーなんだから本人がいかねーと無理に決まってんだろうが。……ああ、ダラーもかかるぜ。既製品はピンキリ、ローズ・ガーデンでオーダーするなら五万ダラーから。東国までいけば十五万くらいからだ。これ、リアルのシャツのオーダーよりも高いんだぜ、ボッタなのは間違いない……って言っとく」
値段は特に気にしていないアリカは、ひとまずローズ・ガーデンでのオーダーメイドからかな、と記憶する。何はともあれ、一番初めにやらなきゃいけないのは、グラスとの約束の話を進めることだ。世界決戦陣への進出――その前提条件であるギルドの設立。とりあえずもう一人のあてであるシャーロットにフレンド欄からメッセージを飛ばそうとしたところで……未読のマークが光っていることに気が付いた。
「……あ、そういえばラインハルトさんとミコさんに、お返事というか、連絡何も入れてない!?」
ライト版というイベントの後、呆けたままログアウトしたアリカ。その際に色々と心配してもらったのにも関わらず、彼らになんのお礼も言うことが出来ていなかったのだ。ラインハルトからのメッセージを開いてみれば、それは非常に礼儀正しいもので、ミコとの共同のメッセージに近いものだった。
――メインストリーム、進行出来たようですね。おめでとうございます。僕と、ミコさんも心配していましたが、特に迷うことなく進めることが出来ているようで何よりです。長くなってしまっても戸惑うかと思うので、これで失礼します。良きシード・オンラインでの生活をお過ごしください。
いい人だ……何も煽ってこない良い人だ……。
思わず涙ぐみつつ、どうせなら――お披露目かねて一斉にお話してしまおうか。そう考え、手早くホログラフ・キーボードを利用して返事を書き、メッセージを送信した。
……
そうして今、アリカとオニギリしかいなかった和室には――その二人に加えて、シャーロット、ラインハルト、ミコの合計五名が座っていた。シャーロットはシャーロットで隣に座るオニギリは嫌そうに横目で睨み、オニギリはその視線を面白そうに見て笑っている。対して対面に座り込むラインハルトとミコは、なんで僕たちがこんな猛者の中に呼ばれたんだ、と座布団の上に正座して気まずそうにしていた。
「えーと、シャーロットさんに説明すると――このオニギリさんに私が勝ったので、当分の間は雑用をしていただく事になってます」
「……え、初見でこいつに勝ったの?」
あ、あははと銀の髪を弄りながらアリカは一回だけ頷いた。あの時の思い出すと、自分が自分ではない感覚しか思い出せないが、紅蓮の魔王がオニギリを倒したということは事実なので頷くしかないのである。
「マジっすか……私でも負けたのに……。ていうか、オニギリくんスキルどこまで使った? また体術マスタリー縛り?」
「あんたの時と同じだよ、しっかり真芯打ちまで使ったわ! つーかシャーロットもそうだが、紅蓮のお嬢ちゃんのスキルがそれ以上にズル過ぎるんだよ。真芯打っても落ちないし、そもそもの単発の火力が違うし、最後の最後にクソみたいな見切りと体術見せつけてくるし。マジで百年ゲームしてるかと思ったぜ」
少なからずシャーロットとオニギリの間に因縁はあるのだろうが、どうやら悪いものじゃなさそうだ。それにほっとしたアリカは、思わず耳に入ってきた縛り、という単語に反応して聞き返してしまう。
「え、ちょっとそれ私が聞き捨てならないんですけど、オニギリさんアレで縛ってたんですか!?」
「おうよ。俺は体術マスタリーしか使わん。それ以外は全部パッシブ系のバフ全振り」
「それであれだけダメージ与えられた私、もしかして弱すぎ……?」
「いや、アリカさんはそもそもバッチ進めてないし……装備に差があるのに対人戦の一撃で沈まない方が異常だってことは自覚してね……。元々火力高いけど、ちゃんと装備も高レベルの付けて、スキルに対応するステータス上げればもっと伸びるんじゃない?」
ぎくっと冷や汗を垂らしたのはアリカだ。シード・オンラインを始めてはや数か月、ルーセントハートによってリインカーネーションの森に飛ばされてスパルタ式なレベリングでレベル、尽きぬ焔の約定のスキル熟練度を最大値まで上げたは良いものの、装備欄を開いてみれば実態は初心者そのものだ。宵闇のドレスによってある程度のマナ最大値、回復速度、そして魔法防御力などに補正はかかっているものの、微々たるものでしかない。
更に補足をすれば――シード・オンラインはスキル制である。レベルによるステータス上昇の恩恵などはあるが、それは最大値が定められており、それ以上に伸ばすことは出来ない。故に、スキル取得によるステータスの加算と、装備アイテムによるステータスの加算を行わなければ、キャラクターを強くすることは出来ないのであった。
「ま、まぁそれはおいおい。メイン進めつつやるんで、あんまり詰めないでください……」
「そうだねー。最初からそれ目的にしちゃうと萎えちゃうからね。アリカさんのスキルってあれINT依存でしょ多分。使い切りの魔道具やキャスター系の装備を制作するキャスト・クラフト、或いは各種属性のキャスター系の攻撃スキルとかでINT伸ばせるから覚えておくといいよ」
「……キャスターって最近聞かねえな。魔術師系、とかの方が言葉としてはいいんじゃねえの?」
「意味さえ伝わってればいいよ、意味さえ伝わってれば。魔法みたいな攻撃スキルって分類するための正式名称がないし、遠距離攻撃スキルじゃ弓とか投擲系も入ってきちゃうし。色々あるよねえ、キャスター、魔術師、魔法使い、確か攻略サイトだとキャスターって書かれてたから、それに合わせただけ」
変なところで突っ込みを入れるな、そうシャーロットがため息交じりに補足をする。生産系のスキル取得に抵抗はないが、攻撃系はどうしようか、そうアリカは一考する。何せアリカの最大火力はアディクションという一つのスキルに対する依存度によって攻撃力が変動するものだからだ。下手に尽きぬ焔の約定以外の攻撃スキルを取得して、火力が下がってしまったら元も子もない。
「全部ひっくるめて後で考えましょうか。――えーと、話を切り替えまして、ラインハルトさんとミコさんにはご迷惑おかけしました。あのライト版のイベントから特に連絡入れることも出来ず……」
申し訳なさそうな声色でアリカがぺこりと頭を下げる。マナ・ストリームに接続できていない以上、アリカからも、もちろんラインハルトやミコからも連絡の手段はないシード・オンラインだ。ラインハルトはそんなこと言わないでくださいよ、と慌てて両手を振ってとんでもないとばかりに口を開く。
「……実際、シード・オンラインの優しくないところですからね。マナ・ストリームに接続できていない以上、連絡手段って街のサービス……伝書バトとか使うしかないですし。あぁ、それがあっただろうって責めてる訳じゃないですから、本当に気にしないでください」
「それにしても、随分と広いといか、文字通りの規模が違う領域ですね。私も長らくゲームしてますけど、ここまでのは初めて見ます」
ミコは苦笑しつつ机の上に出された湯呑を手に取った。中に入っているのは湯気立つ淡い緑色のお茶だ。無論、アリカがこんなものを持っている訳もなく、ミコがせっかく和風のハウジングなのでと言ってインベントリから提供したものである。丁度、現行の最新パッチであるユグドラシルで追加されたお茶は香り高く、すっきりとした味わい。現実世界で言う番茶に近いものだ。
「……でも、これを私たちに見せてしまっていいんです?」
「はい。そもそも私がミコさんやラインハルトさんにはお世話になりましたし……それにほら、お二方もそんな悪い人じゃなさそうですし。あー、こういうのを改めて言うとなんだか恥ずかしいですね」
その返答を聞いてミコは優しく微笑んで見せる。完成されたミコのアバターにそういった表情を見せられると、例え同じ女性のアリカでも思わずどきっとしてしまいそうだった。確かにこれはアイテムを貢がれるのも分かる気がします――内心でそう納得しつつ、意味深にアリカはうんうんと頷いた。
「……そう言われると嬉しいね。でも、初めはびっくりしたよ――待ち合わせ場所に行ったら刻の魔王、シャーロットさんがいるんだから。アリカさん来るまでの数分間、割と気まずかったというか、なんというか」
「あー確かに。灯台元で待ってたら騎士君とそのバッファー君が来たんだもん、またPKかと思ったよ。……前回のイベントで顔割れてからどこ歩いてても祭りかってくらいPK仕掛けられるからさ、思わず短剣握りそうになったよね」
はははと何でもないことのように笑うシャーロットだが、ラインハルトとミコにとっては笑えるような冗談ではない。ミコは最新パッチまで進めていることもありレベルはカンストしているが、ラインハルトに限ってはそうでもなかった。あまり多くのプレイ時間を割くことが出来ない事情に加えて、初心者をサポートするためのギルドに入って活動拠点を始まりの街に定めているため、まだまだ十レベル以上は上げないとカンストまで達しない。
そんな状態で魔王相手に武器を抜かれては、例え不意打ちをしようとも勝てる見込みはない。そもそも刻の魔王たるシャーロットの権能を相手に不意打ちなど意味を成さないのであるが。
「もうちょっと私が早く待っていれば良かったですね……。えっと、お礼とご紹介というかなんというか、それがお二人をお呼びした理由です」
「で、もう一個あんだろお嬢ちゃん。……あわよくば、ギルド作るから引き抜こう、ってやつがな」
和服を妙に上手く着こなすオニギリがそういうと、シャーロットはへぇ、と瞳を輝かせてアリカを見た。ミコはギルド作るんですね、と口元に手を当てて驚いたような顔を見せている。そしてラインハルトは――チャンスを見つけたかのような希望と、既に在籍しているギルドを抜けることの躊躇い、その二つが入り混じった複雑そうな表情を浮かべた。
「引き抜こうだなんて言ってないじゃないですか!? お二方には報告だけのつもりで、シャーロットさんには手伝ってもらおうと思ってましたけど!」
「建前はよせよせ、引き抜ける面子は引き抜いちまえ。どうせお嬢ちゃんがギルドを作る目的は世界決戦陣だろ、いくらお嬢ちゃんやシャーロット、そして俺が強くてもアレは別だ。……その内、絶対的に人が必要になる時が来るし、ギルド自体を育てる為にも手は多い方がいいんだ」
そうして、アリカ達の話は他愛もない雑談からギルドへと移っていく。
ラインハルトは、迷いを瞳に浮かべながら、その話を聞いていた――。
Tips:ステータス(防御力)
シード・オンラインでのPvPにおける防御力は基本的に影が薄い。何せ急所部位――首や心臓など位置によって多少の誤差はあるが、クリティカル判定の倍率が軒並み高いからである。例え全身をフルプレートメイルに包んで鉄塊如き防御力を誇っても、首に対して直接斬撃を叩きこまれようものなら即死してしまうからだ。
そのため、殆どのプレイヤーは保護装備に手を出すこととなる。例えば首へのクリティカル判定を一度だけ無効化する、心臓部位に対するクリティカル判定を一度だけ無効化するなど。それらの保護装備は一キャラに対して一つしか保持できないので、ずっと無効化することは不可能だが、装備していると装備していないでは得られるアドバンテージが違う。
PvPをメインコンテンツとしているプレイヤー達は、この保護装備を加味した上で相対するプレイヤーを想定し、この攻撃なら確定で一度は耐えられるなどを計算して装備を決めるのだ。相手の攻撃を確立に左右されず二度受けれるならば「確二」、三度も受けられるのならば「確三」など呼ぶ。




