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魔王アリカは怠惰に暮らしたい  作者: 398
魔王アリカは怠惰に暮らしたい

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15話 / ――余、引退していいですか?

「……証明とやらはこれで十分だろうタカナシ。余はこれで戻るぞ?」


 どう魔王の証明を締めるべきか考えあぐねていたタカナシ。目の前で毛先が燃え盛る銀色の髪を翻した、もう十分だろうという紅蓮の魔王の問いに、思わず一回だけ頷いた。それを見たアリカは満足そうに頷くと、自らのアーツである大灼天紅蓮焔延天だいしゃくてんぐれんえんえんてんを解除する。燃え盛る地面も、辺り一面に突き刺さっていた紅蓮の槍や剣も、一瞬でマナの粒子へと変わり、宙へと溶けるように消えていった。


「またどこかで会うこともあろう。では、余からはこれで全てだな――さらばだ」


 自らの身体を炎へ変えて、その場から姿を消す。尽きぬ焔の約定を利用し、上空へ移動したタイミングでイベントエリアから控室エリアへ移動しただけだったが、いざ目の前にしてみれば唐突に消えたようにしか思えなかった。次の進行をどうしようか呆けた顔で考え込んでしまったタカナシを見て、シャーロットは一つの提案をする。


「それじゃあ、ちょっと私が証明を終えた紅蓮の魔王様にインタビューでもしてきましょうか……リスポーン待ちの時間もありますし、丁度いいですよね?」


「……あ、あぁ、実に助かります――お願いできますか、刻の魔王」


「任せてくださいなー。ま、その分期待していますよ、これ」


 シャーロットは親指と人指し指で輪っかを作り、それをタカナシへ見せつける。今回のイベントに魔王として出席した報酬に加えて、フォローに対しての報酬も頑張ってね、といった意味合いだ。隙が無いな、とタカナシはそれに一度頷いて、シャーロットへ配信用のサブカメラを譲渡する。ふわふわと付いてくる球状のカメラを確認したシャーロットは、残っている観衆とタカナシの配信カメラに向けて手をひらひらと振って愛想をばら撒いた後に、アリカがいるだろう控室へとエリア移動をしたのだった。


 控室エリアへ移動したシャーロットが一番初めに見たもの、それは――入って早々の場所にある赤色がベースとなった絨毯の上で、絶望したと言わんばかりに跪いて項垂れているアリカの姿だった。えっ、と驚いたように思わず一歩分ほど身を引くシャーロット。


「ぐ、紅蓮さん?」


 そう呼びかけられてシャーロットの存在に気づいたのだろう、アリカが半泣きで語りだす。


「……あぁ、シャーロットさんじゃないですか。ええ、初めは気分が良かったんですよ。すっごいちやほやされて、別人になった気分でして。ですけど、配信の方をいざ見返したらなんですかこれ――めちゃくちゃ痛い子じゃないですか!? 余ですよ余! 確かに私はまだ二十代ではないので、そうだね多感なお年頃だね、で済むかもしれませんけど、これ続けなくちゃいけないって……!」


「あ、あの紅蓮の魔王さん……今、私配信カメラ持ってて――」


「ははっ、余が紅蓮の魔王だ――きりっ。もう見たくないですねこれ、シードオンラインの公式配信チャンネルをブロックしちゃいましょうか。余は……じゃなかった、私は、私は……こんな痛い子になりたくなかった……! ていうか思い返せば全部あの運営のグラスさんの責任ですよね。わざわざダラーまで出してこんなロールプレイの話まで持ち出して……次会ったら絶対許しません、ちょっと一発殴るくらいなら許されると思いません?」


「いやだから、これ配信中――」


「ていうかあんな証明だなんて話も聞いてなかったんですよ。シャーロットさんも教えてくれたっていいじゃないですか、あの時あの場所に居ましたよね!? あーあーあーもう嫌です嫌です、今夜はさっくりログアウトして美味しいものでも食べて気分転換をしましょう、うなぎの釜飯とか、ひつまぶしとか良さそうですよね。どうせ冷蔵庫に入ってるのだなんて野菜ジュースと水しかないですし。え? 紅蓮の魔王の癖に料理も出来ないって? ええそうです、いくら火が使えても料理が出来るかどうかは別――!」


 勝手に自爆していくアリカ。対してシャーロットはその場でしゃがみこんでアリカの両肩を掴み、ぐらぐらと上半身を揺さぶって見せる。そこまでされて、なんですか、とようやくアリカがシャーロットを見て――その深紅の瞳が、その隣でふわふわと浮いている球状のものを見つけた。


「……なんですか、私みたいな痛い子に何か用事ですか。もう出番終わりましたよね?」


「あー、その。……これ、なんだか分かる?」


「知ってますよ、それくらい。さっき見ましたし。録画用の飛行カメ……ラ……」


 すっと一気にアリカの顔が青ざめた。なんで先ほどまでイベントエリアに居て、まだそちらに残っているはずのシャーロットが、カメラだなんて起動した状態でこの控室に来ているのだろうか。いや、予想は出来る――がその場合のことをアリカは考えたくないので、敢えて勘違いしたふりをした。


「シャーロットさんも自分の配信チャンネルあったんですね。ちょっと今のシーンはオフレコでお願いしたいんですが……」


「……ごめんね、これ、公式で配信中。リアルタイム。なう。おっけー?」


「じ、冗談キツいですって。止めましょう止めましょう、そういう冗談は本当に良くないです心臓に悪いです。ほら、流石に私も怒りますよ?」


「いやー、生憎冗談じゃないんだよね。ほら、見てみなよ、これ」


 見せつけられたオープン状態のARブラウザを見てみると――絨毯の上に座り込んで、真っ青な顔になった自分の姿がそのまま映されており――それの同時視聴者数は先程までと変わらず十万人超え。その現実を直視してしまったアリカは、顔を真っ赤にしてぽろぽろと涙を零しながら、配信カメラに向けて壊れたような笑みを浮かべながら震えた声で語りかける。


「――余、引退していいですか?」


 ……


 イベントが終わった次の日、世の中は月曜日と言うこともありシードオンラインへ接続しているプレイヤーも目減りしている中でも、アリカはさも休日と変わらないように朝からログインしていた。港町であるアイゼンベルクの灯台下でシャーロット、グラスの二人と待ち合わせをしていたのだ。その隣には既に運営側のプレイヤーであるグラスが座っており、後はシャーロットを待つだけ、といったところか。


 アイゼンベルクの切り立った崖上にある灯台下から見る景色は美しい。透き通った青空に潮風が香るその場所はリラックスするのにうってつけだ。この場で暖かい紅茶やコーヒーでも飲んだのであれば、これ以上ない休憩になるだろう。ところが、今この場にいる二人――アリカとグラスは両者ともに不機嫌そうな、落ち込んだような顔をしているではないか。


「……私の配信のアレ、馬鹿みたいに配信から切り抜かれて拡散されてるんですが。なんですか二人目のポンコツ魔王って、ああいうコメントしている人たち全員バン出来ないんですかね、グラスさん」


「無理っすねー、直接的なハラスメント行為とかなら規約違反ってことでアカウント停止できますけど、それくらいじゃ無理っす無理っす。……ていうか、そんな冷めた目で見ないで欲しいっすよ、ほんと。申し訳ないって思ってますし、僕も割と痛い罰貰ってるんで……」


「へぇ。そりゃあ魔王相手にダラーを積んでロールプレイ強要ですもんねー。で、どんな罰受けたんです? それを聞いて私は溜飲を下げることにしますよ」


「……運営側にあるまじき行為として一階級降格っす。仕事の内容は変わらないのに役職手当が減ったっすよ、もー。ここ最近は税金も厳しくて、家買うのに貯金もしないといけないのに。消費税なんて今は二十パーセントも取られるんですよ、本当に辛いっすよ」


「あれ、今って二十パーセントもでしたっけ。十二パーセントでは?」


「いつの話してるんっすか……ていうかアリカさん、それはヤバいっすよ。ちゃんと自分のお金を遣ったら分かりやすいようログに残して、月ごとに見返さないと。大人になる前からそれ意識しとかないと、いざ一人暮らしとかするってなった時、ひと月に何にお金を使ったか分からなくなるっすよー」


「あ、あはは……ちょっとログアウトした時に、リンカーの決済ログ見て、家計簿ソフトと連携しておきます。ちょっと大きい買い物も四月くらいにしましたし」


「はいーそれがいいっすね。はぁ、今や保険の月々支払額も高いのに……僕の役職手当帰ってきてくれないっすかねー」


 割と切実だ。そこまで聞いてしまうと、流石に申し訳なさが勝ってしまう――これ以上の言及を止め、アリカはふうとため息を零した。初めこそ上手くロールプレイは出来ていたのだ。たまたま、想定外のタイミングでシャーロットさんが配信しながらエリア入りしてきたのが悪かっただけ、と無理やり自分を納得させる。ちなみにアリカの情けない泣き顔が配信されずとも、ノリにノったロールプレイは配信されているので、アリカは結局のところ精神的なダメージからは逃げられないのだったが。


 それにアリカ自身が納得したところであの恥ずかしいロールプレイやひんひんと愚痴交じりに泣いているような動画は消えてはくれないし、消せ、と言ったら寧ろ増えるだろう。ネットワークが肥大化し、誰でも通信網に接続し、閲覧、アップロード、ダウンロードが出来る時代だ。それに一度ネットワークへ上がったものを完全に消すというのは不可能だ。誰かがダウンロードしているかもしれないし、どこかのサーバーやキャッシュ・サーバーに保存されてしまっているかもしれない。


 何よりの懸念があるのは――アリカ自身がリアルアバターということだった。つまり、現実世界の篠原里香はシードオンライン上のアリカ・ルーセントハートとそっくりさんということになる。瞳の色と、少しだけ盛った胸、少しだけ下げた身長以外は。髪形とか変えたりしないと、VRMMO上のプレイヤーに憧れてコスプレ紛いのことをしている女の子となってしまう。もっともコスプレなどではなく、本人そのものなのだが。


「ごめんごめん、少し待たせたかも。……あれ、二人ともなんでそんなに落ち込んだ顔してるの? 嫌なことでもあったのかな?」


 丁度、待ち合わせ時刻――午前十一時になったと同時に、ログインした際に現れる淡い青色の粒子の様なエフェクトを伴ってシャーロットが灯台元へと現れた。声をかけられた二人は、お互いに苦い顔をしつつ、殆ど同時に嫌な事しかないですよ、と途方に暮れたような声を零す。


「……ま、気を取り直して行くっすよー。今日はアリカさんに初めての報酬をお渡しする日っすからね! 前と同じとこで話しましょっか、飛びますよ」


 グラスが起動した管理用のコンソールに、移動用の座標変更コマンドが入力される。瞬き一回の間に、アリカとシャーロットはイベント前日に訪れた湖の畔へと転送されていた。そして、先日と変わらないレストランの前で、初老の男が恭しく頭を下げる。


「お待ちしておりました、グラス様――」


 アリカを含む三人は慣れた様子で店内へ足を踏み入れると、北欧風な内装のレストランで仮想の食事に舌包みを打つ。先日訪れた際に出てきたコース料理とはまた趣が異なり、今回は和を基調とした食事であった。飯碗、汁碗、向付――初めこそ量が少ないな、と悲しい気持ちが表情が出ていたアリカであったが、新たに食事が出されるに従い、段々と笑顔を取り戻していく。


 里香はまだ二十にも満たない子供だ。当然、今出されているのが懐石料理というもので、先に出される一汁三菜の概念など知る由もない。店側が、今日は来てくれてありがとう、と感謝の代わりにごく少量を出してくれるものなのだが、アリカにとっては美味しいのにごくごく少ない量しかない悲しい存在でしかなかった。


「……今日のご飯は前回と違いましたねー。前回は美味しいもの代表、みたいなパワーがあるものでしたけど、今回のはいろんな味で楽しませてくれる、なんでしょう――実り豊かといいますか。そんな感じでした」


「それはボキャブラリーが足りないというか……ま、アリカさんのちょっと抜けた食レポは置いておいて、本題に入ろうよグラスさん。それに、アリカさんだけなら分かるんだけどここに自分が呼ばれている事情、私自身がよく理解していないし」


 最後に出されたのは甘味だ。縁高に入った羊羹に、木製の楊枝を指してシャーロットはそのねっとりとした濃い甘味を楽しんでいく。アリカの報酬の話と自分の報酬の話を纏めてしよう、という魂胆だろうか。内心で色々と思考を巡らせつつ。


「あー、それもあるんですけど。……上と話し合った結果、ちょっとめんどくさいことになっちゃって、シャーロットさんにもサポートというか、ガイド的なものをお願いできればと思った次第なんっすよね」


 げ、と顰めた表情を見せるシャーロット。

 今日来たのは失敗だったかな、と僅かな後悔の念を抱きつつ、最後の一口となった羊羹を食べ切ると腕を組んでテーブルの上へと乗せた。


「まぁアリカさんに関わる事ならいいかな、それ以外の――私がソロで宣伝塔になるようなものはパス」


 なら大丈夫っすね、とグラスはほっと息を零す。そして、いつの間にやら三つ目の羊羹のおかわりを頼んでいたアリカへ振り向くと、ごくごく真面目な顔で――今回の紅蓮の魔王就任における、報酬の話を切り出した。


「アリカさん、報酬の話なんっすけど――イベントに出て頂き誠にありがとうございました。つきまして、初回と言うこともあって、千四百万ダラーのお支払いが発生するっす。これをダラーとして受け取るか、或いはピックアップされたアイテムをダラーの代わりとして金額分受け取るか、選んで頂きたく」


 思わずシャーロットが喉を鳴らす。初回からその報酬の額が余りにも破格だったからだ。これは裏で何か動いているな――そんな確信を得つつ、大した驚きを見せていないアリカに対してアドバイスをすることにする。


「……ちなみに、この金額はとーっても破格かな。ダラーで受け取るのもいいけど、アイテムの一覧も見ておいたほうがいいよ、リミテッドもレアも軒並み安くなってるかも。接待価格、ってやつ」


 じろりとシャーロットがグラスへ黒の瞳を向ける。対してグラスは惚けた様子で、接待価格だなんて使ってないっすよ、とこの場の全員が見れる公開モードでARブラウザを起動した。そこにはダラーと交換できる代わりのアイテムが並んでいる。武器や防具、そして各種戦闘系のアイテムから食材まで、望めばなんでも手に入りそうな勢いだった。


「あー……ちょっと悩みますけど、私はダラーでいいですよ。そんな最新パッチの最前線を駆け抜けることも考えてませんし、元々ゲームを始めた目的って、良い感じにフレンドを増やして、日頃から怠惰に怠惰に暮らしたいだけだったんで。……今となっては、あの就任式のせいで顔も覚えられちゃったんで、それはもう目的のハードルが爆上がりしましたけどね」


「そうだねえ……顔を出して街を歩けば勧誘に勧誘そして勧誘。ギルド、一狩りパーティ、あわよくばオフでのお付き合いを求めてくるプレイヤー。ハードルが高いってもんじゃないね、ほんと。……アリカさんのその目的を叶えたいなら、今の初回リリースのパッチ付近の街じゃ無理だよ。早めにストーリー進めて、同じレベル帯が居るところまで行かないと話が合う人もいないんじゃないかな?」


 そうですよねえ、と恨めし気にアリカから睨まれたグラスは、うっ、と怯みつつもコンソールを操作してアリカへ報酬のダラーを受け渡す。その受け取り申請をアリカが承認すると、ちゃりんという軽い電子音が響いた。その音は電子音ということもあって軽いが、並んでいる数字の重みは正しく桁が違う。換金しても、電子マネーとして買い物で利用しても、千四百万ダラーは日本円でおおよそ七百万円の価値を持つのだ。


 僕もボーナスでそれくらい欲しいっすね、とグラスは羨まし気に溜息を零して――ようやく、本題に入ることにした。


「……で、アリカさん。前に言っておいたと思うんっすけど、覚えてます? 運営に我儘をある程度聞いてもらえる、って魔王就任時における特典の話っす」


「はい、覚えてます。シャーロットさんがいつでもポーションとか買えるショップ開けるようなやつですよね。まだ決められてないんですよねー、特に不自由を感じるほどにメインを進めている訳でもないですし、最前線を走る訳でもないですしで。……まだ保留って効きます?」


「保留も効くんですが――あれ、一つじゃなくて三つになったんで、色々考えておいて欲しいっす!」


 なんでもない事のようにパンっと両手を合わせて言ったグラスであったが、それを聞いたシャーロットがはぁ!? と驚愕を顔に張り付けながら大きな声を出す。そんな破格の、下手をすれば他のプレイヤーと決して埋まらない格差を生むような特典が一つならず三つも付いてくるのだ。魔王の座に就き、そして全てのシードオンラインの更新パッチで最速攻略をしたシャーロットでも、貰えたその特典の数は一つだけ。驚き、そして不満と嫉妬が混じった驚き声も出るというものである。


「……参考までに、なんでアリカさんの時は三つなんですかね。私、一つだったんだけど」


「――運営、というよりも僕がやらかしたせいっすね。完全に勢いでロールプレイだなんて言って、ダラーまで積んじゃったのがバレたんで。いやー年甲斐もなく興奮しちゃってついノリにノッてしまったというか……ははは……」


 遠い目をしたグラスに対して、まだ納得がいかないシャーロットは更に問い詰める。


「じゃあ、その詫びを含めて合計二つと仮定して。もう一つは何が切っ掛け?」


「もう一つは――シャーロットさんが持って行った配信カメラっすよ。あれ、プロデューサーもアリカさんの証明の結果で呆けてしまってたらしくてですね、本来であればユーザーに配信カメラ持たせる、ってこと自体が良くない行為らしいっすね。なにせ、同時視聴者数も十万を超えてたっすから」


 確かに、そう言われればそう受け止めるしかない――普通であれば確かに魔王と言えども一ユーザー相手にそんな大事なカメラを渡す訳がないのだ。喉まで出かかったずるい、という言葉をぐっと飲み込みつつ、シャーロットはどうにか落ち着いて、ふう、と火照ったような吐息を零す。


 それが三つ目の特典を与えられる原因ならば、カメラを受け取った私も――そうシャーロットは考えた。だが振り返れば、その行為でダメージを負っているのはアリカだけだ。控室という本来であれば配信なんて行われないエリアで、情けない姿を配信されて。今回こそ紅蓮の魔王として振舞っていた姿と相反するようなポンコツな姿が受け入れられたからこそ良かったが、話していた内容によっては炎上する切っ掛けになったかもしれない。


「……はいはい、納得したよ、納得しましたー」


 ――勿論ではあるが、グラスが伝えたことは全てアリカやシャーロットに対する建前である。ただ理由付けであり、その三つの我儘を叶えるという特別扱いの手間やプレイヤーからの批判よりも、運営側はアリカを宣伝の為に使いたいと考えたのだ。


 たった一人で五千のプレイヤーを蹴散らす正体不明のスキルに、初回のイベントデビューを華々しく飾るかのような濃いキャラ設定――これは主にグラスのせいであるが。更に付け加えて、既存の刻の魔王であるシャーロットと相応に仲が良く、グラスの無茶に近い依頼であったロールプレイを聞いてくれたという実績もある。大海や刻の魔王と違い、誠実に報酬を積んでお願いすれば大概のイベントに顔を出してくれそうというところが評価されているのであった。


「で、これはシャーロットさんに……袖の下っすよ、内緒っすからね!?」


 こっそりとグラスはトレードのウィンドウを起動する。どこか気だるげにシャーロットがそれを眺めると、ちゃりんと軽い電子音が響いたと同時に、シャーロットの表情がどこか和らいだような、微笑ましいものへと様変わりした。アリカはそれを眺めながら、幾ら貰ったんだろうとか、グラスさんって本当に悪代官みたいな行動が似合いますね、とか考えつつ、おかわり五回目に出てきた甘味である餡蜜に手を伸ばす。涼し気なガラス製の器の中、黒蜜がかかった白玉をスプーンで掬って口へと含んだ。


「ま、まぁ――誠意は見せてもらったし。これ以上は私が何か言うのも悪いし、口にしないことにするかな。ごめんねアリカさん、ちょっとテンション下がらせるようなこと言っちゃったかも」


「……んぐ、いやいや、全然に気にしないでくださいー、そもそも使い道も決められてない特典ですしね。それよりもシャーロットさん、この餡蜜とても美味しいですよ、特に黒蜜がとても甘くて凄いです。頼んでみたらいかがです?」


「あれ、それ何個目? ていうか、いつの間に餡蜜だなんて来てたんだっけ……」


 凄い勢いで甘味を何度もおかわりをして食べ進めていくアリカを呆然としたようにシャーロットが見つめた。内心で、ダイエットメニューなら一緒に考えてあげようかな、とアリカ自身がリアル・アバターであることを知らないが故の心配をして、お話は終わりかな、と席を立つ。


「あ、シャーロットさん。もうちょっとだけお時間くださいっす――最後に、アリカさんの城についてお話したいんで」


「確か陣地の話でしたよね?」


「正解っすー。アリカさんも魔王なんで、それなりの領地――ならぬ陣地を持とう、って話っすね。もっとも、一般に売りされてるハウスって大中小それぞれのサイズがあるんっすけど、丁度それの一回り二回りは大きい、九つ分くらいってイメージでおーけーっす」


 これまでハウジングに手を出したことも、ましてやシードオンラインで人の家に入った事がないアリカにはその広さの感覚が分かる訳もない。イベント当日に訪れたミコの部屋は、購入したものではなく借りたものであるアパートだ。ハウジングに手を出せるほどダラーはないけど、小さめの部屋を一つだけ借りて雰囲気を味わってみたいプレイヤー向けの機能である。


「……ま、そんなに大きくはないよ。それに、そこまで利用機会も少ないしね、私みたいに色々と街を行ったり来たりするときにハウジングキーで家まで飛べるんだけど、そこでちょっと時短できるくらいかな。もっとも一時間のクールタイム付きだから、ばしばし使える訳でもないし」


 ソロであるシャーロットからすればハウジングなどその程度のものでしかない。なんなら売ってダラーに変えてしまってもいいくらいだ。最も実際には魔王の所有物として固定とされているため、売りには出せないが。これがソロでなければ、フレンドやギルドメンバーを迎えて手料理を振舞ったりと、本物の家と同じく使えるようにデザインしてもいい。中には実際に暮らせるように内装を整えて、現実世界で寝る際もシードオンラインに接続し、自らのハウジングのベッドに籠って、寝落ちするのを待つプレイヤーまでいる。


 そんなハウジングに惹かれるものがあったのだろう――アリカは唇に指先を当てて、考え込む。怠惰に過ごす為には自らの空間は必須である。今回はそれをタダで貰えるのだ。どうにかして、自分が気楽に過ごせる場所を創り上げたい。しかし、大っぴらにしてしまっては恐らく人だかりが出来て、まるで見世物のようになってしまうかもしれない――。


「グラスさん、それ、一つ目の我儘を使いたいです。城というかハウジングに対しての我儘、って枠で一つ目、ですね」


「ちょっとそれはズルいっすけど――まぁいいでしょう、紅蓮の魔王様の一つ目の依頼ですからね。例え役職を一つ下ろされても運営としてログイン出来る程度には権限持ってるっすからねー、大船に乗った気持ちでいてくださいっす。それで、ハウジングをどうしたいんっすか?」


「――空を飛ばせて飛行と着地を可能にして、ハウジングキーの制約を消してセキュリティ付きで一部のプレイヤーに配布できるようにしてください。あとお家自体を見えなくさせる機能も欲しいです。更に可能であれば、ハウジング内部にこのお店を付けてください。……出来ますよね、それなりに権限をもっているグラスさんなら余裕ですよね、流石ですー、凄いですー!」


 えっ、と思いっきり顔を顰めたグラス。対してシャーロットは、確かにそれいいね、とこくりと頷いた。無論、アリカの考えとシャーロットの考えは異なる。アリカとしては家が見つかったら家ごと雲隠れも出来るし、人が来ないような空で引きこもれて最高だな、くらいの考えだ。対してシャーロットは、いつでもどこでも自らのハウジングを倉庫として使えるし、シードオンライン上での数少ない移動手段の代替に出来そうだなというもの。そもそも、根本から違っているのだ――怠惰に暮らすためのアリカと、最前線を駆け抜け名前を残したいシャーロットでは。


「あの、流石にそれは、持ち帰って検討させていただきたいっす……」


 あまりにも無茶なお願いだろう、アリカ自身もこの時はそう思っていた。だがしかし、この話を終えてから丁度一週間が過ぎ――現実世界では五月も終わりかけ、着実に夏の気配が顔を覗かせている頃。アリカのささやき欄に一つのメッセージが舞い込んだ。


 差出人はグラス、そして内容は――やってやったっすよハウジング!! 灯台の下に来れるっすか? というもの。え、本当に出来ちゃったの、と実現できず埃を被るようなハウジングになることを想像していたアリカは、若干引いた顔でそう呟いたのだった。

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